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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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598.特大の爆弾


「何かお祝いがしたいんだけど、ユリさんの希望はある?」

「お祝いって…まだ一次に受かっただけだし」


甘酸っぱいリンゴの香り高い紅茶を半分程飲んで、ようやくユリが落ち着いたのを見計らったようにレンドルフが口を開いた。


「俺がそうしたいんだ。我が儘を聞くと思って」

「そういうの、我が儘って言わないわよ」


ユリとしては一次試験に受かったことは嬉しいが、もっと難関はまだ先に控えている。だからその為に祝ってもらうのは何だか悪いような気がしたのだ。


「じゃあもし、俺がトーナメント試合に出て、初戦を突破したら?」

「それは勿論お祝いするわよ!初戦でも、決勝でも…って」

「だからお祝いさせてくれるかな?」

「…うん。ありがと…」


改めてレンドルフに置き換えて考えると、ユリには祝わないという選択はなかった。そうなると、自分が断るのもおかしな話だと納得してしまい、ユリは素直に頷いて礼を言ったのだった。


「じゃあ改めて、何か希望を教えて?俺が叶えられることなら何でもするよ」

「もう…レンさんはすぐに『何でも』って言い過ぎ。私が無茶なことを言うとは思ってないの?」

「ユリさんにしか言わないから大丈夫!」

「そ、そういう問題じゃ…」


あまりにもあっさりと言い切るレンドルフに、ユリの方が少しばかりオロオロとしてしまう。それに反してレンドルフは、目をキラキラさせながら期待に満ちた目でユリを見つめている。その姿には、もう何度目になるか分からない幻の尻尾がブンブンと振られている気がした。


「ええと…」

「幾つでもいいよ」

「だからレンさんは甘過ぎだってば…あ!そうだ!またモタクオ湖に行きたい!」

「モタクオ湖へ?」

「そう!レンさんが作ってくれた料理は美味しかったし、湖が青くなる瞬間もまた見たいし」


モタクオ湖は王都の最西端にある国内で三番目に大きな湖で、時間によって湖が一面真っ青になるレイクブルー現象が有名な観光地だ。その湖では魚やエビ、貝なども獲れ、前もって届けを出しておけば釣ることも可能なのだ。

以前レンドルフとユリがモタクオ湖に行った際に、湖畔のコテージを借りてそこで釣った魚などを調理して食べたりしていた。ユリはその場で作ってくれたレンドルフの料理があまりにも美味しくて、機会があれば再び食べたいと思っていたのだ。


「今の季節はまだ少し寒いから、もう少し後にした方がいいと思うけど、大丈夫?」

「うん。一緒に行けるならいつでも!それならレンさんのお休みに合わせて前みたいに一泊する?」

「え…?」

「最初から分かってたら、レンさん用の寝衣も準備出来るでしょ?」

「そっ、それは…」


レンドルフは顔を赤くしてモゴモゴと口の中で「それは忘れてもらえたら」と呟いていた。その様子があまりにもユリには可愛らしく見えて、つい悪いと思いつつクスクスと笑ってしまった。


規格外の体格のレンドルフは、何かあった時にすぐに入手出来ない為に常に最低限外を歩けるだけの着替えを持ち歩いている。しかし寝衣まではさすがに準備していない。その場合は普通の服のままか、寒い季節でなければ何も着ないで寝てしまうのだ。

以前、ユリと出掛けたモタクオ湖で急遽泊まりになってしまった時に、うっかりユリにそのことを口を滑らせてしまったのだ。泊まったコテージは別棟だったので、その姿は別に見られた訳ではないのだが、レンドルフとしてはやはり知られただけでも恥ずかしいものだった。


「そ、それよりも、さすがに泊まりは、その…」

「え?……あっ!」


レンドルフに指摘されて自分の発言がとんでもなかったことに気付いて、今度はユリが見る間に赤くなる。


基本的に貴族は血筋を重視する伝統があるので、貞淑さが求められる。その為、婚約者同士であっても未婚の男女が二人きりで密室にいたり、泊まりがけで出掛けることははしたないことと眉を顰められる行為だ。平民はそこまでではないが、それでも未婚の男女の外泊は褒められることではない。


前の外泊は急遽街道が封鎖されてしまって戻れなくなったことと、護衛として他の女性も同行していた為に仕方なく目溢ししてもらっていたようなものだ。


「つい…その、うっかり…シテマシタ」


カップを持っていたので顔を覆うことが出来ず、ユリは真っ赤な顔の前にカップを掲げて気持ちだけ顔を隠したのだった。



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コールイが杖をつきながらゆっくりと歩を進めると、人々は道を譲るように見事に左右に分かれた。身長こそ平均よりも小柄ではあったが、壮健だった頃は厚みのある体付きで威圧感のある空気を纏っていた。今は病床に伏してから随分と痩せてしまっていたが、その代わりに鋭く研がれた刃のような気配を漂わせている。どちらにせよ近寄り難い存在であることに変わりはなかった。


