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61.イノシシ聖女爆誕は遠慮したい

いつもお読みいただきありがとうございます。


通常の時間軸に戻ります。


サギヨシ鳥で英気を養ったおかげか、討伐地域が変更になった為か、レンドルフ達はそれから三日間、特に大きな問題もなく順調に討伐をこなしていた。



「やった!今日は10分越えた!」

「無理はしてないな?」

「大丈夫!そういうの何となく分かるようになって来た」


タイキをレンドルフの魔力と乗馬に慣れさせる為に、帰りの移動中に少しずつノルドに騎乗することになった。始めた初日は、10分も経たないうちにタイキの気分が悪くなったのだが、日々僅かずつではあるが順調に馴染んで来ているようだった。


「15分を余裕で越えられるようになったら、乗る位置を変えてみるか?」

「乗る位置?」

「俺の前に座って、手綱を持ってもらう。手綱の扱いにも慣れておいた方がいいし」


ノルドからタイキを降ろしながらレンドルフがそう提案すると、タイキは一瞬パッと顔を明るくしたが、すぐに落ち着かない様子でソワソワと馬車の方を眺め出した。


「何か心配事でも?」

「いや、その…そこってユリの定位置じゃねえの?オレ乗んない方がよくないか?」

「定位置って訳じゃないよ」

「そうなのか?」

「まあちょっと視界が悪くなるけど、走らせる訳じゃないし、問題ないと思う」

「分かった!オレ、頑張るよ!」


やはり騎乗して自分の手で手綱を取れるのは嬉しいのだろう。レンドルフも幼い頃にようやく自分で手綱を握れるようになった時はワクワクしたものだった。タイキは随分と張り切った様子でいい笑顔になっていた。


「よーし、じゃあ明日はもっと長く…あ!明日はレン、休みなんだよな」

「うん、悪いんだけど」

「ちぇー。ま、しょうがないか」


あっさりとタイキは馬車の荷台に戻って行った。身軽なタイキは、踏み台も使わずにヒョイ、と飛び乗る。そしてそのまま荷台の上でゴロリと横になった。


「本当に大丈夫なのか?」

「ヘーキヘーキ!ちょっと体が強張ってるから伸ばしてぇだけ」

「足をこっちに向けるな!せめて靴を脱げ!」


荷台は十分広いので、背は高いが細身のタイキが横になったところで狭くはならない。しかし、転がった位置が悪かったのかタイキの長い足がミスキの尻の辺りに触れる。ミスキは真っ先に文句を言いつつ、さっさとタイキの靴を脱がせてやっていた。何だかんだ言って、ミスキはタイキに甘い。


「狭くなったから、ユリちゃんがレンくんに乗せてもらえばぁ?」

「え?あの、私サイズじゃそんな大差ない…」


クリューに話を振られて、ユリは焦って思わず首を振った。しかしクリューはそういうことじゃないと言わんばかりの表情でユリに顔を近付けて、小さな声で呟いた。


「さっきから羨ましそうにタイちゃん見てたみたいだけど?」

「…!」


思い切り図星だった為に、ユリは思わず言葉に詰まった。レンドルフの後ろに抱きつくようにして何とかノルドの動きに慣れようとしているタイキを、少々羨ましい気持ちで見ていたのは確かだった。よく考えてみれば、タイキがこちらを気にしてチラチラ見ていたので、やたらと目が合った気もする。


「ユリさん、気分転換に乗る?」


クリューの声が聞こえたらしく、ノルドに乗ったままレンドルフが馬車の脇に近付いて来た。


「えと…大丈夫?」

「うん。ノルドも全然疲れてないから」

「じゃあ、お願いシマス…」


ユリが立ち上がって荷台から降りようとすると、ノルドに乗ったままレンドルフが手を伸ばして来てヒョイとユリを抱き上げた。そしてそのまま軽々と定位置の自分の前に乗せる。さすがに跨がらせる訳にはいかない為に横座りで座らせたので、まるで横抱きでもしているような体勢になる。


「座り直すなら支えてるから、好きな体勢に直していいよ」

「ええと…たまには、このままで」

「あ、うん。じゃあ、行こうか」


ノルドが馬車から離れると、クリューが馭者台のバートンに合図を出す。馬車が軽やかに走り出すと、ノルドも少し離れた後ろから付いて行く。


「明日も晴れそうだね」

「うん。しばらくは割といい天気が続くみたいだから良かったわ」


夕暮れにオレンジ色と藍色が混じる空を見上げる。雲は少し出ているが、雨が降る程厚くはない。


何気なく声を掛けたレンドルフだったが、そのユリの返答に声の近さに一瞬驚いてしまった。いつもは普通に乗馬の時の体勢で前を向いているユリと会話を交わしていたのでその感覚が身に付いていたが、今日は横座りになっているのでユリの顔が直接こちらを向いている。しかも、当然ではあるが少しだけレンドルフの胸元に寄り添うような形になっていて、いつもより距離が近いように感じられた。

