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559.竜種の異変


「…もう、生涯会うつもりはなかったのだがな」

「それは私も同じだ」


部屋の中にレンザが入ると、その後ろに侍従とセイシューが続いた。その姿を見て、ベッドの上のコールイは苦虫を無数に噛み潰したかのような渋い顔をした。


侍従が素早くベッドの脇に椅子を用意してレンザが腰を下ろすと、セイシューと共に壁際に下がった。


「あれだけ芝居じみた別れをしておきながら、また顔を合わせるとは何とも間が抜けている」

「それもお互い様だろう、コールイ」


もっと険悪な空気も覚悟していたのだが、不思議な程落ち着いた様子のコールイにレンザも少しだけ表情を緩める。


今のコールイは生涯魔法が使えない状態にあり、治療により小康状態を保ってはいるが未だに余命宣告を受けた病人であることに変わりはない。しかし、鍛え上げられた分厚い体はさほど衰えた様子はなく、ここに移送されて来た時よりも顔色も肌艶も改善していて、同年代の者よりも余程健康そうに見えた。首に付けられた犯罪者向けの自害防止用の魔道具だけが、彼の今の立場を現している。

治療に当たった者の話によると、驚く程従順に治療を受けているとのことだった。


「やけにさっぱりと憑き物が落ちた顔をしているな。いっそ小憎らしい」

「そうか?そうだろうな。……まあ、目的の半分は達したようなものだからな。こんな老い先短い年寄りの最後のあがきにしては上出来だ」

「トーカの魔女か」

「ああ」


レンザの問いに素直にコールイが頷く。


コールイの妻は、かつてトーカの始祖でもあり凶悪な魔女プロメリアに目を付けられ、その体を器として利用されるところだった。その直前に救い出して、トーカ家の連座で処刑対象になりかねなかったところを自身の妻に据えることで命を救ったのだ。国としては、まだ完全に滅したとは思えなかったプロメリアが再び体を狙って来ないとも限らない為に随分渋ったらしいが、コールイが色々と差し出して譲歩を引き出したそうだ。

その経緯や差し出したものなどは、大公家の情報網で概略くらいはレンザも知り得ている。


そして今回のコールイの行動は、深く、狂気としか思えない程の復讐から成り立っていたことも。


アスクレティ(我が)家の瓦解は失敗したようだな」

「はははっ、ついでに出来ればいいと思っていた程度だ。あのくらいじゃお前は揺らがんことくらい承知の上だ」

「認められているのか、侮られているのか分からんな」

「好きに取ってくれて構わん」


少し剣呑な目で見つめるレンザに、コールイはそれを一切気付いていないかのように笑い飛ばした。しかしレンザも本気で睨みつけていた訳ではなく、すぐに釣られるように僅かに口角を上げた。



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「…シオシャ家はどうなると思う?」

「さてね。シオシャ公爵家は王家の血筋だ。そこから一番遠い我が家が推察出来るものでもなかろう」

「それでもお前の意見が聞きたい」


無理を言い募るコールイに、レンザは少し長めの嘆息を漏らした。


「しばらくはコールイを生かし続けて、至急後継を探す、といったところだな」

「ふっ、お前にしては平凡な見解だな」

「聞いたくせに偉そうに言うな。王家の方針に興味はない。ごく一般的な意見を述べただけだ」

「幾ら大公家とは言え、シオシャ家の交易路を使わざるを得ないだろう。後継が反大公派だった場合、困ったことになるのではないか?」

「その程度、誤差の範疇だよ」



シオシャ家は、王家に連なる家門の中でも珍しく武門の家柄だ。まだ国力が十分に潤っていた頃には、多くの兵を率いて国土を広げることに最も貢献していた。歴代のシオシャ公爵は大将軍とも呼ばれ、国内最強の矛と名高かった。武門の家は北と南の辺境伯も有名ではあったが、両辺境伯とも国防を主としている。他国にまで攻め込む先鋒を務めるのは、シオシャ公爵家に任されていたのだ。


しかし神の怒りを買ったとして人口が一気に減少し国力が弱ってしまって以降、国土を広げることはおろか、少しでも有益な土地を援助金と引き換えに割譲する有様だった為に、シオシャ家は辺境伯家と同様に国内の維持に武力を回すこととなった。その頃から、大陸全体が武力よりも平和的な話し合いを有用とする気風に変化して来て、シオシャ家は目に見えないながらもジワリと斜陽になりつつあった。


それを再び盛り返したのがコールイだった。彼は周辺国で起こっていた侵略戦や内乱などに義勇軍として参戦し、被害を最小限で抑えて鎮圧してみせたのだ。王家の血を引く公爵家当主にも関わらず、異国の民の為に勇猛果敢に先陣を切って行く姿は英雄と呼ばれるに相応しく、国を越えて多くの人々に歓迎された。更に平定後は進軍の為に切り開いた補給路を整備し、交易路としてその土地の復興に大きく寄与した。その恩恵に与った人々は、国に関係なくコールイ自身に感謝を込めて、コールイとシオシャ家の交易路の使用の優先権を約束した。これはコールイが存命中は無期限で、その後は場合によって見直しはする可能性はあるが、基本的にシオシャ家有利な約定が継続されるという誓約が成されていた。


