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【番外編】長き夜の女神の戯れ2


「わあ…!エイスとは全然違う!」


街の中に足を踏み入れると、あちこちで人だかりが出来ていた。その中心では役者や大道芸人達が趣向を凝らした演し物を行っているようで、色々な場所から音楽や歓声、拍手などが上がっている。

街路樹に付けられたランタンはピンク色の花の形を模したもので統一されていて、まるで満開の花の中を歩いているような感覚になった。街中では防火の為に熱の出ないランタンを使用することが義務付けられているのだが、視界が暖色に囲まれているだけでほのかに街全体が温かい気がする。


エイスの街はどちらかと言うとこうした統一した企画は立てられておらず、それぞれの区画が思い思いの飾り付けをしている。その為大変カラフルで賑やかな印象だった。


「あ!影が花の模様になってるのね!すごい綺麗!」


道の両側の建物の屋根にロープを渡して道の上空にもランタンを吊り下げているのだが、ランタンの外側に花の透かし模様が入っていて、地面に落ちる影が花の模様を映し出していた。風でランタンが揺れると、地面の花も揺らめいて幻想的な光景だった。


「レンさんのコートの色だと影が映えるね。ふふ、花模様のコートみたい」

「花柄のコートはちょっとどうなんだろう」

「でもカッコいいよ?」


レンドルフの広い背中に落ちる影が、まるで生地自体の地模様のように映り込む。ユリのモスグリーンのコートよりも、彼の茶色のコートの方がくっきりとコントラストが出ていた。


「そろそろ店へ行こうか」

「そうね。あまりウロウロしてるとつい何か買っちゃいそう」


懐中時計を取り出して確認すると、そろそろ予約の時間が迫っていた。夕食には丁度良い時間帯なので、あちこちの屋台もかき入れ時とばかりに良い匂いを振りまいている。この後に予約があっても、つい釣られて何か摘んでしまいそうだった。



----------------------------------------------------------------------------------



予約した店にも、入口にピンク色の花を模したランタンが飾られていた。ただ街中とは違い、店独自で用意しているのかもっと凝った意匠の花の形をしていて、それをいくつも組み合わせて巨大な花束のようになっている。まとめてあるため一つ一つの光源は控え目になっていて、芯の方がボンヤリと発光しているだけだったが、それが却ってそれぞれの花弁の形をした影で全体を美しく引き立てていた。



入口でコートを預けて予約のカードを渡すと、奥の窓際の席に案内された。昼間は美しい庭園が臨めるらしいのだが、今は時間と共に少しずつ色や形が変化する明かりの魔道具が飾られていて、満天の星空のようになっていた。


この店は貴族がお忍びで利用することもあるが、平民でも特別な日などに使われる店で、格式も高すぎず低すぎずといった場所だ。親しい相手とゆったりと食事と空間を楽しめるということで、中心街でもそれなりに知られている。

予約したのは完全な個室ではないが、テーブルの間が広く取られ、美しい布を上から吊り下げているので他の客と顔を合わせることがない半個室のような席だった。この吊り下げた布には防音の付与がされているので、全くの無音ではないものの他の客の声も遠く、会話の内容は外に漏れないようになっている。



テーブルに着くと、細身のグラスに食前酒が注がれる。淡い琥珀色の液体に、炭酸の細かい泡がグラスの内側で煌めいている。


「こちらは、モーリ地方のみの林檎で作られましたシードルでございます。チーズとジャンボンのムース、ドライフルーツでお楽しみください」


給仕が食前酒と料理の説明をすると、背筋の伸びた美しい一礼をして去って行く。


「綺麗な色ね」


ユリがそっとグラスを持ち上げると、細かい泡がテーブルの上に点されたキャンドルに反射して、グラスの中に星が散っているかのように映る。レンドルフもグラスを手にすると、少しだけユリに向かって差し出す。


「乾杯しようか」

「うん。…何に乾杯しよう」

「うーん…これからもよろしく?」

「そうね。これからもよろしく、レンさん」


軽くグラスを触れ合わせると、チリン、と澄んだ鈴の音のような音がした。


シードルを口に含むと、新鮮な林檎の香りが広がる。炭酸は弱く微かに舌に刺激を残すだけで、喉の奥に落ちる時にはまるで林檎の果汁をそのまま飲んでいるような感覚だった。酒精も弱いのだろうが、空腹の胃に落ちるとやはり少し熱を帯びたようになる。


白くシンプルな皿の上に盛られたクリーム色とピンク色のムースの下に、緑色と赤いソースで蔦のような模様が描かれていて鮮やかな色合いが美しい。そしてダイス状に刻まれた数種類のドライフルーツが散っていて、蔦の上に咲く花のようにも見えた。


