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66.リーダーの成長


「タイキ、この先は麻痺防止のリング付けておいてくれ」

「えー…分かってるよ!でも何かムズムズすんだよなぁ」


ミスキが腰に装着したポーチから麻痺防止の付与が付いた指輪を渡され、タイキは少々渋い顔をした。が、必要性は承知しているので、すぐに右手の親指に嵌める。普段装身具を全く身に付けないタイキからすると違和感があるようで、何度も装着した右手を閉じたり開いたりしていた。



万一タイキの力が制御出来なくなった場合、それを安全に止めさせるのに有効なのは眠り粉か麻痺粉だった。その為、普段から防止付与が施された装備は付けないようにしているのだ。他の毒に関しては、竜種の血の恩恵なのか高い耐毒性を生まれつき持っていたし、タイキ自身の魔力が高いせいか何らかの付与魔法の施された装身具などは身に付けると違和感があるらしく、当人も付けるのを好まなかった。


だが、これからなるべく戦闘を避けて行く作戦にはどうしても眠り粉か麻痺粉は必須になる。その為、一時的に麻痺防止の装身具を付けてもらった。


「これまでの傾向だと、この先はトカゲ型とコウモリ型、ネズミ型なんかが多く出没してた。そいつらならクリューの独壇場だから安心なんだけどな」

「そうねぇ。アイツらなら麻痺粉使うよりも簡単だし」


クリューの雷魔法は、昆虫型以外であれば大抵が有効な攻撃魔法だ。特に彼女は広範囲に効果のある魔法が使えるので、群れで襲って来る小型から中型の魔獣には無類の強さを発揮する。


しかし迷宮内の多少の変化の影響か、一応の目的地としていた退避口に到達するまでに大した魔獣とは遭遇せずに済んだのだった。


「ここまでで体力も魔力も、装備品にも充分な余裕があるし…もっと奥に挑戦してみるか?」

「お…ええと…みんな、大丈夫か?」


ミスキが話を振ると、タイキは即座に頷きかけたのだが、一度メンバー全員の顔を見回すように確認を取った。そして全員が承諾するのを見て、タイキは「行くぞ!」と元気に片手を上げたのだった。


「ミスキ、嬉しそうねぇ」

「クリューこそ、顔がニヤけとるぞ」

「そっちこそ」


先頭を進んで行くミスキとタイキの後ろ姿を見ながら、後半から着いて行くクリューがそっと呟いた。すぐ隣を歩くバートンには聞こえたようで、同じく囁き声で突っ込みが返って来る。

側から見れば二人とも思わず上がってしまう口角を隠そうともしていないので、どっちもどっちではあったが。



タイキはこの「赤い疾風」のリーダーとして届けられてはいるが、実質はミスキが采配している。タイキをリーダーにしているのは、まだ未成年で本来はランク取得や依頼を受けることが制限されるタイキが特例措置を受ける為だ。冒険者パーティのリーダーが未成年の場合、一定の条件を満たした成人済みのメンバーが必ず同行することが義務付けられている代わりに制限が緩和されるのだ。成人済みのパーティの中に未成年が加入している場合も依頼の制限は緩和されるが、ランク取得まで緩和の対象になるにはリーダーに就任している必要があるのだ。


しかし、ミスキ達はその特例措置だけでなく、色々な事情により学校に行くことも同年代の友人も作ることの出来なかったタイキの将来を見据えて、パーティのリーダーとして成長して欲しいという願いもあった。

目の前ことに気を取られがちなタイキが、行動する前に他のメンバーを確認するようになった。そんな僅かな変化でも、赤ん坊の頃から世話をして来た彼らに取っては喜ばしいことだったのだ。



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退避口から先は、特に変化はなく迷宮の構造は地図に記載されていた通りだった。もっとも脇道までは確認していないので細かい部分は変化しているかもしれないが、今回はダンジョンボスのミノタウロスが待ち受ける最奥への最短ルートを選択した。


「入口付近は魔獣の数が多かったけど、奥になる程遭遇しないのは何か不気味ね…」


以前にこの付近まで来た時は、かなりの数のネズミ型魔獣がいた。しかし最奥の少し手前に来ても、コウモリ型やネズミ型と数体と遭遇しただけに留まっている。


「この先の気配は分かるか?」

「何かデカイのと他のが動き回ってるのは分かるけど…レンの方は何か分かるか?」


迷宮だけに幾つも道が重なっていて、タイキの気配探知ではどの道にどのくらいの魔獣がいるかは判断出来なかった。一番大きな気配がおそらくボスのミノタウロスだろうとは分かるが、それ以外はゴチャゴチャしていてはっきりとは分からない。


「足音は複数あるな。目立つのは大型と…中型が数体いる。それにこの匂いは…魔狼?」


レンドルフは聴覚と嗅覚の感度を強化して探ってみたが、やはりミノタウロスらしき気配に邪魔をされて他の気配は読みきれなかった。しかしその中で、かつて何度かクロヴァス領で討伐したことのある魔獣の匂いは感知出来た。


