69.作戦会議
昼間はいつも行列の絶えない人気カフェだが、今の夕食時はさすがに空いている。
ちょうど個室が空いていたので、そこに案内してもらった。全員一応コーヒーやジュースなどを注文はしたが、誰も満腹ですぐに手を付けられなかった。
「レンがランク取得したってことは、冒険者に正式登録されたってことだよな?」
「ああ。特例とかって言われた」
「まあ、そりゃそうだよな。おめでとう、レン」
「ありがとう」
皆に口々に祝いの言葉を言われて、レンドルフは少しだけ顔を赤くしながらも嬉しそうに微笑んだ。
「白いカードになったんだろ?見たい、見たい!」
「これを?」
「おぉ〜白い!」
「色が変わっただけで…」
「レンくん、そこが重要だからね…」
タイキにねだられて胸のポケットからカードを取り出すと、皆自分ので見慣れている筈なのに妙に感心したような声を漏らした。これまでのレンドルフが持っていた新人用の色付きカードに違和感を覚えていた皆は、改めてこっちの方が正しいとしみじみ思っていたが、レンドルフだけがイマイチその感覚を理解してないようだった。
「ランクは?何ランクになった?」
「Dランクだった」
「レンならもっと上になるんじゃねぇの?」
「タイキ、特例で無試験でスキップ出来るのは指名依頼が受けられないDランクまでだろ」
「あ、そっか」
レンドルフのランクを聞いて首を傾げたタイキに、やれやれといった風情でミスキが口を挟む。
「オレまだ指名依頼受けられないから、すっかり忘れてた」
タイキは未成年の為、本来は普通の依頼を受けるのもランク取得するのも制限があるのだが、一定の基準以上の実力があり、成人の後見人がいれば上限付きだが可能になる。元々この未成年に対する制限はあくまでも人間準拠なので、成長の度合いが異なる獣人や亜人種の冒険者の為に特例として制定されたものだ。
特例措置の条件は、成人のメンバーがいるパーティに所属することと、上限はBランクまで、そして指名依頼の受付け不可ということだった。この場合の指名依頼とはギルドを介した案件で、個人同士での契約は締結可能だ。ただしそれには自身の危機管理が必要ではあるが。
「指名依頼は報酬はいいけど、色々と面倒なのよね〜。レンくんも上のランク目指すなら気を付けてねぇ」
「はい」
「困った時はギルドに相談!エイスのギルドは特に評判いいから、安心して頼るといいわよぉ」
「ギルドも場所によって違うんですか?」
「あー…まあ、一応どこに行っても同質の対応、ってうたってるけどねぇ。ほら、人間のすることだし?」
「ああ…」
クリューのバツの悪そうな表情で、レンドルフは何となく察して頷く。
各ギルドは独立した機関であり、どんな権力や富を前にしても定められた規律を守ることを理念としている。それこそ王族の依頼であっても、規律に反することは決して受け付けることはない。が、やはり様々な人間が所属している以上、綻びは発生する。勿論それが発覚した場合は、徹底的な追求と国の法律よりも厳しい罰則が待っているのではあるが。
レンドルフもそれなりに長く騎士団に所属していると、綺麗事では済まないことに遭遇することはある。どこも似たようなものだな、と思わずにはいられなかった。
「あたしは体力的な問題でDランクに留めてるし、ユリちゃんみたいに専門性の高い冒険者なら女の子でもCランク以上目指せるんだけどねえ」
ユリのように薬草の採取や目利きなどをメインにしている場合は、ギルドからの指名依頼もそういった種類が中心になるが、一般的な女性冒険者の場合はナンパや婚活目的や、質の悪いものなどが含まれることが多いのだ。勿論ギルドでも十分な精査はしているが、それを巧みにかいくぐるものも存在する。依頼主が女性で、同性の護衛が必要と言われて受けたところ、現地に行ってみたら男性が待ち受けていたなどということもザラだ。その為、女性の冒険者は実力はあってもあまりDランク以上を取得したがらない傾向があった。
パーティに所属していた場合は、パーティリーダーの許可が必要になってくるので防波堤にはなるが、そのリーダーが欲を出してメンバーを売る、などということもない訳ではない。逆に女性も含まれていて長く健全に続いているパーティというのは、それだけで信頼度が高くなるのだ。