「この緑のソースはバジルね。赤い方は…ベリー?」

「スグリっぽい?でもベリーも混じってるんじゃないかな」

「ああ、この酸味はスグリよね」


チーズもジャンボンもどちらのムースも薄めの味付けであるので、香りと塩味がくっきりしているバジルソースと酸味とほのかな甘みのあるスグリソース、どちらを付けて食べてもよく合った。それに却ってソースをつけるとムースのそれぞれの旨味が引き立つようだった。そして滑らかで柔らかいムースとしっかりした歯応えのドライフルーツとの相性も良かった。


二人とも思わず黙々と皿を空にしてしまって、次の皿を待ちながらゆっくりと残ったシードルを傾けた。



「ユリさん、今度の薬師の資格試験って来年?」

「うん。年明けすぐ。一応必要な薬草は揃えたし、後は……」

「ユリさん!?」


薬師の試験の話を振られて、ユリは思わず遠い目をしていた。


「何か、やることが多くて一瞬現実逃避してた」

「が、頑張れ…」

「うん…私の場合、実技の魔力操作も問題なんだけど、筆記の方もちょっと知識が古くて混乱するのよね…でもこれは言い訳になっちゃうか」

「古い知識?」

「ええと…うちって割と薬師になる人が多いって言ったことあるよね?その人達の使った参考書で勉強してたから、やり方とかがちょっと古くて」

「それじゃ駄目なの?」

「やっぱり最新の方が効率とか効果とかが良かったりするしね。だから最新のものにどんどん更新しなくちゃいけないの」

「そうなんだ。大事なものを扱うから、資格を取るのも大変なんだなあ」

「みんな資格を取るまでにはだいたい何度も受けてるしね。私も頑張るわ」


薬師の資格試験は、数年の実績と現役の薬師や薬学の教師などからの推薦をもらってやっと受験可能なるものだ。ユリは昨年からやっと受験資格を得て、初試験は不合格だった。次の試験が二度目の挑戦になる。

困ったように眉を下げてユリは笑って、シードルの最後の一口を飲み干した。



「失礼いたします」


まるでタイミングを計っていたかのように、給仕が次の皿をワゴンで運んで来た。

濃い茶色の平皿に、白を基調とした前菜が三種並んでいる。その周りに極彩色の花弁が散っていて華やかさを添えていた。


「前菜でございます。サーモンとマッシュポテトのクレープ包み、蕪とホタテのマリネ、マッシュルームとホワイトアスパラのチーズ掛けとなっております。こちらの花も食用でございますので、どうぞご賞味ください」


食用の花があるのは知っていたが、実際に口にする機会は初めてだったので、レンドルフは興味深げに皿を眺めた。どんな味がするのか気になってまず鮮やかな赤い色の花弁の一枚をフォークで刺して口に入れてみた。歯応えは葉野菜よりも頼りなく僅かにシャキシャキした食感と、ほんのりとした酸味が感じられた。


「…思ったより味がないのね」


ふと正面を見ると、ユリが少々残念そうな顔をしていた。どうやら彼女もレンドルフと同じように真っ先に花弁だけを口にしていたらしい。そして全く同じ感想だったことに少しだけ笑ってしまった。


「だって、食べたことなかったんだもの…」

「いや、違う違う。俺も同じことしたからつい楽しくなって」


レンドルフの笑いに気付いたのか、ユリは少し顔を赤らめながら拗ねたような表情になったので、彼は慌ててフォローを入れた。その言葉に、彼女は一瞬キョトンとして目を瞬かせたが、すぐにクスリと笑いを漏らした。


「レンさんも同じかあ。ちょっと香りとか期待してたんだけど」

「俺はもう少し甘いかと思ってた」

「色は甘そうだものねえ」


その後、他の前菜と共に食べてみたものの、飾りとしての役割の方が大きいのか、ほぼ花弁の味は感じられなかった。しかし、どの前菜も味は大変良かった。


「私はこのマリネが好き」

「うん。俺もこれが一番美味しかった。この間に挟まってるプチプチしたものがいい」

「これ、多分ミズホ国のものだと思う」

「そうなんだ。どんな食材か全然分からないや。……ヘンなものじゃないよね?」


軽く火を通した蕪とホタテをミルフィーユのように重ねたマリネの間に、何かプチプチとした食感の透き通った粒状のものが入っていた。それ自体に味はないのかマリネの風味しかしないが、弾力のある歯応えなのだがちょっと噛むとプツリと切れる食感で、不思議な心地好さがあった。


「大丈夫。海藻が原料だから」

「海藻?これが?」

「ええと…私もそこまで詳しい作り方は知らないけど、確か海藻を煮込んで抽出した液体が固まるって聞いた。ゼリーの膠に似てるけど、それよりも固い食感だったから、これもそうだと思う」

