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74.食えるモノ、食えないモノ


「今日はまだ余裕あるから、ミノタウロスの引き取りに寄ってもいいか?」

「もうアイツの解体が終わったのか。相変わらずいい腕じゃの」


定期討伐中はエイスのギルドでは解体を受け付けていないので、隣街の解体屋に任せていたミノタウロスの解体が終了したとミスキのギルドカードに連絡が入っていた。もともとバートンやクリューの古い馴染みの冒険者だったのだが、引退して解体屋をしていた。その繋がりで「赤い疾風」とも親しくしているのだ。


「レンとユリはどうする?俺達は引き取った肉はおふくろンとこに預けておくつもりだけど、二人とも個別に引き取りたい部位があったろ。今日受け取りたいなら一緒に来て欲しいんだが」

「俺も今日受け取れたらありがたいな。ユリさんは?」

「私も欲しい。明日の休みに実験したいし」

「じゃあ森を出たらルート変更な」



ミノタウロスは牛型魔獣なので、ほぼ普通の牛と変わらない部位が食用可能だ。皮や角も装備や武器として人気が高い。

昨日のうちに、引き取りたい希望部位をミスキに知らせておいたので、そこから解体屋に伝えてもらってあった。パーティの取り決めで引き取り分はギルドの買い取り料金を支払うことになっている。ミキタに調理してもらう分は、皆で相談して引き取り部位を決めて頭数で割ることにしているが、それ以外で個人的に引き取りたい分も注文していた。


「ユリさんの欲しい部位って骨だったよね。それも薬とかに使うの?」

「うん。薬にもなるし、薬を飲みやすくするものの材料にもなるの。ほら、子供が苦い粉薬を飲まなかったり、お年寄りだと飲み込み辛いこともあるから、それを手助けするものになるのよ」

「そういうの、子供の頃に知りたかったな…」

「レンさんが子供の頃はどうしてたの」

義姉(あね)に口をこじ開けられてた…」


レンドルフはその時のことを思い出したのか、遠い目になっていた。


兄も甥も薬嫌いで、レンドルフもそれに倣うように薬は拒否しがちだった。が、かつて領内で質の悪い風邪が流行った際に、大抵の魔獣が逃げ出すのではないかと思われる形相の義姉に無理に薬を飲まされたことがあった。その時は兄も寝込んでいたのだがこっそり薬を飲んだフリをしていたことが義姉にバレて、それでも断固拒否してたところを義姉に顎を外されて口が閉じなくなったところを流し込まれていた。あれを目の当たりにして以来、レンドルフも甥も義姉の差し出す薬には素直に口を開けるようになったのだった。人間の顔があんなに伸びるのだと愕然とした記憶は、未だにレンドルフの脳裏に深く刻まれている。


「レンさんは変わったとこ希望してたよね」

「やっぱり変わってるかな。実家の方でよく食べてたんだけど。今お世話になってるところのシェフが作れるって言ってたから、材料が手に入ったら作ってもらうように頼んでたんだ」

「内蔵と腱…だっけ?どんな料理なの?」


レンドルフが引き取りを希望していたのは、内蔵の中でも腸と胃袋、そしてアキレス腱だった。クロヴァス領では主に普通の牛で作られていたが、何度かミノタウロスでも食べたことはあった。どちらかと言うとミノタウロスの方が味が濃くて、男性陣に人気だった。


「ネギとかセロリとかの香りの強い野菜と酒で半日くらい煮込んで、それから豆とかイモとかトマトと一緒に煮込むんだ。スープってよりは煮込み料理かな。それを固いパンに浸して食べるのが美味しくて」

「…想像つかない。腱って固いんじゃないの?食べられるの?」

「大体丸一日近く煮込んでるから柔らかいよ。もしかしたら普通の肉より柔らかいかもしれない」

「そうなんだ!……ねえ、レンさん、それっていっぱい作る…?」


興味津々で目を輝かせたユリが、上目遣いに見上げて来る。もう何を言いたいかがあまりにも分かりやすい表情に、レンドルフの目元が柔らかく下がる。


「上手く出来たらお裾分けするよ。口に合うかは分からないけど」

「ありがとう!すごい楽しみ!」

「オレも!オレも食いたい!レン、オレも!!」

「ああ、いいよ。でもあんまり期待しないでくれよ」


タイキも熱心に主張して来て、レンドルフは頭の中でどのくらい作ってもらうか考え始める。レンドルフは幼い頃から食べ慣れているが、慣れてない人にとっては独特の食感が受け入れられるか分からない。しかし、少しだけ作って好評だったから追加で、というような手軽な料理ではないので悩みどころだ。それに実際は作ってもらう立場なので、あまり手間をかけさせてしまうのも悪い気がした。



