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59.お互いの嬉しい気持ち


夕方の予約の時間の少し前に、レンドルフはエイスの街の門を相変わらず顔パスで通過し、ノルドを預けどころへ連れて行った。


「いつもありがとうございます!」


受付に行くと、先日カーエの葉のことを教えてくれたノエルが笑顔で顔を出した。


「またよろしく頼むよ」

「はい!お任せください」


受付の帳面に必要事項を書き込んでいる間に、ノエルは慣れた手で手綱を受け取ってノルドを裏手の馬場に連れて行く。ノルドもそこに大好物のカーエの木があるので、弾むような足取りで付いて行くのがレンドルフの視界の端に見えた。



「レンさん」


帳面を書き終えたところで、背後から声を掛けられた。振り返ると、ユリが立っていた。今日は食事会だけなので、いつもの冒険者風とは違い淡いピンク色のブラウスにグレーのカーディガン、濃い臙脂色のスカートと可愛らしい出で立ちだった。長い黒髪もハーフアップにして、大半を背中に降ろしている。そして胸元には乳白色の魔鉱石のペンダントが定位置で揺れていた。


「やあ、ユリさん。ユリさんも今着いたの?」

「うん。ちょうどレンさんが門を通過するのが見えたから、こっちかと思って」


ノルドを連れて行ったノエルが戻って来たので、レンドルフはいつも料金に銅貨を上乗せして手渡した。いわばノルドのオヤツ代である。


「じゃあよろしく」

「はい!」


レンドルフとユリは連れ立って店に向かった。いつも右側にノルドを引いているせいか、自然とユリが左側に立つようになっている。


「レンさん、髪、切ったのね」

「ああ、うん。別荘の使用人に理髪師の資格がある者がいてね。焦げた毛先だけと思ってたんだけど、全体的に切ってもらったんだ」


レンドルフは少し照れたように短くなった前髪に触れる。以前は耳に掛けられた長さだったが、今はそこまでの長さは無い。


「変じゃ、ないかな…」

「すごく良いわ!似合ってる!」

「そうかな…ありがとう」


ユリに手放しで褒められて、レンドルフの耳がほんのりと赤みを帯びる。まだ少し落ち着かないのか、短く刈り込まれた襟足に軽く手を添えた。そこでレンドルフは、いつもそこにある感触が無いことに違和感を覚えて一瞬指が首筋を撫でた。ユリもそこに視線が行ってしまい、レンドルフの首に何も付けられてないことに気が付いた。


「ユリさんにもらったチョーカー、髪を切る時に外してたらカラスに奪われかけてね」

「そうなの?」

「あ、ちゃんと奪い返したから!でもその時に留金のところが緩んじゃって。今日の昼間に装備と一緒に修理を頼んで来たんだ。ゴメン」

「謝らなくていいのよ!もうあれはレンさんのものなんだし」


ユリの視線に気付いたレンドルフは、そう説明した。ついカッとなってカラスを鷲掴みにして、隣の大公家の護衛に剣を向けられたことは少々恥ずかしくて省略する。


それを聞きながら、ユリは「確かミリーがカラスがどうとか言ってたっけ」と思い出していた。


「ここのところずっと付けてたから、ちょっと首元がスースーするよ」

「ふふ…そうなるくらい付けててもらえて嬉しい」

「……俺も嬉しいから」


ほんの一瞬ではあったが、レンドルフはユリの付けている魔鉱石にチラリと視線を送った。しかし女性の胸元をあまり見るのは良くないと判断したのか、すぐに顔を逸らしてしまった。そのままどう言葉を続けていいのか分からず、レンドルフはしばらく首筋に手を置いたままでいた。


ユリも何となく照れくさくなって、胸元の魔鉱石をギュッと手の中に握りしめて、二人はほんの少し顔を赤らめながら目的地のミキタの店まで無言のまま並んで歩いていた。



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「いらっしゃい」

「少し早く来ちゃいました」

「いいよ、いいよ。この時間じゃまだ客もいないし、いつもの席でのんびり待っておいで」


ミキタの店には早めに到着してしまったが、顔を出すとにこやかに迎えられる。すっかりレンドルフの専用のようになっている奥のソファ席があるテーブルには以前のように「予約」の札が置いてあった。



