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62.モヤモヤに花束を


ステノスとの面会を終わらせてギルドを出ると、まだ夕方というには少し早い時間帯だった。最近は朝に出発して日が落ちる頃に戻って来るので、夜とは違った顔を見せる街並が新鮮に感じた。



レンドルフは、ある一角へと足を向けた。

そこはクリーム色の壁の可愛らしい店だった。店の正面の大きな窓からは店内の様子がよく見え、色とりどりのパンが並んでいる。ここは以前レンドルフが匂いに釣られて見つけた場所だった。後から偶然にもミキタの次男が営んでいる店だと聞いたが、それ以降ここには来ていなかった。


「いらっしゃいませ!」


ちょうど店内には誰もいなかったので、レンドルフはすぐに中に入る。あまり大きくない店なので、他の客がいる時に体の大きなレンドルフは少々入りにくいと思っていたのだ。

店に入ると、以前も接客をしてくれた女性が声を掛けて来る。レンドルフの姿を見ると、どうやら見覚えがあったらしく一瞬目を見開いた後にすぐに笑って話しかけて来た。


「先日はお買い上げありがとうございました。お口に合いましたでしょうか?」

「はい、どれも美味しかったです」

「ありがとうございます!」

「あの、またおすすめを選んでいただけますか?」

「かしこまりました!何かご希望はありますか?」

「ええと…色々な種類を20個くらいと、別の袋に甘いものを10個ほど。甘い方は…イチゴジャムが入っているものを入れてほしい、です」

「はい!少々お待ちください」


女性はレンドルフの注文に、楽しげにテキパキとパンを袋に入れて行く。


先日は来るのが早かったので、棚に一杯のパンが並んでいたが、今は半分くらい空きが出来ている。やはり美味しいパンなのは皆知っているのだな、とレンドルフは感心しながら店内を眺めていた。


店の奥の方にガラス張りのケース見つけて近寄って覗き込むと、一口大の小さなタルトが並んでいた。おそらく生クリームなどが多用されているので、このガラスケースの中は温度が低くなっているのだろう。どれも丁寧な飾り付けがされていて、色とりどりのフルーツや繊細な飴細工が乗せられていて、食べるのが勿体無くなる程美しかった。パン職人でありながら、今はケーキ職人も目指しているという彼の技術は確かなものなようだ。王城で何度か王女の護衛でご令嬢達のお茶会に立ち会ったことがあったが、遠目で見ただけではあったがそこに出されていたケーキと遜色ないように見受けられた。



ふとレンドルフは先程ステノスと交わした会話を思い出した。


「あの、こちらは手土産用に包んでもらうのは可能ですか?」

「はい、専用の保冷の付与がされた箱がございます。いくつ入りのものにいたしますか」

「全種類だといくつになりますか」

「今は…15種類、でしょうか」

「じゃあそれも追加でお願いします」

「少々お待ちくださいね」


彼女は手早く箱を組み立てた。中にはきちんとタルト同士がくっつかないように仕切りが付いている。店の壁の色のようなクリーム色の箱に、花のようなエンボス加工が施されていて、なかなか品の良い見た目であった。これならば手土産としてどこに持って行っても喜ばれそうだった。


「リボンは何色にしますか?」

「ええと…じゃあ、ピンクで」


レンドルフは、ステノスの「レディに贈るなら花束とか甘いモンとかが一般的」を思い出して、先日ついその気はなくても驚かせてしまった大公家で静養しているあの幼い令嬢にお詫びの品を贈ろうと思い立ったのだ。


顔も見ていなければ、詮索するのも失礼と思って相手のことは全く分からないのだが、やはり一時的とは言え隣に得体の知れない大男がいたのでは気が休まらないだろう。最近朝の鍛錬で大公家の護衛騎士達と話すようになったので、折りをみて彼らを経由してせめて怪しくないことだけでも伝えてもらおうと考えていた。