「魔狼?これまでそんなの出現したことなかったぞ」

「しかし、魔狼がいるならこの付近に他の魔獣がいないのは納得行くじゃろ」


ミスキとバートンが顔を見合わせる。


魔狼は狼型魔獣で、若い個体は普通の狼と大差ないが、年を経ると人間でも苦戦する程の老獪さや属性魔法を身に付けることがある。それらが率いる群れは大変厄介で、数が多い場合は入念な討伐計画を立てて挑まないと返り討ちにあって全滅の危機すらあり得る。


「ダンジョンに出る魔狼は群れにならないって聞いたことあるけど、どんな感じ?」

「確かに、そこまで強い匂いじゃないから群れじゃないかも。もし群れだったとしても、かなり小規模だな」


ユリの言葉に、レンドルフは軽く目を閉じて嗅覚に集中する。言われてみれば、魔狼の匂いは他の匂いより突出している感じはしない。それに群れならばもっと多くの足音が聞こえてもよさそうだが、そこまでではない。


「いつもならどんな感じなんだ?」

「三年前に来た時はミノタウロス踏破はしてないんだ。ギルドの情報だと、ミノタウロスのいるエリアには大抵トカゲ系が一緒に出るとは聞いてる」

「トカゲ系とか若い魔狼数体ならあたしが引き受けられるんだけど、属性持ちだと難易度上がるわねぇ」


ミスキは少しだけ考え込んでいたが、チラリとタイキに目をやった。


「俺は今日は引いた方がいいと思う。タイキはどうだ?」

「オレは…」


判断を委ねられたタイキは少し口ごもって足元に目を落とした。彼の金色の瞳が僅かに揺れる。


「オレも出直した方がいいと思う。レンがいてくれればキラーアントの群れも楽に攻略出来るから、もう一度出直すのもアリだと思うし、魔狼がいるならちゃんと準備しておきたい…と、思う」

「そうだな」


少し前のタイキなら、多少の危険はあってもボスに挑戦したいと言ったかもしれない。今の状態ならもし魔狼に属性魔法がないか、魔法の相性が良ければそのままミノタウロスの攻略も可能ではあるだろう。しかし属性魔法持ちの魔狼が複数いた場合は一転して不利な状況に追い込まれる。パーティの方針によっては勝負に出るところもあるが、この「赤い疾風」は堅実さを優先としている方針だ。パーティとしては正しい判断だろう。

ここのところのタイキの成長に、ミスキは嬉しそうな顔をしてクシャリと弟の頭を撫でた。


「今日は早めに戻って明日の準備を整えましょ」

「そうじゃな」


全員そう頷いて、退避口まで引き返してダンジョンの外に出たのだった。



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「ユリにはムカデ避けの香と、可能な限り大量の麻痺粉を頼みたいが、明日までに大丈夫そうか?」

「材料は揃ってるし、麻痺粉の在庫は結構あるから問題ないよ。ついでに嗅覚に作用する効果の高い麻痺粉も作っておくね」

「助かる」


馬車とノルドを預けておいた港まで戻って、春魚を土産に購入して帰路に就いた。まだ日は高く、そこまで疲労もない。少し勿体ない気もしたが、これまでに順調に討伐を進めているし、何よりギルドからの依頼なので資金的な余裕もある。馭者をしているバートンと、ノルドで騎乗訓練をしているタイキ以外のメンバーは、荷台の上で明日の作戦を色々と考えていた。


「ミノタウロスのいるエリアは、あのキラーアントのいた場所よりも天井が高いからどの程度麻痺粉の効果が出るかだな…」

「ミノタウロスにはそもそもあんまり効かないからねえ。魔狼も賢いから、不意打ちも難しいのが困るわ」

「風魔法でばらまくにも、相手を目視できないと狙いが定めにくいからな。こっちから見えるってことは、向こうにも見えるってことだし」

「じゃあ俺の隠遁魔法を使うのはどうかな」

「隠遁魔法?あの水魔法の?」


ミノタウロスには最初から力押しで行く作戦だからいいとして、魔狼対策をどうしたものかと悩んでいるミスキ達に、レンドルフが提案を出した。


隠遁魔法は水属性の魔法で、細かい霧を発生させて光を乱反射させて周囲から存在を分かりにくくするものだ。とは言っても、最初から認識されていると効果はないし、姿を認識させづらくするだけなので匂いや気配の察知に敏感なものがいれば簡単に見破られてしまうごく弱い効果の魔法だ。


「あれは細かい霧を発生させるものだから、目視して狙いを定める必要はないし。霧に麻痺粉を乗せて少し離れたところからエリアに流し込むように充満させれば、魔狼でも避けるのは難しいと思う」

「なるほど、入口から侵入させていけば逃げ場はなくなるな。レンはその隠遁魔法はどの程度の規模で使えるんだ?」

「あのキラーアントのいたエリアの倍くらいなら。ちょっと充満までには時間はかかるかもしれないけど」

「十分だ。それで行こう」

「じゃあ念の為麻痺粉はいつもより細かめにしておいた方がいいね」

「そうだな。頼む」


良さそうな方向に作戦も決まって、明日は早めに迷宮ダンジョンに入ろうということになった。


「あ、ねえユリちゃん。前に雷鳴草入れるために使ってた瓶って持ってる?」

「ありますよ」


クリューが何か思いついたようにユリに言うと、ユリは荷物の中から両手サイズくらいの瓶を取り出した。見た目は何の変哲もないただのガラス瓶に見えるが、雷属性の薬草を入れるために魔法を遮断する付与が掛けられている。


