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【番外編】長き夜の女神の戯れ5

クリスマス風番外編ラストになります。メリークリスマス!


馬車をゆっくりと走らせているせいか通常ならもうエイスの街に戻ってもいいくらいだったが、外をチラリと確認すると半分の距離を過ぎたくらいだった。



「体調が大丈夫そうなら速度上げてもらう?」

「このままでいいわ。それでも予定よりもずっと早く到着するんだし」


しばらくしてユリの体調も回復したので、今は座席に並んで座っていた。

ユリがいつまでも膝の上に乗っていてはレンドルフの足が痺れてしまうと申し出たのだ。レンドルフとしては軽いユリくらい乗せていても何の問題もなかったのだが、さすがに少々距離が近すぎるということもありユリの希望に添う形となった。とは言え、行きの馬車よりもずっと近い距離感で寄り添うように座り、繋いだ手はレンドルフの腿の上に乗せられていた。


「あ、ユリさん、向う側のピアス…」

「え?」


ユリの顔が向いた際に、レンドルフは違和感を覚えた。そしてその正体にすぐに気付くと、繋いでいない方の手を伸ばしてユリの向う側にある耳元に手を伸ばした。


「やっぱり。ちょっとだけ鎖が切れてて石がなくなってる」

「え、やだ、どうしよう…」


指先に乗せて確認すると、長く垂れるような鎖の先に薄紅色の石が付いていたのだが、その鎖のほんの少しが欠けていて、石もなくなっている。それを聞いたユリの顔が見る間に曇る。


「新しいの、贈らせて?」

「だけど…」

「占いでも言われただろう?俺にねだればいいって」

「あ…あれ。でも失せ物は出て来るって言ってたけど」

「でも諦めた方がいい、とも言ってたよ。今度は一緒に買いに行こう」


レンドルフはそっと指先に乗せていた鎖を滑らせて手放す。その際に、一瞬手を止めて手の甲に触れているユリの髪を見つめた。


「?何か付いてる?」

「あ、いや…さっき、幻覚魔法のせいだと思うんだけど、ユリさんの髪の色が違う色に見えて」

「違う色…」



あのハーピーが出現する直前、身に付けていた魔道具が僅かではあったが一斉に機能を停止していた。ユリは自分の本来の髪色を見られていたのを思い出して、一瞬体が強張る。


()()()()()()で、可愛かったなあと思って」

「ピンク色?」


レンドルフから意外な言葉が返って来て、ユリはキョトンとした顔になってしまった。しかし、すぐに光を反射させやすい「死に戻りの色」の影響で、ランタンのピンク色に染まって見えたのだとすぐに理解した。


「あ!あのユリさんの黒髪は綺麗だよ!ただ、あの時はちょっと俺とお揃いだと思ったら嬉しくなっちゃって」

「お揃い…」

「あんな異常事態だったのに、我ながら緊張感がなかったと思うんだけど、つい…」

「ああ、それであのときレンさん、ちょっと笑ってたのね」

「え?笑ってた!?うわぁ…」


どうやら全く自覚がなかったらしく、レンドルフは繋いでない方の手で顔を覆った。それでも彼の耳がほんのり赤く染まるのはユリにははっきり見えてしまっていた。少し耳に掛かる長さの薄紅色の髪の隙間からでも、色味が違うのですぐに分かってしまうものなのだな、とユリは妙なところを発見して感心していた。


あの時、ユリの特殊魔力が全く制御出来なくなっていたことで、魔力量も多く一番近くにいたレンドルフは最も影響を受けていたのでかなり辛かった筈だろう。それなのに奇妙なことに一瞬だけ微笑んだ理由が分かって、ユリも何だかお揃いと言う言葉がくすぐったいようなソワソワした気持ちになった。


「今度、魔道具で髪の色変えてみようか?」

「いや、それは駄目だよ」

「え?似合ってなかった?」


軽い気持ちでユリはそんなことを言ってみたのだが、レンドルフに真顔で即答されてしまった。


「だって普段の俺じゃお揃いにならないし」

「あ、そうか」

「それに…」


レンドルフは手を伸ばして、いつもよりもフワフワとした形に巻かれているユリの髪を一房手に取って軽く指に絡める。そしてそれを引っ張らないように丁寧な仕草で自らの口元に寄せた。


