表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/625

【番外編】長き夜の女神の戯れ1

番外編全5話


クリスマスっぽい雰囲気の話が書きたかったので。

現在の時間軸よりも少しだけ未来のお話。


この時のレンドルフとユリは、正式に互いの正体は明かしてないし、ちゃんとした告白的なものはしてないけれど、休みの度に手繋ぎデートしてたり距離感が近かったりするので、周辺も当人も「お付き合いしてる」感覚です。

クリスマスなので、糖度高めでお送りします。


ギルドの前にある広場のベンチで、ユリはソワソワとした様子で座っていた。



普段のギルドに回復薬を卸しに来る際の商家の娘風でもなく、薬草採取に行くときの冒険者風でもなく、いつもよりも少々気合いの入った出で立ちだった。


モスグリーンの襟のないAラインのコートで、首元からは下に着ているワンピースのファーが覗いている。足首まである丈のスカートの下からは、ピンクベージュのつま先の細い革のブーツが少しだけ出ていた。長い黒髪はこてで巻いて細かいウェーブを作ってそれをポニーテールにしているので、フワフワと広がって軽やかに見せている。髪を上げている為に耳があらわになって、貰ったばかりのピアスが揺れているのを目立たせていた。ユリは先程から何度もそのピアスに触れて、少しだけ長めの鎖を揺らして視界の端にピンク色の石が煌めいているのを確認していた。


「ユリさん!ごめん、遅くなった!」


ギルドの前に大型の貸し馬車が止まり、中から慌てた様子のレンドルフが降りて来る。彼もまたいつもとは違う黒のジャケット姿で、金茶色のタイを結んでいる。ジャケットには襟に金糸で刺繍が入っているが、あまり光らない素材を使用しているせいか、却って控え目で品よく生地の黒に映えていた。ただ、折角フォーマルな姿であるのにその時間がなかったのか、栗色の柔らかな髪の毛は自然な様子で前髪も下りている。

けれど、髪を整えるよりも少しでも早く来ることを優先してくれたことがすぐに分かる姿に、ユリは嬉しげに微笑んだ。先程よりも頬がほんのりと紅潮しているのは、決して寒さのせいだけではなかった。


「大丈夫?忙しかったんじゃないの?」

「大丈夫。ちょっと交替の時間が押したけど、みんな快く送り出してくれたよ。それよりもユリさん、寒かっただろうし、早く馬車に」

「うん。でもこのコート、あったかいから平気だったよ」

「それでも、すぐに温かいところへ」


ユリの着ているコートには防寒の付与が掛かっているので、余程強い風に晒されなければ街中で使用するには十分だった。

レンドルフがユリに手を差し出すと、すぐに彼女は彼の大きな手の上に自分の小さな手を乗せて来る。手袋越しで体温は分からなかったが、この寒空の下でしばらく待たせてしまったので、それなりに冷えているだろうとレンドルフはすぐに馬車に案内した。



----------------------------------------------------------------------------------



馬車の中は、温度を保つ付与が掛けられているのかフワリと温かかった。ユリが奥の席に落ち着くと、レンドルフがその隣に乗り込む。大きめの馬車なので、隣同士に座ってもくっついてしまうことはない。

車内が温かいのでユリがコートを脱ぐと、レンドルフがサッと受け取って座席の正面に付いているフックに掛けてくれた。背の高いレンドルフだからこそ座ったままで届くが、ユリでは立ち上がって正面の座席に乗らないと届きそうになかった。見ると、別のフックにはレンドルフの茶色のコートが掛けられていた。彼のコートの裾は、完全に真下の座席の上に丸まっている。


ユリのコートの下の服装は、首元や袖にふわふわしたベージュのファーがあしらわれた裾の長いワンピースで、生地は一見ファーと同じベージュ色に見えるが少し角度が変わると光の具合で淡い緑色が浮かび上がるような、まさにヘーゼル色と言える素材を使用していた。その姿に、思わずレンドルフの目元が柔らかく緩む。


「どう、かな。似合うかな…?」

「うん、すごく。そのピアスも付けて来てくれたんだ」


レンドルフの視線に気付いて、ユリが少し頬を染めて尋ねる。レンドルフは一切の躊躇なく頷くと、そっと手を伸ばして彼女の顔の脇で揺れているピアスに軽く触れる。長めの鎖が伸びてその先に小さな薄紅色の石が光っているデザインのものなので、直接肌に触れた訳ではないが、微かにレンドルフの指先の体温が少し冷えたユリの肌には伝わって来て、そこを起点に耳元まで熱くなるようだった。


「レンさんも、似合ってる」

「ありがとう。本当はもっときちんと身支度を整えたかったんだけど、締まらないな…」

「整い過ぎてないのもいいと思うよ。あんまりきっちりしてると、私が気後れしちゃうかもしれないし」

「それでも、もうちょっとカッコ付けたかったんだけどな」


レンドルフは少々困ったような顔になって、手で髪を何とか撫で付けようとしていた。しかし彼の柔らかい髪は、固めるものがなければサラサラと額に下がって来てしまうのであまり印象に変化はなかった。