「指名依頼を断ったら何かマズいことでもあるんですか?」
「特にはないけど、ギルドから来る美味しい依頼の案件は減るわねえ。やっぱりギルドとしてもいつも依頼をすぐに受けてくれる人のところにまず話を持っていきたいじゃない?」
「それは確かにそうですね」
クリューの話に納得したように、レンドルフは深々と頷いた。クロヴァス家のタウンハウスにある書物などで冒険者のことやギルドの成り立ちなどを一通りは調べたが、それだけでは分からない実際の現状などの話は得難いものがある。
「なあ、今回のダンジョン調査が終わったら、レンのランク取得をお祝いしようぜ!」
「そうだな。ダンジョンボスのミノタウロスは肉も旨いから、良い部位はもらっておこうか」
タイキがウキウキとした様子で提案をする。その提案に全員がすぐに頷く。おそらく現場で解体するのは祝われる側のレンドルフではあるが、レンドルフ当人も一切気にしていない。
ミノタウロスは牛型魔獣なので、やはり肉は牛肉と似ている。牛肉よりも脂が少なく引き締まっているが、その分味が濃いと言われている。
「そしたらモモ肉は欲しい!あれ、トマト煮込みにすると最高だし!」
「ユリさん、モモ肉好きだね」
「あ…言われてみれば」
「レンも齧られないように気をつけろよ」
「齧りません!」
ヘラリと笑いながらミスキが揶揄うと、ユリはキリリと眉を上げて抗議する。その様子は、ちょっと子猫が頑張って毛を逆立てている様子を思わせて、レンドルフは思わずクスリと笑いを漏らしてしまった。それが聞こえてしまったのか、ユリはレンドルフのことも少しだけ口を尖らせて上目遣いに視線だけで抗議してきた。
「まあ、ミノタウロスを持ち帰れるようにユリには色々下準備を頼むことになるけどな」
「それは大丈夫。麻痺粉もいつもの倍は用意しとくよ」
「助かる」
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今日の迷宮ダンジョンの変化をギルドに報告してきたところ、他のダンジョンで見られたパターンに当て嵌まるのではないかという情報を貰ったそうだ。これまでのギルドの調査によると、ボスが強くなった時に合わせてダンジョン内の魔獣のレベルも全体的に上がっていたという報告が何件もあったそうだ。
「ダンジョン内のボスを倒すと、迷宮以外ではそのテリトリー内にいる一番強い魔獣が入れ替わることが多いらしいんだが、そのボスの強さによって、ダンジョン内に出現する魔獣の強さも変化することがあるらしい。ボスの魔力がダンジョン内に流れることで、その魔力に耐えられる魔獣だけがダンジョンに棲めるんじゃないかってことだ」
ミスキが少しだけ眉間に皺を寄せながら、まだ口をつけていないコーヒーカップにスプーンを差し入れてくるくるとかき回した。
「正直、俺としてはレンがいればそこそこミノタウロスのレベルが高くなっててもどうにかなるとは思ってる。ただ、一番の問題は魔狼の方なんだよな」
「確かにの。魔狼が属性持ちか、あるとしたらどの属性かによって難易度が変わって来るじゃろうて」
「もう属性に関係なく、上位攻撃魔法で叩けばどうにかなるでしょ」
「クリューの策だと大雑把にもほどがあるだろ」
ミスキとバートンが深刻そうなトーンになっていると、クリューがあっけらかんとした様子で口を挟んだ。その発言に、ミスキはこめかみに指を当てて思わず渋い顔をした。しかしクリューは全く気にも留めない様子でニコニコ笑っている。
「いいじゃないの、ダンジョン最奥で、ラスボスなんだしぃ。終わったら帰るだけだし、ある程度力使い切ってもいいじゃない。何だったら、ダンジョンの近くに馬車とレンくんのノルちゃん連れて来ればいいでしょ」
「う…ま、まあ馬車には魔獣避け多めに付けとけばあの辺りならどうにかなるかもしれないが」
「ノルドなら大丈夫じゃないかな。何かあったらあの港まで走るように言い聞かせればいいし、一度預けてあるから向こうでも野良スレイプニルとは思われないだろうし」
「ほらぁ」
レンドルフが同意したので、クリューは何故か自分のことのように自慢げに胸を張った。
「レンくんとタイちゃんは構わずミノタウロスに挑んでもらって、残りの雑魚は引き受けた!」
「頼もしいです」