その優先権を保有している交易路は多岐に渡り、今やオベリス王国の大動脈の一つを担っていると言っても過言ではない。それは当然のように、アスクレティ大公家も利用している。


現在、コールイは英雄の名に相応しく、交易路を使用するのに余程のことがない限り自由にするように国から定められた税金以外を課していない。そうすることで国内の流通を活性化し、他国との交易も盛んになった。

それは王家と決して交わることのない特殊な立場のアスクレティ大公家も同様の扱いだった。



しかし、コールイの後継に大公家に不満を持つ者がついた場合、大公家だけその交易路に重税を課せられる可能性もあり得るのだ。


「さすがに回復薬などの薬に重税を掛けて、流通を滞らせるような愚かな真似はしないだろうからね。だから薬以外の他の品を全て止めて、薬だけを運ばせる…などという手もある」

「ふっ、相変わらず極端なことを考える」

「我が一門は優秀な者が多いからね。あちらが折れるまでくらいは製薬業だけでも十分保つだけの蓄えはあるさ」

「羨ましいことだ」


コールイは苦笑混じりに呟いたが、そこには不思議と負の感情は含まれていないようだった。


「コールイ」

「ああ」

「お前、口では王家の為と言っていたが、本当の狙いは()()()()()()。そうだな?」


レンザの言葉に、コールイは何度か瞬きをして目を丸くしていたが、やがて悪戯がバレた時のような笑顔になった。


「ああ」


素直にそう言って笑ったコールイは本当に子供のように見えて、自分から言ったものの一瞬レンザは言葉を失ったのだった。



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「あの竜翼魚、死んだのか」


通常の勤務が終わった後に散髪に行って、それから夕食を食べたのでそれなりに遅い時間になったレンドルフは、寮の入口にある共用スペースのソファで新聞を広げていた。



この共用スペースは広く、衝立で幾つかに区切られている。たまに所属する団は違うが同期の若手などが、部屋では狭い為にここで酒盛りなどをすることもある。それに共用スペースは比較的自由に出入りが出来るが、私室の方になると互いの部屋を訪ねるには申請が必要になるのだ。特に平民と貴族の身分の違いがある場合は団員同士のトラブルを避ける為、必ず寮の管理人と上司の許可が必要となる。

それはかつて、身分を盾に陰湿な嫌がらせが横行していた時代を経ての必要事項なのだ。それを知らない者は面倒に思うだろうが、役職に就く者は過去の事例をまとめた報告書に必ず目を通すように命じられるので、嫌でものその重要性を理解していた。


共有スペースならばある程度人目にもつきやすく安全だろうということで、特に許可は必要がない。それに団員同士の交流は推奨されるので、余程深夜まで騒いだり乱闘などがなければ目くじらを立てられることはない為、ここを利用する者も多い。そういった交流の為に、共有の保冷庫も置いてあるくらいだ。地方の実家から名産品を送られて来て消費に困る者などが、よく食糧などを入れている。そこに入れた場合は所有権はなくなるので、誰が消費しても構わないと決められていた。レンドルフも時折、領地から送られて来てタウンハウスでも消費に困った干し肉などを入れることもあった。


その共有スペースの隅に置いてある棚には、王都で発行されている主だった新聞や雑誌なども置かれている。レンドルフは通りすがりにふと置いてあった新聞の見出しが目に入って、今日は誰も共有スペースにいなかったこともあって読んで行こうと思ったのだ。


そこには、フィルオン公園の王立水族館で研究と観察の為に保護していた竜翼魚が死んだことが報じられていた。小さな記事ではあったが、ちょうどそれが上に来るように折り畳まれていたので目に付いたのだ。


「あの行動も、弱っていたからだったのかな…」


光の射さない洞窟などに生息している動物は、目が退化して視覚を失っていることが多いが、その分別の器官が発達していることが多い。聴覚や嗅覚などで障害物を避けたり、餌を補食したりする。あの竜翼魚も深海の生物だと聞いているので、あの時強化の付与が掛かっていた分厚いガラスにヒビが入る程の勢いで衝突したのは、もしかしたら死ぬ間際で感覚が鈍っていたからかもしれないとレンドルフは考えていた。


それにしては、あの竜翼魚がユリに向けた全身が粟立つような殺意にも似た悼ましい感覚の説明がつかないが、魔獣に人の理が通じる訳ではない。レンドルフはどこか納得行かないような気持ちにはなったが、もう死んでしまったので永遠に分からないことだと自分を納得させる。


死んだ竜翼魚は研究機関で解体されて、謎に包まれた生態を知る貴重な標本として扱われると記されていた。


(ユリさんも知ってるのかな。後で手紙に書いてみよう)