----------------------------------------------------------------------------------



今夜は、オベリス王国では夜が一番長い日だ。


この日は夜を司る女神フォーリの力が強くなり、彼女だけが産み出すことの出来る魔獣の力も強くなると言われている。しかし、この日に女神を楽しませた土地には加護が与えられて一年間魔獣が避けて通るとも言われるため、各地で華やかにランタンを点して一晩中祭が催されるのだ。この祭は、通称「女神の夜祭」と呼ばれている。

この祭に参加出来るのは成人を越えた大人だけであり、未成年がいる家は誰か大人が残るか、世話人を雇わなければ参加することは出来ない。女神フォーリの対極の神である主神キュロスは子供の味方であり、子供を粗略に扱うと罰が下る為と言われる。その代わり、きちんと子供の世話を忘れなかった家には主神キュロスから祝福がもたらされ、眠っている子供の枕元に贈り物を置いて行くと言われている。その為、この日は大人達は祭を、子供達は贈り物を楽しみしている特別な日なのである。



実のところは、寒冷地の領主が寒い冬を幼い子供達が無事に過ごせるかどうか確認する為に、食糧を持って各家庭を回ったことが始まりとも言われているが、特に文献には残ってないので定かではない。だが今もきちんと決まりが守られているかの確認も兼ねて、役人達がご馳走や菓子などを子供のいる各家庭に届ける風習は続いている。この風習は、確実とまでは行かないが、未成年への不当な虐待などを発見するのにも一役買っていた。



王城でもこの日は国王主催で大規模な夜会が開かれているので、本来騎士は警護などに回って祭に参加するどころではないのだが、それでも翌日以降の勤務を鑑みて騎士全員を駆り出す訳ではない。レンドルフは休みを取れる権利を賭けたくじ引きで見事に休みを引き当て、こうしてユリと祭に出掛ける約束をもぎ取ったのだった。

一晩中続く祭である為、レンザがユリの参加を大分渋ったのだが、ユリもそうそうないであろうレンドルフと祭に出掛ける機会を逃すまいとレンザを必死に説得した。そして、絶対に節度を持って婚姻前の男女であることを忘れないように、と何度も念を押されてようやく許可を得たのだった。



二人はその前のレンドルフの休みの日に中心街で、互いに服を見立て合って祭に着ていく服を購入していた。

最初はそのつもりはなかったのだが、たまたま通りかかった店に飾ってあったワンピースの生地がまさにレンドルフのヘーゼルの目の色にそっくりだということに気付き、レンドルフは真っ赤な顔でユリにプレゼントしたいとしどろもどろになりながら伝えたことが切っ掛けだった。自分の髪や瞳の色を相手に贈るのは、意中の相手に好意を示していることくらいはさすがにレンドルフも知っている。それを敢えて贈りたいと思い切って言ってみたのだ。

ユリは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに頷いた。そして贈られてばかりだと悪いと言い出し、ユリがレンドルフの服を見立ててプレゼントし合うという流れになったのだった。


ただユリの目が肥えていたせいか、レンドルフの布量が多かったせいか、圧倒的にレンドルフの服の方が高額になってしまった。ユリに気にするなと言われたもののやはり気にしてしまったレンドルフが、後日彼女へピアスをプレゼントした。そのピアスに付いていた石の色がレンドルフの本来の髪の色を思わせる薄紅色だったこともあり、祭当日のユリは完全にレンドルフの独占欲満載の状態になっていた。

もっとも、レンドルフの方も黒を基調に金のポイントを入れている服なので、こちらもレンドルフの知るユリの色で占められているのだが。



----------------------------------------------------------------------------------



「レンさんはプラザの街に行ったことはある?私は行ったことないんだけど」

「学生の時に遠征訓練の授業でね。ほら、あそこは坂が多いから、山岳遠征の基礎でみんな行かされるんだ」

「遊びに行ったとかではないのね…」

「帰りは自由だったから結構皆で買い食いとかしてたよ。よく屋台で目の詰まったパンみたいなものに具を包んで焼いたものを食べてた」

「へえ、食べてみたい…けど、今日は無理かな」

「また今度一緒に来よう」

「うん!」


馬車の行き先は、エイスの街から二つ離れたプラザという街だった。そこの少し高級なレストランに予約を入れてあり、そこで食事をしてから街歩きをする予定になっていた。


今日の「女神の夜祭」はどの街でも開催されてはいるが、レンドルフは髪色を変えていても体格ですぐに警備中の騎士達に存在が分かってしまう。別にやましいことはないのだが、何となく後で冷やかされるのも気まずいので、今回の祭は中心街以外の場所に行かないかとユリに提案してみた。ユリの方も中心街は人が多すぎるので、小柄な彼女は人波に埋もれるだけで疲れてしまうので避けたいと意見が一致した。


プラザの街には大きな劇場があり、今日は短い大衆向けの演目を無料で多数上演している他に、街中でも役者や大道芸人達が様々な演し物を行っている。そして坂が多い街並なので、街道に飾られたランタンが非常に美しいことで有名だった。その為にそれなりに人出はあるものの、それでも中心街よりは動きやすいということで、二人はプラザの街に出向くことにしたのだった。



