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【番外編】桃色ウサギと金の花4

本年もよろしくお願いいたします。

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「目、覚めないなあ…」


年が変わるまであと30分前になったが、レンドルフはまだ眠ったままだった。


ユリは、自分の膝の上に乗せたレンドルフの頭をサラリと撫でた。彼の柔らかい髪が指の間をすり抜ける感触が心地好かったので、先程から何度も何度も手を往復させていた。

しばらくして落ち着いてレンドルフの様子を見ることができるようになったユリは、四阿のベンチの上に寝かされている彼が何となく苦しそうに思えたので、レンドルフの頭を自分の膝を上に乗せていたのだ。要するに膝枕状態である。誰もいなかったのでつい大胆になってしまったのもあったのかもしれないが、いつもはずっと自分よりも高い位置にあるレンドルフの顔を、上から間近で眺めて見たかったという気持ちもあった。


「やっぱり綺麗な顔してる…まつ毛も長いし。お母様ってどれだけ美人なのかしら」


ユリはレンドルフの出自はとっくに知っているので、彼の母親の評判は聞き及んでいる。婚約してすぐに夫となるクロヴァス辺境伯を追って辺境領へ自ら向かい、そのまま婚姻後は領地から一度も出ていないそうだ。かつての社交界の頂点の一人であっただけに、未だに時折人々の口に上るほどだ。その母親にそっくりだというレンドルフの顔をしみじみと眺めるたびに、ユリは一度いいから実物と会ってみたいと思っていた。しかしユリが大公家の唯一の直系で後継者候補である以上は、縁戚でもない他家の領地、しかも王都から遠い辺境領に出向くことはそう簡単なことではない。それに大公家の領地に行くことすら祖父のレンザは許可しようとしないのだ。ユリはその理由を充分過ぎる程分かっているので、そのことに対して不満はない。ただ不満はなくとも、思うことは自由だ。



不意に、ユリの傍らに置いてあったギルドカードが光った。手に取ると、クリューからの伝言が届いていた。


『会場がいつもより混雑していて花火までに戻れそうにないので、終わる頃に戻ります』


「ええ…大丈夫かなあ」


毎年この年越しのパーティーは盛況ではあるが、抜けられないほど混雑しているのは初めて聞いた。ユリは『大丈夫ですか?こちらはまだレンさんは寝ていて特に問題はありません。気を付けてくださいね』と返信を送った。



実際のところ、混雑は例年並みで戻れないほどではないのだが、二人きりにしてやろうという彼らの気配りだった。が、まだレンドルフが寝たままだという返信を聞いて、ミスキ達は「なんてタイミングの悪いヤツなんだ…」とレンドルフに対して少々残念に思っていたのだった。



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レンドルフは、どこか温かい場所にいた。



何だかふわふわとした良い匂いのする所で、前髪を撫でるような心地よい風が吹いている。お湯にでも浮かんでいるような気分で、あまりにも気持ちが良いので体を動かすことも物を考えることも億劫になっていた。ただずっとこの場所で揺蕩っていたい感覚だった。



突然、その心地よい楽園を引き裂くように、大きな音が鳴り響いた。


「!」


レンドルフの心臓が跳ね上がってハッと目を開けると、目の前にユリの横顔が見えた。


彼女は少しだけ上を向くようにしていて、その後ろの夜空に色とりどりの美しい流れ星のような光が降り注いでいる。その光を受けて、ユリの白い頬が様々な色に照らし出され、目にも光が反射してキラキラとした星が宿っているかのように見えた。


「……綺麗だ」

「レンさん?」


まるで夢のような光景にレンドルフが無意識に呟くと、空を見上げていたユリが顔を向けた。


「ああ、良かった!目が覚めたのね。大丈夫?どこか具合が悪いとかない?」

「え…?ええと、俺は…」


レンドルフは自分の置かれている状況が分からずに、何度も目を瞬かせる。目の前のユリは笑顔で、顔を覗き込むようにしながら頬に手を当ててきた。その手は指先が少しヒヤリとしていて、レンドルフの目元やこめかみ、唇のすぐ脇を滑るように撫でている。


