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【番外編】長き夜の女神の戯れ4


「ハーピーの変異種、だな」

「それで群れから追い出されてここまで来たんでしょうね。どうも幻覚魔法も通常とは正反対の効果が出てたらしいですし」

「そうか…魔石が砕けてるのが悔やまれるな」



よりにもよって祭の最中に街中に現れたハーピーではあったが、幸いなことに人の少ない公園内であったことと、偶然居合わせた冒険者の活躍によって被害は殆どなく終わった。

ギルドに運び込んで、魔獣に詳しいギルドの解体部門責任者の解体師立ち会いの元で検分を行っていた。解体の傍ら、ギルド職員は慣れた様子でサラサラと所見を書類に書き込んで行く。



「大きな被害無く倒してくれたんですから、そんなこと言っちゃバチが当たりますよ」

「見た目は斬った痕もなく綺麗なもんなんだがなあ」

「何か、目撃者によると、蹴りで一撃だったそうですよ」

「なんだそりゃ。そいつの方が魔獣かなんかじゃないのか?」

「だからバチが当たりますって!」


いくら通常より小ぶりな個体だとしても、相手は魔獣である。元の力が強くて身体強化魔法が強ければ素手でも倒せるかもしれないが、魔獣の体内の核である魔石を一撃で砕くなどという芸当は、ベテラン解体師でも初めて聞く話だった。


「まあ冒険者登録はしているようですが、本業は王城の騎士団の騎士様みたいですよ」

「それなら余計に蹴りっておかしいだろ!」

「それもそうですね」


口も動かしているが、さすがに手慣れているだけに解体の手は一時も止まることはなく、あっという間に素材別に分けられる。


「この羽根は鑑定に出した方がいいな」

「一応全部の素材を鑑定しますよ。なにせ変異種ですから」

「そりゃ安心だ」

「何か気付いたことでも?」


使い終えた道具を洗浄しながら、解体師はしばらく難しい顔で考え込んでいた。彼は魔力量は多くないので、鑑定的なことは一切できない。だが、長年の経験から得る情報は決して無駄ではないのだ。それが分かっているので、ギルド職員も書き付ける手を止めて彼の言葉を待った。


「…幸運?」

「はい?」

「なんつーか、この羽根、変な魔力が乗ってやがるんだよ。面白半分って言うか、実験的って言うかな。好き勝手に色んな属性の魔力を乗せた結果、妙に弱い個体が出来上がった、って感じだな」

「はあ」

「今回は魔力が混じって弱くなったが、万一ハマってたらどうなると思う?」

「……考えたくないですね」


もし多数の魔力が互いに噛み合えば、恐ろしく強い個体が出来上がるという可能性に思い当たりそうになって、ギルド職員は肩を竦めた。


「まあ、いくら弱い個体って言っても、やっぱり蹴りで魔石を砕くのはまともじゃねえな。その騎士、赤熊かなんかじゃなかったのか?」

「体格はともかく、一応人間の顔してましたよ!」

「あんたの言い方も大概だな」

「あ……え、ええと、どうかご内密に…」

「サイレス地方の赤の新酒で手を打つぜ」

「それ、この前解禁になったばかりで高いヤツですよねー!?」


敢えての失言を待っていたのか、道具を洗浄し終えた解体師はニヤリと笑ってギルド職員の肩をポン、と叩いたのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



プラザの街の門を出て、レンドルフは馬車の迎えに指定した時刻がまだずっと先だったことに気付いた。さすがに一晩中はないが、日付が変わるくらいまでは祭を楽しむ予定だったのだ。このままでは寒空の下でユリを待たせなければならない。


貸し馬車を利用する時には、変更などがあった際に連絡が取れるように遠話の魔道具が貸し出されている。呼び出して来るまでに少し時間がかかるかもしれないが、その時は自分のコートを脱いでユリを丸ごと包んでしまおうと思いながら手にすっぽりと収まるサイズの魔道具をポケットから取り出した。


「おや、旦那様…レン様、ですよね?」


不意に声を掛けられて振り向くと、ちょうど門から今日借りていた大型馬車が出て来るところだった。

馬車はすぐに門の脇に寄せて停まると、馭者が降りて駆け寄って来た。


「あの、旦那様の髪の色が」


馭者が確認するかのように尋ねて来たことを疑問に感じたのが顔に出ていたらしく、彼は遠慮がちにそう告げて来た。言われてレンドルフは視線を上げて、額に掛かっている自分の前髪を改めて確認した。変装後の栗色ではなく、薄紅色の毛先がチラリと視界の端に映る。


「あー…魔道具がやられたか」


常に足首に装着している変装の魔道具に目をやると、ズボンの裾の一部に切れ込みが入っていた。気が付かなかったが、咄嗟に魔道具の装着していた方の足でハーピーを蹴り付けてしまったので、その弾みで爪かなにかで引っ掛けられたのだろう。普段は足首を覆うブーツを履いているので、すっかり無頓着になっていたらしい。