「解体したら、レバーの確保はよろしくねぇ。あれ、焼いて塩で食べるの、好きなの」
どうやらクリューもお目当ての部位があって張り切っているようだった。
「それはいいけどな、レンは雷避けの装身具持ってるか?」
「雷魔法単体のはないけど、攻撃魔法を緩和するのはあるが…」
「それだと多分クリューの魔法喰らうとキツいぞ」
基本的な風火水土の四大属性の魔法を防ぐ装身具ならばすぐにでも手に入れることは出来るが、クリューの使う雷魔法は比較的珍しい傍系の魔法なので、それを防ぐ為の装身具は少ないのだ。今から用意するのはかなり難しいかもしれない。
「私の昔使ってたの貸そうか?」
「ユリさんは大丈夫なの?」
「私は別の持ってるから大丈夫。あ、でも指輪タイプだから、レンさんだとサイズが合わないだろうし、首から下げられるようにチェーンも確認しておくね」
「ユリさんはやることが多いし、チェーンは自分で準備するよ」
「付与魔法との相性もあるからこっちで用意した方がいいと思う。そういうのはちゃんと管理してるから全然手間じゃないし」
「ありがとう。じゃあ任せるよ」
いくつか皆で明日のダンジョンボスへのアタックの作戦を確認して、少しずつ減らしたコーヒーが空になった頃、その場は解散となった。
取り敢えず、レンドルフの隠遁魔法に乗せて麻痺粉をエリアに充満させる策は、キラーアントの群れの出現エリアで試してみようということになった。が、クリューの雷魔法で粉塵爆発を誘発させるのは落盤の危険があるので見送りになった。クリューとユリは少々不満そうではあったが、ミスキが危険性をコンコンと説いたので最終的には納得したようだった。
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「じゃあ、明日は頑張ろうな!」
「ああ。また明日な」
「ユリちゃん、レンくん、気を付けてねぇ〜」
「はーい。みんなも気を付けて」
彼らとは戻る方角が逆方向なので、カフェの前で挨拶をして別れる。
レンドルフとユリは、当たり前のように街の出入り口の門に並んで向かう。
「今日は帰ってももう何も食べられないな」
「そうね。明日の朝も心配になって来た」
これからパナケア子爵別荘に戻ったら、時間的には少し遅めの夕食時くらいではあるが、先程存分に食べたギョーザのおかげで全く胃袋に余裕がなかった。
最近は戻る時間帯が不規則なので、別荘のシェフを担当しているレオニードには貴族の晩餐によくあるコース料理ではなく、数種類の料理を大皿に盛ったビュッフェ形式で用意してくれるように頼んでいた。レンドルフの戻る時間が早ければサーブしてもらうこともあるが、遅い時間の際は食堂のテーブルに保存用の箱型魔道具の中に入れてもらい、レンドルフ自身が必要なだけ皿に取り分けるようにしたのだ。
使用人としては、主人の帰宅を出迎えて食事の支度などを準備するのだろうが、それはスケジュールがある程度把握出来る貴族の場合だ。レンドルフは必ず戻るものの時間の確約は出来ないので、キャシーには随分渋られたが通させてもらったのだ。
「レンさん。これ、ランク取得のお祝い。口に合うといいけど」
いつもの預け所からノルドを引き取ると、ユリから手提げ袋を差し出された。
「あ、ありがとう」
「これ、蜜ワインっていうの。ワインの中でも一番甘いワインなんだって」
「嬉しいな。すごく楽しみだ」
大切そうに手提げ袋を抱えて微笑むレンドルフは、本当に心から嬉しげに見えた。その顔を見て、ユリも釣られて思わず顔が綻んだ。
「こら、ノルド。これはお前のじゃない」
「すごいね。言葉分かってるんだ」
ユリの説明を聞いた途端、甘いもの好きなノルドが背後から袋に鼻先を突っ込もうと首を伸ばして来た。レンドルフは慌てて袋を抱え込んでノルドから守るように背を向ける。しかしノルドは甘いものに賭ける情熱を発揮して、レンドルフの顔に自分の鼻を擦り付けておねだりをしている。
「ダメだって。これはダメ。後で別のものやるから!」
「あはは、甘いもの好きなのはレンさん譲りみたい」
「俺はここまで食い意地は張ってないと思うんだけど…」
レンドルフの必死の攻防を眺めて、ユリはつい声を上げて笑ってしまった。そのユリの言葉に、レンドルフは「解せない」と言わんばかりの顔になってしまったのだった。