「レンくん髪の毛随分スッキリさせたのね〜。もっと男前になったじゃない」

「昨日の討伐でちょっと髪を焦がしてしまって」

「あら、大丈夫だったの?」

「ユリさんのおかげで無傷です」


すぐに髪を切ったことに気付いたミキタが褒めて来る。レンドルフは柔らかく微笑みながら、軽く前髪の部分を示した。ユリとミキタに続けて褒められ、似合っていることを自覚出来たようだった。


コトコトと煮込まれている大鍋から、良い香りが漂って来ているのを吸い込んだユリが頬を紅潮させながら目を輝かせた。この香りはユリの好物であるクリーム煮だろう。


「ミキタさん、そのお鍋すごくいい匂いがする!」

「そりゃ昨日から下拵えをして、朝から煮込んであるもの。お昼時には食わせろって客がたくさんいたよ」

「それは何だかすみません」

「いいんだよ、今日はレンくん達が優先だ。それに代わりの物出したからね」

「代わりの物、ですか?」

「そ。ちょっと味見してみるかい?」


ミキタはそう言って、小鍋を火に掛けた。そして手早くネギを少しだけ刻むと、小鍋の中の物を小さな器に移して上からネギを入れた。


「はい、サギヨシ鳥の骨のスープ」



テーブルの上に、湯気を立てているスープが置かれた。ユリでも片手に収まるような小さな器の中に、透き通った琥珀色のスープが注がれ、表面に少しだけ浮いた脂がキラキラと輝いていた。食欲をそそる香ばしさと、スープの熱でしんなりとした切ったばかりのネギの香りが混じり合う。

本当に味見用程度の量なので、スプーンは使わず直接器に口を付けてそっと啜った。舌を火傷するまでではないが、熱いスープが口の中と喉を温めながら落ちて行く。


「すごい、味が濃い」

「え?これ、骨だけなんですか?」

「そうよ〜。大きな骨をちょっと炙って、水から良く煮込んだだけ。いい味でしょ?」


味付けはシンプルに塩だけだとミキタが説明してくれたが、とても信じられない程複雑で豊かな味わいだった。沢山の具材を入れて出汁を取ったコンソメにも引けを取らないのではないだろうか。わざわざネギを煮込まないで後から入れることで、少しだけ残っている辛味も良いアクセントになっている。


「これだけでもいくらでも飲めそうです」

「これこれ。肉を食べないでどうするのさ。もっと美味しいんだからね」


最初の一口からすぐに全部飲み干してしまって、レンドルフは溜息を吐きながら呟いた。温かいものが胃に入ったことで、より空腹が強調されたような気分になる。


「飲んだ後の方がお腹空いて来ちゃった」

「同感」


レンドルフと変わらない勢いでスープを飲み干していたユリも同じことを思ったのか、器をミキタに返しながら言った。



時間を見計らってミキタが揚げ物を開始したので、今度は店の中にシュワーッと油の泡立つ軽快な音と、スパイスの香りが広がって来る。レンドルフとユリは並んで座りながら、ミスキ達が早く来ないものかとソワソワした様子でドアを眺めていた。ミキタは大人と子供以上に体格差のある二人が並んで似たような仕草をしているのを横目でチラリと見て、その様子が何とも可愛らしく思えて、つい口角を上げてしまったのだった。



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「そうだ、この前ユリさんと食べた薄い小麦の皮を具材で巻いた軽食。作ってもらったシェフにレシピ書き出してもらったんだ。良かったら」

「ああ、あのモチモチした!わあ、ありがとう!今度試してみるね」

「作り立てだと、外側はパリパリしてて良かったよ」

「あ、そういうのも大好き。じゃあ作り立てとしばらく置いとくのと両方作らなくちゃ」


レンドルフはレオニードに書いてもらったメモを思い出して、ユリに手渡した。

クロヴァス領で遠征に行った時や、騎士団の寮の食堂で食べ損なった時などにレンドルフも簡単な料理くらいは作るので、レシピメモを見たところそこまで凝った作り方ではなさそうだった。あの皮さえあれば何でも合いそうなので、レンドルフも自分用に写しを取っていた。



