運命の出会い
太陽の日差しと、小鳥の囀りでジラークは目を覚ました。普段とは寝心地が違うことにしばらく戸惑っていたが、次第に意識が清明となり、旅をしている最中であると気づいたのだった。ふと隣を見ると、まだ目を覚まさないカマベルの姿があった。大の男がベッドに丸まっている姿を見て笑いそうになったが、日ごろの行いを労うことも大事だと自身に言い聞かせ、しばらく寝かせておくことにした。
ベッドから起き上がり、窓の近くへ行き外を眺めると、早起きをしたのか、子どもたち数人が楽しそうに駆け回っていた。
「う、うーん」
ベッドの方から声が聞こえてきたと思うと、そこにはカマベルが寝ながら伸びをしている姿があった。
「カマベル、おはよう」
「え、は、はっ。お、おはようございます」
ジラークの声に彼は慌てて起き上がった。
「お前が私よりも目覚めが遅いだなんて、よっぽど疲れてたんだな」
「も、申し訳ありません、気が抜けている証拠です……」
「別に構わないさ。それよりも、早く支度をして、下に行かないか」
「はっ」
2人は身支度を終え、昨晩神父より言われた大広間へと足を運んだ。
大広間の中央には長いテーブルが置かれ、向かい合うように椅子が並べられていた。
「おや、これはこれは旅のお方ではありませんか。昨晩はよく眠れましたか?」
「おかげ様でぐっすりです」
「それは良かったです。間もなく朝食の準備が整いますので、椅子に掛けてしばらくお待ちください」
「私たちで何かお手伝いできることはありませんか?」
「滅相もございません、こちらのことは気になさらずにお過ごしくださいませ」
「そう……ですか」
がっかりした表情のジラークを見兼ねた神父は、彼らにある提案を持ちかけて来た。
「お二方がもしよろしければ、中庭にいる子どもたちの相手をしていただけないでしょうか」
「お安いご用です!」
先ほどまでの表情とは違い、ジラークは笑顔で答えた。
「ここにいる子どもたちは皆、訳あって親がいない子どもたちばかりです。ですが皆、兄弟姉妹のようにお互いを支え合っています。そんな彼らに、旅のお方の話をお聞かせ下さい」
「わかりました、カマベル、行こう!」
こうしてジラークとカマベルは中庭へと向かったのだった。
その頃、中庭では1人の女性が、子どもたちに囲まれるようにして座っていた。
「セラフィ、声、出るようになった?」
少女の問いかけに対し、首を横に振って答えるセラフィの姿を見た子どもたちの表情はどこか暗かった。心配しなくても大丈夫、と言うようにセラフィは笑顔を見せるが、子どもたちの心配を拭うには一刻も早く、声が出せるようになることだ、と自身に言い聞かせていた。
~◇⁺◇⁺◇~
義妹のマリアから渡された薬を飲んで以降、セラフィは声が出せない状態が続いていた。毎日のように教会へと足を運んでいたため、行かないことで子どもたちに心配をかけてしまうと思ったセラフィは、声が出せない状態でも教会へ通うのを止めなかった。
教会の子どもたちは、話す言葉の意味はわかっていても、読み書きができない子が多かったため、予め神父やシスターに声が出せない旨を伝え、子どもたちへと伝えてもらうことにした。声が出せなくなった事情は、余計な心配をかけないよう、敢えて伏せていた。
子どもたちも始めのうちは戸惑っていたが、今となっては、セラフィが答えやすいように話かけたり、簡単な会話であれば彼女の唇を読み、口話できる子もいた。
今まで通り、ではないものの、子どもたちと過ごす時間があるだけセラフィは幸せだと感じていた。
~◇⁺◇⁺◇~
こうして、セラフィがいつものように子どもたちと中庭で過ごしていると、教会の方から歩いてくる2人の男性の姿が目に入ってきた。子どもたちもその姿に気付き、好奇心旺盛な子どもたちは目を輝かせながら彼らの元へと駆け寄って行った。
「あー、昨日からお泊りしているお兄ちゃんだ」
「ねーねー、お兄ちゃんたちも一緒にお話ししようよ」
「こっちこっち」
自由奔放な子どもたちは、あっと言う間にジラークとカマベルと打ち解け、彼らの両腕を掴み、セラフィがいる方へと連れて来た。