ノルドの揺れでレンドルフの革の胸当てにユリの頭がその度にぶつかってしまうので、思い切ってユリがコテリと軽くレンドルフに凭れ掛かった。レンドルフはそんな筈はないと分かっていても、自分の跳ね上がった鼓動がユリに伝わらないように祈りながら、意識してゆっくりと呼吸を繰り返した。


「レンさん、明日聞いた話、ちゃんと聞かせてね」

「うん」

「明後日ならちょうど休みなのに」

「ステノスさんも忙しいから仕方ないよ」


レンドルフはステノスから連絡を受けて、先日のアーマーボア討伐に関しての調書を取る為に明日の昼にギルド内の会議室に呼び出されていた。その際にこれまでで分かったことなども話せる範囲で教えてくれるらしい。ミスキ達と相談した結果、明日はレンドルフ一人がギルドに出向き、他のメンバーは討伐に向かうこととなった。一応「赤い疾風」も当事者ではあるので参加しても構わないと言われていたが、一番の当事者はレンドルフであるし、説明にはステノスが来ると言うことでミスキはきっぱりと拒否していた。ミスキが断ると言うことは「赤い疾風」の総意と同義である。


「ユリさんも明日は気を付けて」

「うん。大丈夫よ」

「そうだった。俺が今回割り込んだだけだった」

「割り込むだなんて。レンさんが参加してくれたおかげで、いつもよりすごく討伐がスムーズだし、回復薬の消費量も全然少ないんだよ。レンさん拝まなくっちゃ」

「それを言うなら、俺に冒険者を薦めてくれたりみんなを紹介してくれたのはユリさんだから、ユリさんを拝まないと。良いご縁をありがとう」

「あはは、それじゃお互い拝み合わなくちゃ」


互いに何気ない顔をして楽しげに笑いながら他愛のない会話をしているが、どちらの耳もほんのり赤くなっているのは敢えて触れないようにしていた。



「いいわねぇ、若い子達って」


魔獣討伐の帰りだとは思えない程ほのぼのとした雰囲気のレンドルフとユリに、前を走る馬車から様子を眺めていたクリューは、二人に分からないようにそっと呟いて、口元を押さえてニヤニヤとしていたのだった。



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指定の時間にギルドに行くと、既に話が通っていたようで、レンドルフの顔を見るなりすぐに上の階の最奥の会議室に案内された。ここは最も厳重な盗聴防止の策が施されている部屋だ。

まだ時間より少し前だったので、ステノスは来ていなかった。ギルド職員が紅茶と焼き菓子をレンドルフの前に置いて行ってくれたので、しばらくはそれを摘みながら待つことにした。

焼き菓子はドライフルーツを混ぜ込んだもので、思ったよりも強い酒精がフワリと香った。濃厚な甘さなので、砂糖を入れない紅茶との相性が非常に良かった。



「すまねぇな、遅くなった」


指定の時間を五分程過ぎて、ステノスが軽く息を弾ませながらやって来た。一応騎士服を着ているがほぼ肩に羽織っているだけで、相変わらず着崩している。しかし髪もどことなくボサッとしているところから、今は身なりを整えている暇がないだけなのかもしれない。

立ち上がって挨拶をしようとするレンドルフを手で制して、ステノスは正面に座ると、すぐに脇に抱えていた鞄の中から封筒を取り出して差し出して来た。


「まあ、殆どレンは俺と行動を一緒にしてたからな。そう間違いはねえと思うが、一応この調書に目を通して内容を確認してくれ」

「はい」


レンドルフは中の書類を取り出して、中に書かれていることを確認する。そこには、倒した魔獣の種類とおおよその数、討伐方法なとが記されていた。そしてあのアーマーボアの詳細に付いても綴られている。


「…大体この通りだと思います」

「そうか?もう少しアーマーラビットの数を上乗せしてもいいんだぞ。多分現場確認して残った残骸で推定される一番少ない数で書かれてるから、お前さんの精霊獣で呑み込んだ分は入ってない筈だ。今回は特例として素材がなくても最低限の支払いをギルドがしてくれるってことだから、多めに請求しても俺が口添え出来るぞ」

