599.夜会の鼎談とエイスの街観光
ユリとレンドルフのパートは昼間で、夜会パートは同日ですが夜なので少しだけ時間軸がずれています。
「ラン姉上!」
王族への挨拶を済ませて引き上げようとした時、人をかき分けるようにして第二王子エドワードがオランジュに向かって足早に近付いて来た。少し遠巻きにして様子を伺い、王の前から離れた瞬間を狙って我先にと話し掛けようと待ち構えていた貴族達は、割り込んで来た人物が王族だったことに渋々といった様子で引き下がった。
そしてエドワードの後ろから、艶やかな亜麻色の髪を背中に下ろし、この国の流行りよりは少し古めかしいが品の良いドレスに身を包んだ美しい令嬢が人々の間を縫うように現れた。その動きは優雅で顔は貴族の笑みを浮かべているが、エドワードが急に動いた為に置いて行かれたような形になり、慌てて追いかけて来たのはオランジュの目には明らかだった。
オランジュをエスコートしていたサミーがエドワードに挨拶をしようと頭を下げかけたが、オランジュが組んでいた腕を傍目には分からない角度で引いてサミーの動きを制した。そして腕を離してスルリと前に出てエドワードの正面に立つ。
「エドワード殿下。そのようにお急ぎになってどうなさいましたの?」
「あ…いや、その、パフーリュ嬢…」
おそらく直前まで一緒にいた令嬢を置いて来るなど明らかに王族らしからぬ行動を取ったエドワードに、オランジュは笑顔で圧を掛ける。かつて夫のバッカニア公爵と共にエドワードに後継教育をしていただけに、無作法にはつい厳しくなってしまう。エドワードも長年の経験からオランジュの圧の気配を敏感に感じ取って、思わず視線を中空に泳がせる。これは気まずい時のエドワードの癖で、成人を過ぎてから殆ど見ないようになったがやはり不意に出るくらいに身に滲み付いてしまっているようだ。
「わたくしは少々殿下とお話をして来ますわ。貴方は公爵閣下をお守りしていらして」
「はい。必ずや」
幼い頃からエドワードを知っているオランジュは、彼が何か内密の話をしたがっていることをすぐに察して、すぐ後に立っているサミーに声を掛ける。そう言われた瞬間、サミーの目が僅かに不安気に揺れたが、すぐに何でもなかったかのように頷いてみせた。その辺りの感情の抑制は及第点だと、オランジュはあとで褒めておこうと心に留め置く。
元々サミーはある程度貴族にも通用する礼儀作法を身に付けていたが、この国の作法とは僅かに異なっていた為に、オランジュがそれを鍛え直した。だが、やはりまだ付け焼き刃なので、百戦錬磨の貴族の前ではボロが出る可能性がある。だから今日の夜会はオランジュがサミーに付き添う予定だったのだが、いくら気安い間柄であっても王族の望みを無碍には出来ない。だからといって、その内密な話の場にサミーを連れて行くのも悪手だ。
一応会場中の注目を一心に浴びていた中でコールイが異国育ちと告げたので、多少の失態は納得してもらえるだろう。オランジュはそう判断して、あっさりとサミーを置いてその場を離れたのだった。
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「こんな風に利用出来るなんて知らなかったね」
「こうやって下から眺めると新鮮で面白いな」
「うん!見慣れた橋も下をくぐると別の場所みたい」
「季節によって運行時間が変わりますから、観光客くらいしか興味を持たれないんですよ」
小型の遊覧船に乗って、ユリとレンドルフはエイスの街の運河をさかのぼっていた。魔道具の動力源を搭載している船なので、案内人が一人と操舵手が一人という少人数で運行している。乗船出来る人数も10人程度となっているが、ちょうど客がいなかったので二人の貸し切りのようになっていた。
ユリとレンドルフは、休憩していた公園を後にしてしばらく移動し、川沿いにある船着き場を見付けたのだ。ここは定期的に小型の船が行き来していて、中心街からの荷物をエイスの街中に運搬するのに使われている。荷馬車が使う街道も整備されているが、人手が多くなる祭の日や、春の定期討伐の時期には運河を利用することが増えるそうだ。
その中で、エイスの街をグルリと川に沿って一周する遊覧船を見付け、乗ってみることにしたのだ。
船の中から案内人が見所などを紹介しながらゆったりと進んで行くのだが、川から見上げるような視線がなかなか面白かった。
水面に近いせいか少し風が冷たかったので、レンドルフは乗ってすぐに自分の上着をユリの肩に掛けていた。レンドルフの大きな上着は小柄なユリをすっぽりと包み込んでも余る程で、よりユリの小動物感を強調していて、その可愛らしさに思わずレンドルフの目元が緩んでしまった。
「こちらの橋は五年前に改修されまして、この下から見た時だけ二番目と三番目の橋桁の土台が古いものだと分かるようになっております」
「本当!苔で色が違ってる」
「堤から降りて来ないと見えない位置なんだ」