ミキタが大きな一枚肉に衣を付けたものを一旦皿の上に上げ、しばらくして二度揚げの為に再び油の中に滑らせた時、タイキがドアから飛び込むような勢いで入って来た。


「うわ!スゲェいい匂い!!」


すっかりいつもの調子を取り戻したようなタイキは、一目散にキッチンの前のカウンターに張り付いた。もう目がキラキラして、口からは涎が垂れそうな勢いであった。


「これ!行儀が悪い!」

「味見は?味見はしねえの?」


身を乗り出して来るタイキの額を、軽くミキタがペシリと叩く。それでもタイキはキラキラに加えてウルウルまで追加したような目で離れる様子がない。


「ミスキ、危ないから連れてっておくれ」

「はいはい。ほら、タイキ、オフクロの邪魔すると肉を減らされるぞ」

「ええ〜それはヤだけど、味見もしてえ」


ミスキに首根っこを押さえられて後ろに引っ張られるタイキだったが、それでも諦め切れずに手はカウンターから離そうとしなかった。


「こっちが揚がるまであと二分待ちな」

「うん!待つ!」


揚げ物の真っ最中なので、そちらに集中したいミキタはタイキにそう告げる。



ミキタは伏し目がちに油の中で泡立っている肉の様子をジッと見据えていた。纏っている衣が、淡いキツネ色から少しずつ濃くなって行く。周囲の泡がより細かくなって行くと、ミキタは網杓子で下からすくいあげるように肉を半分浮かせるようにすると、上からフォークで肉の厚みのある部分を軽く突き刺す。僅かに肉にめり込んだフォークの先は、プツプツとした手応えを柄を握る手にも伝えて来た。


「よし」


充分に火が通ったことを確認して、ミキタはトングで掴んで油の中から大きな肉を引き上げる。衣の隙間から金色の油の雫が滴り落ちて、揚げ油の中に幾つもの波紋を作る。カラリと揚がった肉を、網を敷いたバットの上に出しておく。そして油の中に少しだけ剥がれて漂っている衣の破片を網杓子で掬い取った。


「あ!そこに肉の欠片がある!」

「こら!熱いから手を出すんじゃない!」


タイキは目敏く網杓子で掬い取った中に肉の欠片を発見したようだ。そのまま手を伸ばしかけて、ミキタにピシャリと手を叩かれていた。


「これじゃなくてこっちの味見してなさい」


ミキタはそう言って保冷庫の中からボウルを出して来て、中の物をフォークで小さな皿の上に乗せて、そのフォークごとタイキに差し出した。


「よく噛んで食べるんだよ」

「ん」


レンドルフの位置からは遠くてはっきり見えなかったが、何やら細かく刻んだもののようだった。タイキは皿に乗せられた分を一口でペロリと口に入れたが、それは結構な歯応えがある物なのかしばらくモクモクと黙って口を動かしている。しかし、うっとりとした表情で目を閉じて咀嚼しているところを見ると、なかなか美味しいらしい。


歯応えのある物を味見させてしばらく黙らせる作戦だったのか、タイキが口を動かしている間にミキタは手早く揚げた肉をザクザクと切り分けて、葉野菜が敷き詰められている上に乗せて、上からソースのようなものを掛けていた。



「旨ーい!おかわり!」

「味見におかわりはないよ」

「えー!」

「ほら、あとは盛りつけるだけだから、とっとと座る!」


味見の一口を呑み込んだタイキがすぐに小皿を差し出したが、ミキタに皿を取り上げられてしまった。とは言え、既に準備が出来たと聞くといそいそと席に着く。



テーブルの上には、次々と皿が並べられ、これでもかとサギヨシ鳥料理で満たされた。鳥肉だけでここまで色々な種類があるのかと驚かされた。


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