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セラフィの運命

 教会ではいつものように朝を迎えていた。

 ジラークとカマベルは朝日の眩しさで目を覚まし身支度をしていた。

 上機嫌で鼻歌を歌うジラークに対し、カマベルは少し呆れながら声をかけた。


「殿下、ご機嫌ですね」

「カマベル……何度言わせるんだ。約束したではないか!」

「わかっておりますが……つい癖で」

「それはわかってないのと同じだ!」

「……申し訳ありません」


 いつもよりも早く身支度を済ませたジラークは、部屋の扉を開けながらカマベルの方を振り返って声を掛けた。


「私は先に行くよ」

「すぐに追いかけます」

「フフーン、フーン~」


 機嫌が良いことは従者としては嬉しいことではあるものの、先のことを考えるとカマベルは複雑な気持ちになっていた。


 カマベルはファンシールへ向かう前にジラークの父、国王陛下より言付けを預かっていたのだ。


「カマベル、我が息子ジラークのことを頼んだよ」

「はっ」

「あやつにはしっかりとしてもらわねばならんからな。ファンシールには以前から気になってる噂もあるからのぉ。……古の魔女、どこに潜んで居るかわからんかったが、ようやく尻尾を掴めそうなんだ!長年探して来た分、私の手で始末したかったのだが……老いぼれの私ではもう太刀打ちできん。だが、ジラークの力ならなんとかできそうだ。私が言わずとも、長いこと傍で見ていたお前さんが一番わかっておるだろうけどな」

「ジラーク様とともに、必ずや古の魔女を見つけ討伐してみせます!」

「頼もしいのぉ。ついでに、未来の花嫁も見つけてきておくれ」

「そ、それは……ジラーク様にお任せします」

「はっははははは」


 カマベルにとって、幼い頃から仕えてきた唯一の主であるジラーク王太子。

(彼の力があれば力の衰えが出ている古の魔女にも対抗できる、一刻も早く見つけ出さねば……)


 カマベルは意気込んでいた。

 ジラークの後を追うように部屋を出たカマベルは、急ぎ足で階段を降りて行った。広間に到着し、主の姿を探すがどこにも見当たらない。思い当たる場所を探し、ようやく中庭でその姿を確認することができた。カマベルは主の後ろから近づき声を掛けた。


「ジラーク様……どうかなさいましたか?」

「なんだ、カマベルか……」

「おや?……子どもたちだけですか?」

「そうみたいだ。セラフィは来てないと……」


 ジラークの表情からは悲しみと寂しさ、両方の感情があるように思えた。そんな彼を見ていた子どもたちが小声で話し始めた。


「セラフィが来ないなんて、今までなかったよね」

「うんうん。毎日、朝早くから来てくれてたよね」

「何かあったのかな……」

「風邪引いちゃったのかな……」

「セラフィがいないと、なんだか寂しいね」

「そう……だね」

「きっと明日には来るよ!」

「そうだね~」


 だが、この日から1週間経ってもセラフィは教会へ姿を現さなかったのだ。


 代わりに義妹であるマリアが教会へと訪れていたが、セラフィの事を尋ねても風邪で寝込んでいる、邸の用事で忙しくしている、と言われるばかりで、確かな情報は得られなかった。

