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71.遅れてきたヒーロー

まだ戦闘中。ご注意ください。


「スパーク!」


バートンが壁全体を生活魔法で洗うように全体を湿らせると、すかさずクリューが広域の攻撃魔法を放った。一瞬だけドーム状の壁全体に金色の網が広がったように光り、一拍遅れて焦げた一抱えもあるサラマンダーの黒焼きが続々と落ちて来た。


「ひょえっ!」


真上に潜んでいた個体が降って来て、クリューが奇妙な声を上げたが、ぶつかる前にバートンが傘のように頭上に盾を掲げて離れた場所に放り投げる。


「…思ったよりも少ないけど、大物が多いわね」

「そうじゃな」


ギルドからの情報だと、このエリアに出現する魔獣は、ボスのミノタウロスの他にこのサラマンダーのようなトカゲ型やコウモリ型魔獣の下位から中位程度の個体が30体程だと書かれていた。しかし今落ちて来たのは20体よりは少なそうだったが、大きさや擬態能力からして中位以上、もしくは上位に近い。


「あっちも苦戦中みたいね」

「クリューはここで控えておいた方がいいのう」

「分かってるわよ。こっちで魔獣回収してるから、二人はあっちに回って。無理しないようにね」

「はい。クリューさんも気を付けて」


バートンは回収用のポーチをクリューに手渡すと、ミノタウロスの方に小走りに向かって行った。

クリューも援護に行ければ参戦したいところではあるが、魔力回復薬を飲んでも半分以下程度しか魔力は戻っていない。それに万全であってもミノタウロスの魔法耐性の高さに有効な手立てはない。むしろ側に寄って攻撃の範囲内にいればただの足手まといだ。

そこは割り切って倒した魔獣の回収に専念する。とは言え、視界に入る仲間の奮闘に役に立てないもどかしさは何度経験しても胃の辺りがズシリと重くなる。


「このダンジョンって、火力高めのCランク推奨なのよね…。いくらウチでもこんなに苦戦する筈ないんだけど」


ギルドも、ミスキも十分攻略可能だと判断したからここに来たのだ。


焦げたサラマンダーを回収しながら、クリューは腑に落ちない顔をしながら首を傾げたのだった。



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「ぐあーっ!クソ不っ味ぃ!」


三回ほどまともにミノタウロスの蹴りを食らったタイキは、さすがに鱗の防御が追い付かずに内臓を傷付けたようで口から血を流していた。仕方なくユリ特製の特殊回復薬を一気に飲み干して叫んでいる。

しかし味はともかく効果は確かなので、動きが格段に良くなった。ミノタウロスに少しでもダメージを与えて動きを鈍らせようと、関節の付近を集中的に攻撃していた。体を回転させて勢いを付け、長さの違う武器なのにほぼ同じ場所に刃を何度も叩き込む。通常の魔獣ならばそれで関節から斬り落とされそうだが、固いミノタウロスの皮膚が少し裂けるだけに留まっている。


タイキの攻撃は速くて手数が多いが、かたやレンドルフは一撃が重いので、刃の食い込む深さが違う。だが毎回渾身の力を込めての一撃なので、タイキのように細かくミノタウロスの体力を削ることは出来ない。与えるダメージはレンドルフの方が大きいが、それでも骨に達する程の致命傷は与えられていない。


(これは、感覚的にサイクロプスより固いな…)


かつてレンドルフがクロヴァス領で討伐した中でも最大だったサイクロプスも、固くて魔法耐性の高い厄介な個体だった。このミノタウロスはそれよりも二回りは小さいが、攻撃の通りにくい固さは同じかそれ以上のように感じた。

ミノタウロスも何度か討伐したあるが、ここまで大きくも固くもなかった。


数こそ多くないが、全ての攻撃を全力で打ち込んでいるので、既に汗だくになっていた。こめかみを伝った汗が、顎から滴り落ちて襟元を濡らしている。


「ちっ!」


タイキが、振り上げられたミノタウロスの腕を伝って顔を狙ったが、到達する前に振り落とされて舌打ちをしながらレンドルフのすぐ脇に降って来た。


「何か、あんまり効いてる気がしねえ」

「そうだな」

「目か、眉間の辺りを一撃でも出来りゃあな」


タイキは鱗で覆われているので表情は分かりにくいが、やはりそれなりに疲労は蓄積されているようだ。


「全力でジャンプしてもせいぜい肩止まりだな」

「オレも首辺りが限度だ」


ミノタウロスの弱点は、角と皮膚の境目辺りだと言われている。そこは皮膚が他よりも柔らかく、刃が通りやすい。そして目は、どんな生き物でも大抵は弱点にあたる。どちらかでも攻撃が通れば攻略が楽になるのだが、高さがある為に攻めあぐねていた。