「あれは魔石も取れない非常手段ですから。このままでいいですよ」

「欲がねえなあ」


目を通して戻された書類に、ステノスはサラサラと何か書き加えた。はっきりとは見えなかったが、どうやら討伐した魔獣の数を増やしてくれたらしい。


「ところで、随分男前になったが、体の調子はどうだい」


そう言ってステノスがチョイと前髪の辺りを指差した。


「回復薬のおかげで怪我はあの場で治りましたよ。たださすがに焦げた髪はどうしようもなかったので切りましたけど」

「自覚はなかったみてぇだが、結構酷い火傷だったからな。傷が残らないで何よりだ」

「ステノスさんこそ大丈夫でしたか」

「おう、俺もほぼほぼ完治してる。あの時は自分の傷薬を落とされたのが失敗だったからな。ここまで戻れば在庫もあるからどうってことねえよ」

「それなら良かったです」


そう言うステノスの顔にはまだうっすらと擦りむいた跡が残っていたが、言われなければ気付かない程度にまでは治っていた。


「さて、と。どっから話したもんかな。まずはナナシの報告からしておくか」


斥候として派遣されたが身動きが取れなくなって行き倒れていたナナシと名乗った男は、無事にギルドに保護されて、彼の魔力制御と補充に必要な杖も回収されたそうだ。重要な情報を持った斥候を助けたということで、レンドルフ達にはギルドから感謝の金一封が出るらしい。


「ナナシが杖を持っていなかったのは、水源に向かって呪詛が遡上しているのを止めるためだったそうだ」

「呪詛…ですか」

「ああ。そいつは西の大陸で使われている魔道具だが、使い方によっては呪詛の道具になるってんでその国からの持ち出しも、この国への持ち込みは禁止されている品だ。西の大陸は広い砂漠が国土の大半なのは知ってるな?」

「はい」



その魔道具は、本来は水の少ない砂漠で安全な水源を確保する為に作られたものだった。僅かな水でもその魔道具を浸すことで、その水の水源まで遡って行くのだ。そしてその魔道具は、水源に到達すると術者が仕掛けた任意の魔法が発動する仕組みになっている。それに浄化の魔法を掛けておくと水源で浄化魔法が発動するので、下流の水域も飲料や農作物に利用出来る水質になるのだ。

水が貴重である西の大陸に住む人々は、その魔道具を開発した際に他の使い方を全く想定していなかった。しかし水が豊富である他の国の者からすると、遠く離れた場所からその魔道具に悪意のある魔法を付与して水に流すだけで、数日後には滅ぼしたい地域に毒でも病でも広めることが出来るという使い方を思い付くのに時間は掛からなかった。そのことの脅威に気付いた各国が、件の魔道具を西の大陸から輸出入を厳しく禁ずるまで相当な被害が出たとされているが、正確な情報は国家間の憎悪と戦乱を招きかねないと秘匿されている。



「ナナシは聖水の元になる川の流域を中心に調査していたが、その途中で明らかに異質なモノが遡上していることに気付いた。だが、戻って報せるにもあまりにも水源が近いこともあって、持っていた杖でそいつを川底に縫い止めた」


ナナシの持つ杖は、当人の高確率で他者に悪影響を与える特殊魔力を遮断する為にかなり強力な魔石が幾つも埋め込まれていた。その杖で魔道具の動きを封じたのだ。だがそれは上手く行ったものの、ナナシ自身が戻るための魔力を制御出来ずに魔力切れの状態になって行き倒れ、レンドルフ達に発見されるに至ったということだった。


「不運にもその時点でアイツの所持していたギルドカードが壊れたようでな。ギルドに連絡を送ってその場で救援を待っていたらしいが、待てど暮らせどやって来ないので自力でどうにか戻ろうとしていたらしい」

「確かに、ギルドカードが割れてましたね」

「それは魔力切れで倒れた弾みで割れたらしい。本来はそんなヤワなもんじゃないんだが、その前から壊れて脆くなってたんだろうさ」


ギルドカードは、所持している冒険者などに万一のことがあって、それこそ人相が分からないような状態になっていた場合の身元証明に使われる。その為、かなり耐久性が高い付与魔法が掛けられているのだ。それが壊れるということは、余程その魔道具を止める際に何らかの無茶をしたということだろう。


