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76.盾技修行

ちょっとだけ芋虫魔獣との戦闘あり。ご注意ください。


「明日は最終日なんだが、取り決めでは休みの日なんだよな。どうしたい?」


午前中のうちにそれなりに大きなワイルドボアを二頭仕留められて、少し開けた水場の近くで昼食を食べながら午後の計画を立てている時に、ミスキが言い出した。


「いつもはみんなはどうしてるんだ?」

「それなりに稼ぎが出せた時は最終日は一日か半日は休むことが多いな。終了の報告とか返却物とかでギルドの受付が混むから、早めに済ませておきたいってのもあるし、拠点の宿泊施設の掃除とかもあるしな」


ギリギリまで粘る冒険者の方が多いので、最終日の夕方以降は開始日と同じくらいギルドが混み合う。ミスキ達はそれを避けて昼頃に済ませてしまうことが多いらしい。前日に手続きをしてしまうと、補助金の日当が減らされてしまうので、一応最終日に行くそうだ。


「今回の稼ぎはどうだった?俺はちょっとは役に立てたかな」

「レンが役に立ってなかったら俺はどうすんだよ…」


ミスキ曰く、まだ正確な額は算出してはいないが、いつもの定期討伐の二割程度は多く稼いでいるらしい。それに先日のギルド依頼の達成報酬が追加されるのでもう少し良くなるだろう。


「俺が入って頭数が増えたから、取り分は少なくなってるんじゃないのか?」

「そうでもないさ。純粋な稼ぎはそれくらいだが、回復薬や装備の修繕の費用がいつもより少ないんだ。だから経費を引いた額を考慮すれば倍くらいは行くと思うぞ」

「それなら良かった」


そう教えられて、レンドルフはホッとしたような笑顔になった。それなりに魔獣の討伐は経験しているが、冒険者としてはそれこそ初心者で、色々と学ぶことも多かった。王都とは遠く離れた辺境領育ちではあるが、やはり高位貴族であるので金銭的な苦労をしたことは基本的にはない。それ故に金銭感覚の差から、ミスキ達の稼ぎの邪魔を無意識的にしてしまったのではないかと心配に思うところがあったのだ。


「今日もノルマ程度の獲物は仕留めてるし、明日は休みでいいか?」

「ミスキがそれでいいなら」

「開始の時と同じく全員で窓口に行って手続きする必要があるから、一応顔だけは出してもらうことになるけどな。昼前にギルドに来てくれ」

「分かった」



思い返すと色々なことがあったが、あっという間だった気がしていた。

故郷の家族やクロヴァス家専属の騎士達以外で、これほど討伐を共にして来たのはレンドルフには初めてのことだった。本来なら学園を卒業して騎士団に入団し、約二年の見習い期間にあちこちの地方で数ヶ月程度の研修を受ける筈だった。そこで同期と実地訓練を受けるものだが、レンドルフの場合は異例の大抜擢で研修を受けずに近衛騎士団に入団している。普通の騎士なら積み上げて来る仲間との関わりが極端に少ないのだ。


「オレ、もっとレンと一緒に戦いたかったなあ」

「俺もだ」

「ホントか!?じゃあまた今度一緒に行こうな!」

「…ああ。機会があったら、必ず」

「約束、だからな!」


そう言ってタイキはニッと笑って、レンドルフに右手を差し出して来た。レンドルフはその右手を握り返す。タイキの手は、少し冷たくてザラリとしているが、今はもう驚くことはない。


余程でなければ分からないくらいの僅かな時間だったが、一瞬だけレンドルフの返答に間があった。このまま休暇が終わって騎士団に戻れば、今回のように長期休暇が取れることはもうないだろう。定期討伐のようにひと月も冒険者として動くことも出来ないし、なにより騎士としての任務を優先するのならば、たとえ休暇中でも怪我をして任務に支障が出る可能性のあることは止められる。この先騎士であり続ける以上、タイキと冒険者として共に戦う機会が訪れることは無いに等しい。