「レンの土魔法で足場作れねぇか?」

「さっきから足止めに使おうとしてるんだが、上手く魔力が流れないんだ」

「マジか…蟻ンとこじゃ使えたのにな」

「全く使えない訳じゃなさそうなんだが、中途半端な強度だと逆にアイツに武器にされかねないからな。あっちに影響がないとも限らない」

「そりゃマズイな。悪い、考え付かなかった」


レンドルフは、ミノタウロスの動きを警戒しながら、離れたところで魔狼と対峙しているユリ達に一瞬視線を向けた。土魔法でミノタウロスの周囲を固めるか、タイキの言ったように足場を作成して頭を狙うかとも思ったが、相当に強度を上げなければこのミノタウロス相手では確実に崩され、却って石つぶてという武器を与えてしまうようなものだと思い当たり、使用できずにいた。


「やっぱ足を崩して頭を下げさせるしかねぇか」


タイキは先ほどから後脚の腱を狙って何とか背後に回り込もうとしているのだが、ミノタウロスの強力な蹴りによって幾度も阻まれていた。


「もうタイキは狙いが読まれてる。今度は俺がやってみる」

「レンだって警戒されてるんじゃねえか?」

「何とか隙を突く。タイキは頭を頼んだ」

「ああ!頼まれた!」


分かりにくい筈の鱗越しでもはっきりと笑顔を見せて、タイキが少しだけ後ろに下がった。



ミノタウロスは油断なくレンドルフ達の動向を見守っているようだった。レンドルフは低く剣を横に構えて、一気に距離を詰めた。ミノタウロスはそれを捉えようとして細かい傷を負った前脚を伸ばして来るが、レンドルフはそこをかいくぐり後脚に向かって剣を横に薙ぎ払った。相手はそれを察知していたのか、サッと狙われた脚を引いてしまい、レンドルフの大剣は空を切る。が、彼はすぐに剣を垂直に持ち替えると、狙っていない方の脚の蹄目掛けて刃を突き立てた。そちらの脚は引くのが間に合わず、バキリと乾いた音を立てて蹄に突き刺さり、そのまま大剣の半分以上が床の石に突き立てられた。蹄に刺さった状態なのであまりダメージはないだろう。だが、それによって片足が固定された状態になった。

ミノタウロスの表情はあまり分からないが、それでも不意に足を縫い留められて少々焦ったような唸り声をあげた。更にレンドルフはその剣を手放して、最初の剣戟を避けるために引いた方の脚に体当たりするように取りついたのだった。


「うおおおぉぉぉっ!!」


大柄なレンドルフとはいえ、ミノタウロスとの体格差は大人と子供どころの比ではない。が、ミノタウロスの脚にガチリと両腕を回し、膝を曲げて腰を落とした姿勢で脚を締め上げた。驚いたミノタウロスはレンドルフを振り解こうと脚をバタつかせようとしたが、片方は蹄を床に深々と縫い留められ、もう片方もしがみ付いたレンドルフの力に思うように動かせずにいる。


「ぐううぅっ!」


それレンドルフを前脚で引き剥がしにかかろうと、ミノタウロスは前に屈みこんだ姿勢になった。そこを更にレンドルフが後脚ごと捻るようにして体を傾けた。全力の身体強化魔法を掛けた上での渾身の力技に、レンドルフのこめかみに青筋が浮き上がり、白い肌が見えているところが真っ赤に染まった。固く噛みしめた奥歯がヒビが入るのではないかと思うほどにギリギリと音を立て、その喉の奥から低い唸り声が上がる。

僅かに前屈みになったミノタウロスは、その力に思わず足元がふら付いた。


「おうりゃぁぁぁっ!」


その隙を見逃さず、タイキは自分の跳躍範囲内にまで頭を下げたミノタウロスに向かって、躊躇なく飛び掛かった。タイキの真っ赤な髪が、透明な鱗から透けて光を反射し、まるで炎の弾丸のようだった。


タイキは角の境目の眉間の辺りを狙ったのだが、一瞬早くタイキに気付いたミノタウロスが顔を上げてしまった。すかさずタイキは反射神経の良さを発揮して構えた曲刀の向きを変え、ミノタウロスの目に突き立てる角度に強引に腕を捻った。


『ブオオオォォォォォッ!!』


狙いを違えずタイキの剣が深々とミノタウロスの片目に突き刺さった。さすがにこの攻撃は効果があり、ミノタウロスはこれまでに最も大きな咆哮を上げて仰け反った。


「ぅわっ!」


痛みに狂ったように暴れるミノタウロスから離脱しようと、タイキが目に刺した剣を抜こうと柄に手をかけた。が、特徴的な大きく曲がった刃がミノタウロスの体内のどこかに引っかかったのかすぐには抜けず、バランスを崩して空中に放り出された。


「タイキ!」



------------------------------------------------------------------------------------------



放り出されたタイキは、なぜか周囲の景色がゆっくりとして見えた。耳には自分を呼ぶ声が聞こえたが、それが誰の声だったのかは分からなかった。


ミノタウロスから放り出された勢いで体がクルクルと回っているらしく、天井と地面が交互に映った。そしてその視界の端で、片目になったミノタウロスの憎しみに満ちた赤い目がギロリとこちらを見上げている。そしてミノタウロスが大きく口を開けて、レンドルフに傷を負わされていない方の前脚で落ちていた巨大な斧を掴み、タイキに向かって振り下ろそうとしているのが見えた。さすがにあれが直撃すればただでは済まないのは分かっているが、空中に放り出されている状態では避けることはかなわない。