もうすぐ街の入口に着く少し手前で、馬車がガタリと止まった。


「旦那様、この先少々混み合っております。もうしばらく掛かりそうです」


外から馭者が声を掛けて来た。レンドルフが窓を開けて外を確認すると、少なくとも20台くらいの馬車がズラリと並んでいた。


「ねえレンさん、もうすぐだし歩いて行かない?」

「ユリさんは大丈夫?」

「歩くのは慣れてるもの」

「なら、そうしようか」


ユリの提案にレンドルフは頷くと、馭者に歩いて行く旨を伝えた。馬車は街に入る為の行列を抜けて、街道の端に寄せられる。


掛けてあったモスグリーンのコートを取ってフワリと彼女の肩に掛けてから、レンドルフは自分のコートを片手に馭者が開けてくれた扉から外に出てサッと袖を通す。背の高いレンドルフに丈の長いコートのなので、たっぷりとした裾が美しい弧を描いて翻った。その身のこなしに、思わずユリは見蕩れて動きを止めてしまった。


「ユリさん」


身支度が済むとレンドルフは振り返って柔らかな笑顔を向けながら、黒の革製の手袋を嵌めた手を差し出して来た。ピッタリとした手袋に、彼の長い指が殊更強調されて見えるようだった。ユリがその手の上に自分の手を重ねると、半歩程レンドルフが馬車に近寄る。大型な馬車なので車高が高い筈なのだが、外に立っているレンドルフの顔の位置は座席に座っているユリよりも僅かに高い。


「抱えて降ろしてもいい?」

「……はい」


ちょうどユリの耳元にレンドルフの口が来るので、近寄って話しかけられるとどうしても耳元で囁かれているようになってしまう。子供並みに小柄なユリは通常の馬車でも降りるのは一苦労なので、レンドルフは馬車で出掛ける度に必ずそう確認を取って、抱きかかえて降ろしてくれていた。毎回きちんと確認を取ってくれるのだが、何度されてもなかなか慣れることは出来なかった。ユリは至近距離で真っ直ぐに見つめて来るレンドルフの顔がまともに見られず、いつも少し目を伏せた状態で承諾していた。


ユリがレンドルフと片手を重ねたまま少し座席から腰を浮かせると、絶妙なタイミングで腰の辺りに反対側の手を回されてフワリと体を持ち上げられる。そしてそのまま流れるようにそっと地面に降ろされた。いつもながら見事な安定感だった。



あまりにも馬車から抱いて降ろす動作が手慣れているので、疑問に思ったユリが以前レンドルフに聞いたところ、幼い王女の護衛を務めた時に、大人の女性を扱うように降ろさないとご機嫌が斜めになるので、何度も練習して身に付けたという答えが返って来た。練習相手は、王城に出入りしていた庭師の息子だったそうだ。しっかり者で、練習一回につき幾らとお駄賃の金額まで騎士達に交渉して来た、とレンドルフは愉快そうに語っていた。それを聞いてユリは、安心はしたが少々複雑な思いになったりもしたのだった。



「迎えの時間は約束の通りで頼む」

「畏まりました」

「帰りももし混んでいるようなら、この場所で待っていて欲しい」


馭者にそう告げると、レンドルフは懐から小さな布袋を手渡した。受け取るとジャラリという音が微かにして、中身が硬貨だと分かると馭者は笑顔になって深々と頭を下げる。


「旦那様、ありがとうございます」

「これで何か温かいものでも食べてくれ。帰りもよろしく頼むよ」

「はい!どうぞお気を付けて!」


弾んだ声の馭者に見送られて、レンドルフとユリは手を繋いで街の入口の方へと足を向けた。馬車だけでなく徒歩で向かう人もそれなりに多い。


「寒くない?」

「うん、大丈夫」


そう言いながらも、レンドルフは繋いでいるユリの小さな手をすっぽりと包むように握り直した。体温の高いレンドルフは、手袋越しでも温かさを伝えて来る。



本当なら今回のように互いにややフォーマルな服の時は腕を組みたいところなのだが、レンドルフとユリの身長差が大き過ぎてレンドルフが肘を差し出すと、ユリの肩よりも上の位置になってしまう。それではユリが疲れてしまうので、レンドルフが腕を伸ばした状態でユリが腕を絡めてみたのだが、()()()()()()()()()と言われてレンドルフからそれ以降はやんわりと拒否されていた。そして色々な試行錯誤の結果、並んで歩く時は手を繋ぐようになっていたのだった。


冬至とクリスマス、みたいな感じです。


オベリス王国の神は、主神キュロス(太陽・昼)を頂に、次いで女神フォーリ(月と星・夜)、母神シビューノ(大地と海)の三柱が最高神。主神キュロスはあらゆる生命を産み出し、女神フォーリは魔獣を産み出すと言われています。他の神々や眷属は、ほぼ母神シビューノの産み出した子供達。


そもそもは創造神キュロスとその眷属破壊神フォーリ、調和神シビューノから成り立っているのですが、長いことに信仰も変化しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