怪しい影
ファンシールの街並みは、心地よい川のせせらぎが響き、小鳥の囀りが聞こえる、自然溢れる街として有名だった。
そんな街の一角にある教会では、ある人の葬儀がしめやかに行われていた。
「安らかな旅立ちでありますよう、お祈り申し上げます」
祭壇に置かれた棺の中には、白い菊の花が敷き詰められ、まるで花畑の中で眠るように1人の女性が横たわっていた。
その姿を覗き込みながら幼い少女が父親に尋ねた。
「お父しゃま、お母しゃまはいつまで寝ているの?」
「くっ……もう、目を覚まさないんだ」
「どうして?お母しゃまといっぱい遊びたいー、もっとたくさんご本も読んでもらいたいー」
「いいかい、セラフィ。母様はね……、遠い世界に旅立ったんだよ」
「遠い、世界?」
「そう」
「もう、会えないの?」
「そうだな……、お前がいずれ大きくなったらわかるよ」
父親は幼いセラフィと目線の高さが同じになるように屈み、彼女の頭を撫で、優しく抱きしめた。
ぽろぽろ、と涙を流しながら父親に尋ねる少女の姿を見た街の住民は、我慢できずに涙を流しながら小声で話し始めた。
「まだ若いのにね……」
「あんな小さい子を置いて逝ってしまうなんて」
「惨いことをする人がいるなんて、信じがたいよ」
「一体誰が……」
多くの人々が別れを惜しむ中、教会の入り口に現れた1人の女性。この女性の正体が古の魔女であることに、一切誰も気付かないのであった。
辺りを見渡し、少女の姿を見つけたその女性は、ニヤリと口元を歪めていた。
(……見つけたわ)
悲しみに暮れる親子の元に忍び寄る怪しい影―――。
ふいに現れた女性が魔女であり、妻を亡くしたばかりの男性と早々に親密な関係となり、数ヵ月後には再婚しただなんて、一体誰に想像できただろうか……。
こうして母を亡くしたセラフィには、心の整理ができないまま、新しい母、いわゆる継母ができたのであった。そして数年後、義妹のマリアが誕生し、彼女の幸せな生活に終止符が打たれた。
セラフィに対して優しかった父も、今となっては継母と義妹の言いなりとなっていた。
母が生前着用していたドレスや、父から母へ贈られたアクセサリー、バッグは全て義妹であるマリアの物となり、それらは全て商人へと売り払われてしまった。手にしたお金は、全てその日のうちに新しいドレスや化粧品に消えていた。
セラフィは売られる前に取り戻そうとしたものの、彼女には何も出来なかった。
母の形見として残ったのは、彼女が1歳の誕生日に贈られて以降、肌身離さず身に着けている誕生石のネックレスだけとなった。
「こうしてお義姉様に部屋があるだけでも感謝していただきたくってよ」
以前まで使用していたセラフィの部屋は、日の光が入り、窓からは中庭の景色も見通せる部屋であった、が、今では継母の部屋となってしまったのだ。その代わり、彼女には長年物置部屋と化していた、日の光も差し込まなければ、風通りもよろしくない場所が新たに与えられた。
セラフィにとって幸いなことと言えば、邸への出入りは自由であったため、彼女は毎日のように教会へと足を運んでいた。教会にいる子どもたちと過ごす時間が、彼女の唯一の癒しとなっていた。
例え華やかなドレスやアクセサリーが無くとも、子どもたちの笑顔が見られるのであれば、邸内で継母やマリアからどのような扱いを受けようとも我慢できる、そう自身に言い聞かせながら日々過ごしていた。
物を投げつけられ怪我をしても、十分な食事ができず空腹であっても、子どもたちには悟られないようセラフィは気をつけていた。
(子どもたちには絶対、心配をかけないようにしないと……)
こうして、継母と義妹により虐げられる日々を過ごしていたある日のこと。
いつもにようにキッチンで朝食の後片付けをしていると、珍しくマリアが入ってきた。
「お義姉様、こちらをご覧になって」
キッチンに入るなり、マリアは手に持っていた小瓶をセラフィに見せながら話した。小瓶の中には、見るからに怪しい色味を帯びた液体が入っており、口にしてはいけない、そんな雰囲気が滲み出ていた。