クロヴァス領では、これは冬の料理だった。雪に閉ざされる北の地では農作業が出来なくなるので、料理に時間を掛けることが多くなるのだ。

朝食後に下処理をした具材を大鍋に入れてストーブの上に乗せて、皆はその周りで暖を取りながら冬の手仕事やお喋りに興ずる。昼食後にトマトや豆などを追加してそのままじっくりと煮込んで、それはその日の夕食に供されるのだ。領民達の間では近所の女性達が子供などを連れて集まって数家庭分をまとめて作り、夜に各自鍋に入れて持ち帰るのが冬場の風物詩であった。一カ所に集まることで薪の節約にもなるし、互いに子供達を見ることが出来る生活の知恵でもある。人の目が多ければ、幼い子供が少し目を離した隙にストーブで火傷を負ったり、勝手に外に出て行方が分からなくなったりすることも少なくなる。

レンドルフは領主の子息であったので、城の中にいてそういった交流は少なかったが、ストーブの周りで編み物や刺繍をする母や使用人達とゆったりとした空気感の中で、大きな鍋の中が少しずつ独特な匂いから美味しそうな香りに変わって行く時間がとても好きだった。

ある程度大きくなってからは雪山の魔獣討伐に駆り出されていたので、そんな時間は殆どなくなってしまったが。



「私、殆ど王都から出たことがないから、すごく楽しみ!」

「口に合うといいんだけど」


自分の幼い頃から好きだったものを誰かと共有して、好きになってもらえたら嬉しい。なかなか癖のある食材なので難しいかもしれないが、それでも少しだけ期待しながら、レンドルフは故郷のレシピを思い返していたのだった。



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「ええと、これ…でいいんだよな?」

「ああ、ありがとう」

「大丈夫!」


解体屋の受付で、きちんと分けられた包みを受け渡す時、分かっていてもミスキは確認せずにはいられなかった。


何せ内密にしているとは言え、高位貴族の二人が揃って受け取るのが内臓と腱、そして骨という捨ててもおかしくない部位を嬉々として選んでいるのだ。何だか自分達が「一番高い部位の肉」と言ったのがおかしいのではないかと思えてしまう。


「まだ大量に残ってて選べるけど、他の部位とかはいいのか?」

「私はみんなで食べる分で大丈夫だよ」

「あー…じゃあ俺は良さそうな部位を追加していいかな。今回の泊まる場所でお世話になった方に贈ろうと思う。ユリさんのおじい様にも渡して大丈夫かな?」

「あの…おじい様はお忙しいから、食べ物よりも素材の方がいいと思う。今回の骨はおじい様と半分こする予定だし」

「そうなんだ…でも今度きちんとお礼がしたいから、ユリさん希望を聞いてもらってもいい?」

「分かった。聞いておくね」


ミスキが解体を担当してくれた店主からメモを受け取って、今すぐに個別に引き取り可能な部位と量を教えてくれた。

レンドルフは少し悩んだ後に、サーロインとヒレにあたる部位の塊を買い取ることにした。ヒレの方はクロヴァス家のタウンハウスに直送してもらうように配送も頼んだ。それなりに連絡はしているものの、ほぼひと月留守にしているのだ。心配を掛けたであろう執事をはじめとする使用人達への謝罪も含んでいる。

サーロインの方は、パナケア子爵別荘で世話になっている使用人達への餞別のつもりだった。彼らはまだ不慣れなところもあったが、レンドルフには特に不満も不自由も感じなかった。シェフのレオニードに渡して好きに食べてもらおうと思っていた。



「なかなかやりがいのある仕事だったぜ。良いヤツと手を組んだな。もう仲間に引き込んだのか?」

「あー…彼は一時的な参加だ」

「何だ、そりゃ残念だな。あのミノタウロス、Bランクの上かAランクの下ってとこだったぞ」

「そんなにレベル高かったのか」


通常の迷宮ダンジョンに出現するミノタウロスはCランク内で上下の差がある程度だった。今回はイレギュラーに強かったのでBランクは行っているかもしれないとは思っていた。しかしそれよりもずっと高いレベルを知らされて、ミスキは改めて運の良さに身震いする思いだった。