「これ、どのくらいの強度がある?」

「ん-そうですね、クリューさんのサンダーバレット一回くらいなら耐えられると思いますよ」

「よし!ちょっと実験したいから使っていい?もし壊しちゃったら弁償するから」

「いいですよ。そろそろ付与効果が切れる頃ですし、壊しちゃっても」

「じゃあお言葉に甘えちゃう。あと、麻痺粉…じゃちょっと勿体ないな。何か粉もらえる、粉」

「粉、ですか?」

「クリュー、お前何する気だ?」

「ちょっと明日の作戦に花を添えられないかなあと思ってねぇ」


クリューはまるで料理でもしているかのような気楽さで、鼻歌交じりにユリから受け取った使いかけの麻痺粉を受け取って、レンドルフに隠遁魔法で瓶の中に粉を充満させられないか頼んだ。両手サイズ程度の瓶なので、すぐに粉が充満して真っ白になる。ただ振るだけではすぐ底に沈殿してしまうだろうが、霧が発生しているせいで瓶の中で対流が発生しているらしく、しばらく経っても不透明さを保っている。


「思ったよりきちんと拡散するのね」

「これはまだ小さいから。大きくなると多少のムラは出るんじゃないかな」

「それでもミノタウロス以外の魔獣の動きを鈍らせるだけでも大助かりだ」

「じゃあちょっとだけ離れててねぇ~」


いつまでも物珍しそうに瓶を覗き込んでいるユリとミスキを追い払うようにクリューが距離を取らせると、割れた場合に備えて紙を敷いた上に瓶を置いた。


「もし割れた時のためにちょっと注意しててねぇ」


クリューは軽く指先に電流を走らせながら注意を促す。すぐさまレンドルフがユリの前で身構えたのを視界の端で確認して、その流れるような自然な動作にクリューはそっと口角を上げた。


「スタン」


サッと瓶の蓋を外して瓶の縁に少しだけ人差し指を差し入れてから、クリューは出来るだけ引き絞って弱い電流を瓶の中に流した。通常であれば、成人男性を気絶させられるくらいのショックを与える護身用に使える雷魔法であるが、今回は実験の為に最小の出力に抑えていた。この程度ならば、冬場のドアノブに触れた程度の衝撃しかない筈だ。


バリッ!


「!」


しかし、予想に反して電流を流した瞬間、大きな音と共に瓶の内部に細かいヒビが入った。そして瓶の下半分が真っ黒く焼け焦げたようになり、シュウシュウと瓶の口から煙が上った。


「クリューさん!手!」


予想以上の衝撃にびっくりして自覚はなかったが、ユリの慌てたような声に我に返ると、少しだけ差し入れていた人差し指がジンジンと痛んだ。見ると指先が小さく裂けていて、そこからツプリと赤黒い血の球が滲んでいた。そしてその指先も全体的に赤くなっている。


「あー、大丈夫大丈夫」

「指、出してください」


クリューは無傷の方の手で傷薬を取り出そうとしたが、手間取っている間にユリが先にクリューの手首を掴んで食毒済みのガーゼを当てていた。


「いや~思ったよりも強力だったわぁ」

「…そう、だな」

「これ、麻痺粉を充満させた後にサンダーバレット一つ打ち込めば結構良くなぁい?」

「粉塵爆発ですね!これだけ均等に粉が飛んでると威力あるんですねえ」

「ねえ、これならキラーアントでも一掃できると思わない?」

「あ、それいいですね!ミス兄、明日試してみるのどうかな」


ユリはクリューの傷口に傷薬を塗って手早くガーゼを巻き付けていた。その手を動かしながら、女性陣は楽しそうに結果を見てはしゃいでいた。何故か少しばかり引いた様子のミスキは、細かいヒビが入った瓶をそっと持ち上げかけて、ボロリと崩れ落ちたのを眺めていた。


「花どころか、凶悪爆弾じゃないか」


ミスキがポツリと呟いたが、それは誰の耳にも届かなかった。



「レンくんは隠遁魔法は使うの大変?」

「あれはそこまで魔力消費はしませんから、いくらでも大丈夫ですよ」

「ホント?じゃあ試してみるのも良さそうよね」

「でもそうすると、素材が傷みませんか?」

「あー…それもそうね。でも手間を考えたら一掃したくならない?」


そんな会話を繰り広げているのを聞きながら、ミスキはほぼ粉々に崩れた瓶の欠片を指で摘んで、馬車の横でノルドに乗っているタイキに顔を向けた。少し離れていても一部始終を見ていたであろうタイキも、心なしか顔色が悪い。


「タイキ、作戦中は絶対前に出るなよ…」

「分かった…」


タイキは何度もコクコクと頷いたのだった。



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