「よくこの橋は使ってたけど、今度から渡る度に思い出すかも。ふふ、何か楽しいね」
案内人は慣れた口調で、次々と見所を紹介してくれる。どれも知らなくても差し支えないような小さな知識だが、知れば何だか街歩きが楽しくなるようなものだった。もしかしたら街にいる住民よりも、こうした観光船に乗るような観光客の方が街のことを知っているかもしれないと思いながら、流れて行く風景を楽しんだ。
「あれ?何か橋に引っかかってる」
不意にユリが、橋をくぐる直前に何かに気付いて指を向けた。
「ん?どれ?」
「ほら、あの岸に近い橋桁の上。上に貼り付くみたいな白いのが」
「ええと…?俺の位置からは見えないのかな」
「え?レンさんの位置でも良く見えると思うけど」
ユリが指し示している方向をレンドルフは首を傾げたりして眺めてみたが、それらしき物は全く見えなかった。そうこうしているうちに、船は橋をくぐり切ってしまった。
「ごめん、よく分からないままだった」
「別に大した物じゃなかったのよ。ただ、白っぽい尻尾みたいなものが付いてたから、生き物みたいにも見えて。多分、ゴミか何かが引っかかってただけだと思う」
物陰に隠れていた訳でもなく橋の真裏に貼り付いていたように見えたので、レンドルフが見付けられなかったのは不思議な気がしたが、ユリはレンドルフの顔の位置だとちょうど見えなかっただけなのだろうと納得させる。座っていてもかなり身長差があるので、視界も随分違っているだろう。
「あ!あそこに立ってるの、神官長様じゃない?」
「ああ、本当だ。こっちに気付いてるみたいだ」
船が次の橋に近付いて行くと、橋の上に見知った顔を見つけた。銀色の髪に白い神官服の細身の男性は、中央神殿の神官長レイだった。国内で最高位に位置する中央神殿において、最年長で任期も最長のレイは実質オベリス王国の神殿のトップだ。しかし彼は各地の神殿を巡礼して人々を分け隔てなく癒して回ることを常としていて、王都で見かけることは少ない。今日は王城で王家主催の大規模な夜会が開かれるので、こちらに戻って来ているのだろう。
そんな本来は雲の上のような存在のレイだが、大公家には定期的にユリやレンザの健康を確認する為に訪れているし、レンドルフも以前毒蛇に噛まれた際に治療をしてもらっていて、直接言葉を交わしている。
そのレイが、橋の上からニコニコと笑いながら下に向かって手を振っていた。
ユリはそれに応えるように大きく手を振り、レンドルフは小さく頭を下げたのだった。
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夜会会場から少し離れて、休憩などに使われるバルコニーに四人の人影があった。
「エドワード殿下、そちらの美しいご令嬢を紹介してくださる?」
「あ、ああ…こちらは、昨年からヴァリシーズ王国より留学生として学園都市で学ばれているユリアネ公爵令嬢だ。こちらは私の義理の大叔母にあたるパフーリュ殿」
「初めまして。ヴァリシーズ王国より参りましたユリアネ公爵が長女、レミアンヌでございます」
「お初にお目にかかります。故バッカニア公爵の元妻で、現在は実家の伯爵姓に戻りましたオランジュ・パフーリュにございます」
お互いに淑女の礼を取る女性二人の姿は、そのままマナーレッスンの教本に載りそうな程に完璧なものだった。
このバルコニーには休憩用に椅子とテーブルが置かれている。エドワードが二人の女性をそれぞれエスコートして向かい合うように椅子に案内する。それに合わせて、中から丸見えにならないように掛けられたカーテンの影に潜むようにオランジュの背後に従っていた小柄な侍女が、音もなく移動して主人であるオランジュの脇に控える。
彼女はオランジュの専属侍女兼護衛のメリヴィラで、小柄で丸い体付きをしているせいか少女のように見えるが、それなりに経験の長い精鋭だ。幼く見えるのは彼女が獣人で、最強の種族の一つと名高いラーテル族だからだ。ラーテル族は非常に頑丈な体を持ち、その身一つで刃を弾き、ほぼ全ての毒への耐性があるという特性を持っているのだ。
オランジュの正面に座ったレミアンヌは、少しだけ困ったような顔になって離れる気配のないメリヴィラに一瞬視線を送り、それからエドワードに目だけで外して欲しいことを示した。しかしオランジュの方がエドワードが反応を示す前に察して、ハラリと優雅な所作で口元を隠すように扇を広げた。
「彼女はわたくしの忠実な侍女です。決してここであったことを漏らすようなことはいたしませんわ。もしご不安でしたら、あとで黙秘の誓約を結ばせましょう」
「いえ…失礼いたしました」
「ご理解いただけて幸いですわ。……それで、殿下。わたくしにどういったご用件ですの?」
「ラン姉上は相変わらず察するのが早いですね」
扇で隠されていないオランジュの目がスッと細められて、三日月のような笑みの形を作ったが、そのオレンジ色の瞳の奥には色味にそぐわない冷たさが潜んでいた。何せ昔からエドワードは何か厄介事を頼む時は、妙にソワソワと視線を泳がせる癖がある。それをよく知っているオランジュは、今度は一体何を仕出かしたのだとつい冷ややかな目を向けてしまった。
