【番外編】桃色ウサギと金の花1
クリスマスの番外編のすぐ後、年末年始番外編になります。全6話。
現在の時間軸よりちょっと未来なので、レンドルフとユリの距離は近め。クリスマスほど糖度は高くないですが、いつもよりはちょっと甘め(の予定)
もうすぐ新年を迎えるということで、街中はどこに行ってもどこか慌ただしかった。以前は長い休業を取る店が多かったが、最近では大抵二日、短いと半日程度の休みだけでどこかしらの商店が開いていることが多い。しかし、それでも習慣的に年の瀬は何となく切羽詰まったような気分にさせられるのか、人々の足取りも心なしか早いような気がした。
「ユリさんは年末と年始の予定はある?」
「今のところは特に。もうすぐ『赤い疾風』のみんながこっちに戻って来るから会ってから決めてもいいかと思ってるんだけど。レンさんは?」
「俺は寮に籠ってると休みでも駆り出されることがあるから、良かったらこっちに来てもいいかな」
「え?お休みなの?」
「うん。くじ引きで休みになった」
「くじ運強すぎない!?」
今日はレンドルフは休みだったのだが、ユリが年越し飾りを作るのに忙しいということだったので手伝いに来ていた。ギルドの会議室の一つを借りて、素材を持ち込んで作業をしている。
机の上には、大量の乾燥させた薬草と、何やらキラキラとしたリボンや華やかに彩色された木の実などが広げられていた。
年越し飾りとは古くからある風習で、年末年始に玄関先と寝室に乾燥させた薬草などを束ねたものを飾るのだ。これは昔、薬師ギルドが存在せずに一般の店などで薬草を取り扱っていた頃、年末年始で長期休業に入る為に薬草を家に置いてその期間を凌ぐ為に出来た風習だった。束ねる薬草は、一般家庭に置いていても問題の無い傷や火傷に効果があるものや、食べ過ぎ、二日酔いなどに対応した弱い薬効のものが一般的だ。そこに魔除けになると言い伝えのある花や、幸運を呼び寄せる木の実を付けた枝などを混ぜて、冬の季節の華やかな飾りとしても楽しむ意味もあった。
今は薬師ギルドが年中無休で回復薬などを扱っているので、殆ど形骸化した風習ではあったが、それでもずっと続いている習慣なのでそれなりに需要はあった。
そしてこの年越し飾りは薬師の取り扱い分野でもあるので、ユリのような薬師見習いでも作業に駆り出されているのだ。
「レンさんが休みなら、一緒の予定入れたいな。いつもは何をしてたの?」
「いつもは王城で護衛で夜会に参加してたな。辛い酒を勧められるから大変だったよ…」
「護衛なのに?」
「うん。騎士服でいると威圧感を与え過ぎるってことで夜会に参加してる貴族に紛れることもあるから。向こうにしてみれば護衛か参加者か分からないんだよね。だから基本的に断れない」
レンドルフの場合は、貴族令息の出で立ちをしていても威圧感が出てしまうので、ただひたすら壁と柱に同化しようと心掛けていた。その為、夜会の会場のカーテンや壁紙に似た色柄の服を作ろうとして、近衛騎士団長ウォルターに止められたこともあった。
「大変なのね…」
「アルコールに特化した解毒の装身具を付けさせられるから絶対酔わないんだけどね。幸い俺にはご令嬢が近寄って来なかったからまだマシだったよ」
「……みんな見る目ないなあ」
「そう言ってくれるの、ユリさんだけだと思うけど」
少し照れたように笑いながら、レンドルフはユリがまとめた薬草束に装飾用の華やかな色に彩色された木の実などを針金で巻き付けた。こういったセンスはさっぱり分からないので、ユリが記してくれたメモの通りにひたすら付け足して行く。元から力があるので、レンドルフは身体強化魔法を使用しなくてもまるで糸でも扱っているかのような手軽さでどんどん作業を進める。
「これでいい?」
「うん。すごく頑丈に出来てるから助かるわ。手際も初めてとは思えない」