(嫌な予感がするわ……)
案の定、セラフィの予感は的中してしまう。
「こちら、私がよくしていただいてます商人から、わざわざ取り寄せていただきましたの」
「どうしてそれを私に見せるのですか?」
「ふふふ。そ、れ、は、お義姉様に飲んでいただくためですの」
「そんな禍々しいもの、決して口にしません」
「あらあら、そんなこと言っていいのかしらぁ」
「……何を言われても口にしません」
「はぁ、仕方ないですわね。でしたら、教会の子どもたちにでも飲んでいただきましょう。無理やり口をこじ開けて飲ますくらいの力は、私にはありますからね」
「貴女……なんてことを言うの!子どもたちを巻き込もうとするなんて卑怯よ!」
「よくもまぁ口答えできますこと。だったらお義姉様が、今、目の前で飲んでくださいませ、さぁ、どうぞ!」
人の弱みにつけ込む義妹のことを、セラフィは許せない、と心の中で叫んでいた。だが、彼女に歯向かうと、子どもたちに影響が及んでしまう―――
「教えていただけますか。……どうして、それを飲まなければならないのか」
「もちろん、教えて差し上げますわ。ですが、それは飲んでいただいてからでないと意味ありませんの」
セラフィは意を決してマリアから小瓶を受け取り、蓋を開けた。早く飲めと言わんばかりの表情を横目で見ながら、セラフィは一気に小瓶に入っていた液体を口に含んだ。
口の中に苦味が広がり、今すぐにでも吐き出したい衝動にかられるセラフィを見て、マリアは言った。
「早く飲み込みなさいよ!」
ごくっ。
途端にセラフィは小瓶を地面へ落とした。
「ガハッ……くっ……」
喉が焼けるような痛みがセラフィを襲った。どうしてよいかわからず、喉元を押さえながらマリアを睨み付けた。
「……あ……な……」
セラフィは必死に何かを訴えようとするも、一向に声を出せないでいた。
(声が……出せない!?)
「ふふふふふ、ははははは。上手くいったわ」
(上手くいった……ですって?どういうことなの!?)
状況がわからず、ただただマリアを睨み付けるしかできないセラフィ。
「お母様、私の役目は終わりましたわよ」
マリアが少し大きめの声でそう言うと、後ろの方からコツコツ、と足音が聞こえてきた。次第に足音はキッチンへと近づき、目の前に現れたのは、継母であった。
「さすがは私の娘ですわ」
「ふふ。全て計画通りですわね」
「セラフィ、これは貴女のためでもありますのよ」
(何が……私のためなの……)
話をしたくても出来ないもどかしさに、セラフィは唇を噛み締めた。
「あらあら、貴女、そんな顔もできますのね」
継母は目を細めながらセラフィを見下ろした。その目付きに、セラフィは背筋が凍るような感じがした。
「近々、隣国の王太子殿下がこのファンシールに来られると聞いてね。貴女のような邪魔者が、迂闊に街中を歩かないようにしないといけなかったの。特に、教会で毎週のように歌うだなんて、殿下には雑音でしかないでしょうしね」
「そうよ。全てはお義姉様のためですの、ふふふふ」
(私のため……そんなことないわ……狙いは何なの……)
「安心なさい、声が出なくても嫁ぎ先はありますわ」
「ですが、お母様。いずれは声が元通りになるではありませんか?」
(そうよ、いつか出せるはず……)
「それはないわ」
継母の表情が、氷のように冷えきった様子へと瞬時に変わった。
「甘く見ないで頂戴。私の魔力はまだそこまで落ちてないわ」
「お母様……魔力……って?」
「あら、何を言っているの?魔力なんてあるわけないじゃない。とにかく、全ては貴女のためですよ、いいこと」
継母とマリアはそのまま去って行った。
これからどうしたらよいのか、セラフィはわからず、しばらくその場から動けないでいた。
虎娘『聖なる歌に想いを込めて 怪しい影』
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