「王国の豊穣の太陽、フリードリヒ国王陛下にご挨拶申し上げます」

「シオシャ公爵、療養中と聞き及んでいたが、息災で何よりだ」

「お心遣い、痛み入ります」


周囲の声にならない動揺に気付いた様子も見せずに、コールイは一段高い王の座にいるフリードリヒの前で静かに頭を垂れた。そしてコールイの背後に続く二人も同じように最敬礼の姿勢を取る。


「良い、楽にせよ」


フリードリヒの言葉に、三人は顔を上げた。その途端、意識はしていなくてもフリードリヒの視線は幼い頃に見上げていた偉大な父ニコライの面差しを彷彿とさせる青年に吸い寄せられる。


「公爵の連れに見慣れぬ(デビュタントの)者がいるようだが、紹介はしてもらえぬのかな」

「異国育ちでまだ不調法なところがございますが、そこは寛大な御心でお許しいただきますれば。何ぶん、()()()()()()()()()でございます故」


今日の夜会は、学園を卒業した成人したての若い貴族達の社交界デビューの日だ。コールイが連れて来た青年はどう見ても30代くらいなのでデビュタントと言うには無理があった。しかし目の前でそんなやり取りをされていても、彼は全く緊張した様子はなく涼しげな顔で薄い笑みを浮かべている。


コールイに促されて一歩前に出た彼は、実に優雅な所作で右手を胸に添えて右足を引く完璧なボウ・アンド・スクレープを披露した。礼儀作法を教える講師などはその所作に異国育ちと言ったコールイの紹介に納得したが、大半の者はこの国でも何ら遜色のない、それどころかここまで見事な礼を取るものはそう多くないとすら思える完璧さだった。


「異国育ちとのことだが、どこの国のどの家名かな。デビュタント故、直答は構わぬ」

「畏れ多くも、勿体無きお言葉に感謝いたします。わたくしは、ラストーラ王国ジルヴァ家の一員として、末席ながらサミー・ジルヴァを名乗ることを許されております」

「ジルヴァ家…では、あのかつての海運伯の末裔か」


フリードリヒは、彼の家名を聞いてチラリと少し離れたところにいた先王ニコライに視線を向けた。



ラストーラ王国は、陸地は人が暮らすには向いていない山岳地帯が大半で、その代わりに豊かな海を有した国だ。そのおかげで海産物を中心とした貿易が盛んで、中でも「海運伯」と二つ名を持ったジルヴァ伯爵家は有名だった。ジルヴァ家は武門の家柄と言えば聞こえがいいが、始祖は最強の伝説を残す海賊だったのだ。そのせいか爵位を得ても荒事には滅法強く、周辺の海域の治安維持の為にはなくてはならない一族で、どちらかと言うと「海賊伯」の方が通りが良い名だった。


このオベリス王国とも国交があり、特に熱心に交易を押し進めたのは貿易王と呼ばれた先王ニコライだった。その為、ニコライは幾度となくラストーラ王国へ訪れている。安全な交易の為、重要な役目を担うジルヴァ家とも直接交流があったことは誰もが知っていた。


そんなジルヴァ家の家名を名乗り、若き日のニコライにそっくりな青年がこの場に現れたのだ。誰もが口に出さずとも、思考の行き着く先は同じようなものだった。



「15年程前の政変の折、我が国は新王朝を支持するとの申し出に感銘を受けまして、私も義勇軍を率いてラストーラ王国に入国した際、このサミー殿と出会いましてな。どこか早世した異母弟(おとうと)を思い出す面差しと人柄に感銘を受け、これまで親交を深めておりました」


(全く、その生真面目でニコリともしないご面相で、こうも白々しく言い切るとは。高位貴族ってのはおっかねぇな…)


コールイは堂々と説明をしているが、その内容に関しては全くの嘘ばかりだ。それを聞いていたサミーは、心の中で肩を竦めた。

薄い笑みを張り付けた表情を保つようにかつては養母に、そして最近はオランジュに叩き込まれたサミーだったが、それでも思わず苦笑にすり替わりそうな心持ちになっていた。



ラストーラ王国の政変は、前国王が一人の奴隷女に入れあげたことで起こった。


既に孫がいる年であった前王が、捕らえた海賊が囲っていた出自の分からない非常に美しい奴隷を見初めた。そして周囲の反対を押し切って側妃に召し上げたのだった。愛妾であっても無理な身分であったのにそれを無視した挙句、その後彼女が月足らずの男の子を産んだことでその時の王太子を廃して、その子を自分の後継にしようとしたのだ。