「失礼いたしました。お顔は間違いないと思ったのですが、念の為…」

「いや、当然だよ。ちょうど良かった。予定が変更になったので、来てもらおうと思っていたところだ」

「街外れで魔獣騒ぎがあったと噂されてましたので、もしかしたら、と思いまして」

「ああ、ありがとう。その騒ぎで彼女が体調を崩してしまってね。まだ時間も早いしゆっくりで構わないので、なるべく静かに送り届けてもらえるかな」

「畏まりました」


馭者はユリを抱えたままのレンドルフに気を遣って、人が乗り降りする扉ではなく荷物を積み込む用の広い扉を開けてくれた。おかげでレンドルフはどこにもぶつかることはなくスムーズに馬車に乗り込んだ。



----------------------------------------------------------------------------------



馬車の座席に座っても、レンドルフは肩に顔を埋めているユリをそのまま位置を保てるように膝に乗せて背中を丸めていた。普通の姿勢でユリを膝の上に乗せると、身長差で今の位置から胸元に彼女の顔がずり下がるようなことになってしまう。少々レンドルフ側には無理のある体勢ではあったが、せめて彼女がもう少し落ち着くまでは動かさないでおこうと思ったのだ。


「…レンさん」

「ん?何?」


ゆっくりと馬車が動きだし、少しずつ街の喧騒が遠ざかって行く。車内は車輪の回る僅かな音だけが響いていた。


しばらくして、ユリが小さく呟いた。殆ど声になっていない囁きであったが、レンドルフの耳元だったのですぐに聞き取れた。レンドルフも出来るだけ静かな声を心がけて、そっと返事をする。

顔を上げないままレンドルフのコートの胸元を握りしめていたユリの手が緩んで、ソロリと彼の襟元に伸ばされた。ほんの少しだけ彼女の指が直接首の辺りに触れる。温かい車内に入ってしばらく経つのに、彼女の指先はまだヒヤリとしていた。レンドルフはその小さな手を自分の手で覆いかぶせるようにして、熱を分け与えるように自分の頬に挟み込む。


「…ごめんなさい」

「ユリさんが謝ることはないよ。ちょっと運が悪かっただけだし。それに、怪我がなくて良かった」

「あのハーピー、幻覚魔法使ってたよね」

「ああ、うん。何か普通とは違う魔法だったみたいだけど」

「え?そうだったの…?」


レンドルフの言葉に、ユリはようやく顔を上げた。その顔は、今までレンドルフが見たことがない程不安げで、濃い緑色の瞳が小刻みに揺れていた。


「さすがに俺、『前衛殺し』を大切とは思う気はないし」

「『前衛殺し』って…ええと…」


ユリは少しだけ眉根を寄せて考え込むような表情になった。レンドルフが言った「前衛殺し」を思い出そうとしているらしい。


「あの、固有魔法持ちのダチューバ、だっけ…?」

「そう。アイツはうちの領出身者には最大の天敵だから」

「ああ…そうね…」



「前衛殺し」という異名を持つ魔獣ダチューバは、大きさは1メートルくらいの二足歩行のサンショウウオのような姿をしている。何故かコートやローブを纏っているので、薄ろ姿だけは子供のようにも見える。この魔獣は魔法攻撃がほぼ効かず、かといって物理攻撃にもかなり耐性があり、魔獣の中でも上位に入る厄介な種族だ。数は非常に少ないので遭遇したことがある者の方が稀だが、万一出会ってしまったら即ギルドに報告して、国から唯一ダメージを与えられる特殊魔法を使える魔法士を派遣してもらわなくてはならない。


この魔獣は、発動する確率は非常に低いが大変厄介な固有魔法を使用して来る。それは魔法を仕掛けられた対象者が「これまでに物理攻撃で殺した魔獣の半分の数だけ生命力を削られる」というものなのだ。どういう原理かは分からないが、魔法攻撃はカウントされないらしい。その為直接攻撃が中心の「前衛殺し」の異名で呼ばれるのだ。

その固有魔法の特性故に、日常的に多くの魔獣を物理で屠っているクロヴァス領の領民達に取って、それは即死魔法と同義だった。瀕死の重傷ならば回復薬や回復魔法で一命を取り留めることも出来るが、即死してしまうとどうすることも出来ない。その為クロヴァス領では、この魔獣と遭遇したら何をおいても逃げの一手と教えられている。