 連日同じ事を聞かれる事に嫌気が差したのか、5日目以降はマリアも教会には来なくなってしまった。


 待てど暮らせど姿を現さないセラフィの事が気になって仕方がないジラークは、ある日子どもたちに尋ねた。


「セラフィは今まで一度も休まずここに来ていたのか?」

「そうだよ!晴れているときには中庭に、雨の日には教会の中に僕たちが起きる前には必ず来てくれてたんだよ!」

「でも……今日もいなかったね……」


 両腕を組み、何かを考えるジラーク。その様子を見ていたカマベルは、恐る恐る主に声を掛けてみた。


「ジラーク様、()()お考えですか?」

「さすがはカマベル!」

「ん?……と言いますと?」

「お前はもう、私が()()()()()()()のか目星が付いてるのではないかと思ってな」

「まぁそうですけど……」


 どこか誇らしげな表情のジラークにカマベルは安心した。が、ニヤリと笑みを浮かべる主の表情に鳥肌が立ったのも事実……。


「一応、確認のために伺いますが……セラフィ様のお邸に出向こうとされていませんか?」

「さすがカマベル!その通りだ!」

「はは……」

「きっと何か事情があるに違いない!よし、善は急げだ!カマベル、セラフィの元へ行くぞ!」


 中庭から街に繋がっている門へと向かおうとするジラークを、カマベルは声を掛けて制した。


「ジラーク様、お待ちください!向かうと言っても、セラフィ様のお邸の場所をご存知なのですか?」

「あ……そう言えば知らない」

「はぁ……」


 カマベルは大きな溜息を吐いた。そんな2人の様子を見ていた子どもたちは、互いに顔を見合わせクスクスと笑い出した。そこにゆったりとした足音が聞こえてきたため、ジラークとカマベルが後ろを振り返ると、教会から神父がこちらへと近づいて来てくる姿があった。


「神父様、おはようございます」

「おはようございます。今朝も良い天気ですね」

「そうですね」

「みなさん、まもなくお祈りと朝食の時間ですよ」

「神父様……セラフィが今日も来てないです……」

「彼女のことは大丈夫ですよ。いつも通り行きましょう」

「はーい」


 がっかりした表情の子どもたちだったが、神父の言葉を素直に受け止め教会へと走って行った。

 その後を足取り重く付いて行くジラークとカマベルに、神父は声を掛けた。


「ジラーク様、カマベル様」

「なんでしょうか」

「……私からお願いがあります」


 神父はいつになく真剣な表情で2人に向き合っていた。

 いつもであれば背中を少し丸め、やや前屈姿勢の神父であるが、今ジラークとカマベルの目の前にいる神父は背筋を伸ばし、にこやかに微笑む優しい表情も消えていた。


「子どもたちが言うように、これまでセラフィは毎日のように教会(ここ)に通っていました。彼女の実の母君の命日には、決まって歌を捧げていました……。こんな事を旅のお方にお願いするのは、お門違いなのは十分理解しております。ですが、私どもでは何もできません……どうか、セラフィの所在を確認していただけないでしょうか……彼女の安否が心配でたまらない上に、胸騒ぎが治まらないんです」


 胸元を押さえる神父の手は震えていた。

 そんな彼の肩にジラークはそっと触れ、真剣な眼差しで話し掛けた。


「神父様。私どもでお力になれるかわかりませんが、セラフィの事はお任せください」

「ありがとうございます」

「お礼を言うのは時期尚早ですよ」

「……そうでしたな」


 ジラークとカマベルは神父より、セラフィの邸の場所を聞き、食後すぐに出立の準備を始めた。


「カマベル……念のために短剣は持って行くべきか?」

「……そう、ですね。その短剣はジラーク様仕様ですので、あれば何かお役に立つでしょう」

「できることなら……使いたくないけどな」


 ジラークは苦笑し、短剣を腰ベルトへと納め、その上から隠すようにマントを羽織った。


「カマベル、では向かうとするか」

「はっ」


 こうして2人はセラフィの邸へと向かったのだった。



 ~◇⁺◇⁺◇~


 その頃、セラフィが閉じ込められている邸内ではある男が訪ねてきていた。


「これはこれは奥様、お招きいただきありがとうございます」

「こちらこそ、遠路遙々お越しいただきありがとうございます。ささ、どうぞ中へお入り下さいませ」


 背丈は神父と同じくらいであるが、見た目はやや実年齢よりも老けて見える。手にはじゃらじゃらと光輝くアクセサリーを着け、身に纏う服も極めて派手である。その姿を傍らで一瞥するマリアを見つけた男は、魔女へ声を掛けた。


「奥様、あちらにおいでのレディですか?」

「あの子は違いますわ。彼女はマリア、私の子ですわよ。それに……あの子は嫁ぎ先が決まっておりますの」

「そうでしたか……」

「そんなにがっかりしなさんで。きっとお気に召していただけますわよ」


 魔女は微笑みながら男の肩をポンポンと軽く叩いた。緊張が解けたのか、男の口元も先ほどまでと違い綻んでいた。


「マリア嬢の嫁ぎ先はどちらで?」

「近々この街に来られる予定の王子ですわ」

「ほほぅ、それはお目が高い!」

「王子のお目に叶うよう、祈って下さいまし」


 魔女と男が2人で地下室へと続く階段の方へ向かう姿を、マリアはいつまでも見ていた。

(あの人は一体誰なの?お母様と親しげ……でもなかったわね)