「あれは可愛過ぎたから、誰にも見せたくない」


そう言って、レンドルフは絡めた髪ごと自分の指先に唇を触れさせたので、今度はユリの方が耳だけでなく顔全体が真っ赤になる番だった。



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「ここでいいの?」

「うん。今はレンさんは街に入らない方がいいと思うし」


ゆっくりと進んだ馬車は、エイスの街の入口よりも大分手前で止めてもらった。



エイスの街でのレンドルフは、栗色の髪をした冒険者レンで過ごしている。もっとも街の人間の大半にはレンドルフが貴族の騎士だということはバレているが、そこは素知らぬ振りをするのが暗黙の了解となっていた。しかし今は変装の魔道具を紛失してしまったので、いつもとは違う本来の髪色になってしまっている。貴族がお忍びで変装の魔道具を使用するのは有名な話ではあるが、冒険者レンとして顔見知りも増えて来たエイスの街では、大っぴらに晒すのは避けた方がいいだろうという判断になったのだ。



「あ、もうユリさんの迎えの馬車が来てる」

「ホントだ。さすがに早いわ…」


馬車が止まって窓の外を確認すると、いつもユリが遅くなった時に使っている小さな貸し馬車が見えた。隣街を出てしばらくしてからユリの持つ魔道具で迎えの時間の変更を連絡したので、まだ来ていないかと思っていたのだが、存外対応が早かったようだ。

それを確認した二人の声に、ほんの少しだけ残念そうな響きが混じる。



レンドルフは先に馬車から降りて、またユリに許可を取って抱きかかえて馬車から降ろそうとした。

いつもその時にユリは片手はレンドルフの手の上に重ねていたのだが、今回はその手を離して、レンドルフの首に巻き付けるようにして自ら抱きついた。一瞬、レンドルフは驚いて動きを止めたが、すぐに身を屈めてユリの足をそっと地面に降ろした。不意の出来事ではあったが、それでも安定感は変わらないようだった。しかし足を地面に付けてもユリはすぐには離れず、屈んだままの姿勢のレンドルフの頬に何か柔らかい感触が触れる。


「今日はありがとう」


ユリがそう耳元で囁いてからレンドルフに巻き付けていた腕を放した。



「気を付けて」

「レンさんも。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


僅か数歩の距離のところに並んで止めてある小さな馬車にユリをエスコートして乗せると、いつものように扉を閉めた馬車の窓のカーテンを開けてユリが手を振った。レンドルフも軽く手を振り返すと、ユリを乗せた馬車は静かに発進した。

少しだけ去って行く馬車を見送って、レンドルフは自分の乗って来た馬車に戻り、行きに乗せてもらった王城裏手の馬車留めまで戻るように伝えたのだった。



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王城まで戻ると、大分夜も更けてはいたがまだまだ華やかな宴はあちこちで続いているようだった。裏手の使用人や騎士などが個人的に利用する通用口の辺りでも、いつもより浮かれた空気が漂っている。


貸し馬車は時間で料金が決まるので、予定が繰り上がった分の返金を馭者から申し出られたが、レンドルフはそれを断ってまた次も頼むと言ってそのまま馬車を帰した。レンドルフがユリと乗る時は距離を保つ為に大型の馬車が必要となって来るのだが、大型馬車は台数が少ない割に人気があって、予約はなかなか大変だったりするのだ。その為予約する際は、割と無理を聞いてもらっていることも多い。その礼の意味も含めていた。



「おう、レンドルフじゃないか。何だ、今日は休みだったのか」

「ああ。くじ引きで休みを当てたからな」

「いいよなあ。俺は一回も当てたことないぞ」


そのまま王城の敷地内にある騎士団の団員寮に戻ろうとレンドルフが外に面した回廊を歩いていると、庭の方から同期の騎士が声を掛けて来た。学生時代からの同級生なので、その頃から親しくしている相手だ。今は所属が違うので滅多に顔を合わせることもないが、会えばこうしてすぐに親しく話すことの出来る間柄だった。彼は警護の勤務に就いていたのか、きちんと騎士服を着込み帯剣している。ちょうど休憩の時間でこちらに戻って来たのだろう。



「その服、デートだったんだろ。にしちゃ帰りが早くないか?今夜は相手持ちは朝帰りがキホンだろ」

「明日は早いし、そこまでのつもりはないよ」

「何だ、ケンカしたかフラれたか?」

「違うよ。ちょっと魔獣が出て騒動になったから、彼女の体調も悪そうだったし早めに切り上げた」

「マジかよ…運が悪かったな。で、被害状況とかは分かるか?」

「一体だけだったし、弱い個体だったからすぐに倒せた」

「お前が騒動の中心だったのかよ!」


休暇中とは言え、何か緊急事態が起これば対処に当たるのが騎士の本分でもある。しかし女性連れな上に帯剣もしていない状況で魔獣を討伐しに行ってしまったらしいレンドルフを見て、彼は内心「気付いてないだけでフラれてるんじゃないか…?」などと思っていた。