「ユリさんのメモ通り作っているだけだよ」
ユリが薬草を束ねて、レンドルフが装飾品を括り付ける。その流れ作業のおかげか、あっという間に持ち込んだ素材分の年越し飾りが積み上がった。そして最後の仕上げに、カラフルなリボンを二人掛かりで取り付ける。大きな手のレンドルフが、チマチマと細かい作業をしている姿は何とも言えない愛嬌があったが、ユリはあまり見つめていては悪いと思い自分の作業に集中する。
「…ユリさん」
「何か分からないこととかあった?」
「どうしても縦になるんだ…」
レンドルフは困った顔で飾りを見つめていた。彼の手には、何度かやり直したらしい皺の付いてしまっているリボンが巻かれた物があるのだが、左右非対称な上に縦結びになって不格好な状態になってしまっていた。
「メモの通りにやってるつもりなんだけど…」
「レンさん手が大きいからやりにくいのかも。後は私がやるから任せて。レンさんのおかげですごく早く終わったから助かっちゃった。どうもありがとう」
「いや…役に立てたなら良かった」
レンドルフから飾りを受け取って、ユリは新しいリボンを巻き直す。これまでに毎年いくつも作って来ているので、ユリの手際は早くあっという間に可愛らしい飾りが完成する。次々と仕上げるユリの手元を、レンドルフは尊敬の眼差しでキラキラした目で見入っていた。
「あ、俺ちょっと温かい飲み物でも買って来るよ。ユリさんは何がいい?」
「まだあればフルーツティーがいいかな。なければストレートティーで」
「了解」
何となく手持ち無沙汰になってしまったレンドルフは、ギルド内のカフェへ飲み物を買いに行くことにした。ユリのリクエストしたフルーツの入った紅茶は最近売り出した人気商品なので、午後を少し過ぎた頃に売切れてしまうこともあった。
レンドルフがカフェに行くと、幸いまだフルーツティーは売り切れていなかった。日替わりでたっぷりとフルーツが入っていて、果物の甘みがほんのりとするのがユリには丁度良いらしい。確認すると、今日のフルーツは赤い林檎と黄色い林檎の二種類が入っていて、見た目にも可愛らしかった。
レンドルフはキャラメル風味のミルクティーを選ぶ。浮かべたクリームの上からナッツを散らしてある甘めの飲み物で、デザートのような味わいが気に入っていた。
「まだ売り切れてなかったよ」
「ありがとう。今日のお茶代は私が出すね。手伝ってもらったし。あ、正式なお礼はちゃんとするからね」
「分かった。ありがとう、ご馳走さま」
保温の付与がされた同じサイズのカップな筈なのだが、ユリが持つと随分たっぷりの量に見える。ユリは両手で包み込んでも余る大きさなのに、レンドルフの場合は片手で指が半周以上回る。量は同じだと分かっていても、いつもほんの少し羨ましく思ってしまう。
机の上を見ると、既にリボンは付け終わっていて、完成品は紙袋にまとめて入れられていた。これはこのまま一階の受付に持って行って直接納品する予定だった。一応薬草を扱っているということで、買い取りは薬師ギルドが行っているのだ。
「レンさんは年越しの花火は見てる?」
「んー、見たり見なかったりかな」
「花火を上げる会場の一つがここのエイスなの。良かったら一緒に花火を真下で見ない?」
「真下かあ。それは見たことないな」
王城ではその年最後の日に夜通し夜会が開催され、新年を迎えると同時に王都のあちこちで一斉に花火が上がるのだ。王城のバルコニーが花火が一番美しく見られる場所と言われていて、そこには国王を始めとする王族と、側近とも言える高位貴族とその家族、外国からの来賓などの一部の者だけが立ち入ることが出来る場所だった。レンドルフは護衛で立ち入ったことはあるが、周囲に気を配って、特に花火が上がる瞬間は最も注意が必要になるのでまともに見たことはなかった。