渡された請求書の金額を見て、ミスキは納得はしているが少々厳しい表情になっていた。そこには通常のミノタウロスの倍近くある解体料が記載されていた。二枚目の紙には、丁寧な内訳と料金が一覧になっていて、ざっと見た限りではおかしいところは見当たらない。


「そのレベルだとこの解体費も仕方ない、か」

「これでも良心価格だぜ。だけど、魔狼の属性持ちを回してくれたらタダでもいい」

「何で知ってるんだよ」

「俺の情報網を舐めるなよ」


この解体屋の店主の男性は、かつて腕利きの冒険者でAランク目前と言われていた。しかし大怪我を負って惜しまれながらも潔く引退した。しかし当時の伝手はまだ生きているようで、ミノタウロスと一緒に仕留めた魔狼の情報を既に知っていた。そしてミノタウロスと一緒にギルドに査定してもらおうと思って、まだ手元に置いていることも分かっているようだ。


「…どの属性が希望なんだ」

「雷のヤツ」


彼はそう言ってニヤリと笑い、それに反比例してミスキの顔が渋くなった。


「一番状態の良い奴まで知ってるとは、どこまで手広いんだよ」

「いやあ、分かってるのは属性までだ。ただ、他の二体はクリューちゃんが丸焦げにしてるだろうと思ってな」

「土属性の方はまだ毛皮は無事だ」

「じゃあ中身が丸焦げか」

「……多分な」


手の内を知られているので実に的確に予想されているところが腹立たしくも思えたが、ミノタウロスの解体料と引き換えにするのは決して悪い話ではない。相手もそこを見極めての交渉なのだろう。想定する状態の良い魔狼のギルドの買い取り価格よりも、僅かに高いところもまた絶妙だった。


「どうせアンタのことだから、独自の販路で高く捌くんだろ」

「こっちも商売だからな。儲けなけりゃ腹は膨れん」

「相変わらず()()()()な。……分かったよ。雷属性の魔狼と引き換えだ」

「毎度あり」


そう言って彼はすぐに机の引き出しの中から契約書を取り出して来た。完全に手の平の上で踊らされているような気分で、ミスキの顔はますます渋くなったのだった。



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「なあ、そこの若いの」


素材の引き取りや配送などの手続きを終えて解体屋の店を後にする直前、店主にレンドルフは声を掛けられた。


「アンタは、これからも冒険者を続ける気はあるのかい?」

「…それは分かりません」


問いかけられたレンドルフは、素直に今の感情を返した。今は一時的に休暇を利用して冒険者の真似事をしているに過ぎない。この休暇が終われば、騎士団に戻ることになっている。その処遇によっては王城の騎士団は解任になるかもしれないが、正騎士の資格は余程のことがない限り取り消されることはないので、どこか別の場所で騎士を続けるように命じられる可能性の方が高いだろう。


「そりゃ惜しいな。アンタならちぃっとその気になりゃAランクにもなれるだろうさ」

「過分な評価をありがとうございます」

「…本気で望めばその先にもなれるだろうが。アンタをその気にさせる方が難しそうだな」


店主の目が、少し鋭い光を帯びる。顔は笑っていたが何となく剣呑な空気を孕んでいて、レンドルフは戸惑いながら反射的に半歩後ろに下がった。


「いや、すまねぇな。つい元冒険者の癖で、将来性のありそうなヤツを見かけると世話を焼きたくなっちまう。俺はトマスだ。何か面倒な解体があったらいつでも来てくれ」

「レンです。よろしくお願いします」


彼、トマスが右手を差し出して来たので、レンドルフもその手を握った。トマスは体格こそは標準的だが、それに見合わぬ程節くれ立った手は荒れて、あちこちに固くなったタコができていた。


「レン、気を付けろよ。コイツはぼったくりはせんが、珍しい魔獣を仕留めたと聞くと解体させろとしつこくつきまとわれるからの」

「おいおいバートン、師匠に対して随分言うじゃねぇか」

「それを言うなら、ワシはトマスの料理の師匠じゃろ」

(ちげ)ぇねえ」


トマスが現役冒険者だった頃、見様見真似で解体をしていたバートンに基礎を教えたのが彼だったという。ほんの数日教わっただけで、もともと料理が得意だったバートンは大抵の解体は出来るようになった。それと引き換えに、全く料理には無頓着だったトマスに、最低限ちゃんと火の通った塩焼きが出来るように指導したのがバートンだったらしい。おかげでトマスは腹を壊す回数が半分以下になったそうだ。