しかしレンドルフの気持ちの上で嘘はなかった。状況では無理だと分かっていたとしても。


人の嘘を察知するタイキもレンドルフが無理だろうと思っていることは分かっていたが、彼の気持ちの嘘偽りのなさを理解して具体的な約束に言及することは避けたのだった。



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「うわあ…大殺戮…」

「クリューが言うことじゃなかろうて」


昼食後、タイキの感知に導かれるままに歩を進めたところ、大量のポイズンワームの集団に遭遇した。


ポイズンワームは芋虫型の魔獣で、通常の虫とは違って芋虫の姿が成体である。尻から毒液を出して攻撃を仕掛けて来て、弱ったところを魔糸と呼ばれる糸を口から吐いて自由を奪って補食する習性を持つ。魔糸は方向によって魔力を増幅させたり遮断したりすることが可能な素材なので、魔導士の衣服に使われることが多い。体内に液状の魔糸袋を有し、吐き出して外気に触れると固まって糸状になるものなので、その魔糸袋を傷付けずに仕留めると買い取り金額が倍以上違うのだ。ただ雷属性が弱点なので、クリューが弱い魔法を放ったとしてもすぐに袋が破裂してしまう。その為に今回はクリューは後方支援に回っていた。


このポイズンワームは主に寒い地域に生息しているので、この森が生息地最南端と言われている。レンドルフの故郷の北の辺境領では、夏になると大発生する魔獣なので、仕留め方は慣れている。特にクロヴァス領の領民達は、大事な衣服の原材料でもあるので魔糸袋を無駄なく回収する技を殆どが会得しているのだ。


クロヴァス領式では、剣や魔法で攻撃をすると魔糸袋を傷付ける恐れがある為、基本的に素手で仕留める。毒と糸を吐かせないように、頭と尻尾の端の部分を、レンドルフ曰く「キャンディ包みみたいにキュッと捩る」そうだ。レンドルフは用心の為に防毒の手袋を装着して、手慣れた様子で次々と絞めて行った。あまりの手早さに、武器を使って仕留めているタイキもミスキも思わず手を止めて眺めてしまった程だった。


そしてその様子を少々離れたところで見守っていたクリューの先程の台詞に繋がるのであった。もっともクリューが参戦すると広域の攻撃魔法で一気に仕留めるスタイルなので大抵の一番の大殺戮者は彼女の為、聞いていたバートンが突っ込みを入れていた。



「あれ、レンさんみたいに手が大きくないと難しいよねえ」

「そうでもないよ。俺が知ってる一番の名人は糸紡ぎの神って言われてたおばあさんだし」

「おばあさん」

「確か俺が子供の頃に80代だった筈だけど、気が付くとポイズンワームの方から絞められに寄って来る、みたいな感じでさ、片手で一体ずつ、両手で二体同時に仕留められるのがそのおばあさんとあともう一人しかいなかったんだ」

「片手で」

「あの技だけはいくら見ても全く分からなかったな」

「そ、そうなんだ…」


レンドルフの言葉からは想像が全く付かず、ユリの頭の中では魔獣を引き寄せる妖艶な美魔女路線で行くべきか、レンドルフ並みに逞しい老女路線で行くべきか、と思うくらいが精一杯だった。


「やっぱり久しぶりだから腕が鈍ったな」

「あれで!?」

「うん。ちょっと毒を喰らった」


レンドルフは少しだけ苦笑混じりの顔で、手を広げて見せた。その手袋には、毒液が少しばかり付着している。ポイズンワームの毒は神経毒で触れるだけなら命に関わるものではないし、防毒の装身具を身に付けているので体への影響はない。


「前だったらこの倍くらい絞めても喰らうことはなかったんだけど」


念の為直接触れないように裏返すように手袋を脱ぐ。普段なら火魔法で燃やしてしまうのだが、ユリの採取用の短剣を借りて、それで跡形もなく燃やし尽くした。毒性のある植物を採取するのに使用した手袋の処分の為、柄に火属性の魔石を嵌め込んである特注品だ。


「オレ、いつかレンの故郷に行ってみたいと思ってたけど、まだまだ行けそうもねえや…」


時折漏れでるレンドルフの故郷のエピソードを聞けば聞く程、想像を絶する厳しい土地にタイキは思わず身震いしていた。



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「今日はまだ早いが、ここで切り上げるか?」

「それならこの先の草原エリアでちいっとばかり鍛錬の時間を取ってもいいかの。レンは大丈夫そうか?」

「大丈夫です」


大量のポイズンワームを回収して、周囲をグルリと見回してからミスキが提案すると、バートンが手を挙げた。最近、こうして少し時間と体力に余裕があると、バートンがレンドルフに盾の扱い方を教えていた。