 ~◇⁺◇⁺◇~


 地下室へと案内される男は、階段を降りながら恐る恐る魔女へ尋ねた。


「奥様、少し……お伺いしてもよろしいでしょうか」

「えぇどうぞ」

「この部屋に、私の未来の花嫁がいるのでしょか?」

「勿論!あら、もしかして疑っておられるのかしら」

「いや……そういう訳ではないのですが、どうも……地下室で生活をせざるを得ないくらい……お強い女性なのかと……」

「ほほほほほ、違いますわよ。逃げ出させないためですわ。ここでしたら、外部との接触もできませんからね」

(この男、勘が鋭いと言うか探りが面倒だわ)


「そういうことでしたか」

(てっきり金だけぼられ、俺が地下室に閉じ込められるのかと思った……が、わざわざ地下室に閉じ込める必要はあるのか?この(ひと)の考えていることがさっぱり掴めん)


 互いの考えを探り合うように会話する魔女と男……。

 その話し声を、セラフィは扉の前で聞こうとするも金属製の扉が声を遮断しており、具体的な内容までは聞き取れなかった。


 話し声が途絶えたと同時に、重い扉の鍵が外れる音がし、ゆっくりと扉が開いた。

 セラフィの目の前には、魔女と見知らぬ男の姿があった。突如して現れた男の姿にセラフィは驚きを隠せないでいた。一方男は、まじまじと品定めするかのようにセラフィを見ていた。


「奥様!」


 魔女へと声を掛けた男の顔は、気味が悪いくらいにやけていた。


「その表情から察するに、お気に召していただけましたか?」

「奮発した甲斐がありました」

「それは良かったですわ。ただ……一つだけ難点がありますの」

「と、言いますと?」

「あの子、父上が病に臥せったのを知ってから、ショックを受けて声が出なくなってしまいましたの……」

「それは残念だ……だが、声が出なくともあの容姿なら何の問題もない!」

「良かったですわぁ。セラフィ、こちら貴女の夫となられる方よ、挨拶なさい」


 そう魔女に促されるも、セラフィは魔女と男を睨みつけ2人から目を逸らした。


「はははは。なんとも強気なレディだことで」

「失礼いたしました、後からキツク言っておきますので」

「そこまでしなくても大丈夫ですよ。それより、いつ頃迎えに上がればよろしいでしょうか?」

「こちらとしてはいつでも大丈夫ですわ」

「そうですか……では、明日にでも迎えに上がりましょう。ちょうど城の補修も終わりましたし」

「あの城、補修するの大変ではなかったですか?」

「我々の力にかかればなんともないですよ!ここでうかうかしてられませんな!早いとこ帰って迎えの準備を整えねば!それでは奥様、また明日お会いしましょう」

「えぇ、ごきげんよう」


 男は張り切りながら階段を駆け上がって行った。その後ろ姿を魔女は見届け、見えなくなったと同時にセラフィの方へと向き直った。


「良かったわね、これで貴女とも会うことはなくなるわ!まさか、私が前に使っていた城と貴女がセットで売れるだなんて思わなかったわ!この街から邪魔者が消える日を待ちに待っていたのよ!この私に感謝なさい!そして、二度とこの街に足を踏み入れないで!……ま、そんな心配は要らないですわね。貴女は戻って来れませんもの。ほほほほほほほ」


 声が出せないセラフィは、高笑いする魔女の姿をただただ睨みつけるしかできなかった。満足げに話し終えた魔女は、重い扉を閉めその場から立ち去った。鍵がかかる直前、セラフィは扉へと駆け寄り開けようとするも、金属製の扉は重く、そのまま閉ざされてしまった。

(どうすれば……)


 その場に膝から崩れ落ちるような姿勢となったセラフィの耳に、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「もう間もなくですね」

「そうだな」


 その声は紛れもなくジラークとカマベルの声だとセラフィは確信した。どんどん距離が縮まるにつれ、声ははっきりと聞こえて来た。


「ジラーク様、一体どんなお芝居をされるおつもりですか?」

「芝居ってなんだ!?」

「ご家族の方への挨拶ですよ」

「ふーむ、……どうにかなるだろう」


 セラフィは必死に考えた。どうすれば地下室にいることが伝わるか……。

 考えに考え、ある行動で示すことに決めたのだった。






虎娘『聖なる歌に想いを込めて セラフィの運命』

を読んで下さり、誠にありがとうございます。


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今後とも虎娘の作品をよろしくお願いいたします。

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