「今日は厨房にはいないのですね」


袋と箱を別の手提げに入れてもらって会計を済ませ、レンドルフはチラリと奥の厨房に目をやった。背の高い細身で黒髪の男性の姿はなく、厨房の明かりも落ちていた。


「本日は中心街で研修に出ております」

「そうですか。先日、ミキタさんのお店で試作品のケーキをいただいたので。あのチョコレートの」

「ああ!あの的確な感想をくださった方ですか?夫が喜んでいました。ありがとうございます」

「こちらこそ大変美味しくいただきました。ありがとうございました」


ミキタの次男が既婚だったのは初耳ではあったが、先日二人が並んでいた姿を思い出し、彼らの間に大変温かい印象の空気があったことに改めて気が付いて驚きよりも先に納得した気持ちになった。


両手の塞がったレンドルフは、先回りをした彼女にドアを押さえてもらって店を出る。彼女の朗らかな「またお待ちしております!」と送り出す声を背に受けながら、レンドルフは軽く頭を下げて微笑み返したのだった。



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まだ日の高いうちではあったが、今日の討伐は早めに切り上げてユリ達はエイスの街に戻って来ていた。


「すまないな。当たりどころが悪かった」

「まあ明日は休みだから、早めに修理に出せて良かったじゃない」

「怪我がなくて何よりじゃよ」



レンドルフがいないので、彼らはいつもの定期討伐の際の慣れた作戦で行った筈なのだが、レンドルフがいることでタイキの初手のスピードが上がっていたらしく、バートンが付いて行けずにタイキが単身でホーンラビットの群れに突っ込む形になってしまった。慌ててミスキがいつもよりも前に出てフォローをしたのだが、その際に先陣を切った一頭に角の一撃を受けて腕に装着しているクロスボウが破損してしまったのだった。幸いなことにクロスボウが盾の代わりになってミスキは無傷だったが、安全策を取って早めに引き上げることにしたのだ。


「ゴメン…」

「気にすんな。お互い怪我がなくて良かったんだからな。明日は休み返上で演習場で動きを見直すんだろ?」

「うん…」


危うく自分のせいでミスキに怪我を負わせるところだったタイキは、帰りの馬車の中でひたすら落ち込んでいた。


考えるよりも早く体が動いてしまうタイプであるタイキは、作戦通りに動くことがあまり得意ではない。それに表面では文句を言いつつも、当然のようにタイキのフォローをしている仲間に囲まれているので、その時は反省はしてもやはり魔獣を前にすると作戦の内容が飛んでしまうことが常だったのだ。しかしまだ数日ではあるが、レンドルフという並び立つ前衛が増えたことで、タイキの中でパーティのリーダーとしての自覚が急速に芽生えて来たようだった。タイキが魔力酔いで使いものにならなかった際にレンドルフに、自分の命が自分一人だけのものではないと言われたことも響いたのだろう。

今回はタイキから一度「赤い疾風」だけで作戦を確認したいと言い出したのだ。その成長ぶりに、基本的にタイキに甘いメンバーが内心喜ばない筈がない。内心どころか、ミスキに至っては明らかに顔が笑っていた。



「ユリちゃんは気にせずゆっくり休んでねぇ」

「はい、そうします」


ギルドへ演習場の申込をする為に向かう彼らとは別れて、ユリは久しぶりに一人で街を歩いていた。ここ最近は常にレンドルフが付き添ってくれているので、隣に彼の大きな影がないことが奇妙な感じに思えた。

普段はもう少し冒険者などがいるのだが、今は定期討伐期間中なので街中では殆ど見かけない。そのせいか、いつもより街が静かなような気がした。


(レンさん、ステノスさんと面談するのはお昼くらいって言ってたけど。もう戻っちゃったかな…)


ユリは何の気なしに通りをグルリと見回した。そして次の瞬間、今まさに角を曲がって路地に消えて行った大きな影を見つけたのだった。その影は間違いようがなくレンドルフの姿で、ユリは思わず小走りに後を追っていた。


しかし角を曲がった瞬間、ユリは道の端に積んであった防火用の水を入れた樽の陰にサッと身を隠した。そして顔を少しだけ覗かせて、その先にいるレンドルフの姿を見つめた。


レンドルフは店先で立ち止まって、店主に何か話しかけている。


(あれは花屋…?レンさんが花を?)