「あ!じゃあオレもノルドで訓練してもいいか?」

「そうだな、そうしよう」


タイキの騎乗訓練も大分順調に進み、今のところただ歩かせたり走らせたりする程度であれば自分の意志で手綱をさばいてノルドを動かせるようになっていた。あれならば、タイキと気も魔力も合う魔馬さえ見つかれば行動範囲も広がって、冒険者としての経験ももっと積めるようになるだろう。



「じゃあまず、魔力を盾に流すところからじゃ」

「はい」


空間魔法付きのポーチにしまっておいた盾を取り出してレンドルフに渡し、まずは何度も繰り返している基礎から開始した。

この盾は一時的にギルドから借りたもので、一番大きなサイズを選んではいるのだが、それでもレンドルフが持つと随分小さく見えた。基本的な扱い方を学ぶ為なのではあるが、どうにも盾としての機能を果たしているように思えなかった。とは言え、まだレンドルフが本格的に盾を扱うかは分からないので仕方ないことだろう。

バートンはレンドルフが構えた盾に触れて、少し力を加えたりして魔力の流れを確認していた。


「まだムラがある」

「はい」

「もっと体全体を覆うような意識で流すんじゃ」



身体強化魔法を自身に掛けるのと同じ要領で、持っている盾にも強化の魔力を流すことがまず教えられた基礎だった。身体強化は自分の体だけに掛けられるもので、それ以外の者や物質などに掛けることは出来ないと言われていたが、ここ数十年では自身で体の延長として魔力を扱うことで武器や防具にも強化が掛けられることが分かって来ていた。もっともこの技術は記録にないだけで、昔から無意識に剣などに強化を掛けているものは存在していたらしい。ただそれは目に見えるものではなく自身の感覚的なものが大きく、他者に教えたり継承したりするものだと意識されていなかったのだ。

それがやっと理論として確立され明文化したことによって、魔力を扱う全ての者が鍛錬次第で自分以外のものを強化可能だと広まったのだ。しかしながら、なかなか簡単に習得出来るものではなく、騎士や冒険者など以外の者は習得しようとは思われていないし、鍛錬しても実際に使える者はそこまで多くなかった。


レンドルフは幼い頃から周辺はその技術を習得した者ばかりに囲まれていたので、ごく自然に身に付けていた。領民もおそらく大半が扱えたので、王都の学園に入学して驚愕したのを覚えている。王都の中心街に初めて出た時も、周辺の人々が弱々し過ぎて身動きが取れなくなったことは、時折今でも同期の騎士に揶揄われることがある。

そのことで以前長兄に、何故教えてくれなかったのかと苦情を言ったことがあったが、長兄は「いつも周囲に人がいなかったから分からん」とその後の対応に困る回答を寄越したので、クロヴァス家ではその話題はそれ以降出ていない。



「うむ、やはり今までの癖で中央にばかり強化が掛かっておるの。大分他に流せるようにはなっとるが、このままじゃと魔力を流してない盾よりも壊れやすいぞ」

「…なかなか、難しい、ですね」

「肩に力が入り過ぎじゃ。少し休憩するか」

「はい」


バートンに言われて、レンドルフは大きく息を吐いて盾を下ろした。先程から盾に魔力を流しているだけでその場から動いていないのに、こめかみや首筋を汗が伝っている。慣れていない魔力の操作で、必要以上に体に力が入ってしまうようだ。


「まあこれは汎用品じゃから、扱いにくいところもある。もともと武器に強化魔法を流せていたんじゃ。飲み込みは早い」

「ありがとう、ございます」


タオルを首にかけて汗を拭いながら、レンドルフは地面に座り込んで水筒を取り出す。体を動かす訓練とは違うのだが、疲労度は大差ないような気がした。


「ミスキ、何かお前さんからいいアドバイスはないかの?」

「もうひたすら慣れる、しかないんじゃないの」

「ううむ」


少し離れたところで座り込んで、レンドルフとタイキの訓練を楽しげに眺めていたミスキにバートンが話を振ったが、あっさりとした答えしか返って来ずにバートンは難しい顔で唸った。ミスキはそれを見て、軽く「仕方ないなあ」と肩を竦めてヒョイと立ち上がると、レンドルフの側までやって来た。