よくミキタの店に来ている冒険者を引退したという老人の話で「死ぬ間際にはすべての景色がゆっくりに見える」という話を何故か思い出していて、ああこれがそうなんだな、とぼんやりと考えていた。


(やべぇな、兄ちゃんに怒られる…)


グルグルと入れ替わる風景の中で、こちらに向かって泣きそうな顔をしているミスキがやけにはっきりと見えた。兄にそういう顔をさせた時は必ず、後で厳しい説教が待っているのをタイキはこれまでの経験で嫌というほど知っていた。なるべくなら短めだといいな、などと考えていたタイキにの目の前には、巨大なミノタウロスの斧が手が届きそうな距離まで迫ってきていた。


バキィッ!!


「えっ!?」


突如、タイキの目の前に迫っていた斧の刃が弾けたように下に落ち、タイキの視界は何か黒いものでいっぱいになった。


次の瞬間、タイキの周囲は正常に動き出し、落ちる感覚の直後にズシンという着地の衝撃が全身に伝わった。だがその衝撃は落下のものではなく、タイキの体の下には少し柔らかく温かい、そしてよく知った匂いのするものがある。


「ノルド!?」


タイキが目を瞬かせて顔を上げると、よく見知った青黒毛の艶やかな毛並みを誇る、レンドルフのスレイプニルの体があった。ノルドはこの迷宮ダンジョンの入口の近くで待つようにとレンドルフに言い聞かせられて近くには来ていた筈だが、何故このダンジョンの中にいるのだろうか。タイキは訳が分からずに混乱したが、そんなことにはお構いなしに暴れているミノタウロスを先にどうにかしなければならない。落ちるところを掬い上げられるような形になったタイキは、毎日の訓練でして来たように迷うことなくノルドに跨ると、両手で手綱を握りしめた。ノルドも一瞬だけ振り返ってタイキに視線を向けると「よく分かってるじゃないか」と言いたげに耳をピルッと振った。



------------------------------------------------------------------------------------------



ミノタウロスの脚にしがみ付いていたレンドルフは、タイキが振り落とされて斧で叩き潰されそうになっていたのを見て、駆け付けるのは間に合わないのは分かった。それでも僅かでもミノタウロスの攻撃の軌道を逸らそうと限界まで力を籠めようとしていた。が、次の瞬間、斧を叩き落すように自慢の脚力で飛び込んできた存在に、一瞬外れないように固く組んでいた腕の力が抜けるところだった。


「ノルド!?」


タイキを救うように颯爽と飛び込んで来たのは、間違いなくノルドであった。ミノタウロスの斧に飛び乗って叩き落すように蹴りを入れると、そのままの勢いでタイキを背に乗せると無事に地面に着地した。

まったく予想のつかないノルドの乱入にレンドルフの頭の中は疑問符で溢れたが、それは後回しにして今はミノタウロスを倒すことに集中した。


「ぐっ…!」


目を潰されて暴れるミノタウロスにさすがにしがみ付いているのは厳しくなり、レンドルフは離れる直前に関節の曲がる方向とは逆に力を込めてから飛び退いた。骨を折ることまでは行かなかったが、関節をずらすことには成功したらしく、ミノタウロスの片脚はフラフラと定まらない状態になった。しかし、それなりに長い時間ミノタウロスを抑えるために全力で脚を抱えていたレンドルフの両腕は、力が入らない状態で震えていた。ミノタウロスの片方の脚の蹄に刺さった自分の大剣をとても抜ける状態ではなかった為、まず蹴られない位置まで離脱することを優先した。

タイキがノルドに跨った状態でミノタウロスの周囲を走り回り、ミノタウロスどうにかそれを捕まえようと腕を伸ばしている。その隙にレンドルフはポーチから回復薬を取り出そうとしたが手が、震えてしまって上手く掴めない。


「レンさん、しゃがんで!」


魔狼が片付いたのか、ミスキ達も近くに来ていた。レンドルフの様子をいち早く察したユリが、封を切った回復薬の瓶を片手に駆け寄ってくる。レンドルフはそれを受取ろうと手を伸ばしかけたが、ユリは瓶を手渡さずにレンドルフの手首を掴んでグイ、と引っ張った。身体強化を掛けて引っ張られた力は思いの外強く、力の籠め過ぎの影響が足にも来ていたレンドルフはあっさりと跪いてしまう。


「その手じゃちゃんと受け取れないでしょ。さ、飲んで!」


レンドルフが答えるよりも早く、ユリは問答無用で回復薬の瓶をレンドルフの口に突っ込んだ。一瞬、驚いたレンドルフの目が見開かれたが、そのまま瓶を傾けられたので抵抗はせずに彼の喉仏が上下に動く。


「あ、りがとう」

「どこか違和感はない?ちゃんと動く?」

「うん、大丈夫だ」


口の端に付いた回復薬を手の甲で拭いながら、レンドルフは立ち上がった。軽く手足を振って状態を確認しているが、その耳はほんの少しだけ赤くなっていた。




ノルドは雄なので、ヒーローなのです(笑)

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