「毎年花火を上げる会場の近くで野外パーティーみたいなのをやっててね、誰でも参加出来るんだよ」
「パーティー?」
「うん。どっちかって言うとお祭みたいなの。ちょっと区切られてる場所があって、そこの入口でお金を払って仮面を貰って、その中に用意されてるものは好きに飲んだり食べたり出来るのね」
「仮面?仮面舞踏会みたいな感じ?」
「ううん、本当にお祭と一緒よ。仮面は付けてても手に持っててもいいし、外だからみんなオシャレよりも防寒重視だし。仮面は、賑やかなことが好きな神様がこっそり参加出来るようにそうしてるんだって」
「それなら楽しそうだ」
貴族の参加するような仮面舞踏会は、表向きは顔を知られず身分も分からないまま楽しむ目的の為に開催されるが、顔が見えない分様々な駆け引きの応酬が通常の夜会よりも厄介だったりする。レンドルフは一度だけ同期に強引に連れて行かれたことがあったが、体格ですぐにバレてしまうので仮面の意味が全く無く、向こうにはレンドルフを知られているのにこちらは全く分からないという状態は非常に気疲れするものだった。それからは一度も参加していなかった。
「ミス兄達も参加するから、みんなで飲んだり食べたりしながら花火を見よう?」
「うん。そうしよう」
なかなか面白そうな誘いを受けて、レンドルフは年末がすっかり楽しみになっていた。
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「…そこは二人で見よう、で良かったと思うのよね」
「まあ、あの二人じゃからな」
「でもちょっとは進展した筈でしょう?女神の夜祭ではかなり仲良さそうだったみたいだし」
「どっからそういう情報を仕入れて来るんだよ」
クリューの話を聞いていたミスキがボソリと突っ込みを入れた。
久しぶりにエイスの街に戻って来た「赤い疾風」のメンバーは、ミキタの店で寛いでいた。ちょうど客足の途切れる時間帯だったので、メニューに無いミルクコーヒーを作ってもらい、クリューは両手でカップを抱えながらフウフウと息を吹きかけていた。満腹になったタイキは、二階の幼い頃に使っていた自分の元部屋で昼寝をしている。
ユリから、年末の花火会場のパーティーにレンドルフも一緒に参加する予定だと連絡が入っていた。年末年始は王城での催し物も多い為、王城付きの騎士団に所属しているレンドルフには会うことは難しいだろうと思っていたのだが、幸運にも休む権利を引き当てたらしい。
それならば二人で花火を見ればいいのに、何故か「赤い疾風」のメンバーと一緒に見ようことになっていた。その連絡を読んだクリューがブツクサと突っ込みを入れていたのだ。
「こういうの、何て言うんだっけ?『山羊に噛まれる』だっけ?」
「いや、『牛に踏まれる』じゃなかったかの」
「『馬に蹴られる』だよ」
仲の良い恋人同士の邪魔をすると、天罰が下って神の使いの動物に酷い目に遭うという比喩表現なのだが、クリューとバートンが馴染みのない言い回しに首を傾げていたので、再びミスキが突っ込みを入れる。少々独特の言い回しや習慣は大抵ミズホ国由来のものが多いのだが、ミスキは幼い頃から母のミキタが使って馴染んでいたので他の人間よりもはるかに知識があった。
「まあ二人がそれでいいってんならいいじゃないか。こっちがせっつくことはないよ」
つい二人の距離感をもどかしいと背を押したがるクリューを嗜めるようにミキタが口を挟む。彼女もカウンターの椅子に腰掛けて、ゆっくりとした仕草でカップを傾けていた。久しぶりに丁寧に淹れたコーヒーの香りは格別だった。
「ミキティは今年も参加しないのぉ?」
「前日までパーティー用の料理を仕込むのでいっぱいいっぱいだからね。年越しは店を閉めてのんびり過ごすよ」