「ユリさんは食べたことあるんだ」

「前に二回くらい。甘味だったから、こういう風に使ってるのは初めて」

「いいなあ、甘味かあ…」


大の甘い物好きなレンドルフは、想像もつかない甘味と聞くだけで羨ましくなっている。その様子にユリはクスクスと笑った。


「今度手に入ったら知らせるね」

「よろしくお願いします」



----------------------------------------------------------------------------------



その後の料理は、キノコのポタージュ、赤蕪とチシャのサラダと続き、メインは魚料理で、白身魚のバター焼きだった。皮の赤い魚で、パリッと香ばしく焼かれていて、鱗も処理しているので皮もそのまま食べられるとのことだった。ナイフを入れると、サクリとした皮のすぐ下からジュワリと脂が滲み出て来る。身の下に注がれている白いソースはほのかなレモンの香りがして、見た目よりもあっさりしていた。焼き色の着いたバター風味のしっかり付いた魚の身に絡めると上品な脂の甘みを一層強く感じた。


思ったよりも魚の切り身が大きめだったので、ユリはすっかり満腹になったようだった。レンドルフにはやや少なめではあるが、全く物足りない程ではなかった。



「こちらはデザートでございます」


給仕が何段にも重なっているようなワゴンを押して来て、テーブルの脇に付けた。


「わあ…すごい…」


そのワゴンには、小さなデザートがズラリと並んでいたのだ。見た限り、優に20種類は越えているだろうか。このレストランの名物で、このデザートワゴンから好きなものを好きなだけ選んで良いのだ。一度選んで、まだ物足りなければ更に追加することも可能だ。


「只今の季節は、今年の祭のテーマをイメージしたベリーデザートが多くなっております」


レンドルフは実は学生時代からこの店の名物のデザートのことを知っていたのだが、一人では入り辛いし、騎士仲間ではなかなか共に来てくれるような相手がおらず、ずっと来る機会がなかったのだ。今回プラザの街を選んだのも、この憧れていた店に来てみたかったということもあった。勿論、ここを予約する前にユリには説明をしてある。


「今は何種類あります?」

「全部で25種類でございます」

「じゃあ、分け合うので全種類盛ってください」

「畏まりました」


ユリのリクエストに、レンドルフは思わず驚いた表情を隠せなかったが、さすがに給仕の方は平然とした対応で、躊躇いなく一番大きな皿をワゴンの下から取り出して、どんどんと並べて行った。大きな皿を最初から用意しているところから、もしかしたらユリと同じような注文をする客は存外多いのかもしれない。


「どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」


それぞれは小さめとは言え、25種類ものデザートが乗った皿はさすがに圧巻であった。その皿をテーブルの中央に乗せ、レンドルフとユリの前には空の小さな取り皿をセッティングする。そしてその場で香り高い紅茶をカップに注ぐと、ほぼ空になったワゴンを押して音も立てずに去って行った。


「ユリさん…」

「私は一個か二個で十分だから、あとはレンさんが食べて」

「それは…」

「食べられるでしょ?」

「うん、それは問題ない。けど、ユリさんはいいの?」

「お料理が結構量があったから、私はもうお腹いっぱい。だからレンさんは好きなの選んで」

「あの…ありがとう」



レンドルフの見た目から甘い物好きと言うと奇異な目を向けられていたことを知っているユリの気配りに、レンドルフの中で今まで此処に来られなかった残念な過去の思いが一気に昇華されたような気持ちになった。少しばかり鼻の奥がツンとしたような気がしたが、それを表に出さないように目の前の可愛らしいデザートを見つめた。


「やっぱり先にユリさんが選んでくれるかな。どれも選べなくて」

「んーじゃあ…これと、これを、半分ずつ!」


ユリはほんのりピンク色をしているシフォンケーキと、チーズケーキと思われる上に大きめのイチゴが丸ごと一粒乗ったものを指して、そう言った。


「半分?」

「そうしたらレンさん全種類食べられるじゃない。私も別の味が食べられるし。一挙両得!」

「ユリさんが、いいなら…」

「あ、でもこっちのイチゴは丸々貰っていい?」

「うん。勿論」


見ると、大皿の脇に取り分け用のフォークとナイフが添えられていた。それを使ってレンドルフはユリが指定したケーキを切り分けた。おそらく彼女は、こうやって分けやすい種類をわざわざ選んでくれたのだろうと思い当たる。

ユリの取り皿に切ったケーキを乗せ、チーズケーキの上に乗っていたイチゴもそのまま彼女の取り皿に着地させた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


その後、レンドルフはニコニコしながら25種類のデザートを見事完食した。念願かなってこの店に来ることの出来たレンドルフは、デザートに負けず劣らず蕩けるような甘い表情をしていた。そしてユリはその彼の幸せそうな顔を見ながら、甘い気持ちで紅茶を飲んでいたのだった。




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