エドワードはかつて何度も射抜かれたオランジュの視線に冷や汗をかきながら、一瞬だけレミアンヌの方を確認してから口を開いた。
「実は、ユリアネ嬢がレンドルフと面会する方法を、ラン姉上にご教授いただきたいのです…」
思いもよらなかった名がエドワードの口から出て来て、オランジュは思わず正面のレミアンヌの方を凝視してしまった。
オランジュは本格的に社交界に戻るにあたり、かなり今の情勢を調べさせていた。社交界、特に女性貴族は情報を最大の武器としている。利用するのも操作するのも、まずはきちんとした正しい情報を入手しなければ始まらないのだ。
その中で、将来を嘱望されていた若い騎士が、他国との親交を断ち切って国家間の争いに発展してもおかしくない程の失態を犯したという話があった。しかし奇妙なことに、それについての詳細がどれも曖昧だったのだ。
その話の中の騎士が、レンドルフだということは公然の秘密として知られている。オランジュは更にもっと踏み込んだ情報として、その場にいて事件の中心人物であったのがこの目の前にいる異国の公爵令嬢レミアンヌで、エドワードも居合わせていたということは掴んでいた。
他にも周辺の小さな話を繋ぎ合わせると、オランジュはおそらく彼女自身が騒動の原因そのものなのだろうという予測に到達した。そしてそれを隠蔽する為に、レンドルフが身代わりに原因にされたのが正解だと確信している。
その後の彼女の動向を鑑みるに、原因と責任を押し付けて平然とするような人間ではなく、国同士の問題として周囲の意向に押されて仕方なく受け入れたようなのはまだ幸いであった。それでも、自分の立場を自覚しているのなら、レンドルフと繋がりを持とうとは思わないだろう。
何らかの思惑があって面会を希望しているのなら、慎重にしなければ再び国家間の火種になりかねない。
少しだけ警戒をしながら、オランジュは貴族の笑みを消してどこか切羽詰まったような顔になっているレミアンヌを見つめた。
「そ、その…レ…クロヴァス卿に、どうしてもお知らせしたいことがあるのです」
「お知らせ、でございますか?ですが、何故わたくしにそれを?」
「ラン姉上を紹介しようと判断したのは私なんだ。私が直接関わると大事になりかねないし、他の者に任せると言っても問題ばかりで…」
眉を顰めたオランジュに、エドワードがレミアンヌを庇うように言葉を引き取った。
「それを予測する判断力はございましたのね、殿下」
呆れたように扇の向こうで小さく溜息を吐くオランジュに、エドワードはグッと言葉に詰まってしまった。本来ならば不敬とも取られかねない態度だが、昔から姉のように接しているオランジュにはエドワードは頭が上がらないのだ。
エドワードは第二王子とは言っても、現在は王太子の後継が定められていない為に王位継承の序列は二位になっている。そのエドワードからレンドルフに直接レミアンヌとの面会を打診すれば、それはその時点で王命と取られる。勿論正式な王命ではないので断ることも出来るだろうが、そうなるとレンドルフの立場からすれば非難されるのはレンドルフ側であり、もっとややこしい事態になりかねない。
それにエドワードの周囲にいる者は祖父の宰相の派閥であって、レンドルフの実家とはあまり接点はない。それにエドワードから令嬢を紹介するような行為は、縁談の打診と誤解されかねない。レミアンヌの身分からすれば、いくら王族と言っても軽々しくしていいものではない。
そういった意味では派閥とは関係のない立場のオランジュなので、エドワードとは長年気心も知れた間柄もあって誤解もなく仲介をしてくれるのではないかと頼って来た気持ちは分かった。それでもオランジュからすると、やはり軽率としか言いようがないだろう。
「そのお話、受けるかどうかはお知らせの内容を伺ってから判断してもよろしいかしら」
迂闊に安請け合いをして、自ら火の粉を被る気はない。オランジュは半分以上断る気ではいたが、それでも内容を聞いておこうとパチリと広げていた扇を閉じた。
「あ…ええと、それは…」
しかしエドワードは視線を彷徨わせて、隣にいるレミアンヌに顔を向けた。
「それは…言えないんです…」
エドワードの態度からレミアンヌから詳細を聞き出していないと既に察していたオランジュは、申し訳なさそうに目を伏せて俯いたレミアンヌに向けて、少しだけ失望混じりの溜息を吐いたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
夜会で密談中の三人ですが、爵位的にはエドワード、レミアンヌ、オランジュの序列ですが、立場としてはエドワードが上で、レミアンヌとオランジュが同じくらいな扱いです。ただ、精神的な序列としてはオランジュが一番上なのは内容を読んでいただければ分かっていただけるかと(多分)