パーティーは基本的に立食方式で、そこに並ぶ料理などはエイスの街の飲食店が提供している。街主催のイベントなので儲けはそこまで多くはないが、提供する飲食物の器にどの店の料理か、どこの取り扱いの酒かなどを明記して貰えるので宣伝としては良い機会だった。ミキタも主に手軽に摘めるような酒の肴を毎年出していた。
「ミスキは後でレンくんにどういう服装で来たらいいか教えて上げな。ユリちゃんよりもミスキのほうが的確にアドバイス出来るだろ」
「それもそうだな。分かった」
冬の深夜まで野外に出るので、北の地程ではないだろうが思ったよりも冷えるのだ。会場のあちこちでは屋根付きで保温の魔道具を設置した休憩所があるが、毎年そこが一杯になっても入り切れない程の人が集まる。結果的にそういった休憩所は自然に子供や女性が優先的に使うことになり、体力のある若い男性はほぼ一晩中外で過ごすことになるのだ。その為、温石や防寒の付与付きの上着などは欠かせない。毎年参加している人間には当然の共通認識だが、初参加のレンドルフには詳しく知らせておいた方がいいだろう。
「ねえ、レンくんはどんな仮面を引くかしらね」
「レンくんなら勇ましいのも可愛いのもどっちも似合いそうだね」
「そうよねえ。何を引くか楽しみねえ。あたしは今年こそモフモフしたのを引きたいわ!」
会場で配られる仮面は、世界各国の神話などで活躍する動物が模してあるものだった。それこそ何十種類もあって、何を貰うかは完全にランダムになっている。だが不思議なことに、貰う仮面はその人の本質を表わすような動物になると言われているのだ。単なるこじつけかもしれないが、貰った仮面を見て、互いの本質がどうだったのか仲間内で盛り上がるのも楽しみの一つでもあった。
「そういや去年はみんなしてツルッとしてたのが多かったねえ」
「あたしはワニだったからゴツゴツだけどね…」
その年に貰った仮面はお守り代わりになるとして、一年は手元に置いておいた方がいいと言われている。
昨年にクリューが引き当てたのは、獰猛な顔をしたワニであった。ちなみにミスキは蛇、バートンは亀、そしてタイキは鯉という結果だった。どれもどこかの神話に出て来る神獣として扱われているものではあるが、ものの見事に毛の成分がなかった。
「ユリは獅子だったろ。タイキが羨ましがってた」
「ユリちゃんは複雑な顔してたけどね」
ミスキはその時の二人の表情を思い出しながら笑いを堪える。自分で引き当てた仮面を交換することは出来ないので、羨ましがってもさすがにどうにもならない。何とも言えない表情で一番小さなユリが一番勇ましい仮面を付けて皆と歩いていると、周囲も振り返って何となく微笑ましい顔を向けていた。
「あ、今年からユウちゃんとこでケーキ出すんでしょ?レンくん喜ぶわねえ」
「どうだろうね。子供達に食べ尽くされて取れないかもしれないよ」
「じゃああたしとユリちゃんで代わりに突撃してくればいいわね。レンくんには高いお酒確保してもらおう」
この街でパン屋を営んでいるユウキは、週に二日程中心街のケーキ屋に通いながらケーキ職人になる為の修行を続けていたが、つい先日ようやく師匠から販売許可が出たのだ。正式に店に出すのは年が明けてからになるそうだが、まずは宣伝も兼ねて年越しのパーティーで何点か提供することになっていた。
もともとユウキの作るパンはデザートのような可愛らしい見た目で甘いものが多く、子供に人気がある。その為毎年提供するパンは、早い時間になくなってしまうのだ。
「二人で行けばいい、って言ってた割に使う気満々じゃないか…」
「ま、クリューらしい」
クリューの言葉を聞いて、ミスキがポツリと呟いた。その言葉を受けて、バートンは苦笑しながら程よい温度にまで冷めたコーヒーを一気に飲んだのだった。