思わずユリは、いけないことと知りつつ耳に身体強化魔法を掛けてレンドルフと花屋の店主の会話を拾っていた。


「小さめの花束を…」

「華やかな色合い…」

「白の似合う可愛らしいご令嬢…」


そんな断片が聞こえて来て、ユリは一瞬で自分の手がサッと冷えるのを自覚した。レンドルフの手には、可愛らしい手提げ袋が下げられている。もう一つは地味な見慣れたパン屋の袋だったので、可愛らしい方は明らかに贈答用だ。


(誰に贈るのかしら…さり気なく今から声を掛けて…ああ、でも…!)


店主が作った花束を見せると、レンドルフが微笑んで頷いていた。それを見て、樽の陰から今通りかかった風に出て行こうとしたユリの足が完全に止まってしまった。

レンドルフの視線に先には、赤や黄色やオレンジなど、華やかな色合いでありながら可愛らしいさもある花束がある。それはレンドルフの本来の髪色に似た薄紅色の薄紙に包まれて、白いレースのようなふんわりとしたリボンでまとめられていた。それをそっと大切そうに贈答用の手提げにまとめて入れて、レンドルフは会計を済ませ礼を言ってその場から立ち去った。

ユリの側に背を向ける直前の彼の顔は、少し紅潮し僅かに口角が上がっていて、嬉しいときの表情だとユリは気付いた。



結局そのまま出て行くタイミングを完全に逸してしまい、ユリは樽の陰でペタリと座り込んでしまった。


(そりゃ、レンさんだって花束を贈る人くらい、いたっておかしくないわよね…)


以前にレンドルフは婚約者のようなものはいないし、女性とはあまりお近付きになることはない、とは言っていたが、貴族である以上好むと好まざるとそう言った縁談前提のお付き合いくらいはある筈だ。


(「可愛らしいご令嬢」って言ってた。ああいう華やかな色が似合う女性なのかな…白が似合うって言ってたから、清楚な感じ…?)


レンドルフはまだユリのことを裕福な家の平民と思っている。その為ユリのことを「ご令嬢」という言い方はしないし、彼の前で白い服は着たことがない。レンドルフはあの少し照れたような、はにかむような笑顔であの花束を見知らぬ令嬢に差し出すのだろうか。


勝手に胸に沸き上がるモヤモヤした不可解な気持ちを押さえ込もうと、ユリはギュッと膝を抱え込む。


「どうしました?ご気分でも悪いのですか?」


ふと視界に暗い影が差し、顔を上げると樽の傍らに心配そうな顔の男性がしゃがみ込んでいるユリを覗き込んでいた。一瞬ユリは体を固くしたが、男性の腕に自警団の腕章が巻かれているのを確認してすぐにホッとして警戒を解いた。


「いえ、靴ひもが解けてしまったので直していたのです。ご心配お掛けしました」

「そうですか。それなら良かった」


男性は笑顔でペコリと頭を下げると、「お気を付けて」と声を掛けて離れて行った。ユリがこの街の近くの別邸で過ごすようになって五年余りが過ぎようとしていたが、その間に随分と街の雰囲気は良い方に変化して行った。何と言っても自警団の質の高さは国王の耳にも入っているらしく、今では各地方から研修に来ている者も多い。



「…もう、帰ろう」


ユリはゆるゆると立ち上がると、体に付いた土を払った。それほど疲れていないのに、何故か体が妙に重たい気がした。

つい習慣のようになっていた、胸の魔鉱石のペンダントに手を触れかけて、その手を不自然に止める。そしていつものように石を握りしめずにそのまま手を下ろすと、ユリは魔道具を使っていつも迎えに来る馬車の馭者に、迎えの場所変更を告げる。最近はエイスの街の門の前に迎えに来てもらっているのだが、今そちらの方に向かうとレンドルフと鉢合わせしてしまうかもしれない。別に悪いことをしているわけではないのだが、今のユリは何となく顔を合わせたくなかったのだ。


(明日、休みで良かった…)