「あ…」

「ん?どうした?」


ちょうど雲が切れて半分ではあるがそれなりに明るい月の光が回廊に差し込んで、レンドルフの顔に光が差した瞬間、彼は小さく声を上げた。


「お前、この先は結構人が多いから、ちょっと向こうを回って寮に戻れよ」

「?遠回りなんだが…」

「いいから!なるべく人に会わないように戻れ!そしてすぐにシャワーを浴びろ!」


急に不可解なことを言い出した同期に、レンドルフはキョトンとした表情で首を傾げた。しかし、追い立てられるように背を押されたので、レンドルフはそれに従って遠回りではあるが人のいなさそうな道を律儀に選んで、自分の部屋へと戻ったのだった。



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「あー…」


彼に言われたままに部屋に戻ってすぐにバスルームに入り、そこにある鏡を見て理由が判明した。


レンドルフの頬と首、そしてシャツの胸の辺りに口紅の痕がくっきり残っていたのだ。



頬の痕は、おそらく先程ユリを馬車から抱え降ろした際に、抱きついて来た彼女が意図的に付けたのだろう。不意打ちだったので、レンドルフは何か柔らかいものが触れた、くらいの感覚しかなかったが、それを思い出して顔に熱が集まった。鏡の向こうの自分の顔が、見る間に赤くなっている。

首とシャツの痕跡は、彼女の緊張を解こうと抱き締めていた際に付いてしまったのかもしれない。コートなどで隠れていたのでユリも気付いてなかったのだろう。


よく分からないまま別れてしまったが、気を使って人に会わないように忠告してくれた同期の友人に感謝しながら、レンドルフはシャワーを浴びることにした。すぐに洗い流してしまうのはほんの少しばかり勿体無い気もしたが、寮内にいればいつ緊急事態で呼び出されないとも限らない。

シャワーを浴びて出る頃には、ユリも帰宅しているだろう。手紙を書いて次の約束を結ぶ為に伝書鳥を飛ばすか、ギルドカードのメッセージ機能で連絡をするか。どちらにしようか考えながら、レンドルフはしばらく頭から熱めの湯を浴びていたのだった。



なるべく人に会わないような道を辿ったと言っても、王城内で常に人の目は存在している。ただでさえ目立つ外見のレンドルフが、普段とは違う着飾った服装で、しかも()()()()()キスマークを付けて戻って来たという目撃証言は騎士団内であっという間に広まっていた。

翌朝の食堂内で親しい騎士仲間から冷やかされて、レンドルフが朝から赤面させられたのは言うまでもなかったのだった。



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後日、事情聴取の為にプラザの街のギルドを訪れたレンドルフは、変異種だった為に一体の割に比較的高額の討伐報酬と共に、ハーピーの胃の中から発見されたという宝飾品をどうするかと提示された。


ハーピーは鳥に近い習性からか、光り物を集めるのを好んでいる。それらを一旦胃の中に入れて巣に持ち帰り、吐き出して飾り立てるというのだ。その為主不在のハーピーの群れの巣を発見した場合は一攫千金のチャンスだとも言われているが、基本的にハーピーは見張りを残していることが多いので、大抵の場合は失敗に終わる。

ハーピー自体を討伐して胃の中から宝飾品が出て来た場合、討伐者の所有物になると定められている。引き取って自分のものにすることも出来るし、ギルドに任せて買い取ってもらうことも出来る。


その胃の中から出て来た宝飾品の中に、いつの間に食われたのか、二つ程鎖の輪が残っている薄紅色の見覚えのある石が混ざっていた。どう見ても無くしてしまったユリのピアスの一部だった。

レンドルフは一瞬どうしようかとも思ったが、さすがに魔獣の胃の中から発見された物を引き取る気にはなれず、全てギルドで買い取ってもらうことにしたのだった。


事後報告にはなったが、ユリにもギルドに任せた旨を話すと、「それは…出て来ても付けるのは無理だわ…」と渋い顔で賛同していた。



次の休みにはユリとプラザの街を再訪して、懐かしい味の屋台で買い食いをしたり、新しいピアスを買い求めたりして祭の埋め合わせをするかのように互いに楽しんだ。

そしてユリが自ら公園にも行きたいと言い出して、あの日の夜に辿った道を歩いてみたのだが、全く拒否反応は出ていないようだった。


「レンさんが上書きしてくれたから」


そう言って笑うユリの顔には全く翳りがなく、レンドルフもその顔を見て優しく微笑んだ。



その時に新たに購入したピアスは、よりレンドルフの髪色に近い色の石になり、ユリの持っているピアスの中では最も多く彼女の耳元を独占することになったのだった。


次回からは元の時間軸に戻りますので、レンドルフとユリの間にはまだ距離があります。

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