「俺さ、昔魔道具を組み立てる仕事してたから、魔力の操作だけは得意なんだよ。今もこっそり魔道具の改造したりとかな」


魔道具の動力源になる魔石の魔力補充の為には属性魔法が必要で、残念ながらミスキにはそれは出来なかったが、出力を調整したり使いやすく外側の容れ物を整えたりする仕事に携わっていたので、自分の魔力で別の魔力を操作するのは得意だった。


ミスキは傍らに置いてある盾を拾い上げるとレンドルフを手招きして再び盾を握らせた。そしてその上から手を重ねるように置いて来る。


「ちょっと弱めに盾に魔力流してみてくれ。今は全体とか考えなくていいから」

「ああ」


ミスキが何をするのかは分からなかったが、言われるままにレンドルフは弱めに魔力を流す。


「…これで弱めかよ」

「……そのつもりなんだが」

「まあ、いいか。ちょっと不快になるかもしれないが、しばらく我慢してくれ。あんまり嫌でも俺は殴るなよ」

「そんなことするつもりはないよ」

「分かってる」


しばらくすると、重ねられた手の方に微かにピリリとした感覚が走る。そしてそれを皮切りに、ジワジワと奇妙な感覚が体に広がって行く。少し痺れているような感覚だが、まるで自分の体の内側を違うモノの意志が操っているような気がする。体の中の筋肉が、思ってもいない方向に収縮されて強引に動かされている。痛みという程ではないが、体感したことのない不快感だった。やがてその感覚は盾に流している魔力にまで及び、ゆっくりと全体に広げられて行くようだった。そしてその魔力が万遍なく盾に広がった気がすると、不意にその感覚が消え去った。


「何となく分かったか?」


目を瞬かせて手元を見ると、重ねられていた手が離れていた。


「…今の」

「魔道具改造の応用だ。魔石の魔力を操って出力を変化させたりする為に外部から魔力で操作すんの。ま、レンを魔石に、こっちの盾を魔道具に見立てた感じだな」


あの奇妙な自分の意志とは関係なく勝手に動かされるような感覚が、ミスキの魔力だったのだろう。レンドルフは自分の手を何度か握ったり開いたりして感覚を確認していた。


「一応盾に魔力流す感じは分かったろ?忘れないうちにやってみろよ」

「分かった」


そう言われて、レンドルフはすぐに盾を構えて先程の感覚を思い出しながら魔力を流してみた。先程の感じだと、まるで自分の血管が盾の中に伸びて拡張して行くような感覚だった。面ではなくて、細かい網のように広げて行く。


「おお、こりゃ随分良くなったな」


盾に触れたバートンがすぐさま感嘆の声を上げた。レンドルフの感覚ではまだ端の方や、一部に網目の粗いところがあるのは分かったが、それでも先程に比べればはるかに全体に魔力を流すことが出来ている。少しだけ魔力の量を増やしてみると網目が太くなったようで、細かいところが繋がって線から面のように変化して行く。しかし今度はそうなると均一に流すのが制御出来なくなり、当初のようなムラが発生してしまった。


「出力を上げるのはまだ難しいですね」

「焦るな焦るな。これだけ出来れば上等じゃ」


弱い魔力で簡単に出来るようになってから徐々に出力を上げて行くようにした方がいい、とアドバイスを受けて、レンドルフは大きく頷いた。


「ミスキ、ありがとう」

「役に立って良かったよ。それに殴られなかったしな」

「そんなことはしないって」

「前に同じことして、タイキにやられてんだよ」


タイキが幼い頃に、あまりにも魔力制御が上手く行かなくて怪我ばかりしていたので、ミスキが先程のように強引に魔力の流れと扱い方を学ばせていた。が、幼いこともあったのでタイキは「キモチ悪い!」と反射的に手が出ていたのだ。その後は泣きべそをかいてミスキに平謝りをするのだが、それは数え切れない程繰り返されて、ミスキは何度歯が欠けたりしたか分からない。


「まあ、ちょっと気持ちは分かるが」

「怖いコト言うなよ!」

「冗談だよ」

「レンがいうとシャレになんねーの!」


そう苦情を返しながらも、ミスキの顔は楽しそうだった。レンドルフもその顔を見て、釣られて楽しげに笑ったのだった。



魔力操作で他人に魔力を流される感覚は、低周波治療器のような感じ。


レンドルフの長兄は、どちらかと言うと「熊の皮を被った猪」タイプなので、あまり周囲を見ないで一直線に進むので物理的に距離を取られてただけで、別にお友達がいなかった訳ではありません。多分(笑)

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