あの竜翼魚がいなければ、以前王女の視察時にあった飛べない鳥が泳ぐ姿を間近で見られる展示に戻るかもしれない。それならばユリも楽しんで見られるだろうし、またヒトデを見に行こうと誘いやすくなる。レンドルフは少しばかりの下心未満のような気持ちと、次こそは着替えも持ち込んで同じ轍は踏まないようにしようという固い決意と共に、開いていた新聞を丁寧に畳んで棚に戻したのだった。



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その後、竜翼魚は砕けずに残っていた魔石から、魔魚ではなく竜種の魔獣だということが判明した。


そのことから、竜翼魚は正式名称を「深海竜」と改めて呼ばれることとなった。その魔石や丸ごと残った体は様々な部位に分けられて研究機関に回され、更なる謎の生態に詳しい調査が入る。

今判明しているのは、あれだけ鋭く凶悪な牙を持っていながら消化器官の発達が殆ど見られず、どうやら深海に棲む魔魚や魔貝から魔力のみを吸収して生きているらしいということだった。しかしその捕食方法やどうやって吸収しているのかは未だ謎に包まれている為、様々なことが分かるのはかなり先のことになるだろう。



そんな記事の載っている生物学系の専門誌に目を通したユリは、自分が狙われたように思えたのも特殊魔力に反応したのではないかと思い当たった。そして人のような感情はない筈なのに、ニタリと笑みにも似た顔をした深海竜を思い出して、思わず軽く身震いをした。


「前の地震も、地底竜が原因じゃないかって書かれてるし…最近竜種の動きがおかしいって、大丈夫なのかな」


以前、王都で奇妙な地震が起こった。それは調査の結果非常に狭い範囲で、王都の一部を直前状に横切るような形で揺れていたことが分かっていた。その場所はユリが拠点にしているエイスの街も含まれていて、ちょうど居合わせたレンドルフが地震の影響で起こった火事の鎮火に協力してくれたのだ。


その地震が起きた際、ユリは足元を巨大な何かが通過して行くような感覚を察知していた。それは他にも魔力の高い者、主に魔法士などにも影響を及ぼし、火事の消火に水魔法の使い手が役に立てなかったと報告も入っていた。その大きな何かの正体は分かっていないが、一部では地中を自在に泳ぎ回る地底竜と呼ばれる竜種ではないかと噂されていた。


本来、竜種は人の暮らすような場所に出て来ることは滅多にない。彼らは魔獣の一種でありながらも高い知性と圧倒的な魔力を有し、人間社会以上に上下関係が発達していると言われている。特に上位の種族は、多くの竜種を絶対的な力で支配しているそうだ。そして彼らは、雑多な魔力のるつぼである人族や亜人族との交流を嫌い、余程のことがない限り関わることはない。もし彼らが本気になれば、人族など簡単に滅ぼされてしまう程の圧倒的強者なので、お互いの為に生活圏が被らないのはありがたいことと言えた。


しかし竜種の中でも知性が低く、上位との意志の疎通の出来ない種族も存在している。それらは他の魔獣と変わらず、人の世に害をもたらす存在として討伐対象になる。上位の竜種にしてみれば、彼らは野生の動物と同じ扱いなので、討伐されても仲間を攻撃されたという感覚ではないようだ。

その感覚は、おそらく獣人と獣の差異に近いものだと理解されている。


それでも竜種は滅多に姿を見ることのない稀少な種族だ。一般的に最もよく見られるのは、騎獣として飼い馴らすことの出来るワイバーンくらいだろう。それでも数は多くない。


その珍しい竜種が短い期間に二例も観測されたというのは、何かの異変の前触れではないか、と雑誌の記事は締めくくられていた。



「魔獣絡みの事案が増えると、それだけレンさんがそこに行く確率が高くなるのよね…ううん、騎士様のお仕事だからそれは分かってるけど…」


レンドルフが所属している第四騎士団は魔獣討伐が主な任務だ。今は各地の主要な地域に駐屯部隊を置いて、なるべく現地で解決が出来るように国の施策は立てられている。しかしそれでも人手不足が解消されていないこの国では、王城所属の騎士が要請されて遠征することも多い。レンドルフはそういった団にいる以上は遠征は避けられないし、ユリもそれを否定する気はない。


だが、そのことを心配する気持ちはまた別物なのだ。


「これからまた気温の高くなる季節も来るし、レンさんが遠征先で健康と体力を維持出来るような保存食を考えよう!」


ユリは冊子を勢い良く閉じて頭を切り換えると、別邸にある専用の調薬室へと向かったのだった。



お読みいただきありがとうございます!


冗長であろうとも書きたいことは全部詰め込む!精神でマイペースに書き続けておりますが、反応があるのは非常に嬉しいです。評価、ブクマ、いいねなどありがとうございます。誤字報告も頼りになっております。いや、自分でもどうにか減らしたいのですが、どうにもフシ穴の病なようで…


コールイとレンザの最後になる筈だった会話は「379.永劫の決別」、謎の地震騒動のエピソードは「459.近すぎる誓い」付近にあります。コールイ絡みのエピソードはそろそろ終幕に入ります。少しばかり重い話になる予定ですが、お付き合いいただけましたら幸いです。


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