それには当然王妃を始め、側近や臣下も猛反対した。だが、もはや彼は晩節を汚すなどという生易しいものには収まらず、前王は話し合いの為に開催された議会で参集した親族や臣下に毒を盛り、身動きが取れないところに火を放った。その結果、王妃や王太子、多くの優秀な臣下が命を落とした。前王妹であり、サミーの養母であったラストラ女大公もその事件で死者の名簿に名を連ねた。


その中で生き残った傍系王族の一人が立ち上がり、狂王となった前王から王座を簒奪して新王朝を開いた。その争いは半年足らずと短いものであったが激戦を極め、ラストーラ王国の貴族名鑑の半分以上が入れ替わるという結果になった。その消えた貴族の中には、女大公の婿養子であったサミーの養父の実家、ジルヴァ家も含まれていた。


オベリス王国は新王朝の支持に回り、コールイも当時は義勇軍を編成して戦いに多くの私財を投じた。実際にコールイはラストーラ王国にも向かっている。だが、その時にはサミーは国を出ていたので、コールイと顔を合わせたことはない。顔を合わせたのは、サミーの雇い主であるレンザから命じられて、深夜に寝室に忍び込んで毒を盛りに行った時だ。その時は見事に見つかって、任務は失敗に終わった。そんな出会いであったので、人柄を褒められてもサミーには居心地が悪いだけだった。


そしてコールイの異母弟に似ていたと嘯いていたが、それもただの方便だ。似ているところがあるとすれば、「王家の色」と呼ばれる淡い金色の髪と薄紫の瞳くらいだ。コールイの異母弟は、先代シオシャ公爵が跡継ぎにと幼い頃から社交に連れ回していたので、多くの貴族がその顔を知っている。だからコールイの嘘はすぐに見抜いていたが、それを指摘出来るものはおらず、出来る身分の者は敢えて口を噤んでいた。



「私が病に倒れたと聞いて、わざわざ訪ねて来てくれましてな。その時にたまたま見舞いに訪れていたバッカニア夫人…いや、パフーリュ嬢と顔を合わせ、年も近いことから話も弾んだようで。そこでこの老体の面倒を看るから是非に、と二人に誘われ、こうして夜会に参加することが叶いましてございます」


コールイが敢えてオランジュの旧姓を出したことで、周囲のざわめきはいよいよ大きくなる。


現在シオシャ公爵家は、コールイの後継が正式に指名されていない。数名の縁戚の候補は囁かれているが、まだどの家門にも内々の打診すらないと噂されている。そんな中で、どう見ても先王ニコライにそっくりな王家の色を有した青年を引き連れて来たのだ。更に今は当主が空席となっているバッカニア公爵家の元当主夫人をパートナーに据えているとあっては、どんなに情報に疎い貴族でもこの青年がシオシャ家の次期当主の最有力候補であると認識せざるを得なかった。


「ありがたいことに、私の体を心配して彼はしばし王都に留まるということですので、またこうして顔を見せる機会もございましょう。私の体調が優れない時には代理を頼むこともあると思われます。こうして今宵陛下に直接拝謁を賜りましたことは、僥倖でございました」

「そうか。公爵、無理はしないようにな。……ジルヴァ、卿。ラストーラ王国には以前より興味があった。機会があれば話を聞きたい、と思う」

「ありがたきお言葉にございます」


サミーはフリードリヒの言葉に深く頭を下げる。そして顔を上げたほんの一瞬、サミーの視線が後方に控えている先王ニコライの方に向けられたのを確認していた。



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毎年この夜会は新成人のデビュタントの話題が中心になるのだが、今年はその後に起こったあまりにも大型で多数な話題の投下に、すっかり忘れ去られていた。


後に彼らの間では、全く印象に残らなかったことを嘆く者と、それなりにやらかしたのに見事に有耶無耶になったことに安堵した者とに二分されて語り継がれることになったのだった。


お読みいただきありがとうございます!


ゆっくりですが、少しずつ最終章に向けて確実に進んでおります。まだ当分続きますが!(笑)お付き合いいただければ幸いです。


モタクオ湖へ行ったエピソードは「107.モタクオ湖への道中」から数話、サミーの出自は「閑話.サミー(サムエーレ・トーカ)」に出て来ます。

先王ニコライはサミーの存在を知っていますし、サミーも自分の出自は知っています。

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