門とは反対方向に歩きながら、ユリは明後日以降レンドルフとどんな顔をして会えばいいのかとひたすら思い悩んでいた。



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少し元気のない様子で帰宅したユリをミリーが心配げに迎えたが、ユリは「大丈夫」とだけ伝えるとすぐに自室に引っ込んだ。

が、すぐさま小さな花束を抱えて真っ赤な顔で飛び出して来た。


「ミリー!!これ!何でこれが!?」

「お嬢様、まずは湯浴みとお着替えを」

「それよりもこれ!どうしてこれが私の部屋にあるの!」

「ああ、それはお隣の騎士様からです。先日ご令嬢を驚かせてしまったお詫び、だそうです」

「やだ、嘘でしょ…勝手に勘違い…」


ミリーの「一緒にタルトもいただきましたので夕食のデザートにお出しします」という言葉も殆ど耳に入っていない様子で、ユリは耳まで赤くしながら半ば花束に顔を埋めるようにしていた。ミリーの視点では、元の色に戻したユリの白い髪に、その華やかで可愛らしい色合いの花がよく映えて見えた。


「そのお花、生けて参りますので」

「私がやるわ!ミリーは花瓶を用意して!」

「…畏まりました。ですが、その前に」

「分かってるわ」


ユリは手を伸ばしかけたミリーに渡すまいと胸に花束を抱える。そして注意をこれ以上受ける前にサッと踵を返して、早足で自室へと戻って行った。その足取りは、誰の目にもハッキリと分かる程弾んでいた。


そのユリの様子に、ミリーは困ったような、嬉しそうな複雑な表情で見送っていたのだった。



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その後、夕食の時に出してもらったタルトを三つ食べて胸焼けを引き起こしたユリは、青い顔でベッドに横たわりながらミリーとメイド長に左右からお説教を受ける羽目になった。


「ううう…もっと食べたかった…」

「無茶言わないでください。もう今日は早くお休みくださいませ」

「分かったって。……ねえ、ミリー。その机の上の明かりは点けたままにしておいて」

「はい。ですが弱くしておきますよ」

「うん。それでいいわ」


部屋の明かりを落として行くミリーに、ユリは机の上に置いた小さな光を放っている魔道具はそのままにしておくように頼む。熱も炎も発していない魔道具なので、そのまま付けっ放しにしていても問題はない。ミリーは一番弱い光に設定して、ユリの薄明かりに照らされた白い頬がほんのりと赤みを帯びているのを確認してから、一礼して部屋を出て行った。



ベッドで横になっていても机の上に飾られた花瓶に入った花と、お気に入りの観賞用のガラスペンが淡い光に浮かび上がっているのが目に入る。花束を包んでいた薄紅色の薄紙を花瓶に巻き付け、白いリボンで留めているので、まるでもらったときの花束そのものが置かれているように見える。


「ありがとう、レンさん」


ユリはサイドテーブルの上に置いてあった魔鉱石のペンダントを手を伸ばして、ギュッと両手の中に包み込んだ。一瞬ひやりとした感触だったが、すぐに手の温度に馴染む。しばらくそのままの姿勢でユリは机の上の花を眺めていたが、やがて再び丁寧にペンダントをテーブルの上に戻すと、そっと目を閉じた。



瞼の裏にフワリと残る色とりどりな花と、柔らかな薄紅色とヘーゼル色が浮かんでは消え、すぐにユリは眠りの中に引き込まれて行ったのだった。もう胸の中のモヤモヤしたものは全く残っていなかった。



その後、食べ切れなかったタルトは使用人達で分けていいとユリからの許可はあったのだが、食べたものの詳細を報告するように、と何故か厳命を受けて、使用人達は美味しいにもかかわらず真剣な顔でタルトを食べることになったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。


パソコンとデータ復旧が年内は難しい状況になりました。

ストックを新たに書き直しするかどうかはまだ考慮中ですので、29日以降に年末年始番外編をアップします。それ以後も状況次第でスマホとネカフェ併用で書き進めていく予定ですが、しばらく滞るかもしれません。


ゆるりと続きをお待ちいただければ幸いです。

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