「その呪詛の魔道具は…」

「それは騎士団で回収した。今は王城の魔法士に預けて詳細を調査中だ」

「良かったです」

「まあ、それについては、だがなあ…」


どんな呪詛かは分からないが、聖水の元になる水の水源に悪影響をもたらすものが使用されずに済んだのでレンドルフは安堵したが、あまり反応の芳しくないステノスの様子に、再びジワリと不安が胸によぎる。


「それがどこからどれだけ流されたものか分からんからな。かなり下流で複数使用された場合、支流が流れ込んでいる場所で別々の水源に遡上している可能性もある」

「別々の水源……あ!」

「何だ!?何か心当たりでもあるのか?」


レンドルフは、サギヨシ鳥を仕留めて解体した川の近くで、ユリと採取した色の濃いジギスの花と、魔力が含まれているらしい水を思い出した。特に水の方はおかしな結果が出たとユリが話していた。


「なるほど…ジギスの花、か。そりゃ助かる情報だ。騎士団と警邏隊総動員して水源をしらみつぶしに確認するよりも優先度が付けられる」


レンドルフの話を聞いて、ステノスが急いでメモを取る。そしてすぐさま部屋の外にいたギルドの職員を呼び止めて、森の地図を持って来るように頼んだ。



どこからどれだけの数の魔道具をバラまいたのか、正確な情報が分からなければ、最終的には王都に流れ込む全ての水源を確認する必要があるだろう。しかしジギスの花の色である程度予測が付けられれば、優先的に調査する水源が絞り込める筈だ。見た目からは判別し辛い水の異常を魔道具などで一つ一つ確認するより、花の色である程度知ることが出来れば調査も進めやすい。



「その花と水はユリちゃんのとこにあるのかい?」

「はい。ただ水の方は念の為ユリさんのおじい様に再度確認をお願いすると言っていました」

「そうか…ごぜ…あの方が確認してくれるなら、こっちにも情報が来るな」


部屋のドアがノックされて、職員がステノスに頼まれた地図を持って来た。ステノスが礼を言って受け取り、すぐさま机の上に広げてレンドルフに向かって差し出した。


「それで、その花と水を採取した場所ってのはどの辺だ?」

「ええと…たしかこの…辺りでした」


ステノス達とアーマーボアを討伐した崖から南下するように指で辿って、レンドルフは地図の一点を指し示した。川の青いラインと、落差を表わす表示が交わっている。


「この小さな滝のような場所の上の方で色の濃いジギスの花が群生していました。水もそこから汲んでます」

「何か他におかしなことはなかったか?」

「……いえ、特には。この少し下流で仕留めた魔獣を解体したんですが、おかしなことはなかったです」

「もしかしてサギヨシか?こないだミキタんとこで食ったんだが、お前さんが仕留めて来たって言ってたぜ」

「それです。解体時には浄化の魔石を川に沈めてましたし、その後も念の為バートンさんに上位の浄化魔法を重ね掛けしてもらってます」

「ああ、安全性を疑ってるわけじゃねえよ。ありゃ旨かった。ご馳走さん」


ステノスはレンドルフが指し示した辺りの地図にペンで印を付けると、何か少し書き込みを入れてからくるくると丸めた。


「取り敢えず、ナナシの無事と呪詛の回収が済んでる話はアイツらにしてもいいが、この花と水のことはまだ広めないようにしといてくれるか?この呪詛を仕掛けたヤツが気付いて手を打たれると困るからな」

「分かりました」

「ユリちゃんにもそう伝えといてくれ。多分、おじい様辺りからもう止められてるとは思うがな」


再び部屋のドアがノックされ、ステノスがそれに応えると背の高い男が入って来た。彼は騎士服をキッチリと着込んでいるが、その上からでも鍛え上げていることが分かる。年の頃は30代くらいだろうか。艶やかな長い金髪を一部の隙もなく撫で付けて後ろで束ねている。

確かアーマーボア討伐の後に応援部隊を率いて来た人物だった、とレンドルフは少し遅れて気付いた。騎士服の襟に付いている徽章を見ると、それなりの地位にいるようなので、おそらくステノスの副官のような立場なのだろう。


「ヨシメ、この地図の印のある場所とその水源に部隊を向かわせろ。あと、王城の緑魔法の使い手にジギスの花を咲く場所を特定させて、優先的にその水源に人を回せ」

「はっ」


ヨシメと呼ばれた騎士は、何の疑問も挟まずにステノスの命に頭を下げると、地図を持ってすぐさま部屋を出て行った。その即断な行動に、一瞬レンドルフもポカンとして見送ってしまった。