「バートン、ちょっといいか」

「?なんじゃ」

「バートンさん、俺、外で待ってますね。ミスキにも伝えてきます」

「ああ、すまんの」


トマスが声を潜めたのを察して、レンドルフが外に出て行った。



「どうした改まって」

「お前ら、今のうちにパーティランクをもう一つ上げとけ」

「何じゃ、いきなり」


トマスがレンドルフが店の外に出た瞬間、今まで浮かべていた笑みを消して真剣な顔でバートンに囁いて来た。店の中には他に客はいないが、奥の方で従業員は作業をしている。どうやら彼らにも聞かれたくないようだった。


「あの若いのが結構な戦力になったことは分かるが、それでも属性持ちの魔狼と上位ランクのミノタウロスを倒せたんだ。今のお前らなら十分狙えるだろ」

「まあ…ちっとばかり無理をすればギリギリ行けると思うが」

ミスキ(アイツ)が慎重なのは分かってるがな、あの坊主が未成年の特例措置があるうちにギリギリまで上げて、特例が外れたらすぐにAランクになれるよう準備しとくんだ」

「Aランク!?随分とまた無茶を言うの」

「無茶じゃねえ。あの兄弟はうまくやりゃあ個人でもそれくらいはなれるだろうし、あの若いのを入れるのが無理なら、ミキちゃんでも引っ張り出せ。指名依頼が取れるようになると、色々厄介だぞ」

「……お前さんでもそう思うか」

「バートンだって分かってんじゃねえか」



今現在「赤い疾風」はCランクのパーティで、リーダーのタイキが未成年であるので最高でもBランクまでしか上げられず、指名依頼も受けることは出来ない。それは制限でもあるが、逆に防壁でもある。タイキが竜種の血統であることは公表されている為、囲い込みたい輩は虎視眈々と機会を狙っている。一応アスクレティ大公家が陰ながら後ろ盾になってはいるが、それをかいくぐろうとする者はいくらでもいる上、タイキが指名依頼を受けられるようになれば堂々と接触することが出来るのだ。いくら気を付けていても、老獪な策に長けた者が関わってくればあっという間に足元を掬われかねない。


指名依頼が受けられるようになるのは、個人もパーティもCランク以上になるが、更にAランク以上になると、ギルドからの庇護が強くなる。ギルドは国や他の権力などとは独立して干渉されない存在だ。ギルドとしても優秀な人材は確保しておきたいので、Aランク以上になると国や貴族などからどんなに干渉されたとしても、当人が望まなければギルドの権限で拒否することが可能になるのだ。勿論、Aランク以下の冒険者も望めばギルドの庇護を受けることは出来るが、ギルド自体が積極的に動いてくれるのはやはりAランク以上になる。

もっともよくあるパターンが、当人はギルドの庇護を受けても、身内が巻き込まれることだ。見目の良いBランク冒険者が貴族に目を付けられて指名依頼にかこつけて愛人として囲い込もうとされ、それを断ってギルドの庇護を受けたものの家族を人質に取られてしまったこともあった。そして結果的に表向きは自ら望んで指名依頼を受けたようにせざると得なくなった事案など、掘り返せばいくらでも出て来る。

しかしAランク以上になると、そういったことを防ぐ為に当人以外の存在もギルドの庇護下に入れることが出来るのだ。それだけAランク以上は稀少な存在で、ギルドでも重要視されている。



「トマスがそう言うってことは、かなり具体的に動いているモンがいるってことじゃな」

「……そこは想像に任せるぜ」


トマスの言葉は、ほぼ肯定と同義だった。


バートンは詳しいことまでは知らないが、冒険者時代のトマスがあと少しでAランクになれるという頃、指名依頼のトラブルで大怪我を負ったという話は聞き及んでいた。トマス自身も多くは語らなかったが、色々と思うところがあっての忠告なのだろうということはすぐに分かった。


「忠告、感謝するぞ。ミスキにも相談してみる」

「ああ。またいつでも利用してくれよ。そう伝えといてくれ」


そう言ったトマスは、すっかりいつもの食えない解体屋の主人の顔に戻っていたのだった。



レンドルフの故郷の料理は、トリッパのトマト煮込みとポークビーンズのイメージです。

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