「レンさん?大丈夫?」

「あ、ああ…うん、大丈夫」


頭がついていかずにレンドルフがきょとんとしていると、ユリがもう一度聞いてきた。その大きな瞳にたちまち不安げな色が宿り、少しだけ潤んだように見えた。その様子に、レンドルフは慌てて返事をする。そして今の自分が横になっていて、頭をユリの膝の上に乗せていることにようやく気が付いた。


「ええと…わあ!ご、ごめん!」


ようやく今の自分の体勢を自覚したレンドルフが、顔を真っ赤にして飛び起きた。


直前までゆったりとした気分で夢を見ていたレンドルフは、急に頭に血が上った状態で飛び起きたせいか体を起こしたものの一瞬くらりと揺れた。


「レンさん!急に動いちゃダメ!」


飛び退いたレンドルフを追うようにユリは素早く立ち上がって、躊躇なく抱き付いて彼の体を支えた。レンドルフの肩と後頭部にユリの腕が回されて、彼女の肩口に顔が押し付けられる体勢になる。レンドルフの顔にユリの長い髪が僅かに掛かり花のようなほんのりと甘い香りに包まれると共に、抱きかかえられたことで顔の脇に柔らかい感触が密着していることに気が付いた。


「ユ、ユリさん、大丈夫…大丈夫だから…」


レンドルフはますます熱くなる顔をユリに気付かれないように、そっとユリの肩に手を添えて体を引き剥がしながら出来る限り下を向いた。もう耳まで真っ赤になっている自覚はあるが、薄暗いので分からないことを祈るしかなかった。


少しだけ冷静になると、急に耳にパラパラという音が入って来た。


「あ…花火…?あれ?もう年が明けてる?」


ドン、と腹の底に響く音と共に、真っ暗な夜空から金色の輝く光が尾を引いて降って来る。遠くから花が開くように思えていた花火が、頭の上で雨のように注ぐ光を見て、花火が立体であったと実感させられた。これが真下で見る醍醐味なのかと納得した。


「レンさん、急に眠っちゃったんだけど、体は大丈夫?どこかおかしなところはない?」

「ああ、そうか。それは何となく覚えてるな。…うん、大丈夫。特におかしなところはないよ」

「何かあったらすぐに教えてね」

「心配掛けてごめ」

「待って!」


レンドルフがやっと自分に何が起きていたかを自覚して、心配を掛けたユリに頭を下げて謝罪を口にしかけた瞬間、ユリの手が口を塞いで来た。


「最初の挨拶はこっちにしよう。レンさん、新年おめでとう」


分かってはいたが、改めて触れられると彼女の手の小ささを実感して、更に唇に直接指が当たっていることにレンドルフは少しばかり混乱を来す。これまでに何度か彼女の手に唇で触れたことはあったが、こうして向こうから押さえられるのは初めてだったこともあるだろう。

そっとユリの指が離れて、彼女の金の虹彩が何かを期待するように見つめている。


「新年、おめでとう、ユリさん。今年…これからもよろしく」

「こちらこそ、よろしくね」


そう言って微笑んだ彼女の顔を、花火の金色の光が鮮やかに照らし出した。


「花火、綺麗ね」

「うん…綺麗だ」


次々と空を彩る花火に目を向けて呟くユリに、レンドルフも頷く。しかし呟く瞬間のレンドルフの視線は、空ではなくそっと真横に向けられていた。


「レンさん、大丈夫そうなら外に出て見る?」

「ユリさんは平気?寒くない?」

「平気よ。出て見ましょう」


ユリが立ち上がってレンドルフに手を差し伸べた。いつもとは逆だな、と思いながらもレンドルフも彼女の手の上に自分の手を重ねた。



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そのまま手を繋いで四阿を出ると、魔道具の効果がなくなってヒヤリとした空気が頬を包む。しかし幸いにも風がなかったので、空気は冷たいが思ったよりも寒さは感じられなかった。それでもユリの小さな体はすぐに冷えてしまいそうだったので、レンドルフは少し思案する。何せ身長差があり過ぎて、肩を抱いたところで温められるような姿勢にはならないのだ。