「どうしたよ、鳩が豆鉄砲…ああ、こりゃミズホ国(アッチ)の言い回しか。何だ、そんな顔してても男前ってのが変わらんのは凄いもんだな」

「いえ…その、すぐにこんなに信用されるとは思ってなくて…」

「何でぇ、俺を騙す気でもあんのかい?」

「それはないです!ないですが、決断が早いな、と」

「これでも一応人を見る目はある方でな」


そう言いながらも、ステノスは少々照れたようにヘラリと笑う。


「それに、水源に何かあって被害が出てからじゃ遅すぎるからな。さっさと手を打って、何もありませんでしたーって報告する方がよっぽどマシだろ。それで文句付けられたら俺のクビ一つ差し出しゃ済む話だ」

「すごいですね…」

「やめろよ〜、大したことじゃねぇよ〜」


ステノスは実のところ部隊長は雇われであって、本業は別のところにある。その為多少の無茶はどうにでもなると開き直っているところも大きいのだが、レンドルフに純粋な尊敬の目で見られるとどうにもバツが悪い。思わず苦笑いしながらクシャクシャと頭を掻いた。



「おっと忘れるとこだった。あのアーマーボアの件な」

「はい」

「解体してみた結果、レンが言ってた実家の資料にあったってのとほぼ同じような状況だったことが分かった」

「聖属性の何かを取り込んだ、ということですか?」

「ああ、おそらくな。似たような事例があれば知らせてくれってことで、解体の所見はもうクロヴァス辺境領に送ってある。そいつと照らし合わせることにはなるが、ほぼ間違いないだろう」


ベテランの解体師が数人がかりで開き、魔獣の研究をしている学者なども立ち会って検分した結果、消化器官に聖魔法を有した物体が癒着しているのが確認された。既に半分以上が吸収されていたのでそれが何だったのかは不明だが、聖魔法が付与されていた魔道具か、聖魔法属性の何かを補食したのだろうと大方の意見が一致した。補食したものについては、これから更に調査が行われるそうだ。


「立ち会っていた数人が魔力酔いを起こす程の強力な魔力を持つ物体だったそうでな、おそらく生物ではないだろうという話だ。まだ発見されてなかった古代遺物(アーティファクト)を呑み込んだんじゃねえか、って言ってるヤツもいる」

「そうですか」


アーマーボアは雑食なので、人を襲うこともある。少なくとも被害にあった人間はいなさそうなのでレンドルフはホッとした。


「しかし、俺達は運が良かったみてぇだな。あと半日遅かったらそのブツが完全にヤツに吸収されて、もっと回復が速くなってたって言われたからな」

「それは…勝てる気がしませんね…」

「だよなぁ。そうなったら説得して、聖女様にでもなってもらうように口説くしかなかったな」


確かにあれは雌のアーマーボアだったな、とレンドルフは神殿にいる魔獣の姿を想像してみたが、どう考えても神殿を破壊している姿しか思い浮かばない。


「それは難易度が高過ぎませんか」

「いやぁ、レンなら行けるんじゃないか?」

「無理です」


どうにか助かった今だからこそこうして冗談も言えるが、実際かなり辛勝であった。最後はユリが止めを刺してくれたが、彼女が来なくて長引いていたら勝敗は五分五分だったかもしれない。


「あの個体は騎士団で買い取ることになった。支払いはギルド経由でお前さんの口座に振り込まれるからな。国の買い取りだからギルドに比べてちょいと渋い値になるが勘弁してくれ」

「あれはパーティの方に…」

「おいおいおい。アレはお前さん個人の手柄だろうが。俺はちゃんと騎士団から手当が付く。アーマーボアの買い取り金はレンのもんだ」

「それならユリさんにも」

「ユリちゃんは元々魔獣の買い取りは受け取らねえだろ」


ユリは、希望する薬草採取に付き添ってもらう代わりに、魔獣の買い取りは受けない契約になっていた。それはレンドルフにも適用されている。それでも納得が行っていない様子のレンドルフに、ステノスが助け舟を出す。


「それじゃ、レンが個人的にユリちゃんに薬草束でも贈ってやったらいいんじゃねえか?」

「薬草束?」

「そうだ。まあ、普通レディに贈るなら花束とか甘いモンとかが一般的だが、ユリちゃんなら薬草束の方が喜ばれるだろうよ。どうせなら実家の方に自生してる薬草を送ってもらっちゃどうだ?」

「ああ、なるほど。それはいいかもしれませんね」


それでやっとレンドルフは得心が行ったようだった。


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