「ダチューバに見えてたのに攻撃したの?レンさん、無茶し過ぎ…」

「本物だったとしても固有魔法の発動率は低いし、一回蹴り飛ばすくらいなら大丈夫かなって」

「それでも……ごめん。私が動けなかったせいだね」

「だから謝る必要はないよ。遠ざける為にしただけだから、一応気を付けたし」

「うん…」


レンドルフは頬からユリの手を離してギュッと手の中に包み込んだ。やっと彼女の手に血の気が戻って来たのか、先程よりも暖まっているようだった。


「きっと、あの個体は『一番嫌な物』の幻覚を見せるんじゃないかな」

「そう、なのかな」

「少なくとも、俺はそうだった」

「……良かった」

「ユリさん?」


不意に、ユリの瞳からポロリと涙が一粒零れて彼女の白い頬を伝った。彼女も予測していなかったのか、少し焦ったような色が浮かぶ。レンドルフはハンカチを差し出そうとしたが、不覚にもちょうどユリを乗せている側のジャケットのポケットにしまっていたことを思い出した。


「あの、レンさん、手を」

「あ、うん」


どうしようかとレンドルフが内心慌てていると、ユリに遠慮がちに言われた。ユリにしてみれば握っている手を離してもらって、自分のコートの内ポケットに入っているハンカチを取り出すつもりだった。だが、レンドルフは焦ったあまり天然で間違ったのか、ユリの手を離してすぐに自らの指の腹で彼女の頬をツルリと撫でて涙を拭ってしまった。


「あ…」

「ご、ごめん。痛かった?」

「う、ううん。大丈夫…その、ありがとう…」


咄嗟に指で拭ってしまったが、ユリの頬の柔らかさに触れて、レンドルフは自分の手の皮膚の硬さを実感して慌てて謝る。ユリはすぐに首を振って否定すると、自分でハンカチを取り出して目元に軽く押し当てて睫毛に残った水分を拭う。



「レンさん、私ね…さっきはこの世で一番嫌いな人の姿が見えたの…」


そう言いながらユリは、コテリとレンドルフの胸元に軽く頭を凭れ掛けた。


「もう二度と会いたくないし、二度と会わない人。でも…一時は…尊敬、してたし、頼りに思ってた人」

「そう、なんだ」

「今思うと、何で()()を尊敬してたのか、自分でも分からない」


胸元に凭れながら軽く目を伏せているユリを、レンドルフはどこか胸の中がザワリとするような感覚を覚えながら眺めていた。それを悟られないように力を抜いた返答をしたつもりだったが、僅かに喉の奥が引きつったようになってしまい、やはりいつもより声が固くなってしまった。


「何で幻覚魔法で()()が見えたんだろうって、さっきまで思ってて、すごく怖かった…」



本来の幻覚魔法は、相手に一番大切に思っている存在の幻を見せるものだ。その魔法を受けて、自覚のなかった自分の気持ちを知った者もいるとよく言われている。レンドルフも、同期の騎士がそれで婚約を解消した話を知っているし、もっと身近なところでは母親が父親と婚約を交わす前から幻覚魔法で父の姿を見ていたと繰り返し惚気ていた。もっとも、箱入りの貴族令嬢であった母は、幻覚魔法がどういうものか全く知らなかったので、他の者に指摘されて初めて自覚したのだということだった。



レンドルフは、自分が「前衛殺し」の幻を見ていた時に、ユリが酷く怯えていたことを思い出した。あれほど怯えるような相手なのに、幻覚魔法で実は大切な存在だったのではないかと思わされたと考えると、それは想像以上の恐怖なのかもしれない。



「レンさんが()()を蹴り飛ばしたとき、すごくスッとしたの。本当に心からそう思ったのよ。でも、正体がハーピーで、幻覚魔法を見せられてたって知ったら…」


ユリが言葉を詰まらせて、また思い出したのかフルリと身を震わせた。それを落ち着かせようと、レンドルフは彼女の背中に手を回して軽くポンポンと叩いた。


「あの個体は変異種だった。だから普通とは違う幻覚が見えたんだよ」

「うん…そうよね。そう。レンさんの言う通り、きっと『一番嫌な物』が見えるのよ。それだったら()()が見えても仕方ないわ…」

「もし、万一この先もそいつが見えるようなことがあったら、俺が全部倒すから。ユリさんはこうして見ないようにしてればいいよ」



ユリの背中に添えていた手をレンドルフは彼女の頭の後ろに添え直して、そっと抱きかかえるようにした。彼女が苦しくならないように細心の注意を払いながら、すっぽりと小さな体を包み込んでしまう。まだ冷えているのか、それともレンドルフの体温が高すぎるのか、少しだけ彼女の体が冷たいような気がした。それを温めるように抱き締めていると、何だか大切な卵を守る親鳥にでもなったような気がした。



「……ありがと」


レンドルフの腕の中でそっと呟くような声がして、ハーピー遭遇以降、ユリのずっと緊張気味だった体がようやく緩んだようだった。




「前衛殺し」のダチューバは、某有名ゲームのトラウマモンスターのトン◯リがモデル(笑)名前は奪衣婆から拝借。


ユリの見た幻覚の人物は彼女の過去が語られる際に出て来ますが、そのエピソードはもう少し先になる予定。故人なのでより彼女のトラウマに拍車がかかったのです。

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