「ユリさん」

「はい」

「ええと…抱きかかえても、いい、かな」

「えぇっ!?」

「あ!あの、寒さ避けに!その、温かいかと、思って…その…」


手袋をしないまま出て来てしまったユリの手は、もう少し冷たくなり始めていた。しかし、レンドルフと繋いだ方の手は先程よりも温かく思えた。

そして、先日一緒に行った「女神の夜祭」の帰りの馬車で、落ち着かせる為にレンドルフがずっと抱き締めてくれたことを思い出した。苦しくないように、包み込んでいるのに殆ど体に触れないように細心の注意を払って温めてくれた。それを思い出すと同時にユリの顔が熱を帯びるのを自覚した。


「あの…お願い、します」


おずおずとユリが手を伸ばして来たので、レンドルフはまるで羽毛でも抱えているかのように軽々と彼女を抱き上げた。いつもなら最低限しか触れないように、且つユリが不安定さを感じないように気を付けるのだが、今回は防寒の意味もあるので両腕で包むように抱きかかえて、いつもよりも密着度が高い。


「わあ…花火が近い」

「そこまでは高くないよ」

「そうかな。すごく近く感じるけど」


花火の時間は15分間程度なのだが、次々と間断なく上がっているので数にすればかなりのものだろう。色も豊富だが、やはり主神キュロスが太陽を司り金の髪に金の目を有した姿で描かれるせいか、花火の色も金色のものが多い。特に空から長く名残の光の尾を引く花火は、まるで星が降ってくるかのように美しかった。

レンドルフの腕の中で降り注ぐ光に目を奪われて空を見上げているユリの姿は、いつも以上に美しく見えた。先程の夢の続きのように温かで柔らかく、いつまでも揺蕩っていたくなるような感覚になり、眠っていた時は彼女に膝枕されていたことを同時に思い出して、同じようなことだったと少しだけ恥ずかしいような心地になった。



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「その、改めて、心配掛けてごめん」


花火が終わって、カードにミスキ達から新年用の祝い酒を持って戻るという連絡が入っていた。

それを待つ間、四阿に戻ってから改めてレンドルフはユリに向かって頭を下げた。


「うん、すごく心配した。でも多分、レンさんのせいじゃないよ。推測だけど、飲んだものに体質に合わない…というより、合い過ぎるものがあったんだと思う」

「合い過ぎる?」


ユリに「お休みシロップ」のことを聞いて、よりにもよって10歳以下の子供しか効果がないと言われているシロップが、その倍以上の年齢の自分には絶大な効果を発揮してしまったらしいと聞かされ、レンドルフは顔を赤らめて手で覆ってしまった。


「もしかして『お休みシロップ』って聞いたことなかった?」

「うん…実家の方では聞いたことない」


むしろ人里にまで魔獣が頻繁に出没するクロヴァス領では、眠気覚ましの方が多種多様に揃っているし、あるとすれば魔獣用の強力な眠り薬だ。それにレンドルフが王都に出て来たのは学園に入学する年齢になってからだ。誰も教える必要もなかったのだろう。


「思い出してみれば、飲み物を渡される時に『子供向けです』って言われたな…俺はてっきり子供用に甘いだけかと」

「知らなかったんだから無理ないわよ。それに、眠りたくない!って言ってシロップ入りだと拒否する子もいるから、わざと言わないところもあるし」

「ちょうど引き換えの時に側に子供がいたから…子供がいてもおかしくないと思われたのかな…」


成人と同時に婚姻することが多い貴族ならば子供がいてもおかしくはないが、それでも年齢的にいたとしても赤ん坊くらいだ。あの時側にいた子供は6、7歳くらいだったので、それほど老けて見られたのだろうか…、とレンドルフは変なところで少々落ち込んでいた。