「ささ、ここに座って」
「どうぞどうぞ」
「僕の隣に座って」
子どもたちに促され、ジラークとカマベルは地面へと腰かけた。
「まずは自己紹介をお願いします!」
声を掛けてきた少女と目が合ったカマベルは、緊張した面持ちで話し始めた。
「我が名はカマベル。昨日から教会でお世話になっています。よろしくお願いいたします」
「相変わらず硬い挨拶だな。私はジラークだ。カマベルと共に昨日ファンシールに着いた。しばらく居させてもらうので皆の者、よろしく頼む」
「じゃあ、いっぱい遊べるね」
「やったー」
ジラークは、子どもたちの喜ぶ様子を穏やかな表情で見ていたセラフィから目が離せないでいた。ふとその視線に気づいたセラフィは、思わず目線を下に向けてしまった。
「そちらの女性のお名前は?」
「セラフィだよ」
「私たちの女神のセラフィだよ」
「女神……確かに、そう言われてみればそう見える」
何の恥ずかしさもなく言うジラークに、呆れた表情のカマベルを見ていた子どもたちはクスクスと笑い出した。セラフィも恥ずかしさのあまり、俯いたまましばらく顔を上げることができないでいた。
教会からシスターの呼ぶ声が聞こえて来たのを合図に、子どもたちは一斉に教会へと駆け出した。セラフィも後を追うように立ち上がろうとすると、目の前にジラークが手を差し伸べた。
「お手をどうぞ」
「(ありがとうございます)」
声は出せないでいたが、口を動かし感謝の気持ちを述べ、ニコリと微笑んだ。
その表情に、ジラークは一瞬ドキリとしたのだった。
教会で祈りを捧げた後、賑やかな朝食が始まった。本来であれば、静粛な中で食事するべきではあるが、この教会では子どもたちと一緒に和気藹々と過ごすことが習慣化していた。
食事が終わり、シスターを始めとするセラフィたち女性陣はキッチンへと向かった。その後を追おうとするジラークを少年たちは両手を広げて制止した。
「行っちゃだめなんだよ」
「どうして?」
「片付けは女の子の仕事って、ここでは決まってるんだ」
「そう……なんだ」
「僕たちはここで待ってるの」
「じゃあ、待ってる間に私に教えてくれないかい?」
「僕たちで答えられるならいいよ」
「セラフィは、話ができないのかい?」
「んっ……とね……」
「えぇ……っと」
少年たちは答えるべきか悩み、言葉を濁すよう曖昧な返事をした。その様子を見ていた神父が重い口を開いた。
「旅の人よ、どうしても知りたいのかい?」
「はい」
「あまり言うべきではないかと思っていたんだが、これからの事を考えると、言ってもいいのかもしれんな」
「私は!……彼女のことを知りたいです」
「そこまで言うのであれば……それに貴殿ならあの子の力になってくれるのではないかな」
「はいっ」
「良い返事だ。……セラフィは元々明るく、気さくな子だったんだが、母親を亡くしてから閉じ籠るようになってしまった」
神父はそのまま話を続けた。セラフィの元に継母が現れて以降、彼女を変えてしまったこと。見るからに痩せていき、これまで着ていたドレスも、いつの間にか使用人さながらの服になってしまっていたこと。そういった心身への負担が原因で、声が出なくなったと考えているが、それでも、毎日子どもたちのために教会へと足を運んでくれる優しさだけは変わらなかったこと。決して弱音を吐かない、芯の強さを持っていることを彼らに話していた。
神父が話しているタイミングに居合わせてしまったセラフィは、慌てて大広間の扉に背を向けた。扉越しで聞こえてくる神父の話に、セラフィの目には嬉しさからか、うっすらと涙が浮かんでいた。
立ち聞きしていたと悟られないよう、セラフィは自身の手で涙を拭い、時間を置いて大広間へと向かったのだった。
虎娘『聖なる歌に想いを込めて 運命の出会い』
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前回から間が開いての更新となりましたが、この先もどうぞお付き合い下さい。(ペコリ
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