「ええと、親戚の子だと思われたんじゃないかな…?」


ユリが苦笑交じりでフォローしていると、手に色々な食べ物や飲み物の入ったカップを持ったミスキ達が戻って来た。しかもどうやって貰ったのか、ワインは瓶ごと持っている。


「おー、レン、大丈夫だったか?」

「ああ。心配かけて…」

「その前に、新年おめでとう!今年もよろしくな」


ミスキにもユリと同じように謝罪を中断して先に新年の挨拶を返された。そして次々とタイキ、クリュー、バートンにも挨拶をされる。やはり年明け最初に謝罪よりも、おめでたい挨拶を交わすことを望んでくれたようだ。レンドルフも同じ思いで彼らと挨拶を交わした。


「新年おめでとう。こちらこそよろしく」



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「祝い用の甘い酒が出てたから、持ってきたぜ」

「ありがとう」

「はい、ユリちゃんにはアツカンね」

「ありがとうございます」


ミスキがレンドルフに酒精の含まれている黄色いカップを手渡してきた。先程のシロップ入りだったホットヨーグルトのような見た目の、白く濁ってとろみのある飲み物だったが、香りは確かに酒精の混じったものだった。あまり馴染みのない香りだったので、貼ってあるシールを見てどんな種類の酒か確認した。


「アマサケ…アスクレティ大公家からの提供!?」

「この辺りに別荘とか持ってる貴族も色々差し入れてくれるんだよ。正式な街の住人じゃないけど、持ちつ持たれつ、ってやつだな」


貴族が別荘に来た時には一番近いエイスの街から食糧や日用品などを仕入れるし、森に出る魔獣を定期的に討伐して保養地として安全な生活を保っているのも街の力だ。それに別荘で何か起こった際に、真っ先に対処してくれるのも街に住む者達だ。良い関係を築いておいて損はない。


「大公家からってことは、ミズホ国の酒なのかな」

「ご明察だな。ユリのもそうだろ?」


エイスの街の側に別邸を持つアスクレティ大公家は、この国で唯一ミズホ国との交易路を持つ領地を有している為、中心街でも手に入りにくいミズホ国の商品がよく出回っている。

ユリの手の中にあるカップを覗き込むと、レンドルフのものとは全く違う透明でサラリとした見た目は水のような液体が入っている。そしてカップには酒精が強い目印である赤いラインもしっかりと入っていた。


「そう。こっちの『アツカン』もミズホ国のものよ。レンさんのと同じものなんだけど、作り方が違うみたい」

「へえ、面白いね。ワインの赤と白みたいな感じなのかな」


全員の手に改めて祝い用の飲み物が行き渡る。


「じゃあ、新年の乾杯はレンに頼んだ!」

「俺?」


てっきりさっきと同じようにタイキがするのかと思っていたのだが、急に振られてレンドルフは目を丸くした。しかしこの場の全員がレンドルフを見てうんうんと頷いている。

レンドルフは遠慮がちにそっと手にしたカップを持ち上げ、姿勢を正す。



「今年もよろしくお願いします。乾杯!」

「「「乾杯!!」」」



レンドルフは先程の乾杯と同じく、隣に座るユリとカップを触れ合わせる。


ユリの濃い緑色をした瞳の中に光る金の虹彩が、いつも以上に光を帯びたように見える。まるでさっきの花火をそのまま閉じ込めてしまったかのような錯覚を覚えて、一瞬だけ現実感がレンドルフから消えた。


「綺麗だな…」


殆ど声に出てなかったが、ほぼ無意識でレンドルフは口に出していた。次の瞬間、ユリの顔が真っ赤に染まった。


ユリもレンドルフの側で、彼の意識しない甘い言動には大分慣れたつもりだったが、真顔で不意打ちはさすがに心臓に悪いようだった。それをごまかすように慌ててカップの中身を二口程飲み込んで、顔の熱をアルコールのせいにすることにした。


レンドルフはレンドルフで、一拍遅れて自分の呟いたことを自覚して、やはりユリに負けず劣らず顔を赤くしていた。そして同じようにごまかそうと慌てて熱いアマサケを口に含んでしまい、見事に舌を火傷してしまったのだった。





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