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555.魔力の相性


海獣のエリアに、以前は回廊にいた飛べない泳ぐ鳥が展示されていた。水の中ではあれほど自在に飛ぶように泳ぎ回っていたが、陸上ではヨチヨチと覚束ない足取りで歩いている。中には自分の足で歩くよりも寝そべって滑りながら移動している個体もいる。それでもあまり速度は出ず、むしろ小回りが利かないのか壁にぶつかってポヨンと跳ね返っていたりした。


「…あれで肉食獣に襲われないのかしら」

「……肉にクセがあって補食されないとか?」

「そうかもしれないわね」


何とも愛嬌のある様子ではあるが、あまりにも辿々しくて却って心配になってしまった。けれど動きが俊敏ではない生物も、生き残る為の生存戦略はきちんと持っているものだ。レンドルフの故郷にいる白ムジナという動物も、肉が不味い為に他の肉食獣が襲わない特性を持っている。ただその毛皮は非常に保温性に優れ、肉の不味さ故に毛皮を身に着けていると他の魔獣に襲われにくいとして人間からすると非常にありがたい存在となっている。

目の前を大儀そうにえっちらおっちらと横切る彼らにも、知らないだけで色々な生存戦略があるのだろう。


「ねえ、レンさん」

「ん?」

「さっきは助けてくれてありがとう」

「ああ…咄嗟に体が動いたみたいなものだから。それに、何もなかった訳だし」

「ううん。おかげで濡れずに済んだよ」

「そ、そう言ってもらえると…」


先程の回廊で竜翼魚が体を反転させた瞬間、レンドルフは考えるよりも早く体が動いていた。あれが魔獣の生息地であるなら、まさに向こうの射程距離に入った瞬間のような殺気にも似た感覚だった。あの水槽内の竜翼魚とは強化された分厚いガラスで隔たれていて、内側からは見えていない筈だった。しかしあのとき竜翼魚がはっきりとユリを獲物として捉えた刺さるような気配が存在していて、レンドルフからすると直感が最大の警鐘を鳴らしていたのだ。冷静に考えれば有り得ないと分かっているのだが、あの時は反射的にその場から全力で離脱していた。


あの水槽はかなり頑丈に作られていたようで、ヒビが入って水漏れをした程度で済んだので、今思うと大仰に反応し過ぎてしまったとレンドルフは少し反省をしていた。けれどユリが落ちて来る水に触れることもなかったので、結果的には良かったと思うことにした。



(あの時のレンさんの真剣な顔、すごくカッコ良かったって言ったらさすがに不謹慎かな…)


ユリも冒険者として薬草採取などに自ら赴くので、護衛がいると言ってもそれなりに魔獣とも戦闘経験がある。だからレンドルフが庇わなくても対処は出来たかもしれない。けれどあの瞬間、ユリは全身が痺れたように身動きが取れなかった。おそらく隣にいたレンドルフも、あの竜翼魚の得体の知れない気配を感じ取って、当人の言うように咄嗟にユリを抱きかかえたのだろうことは理解出来た。

結果的に水槽のガラスにヒビが入っただけで済んだが、それ以上に竜翼魚の力が強かったならばどうなっていたか分からなかった。


一緒に薬草採取に出掛けて、そこで魔獣と遭遇した時に見せるレンドルフの真剣な表情は何度も見ているが、先程の様子は更に珍しい程切羽詰まったような顔をしていた。あの異様な雰囲気がそうさせたのだろうが、ユリは頭の隅でそれどころではないと分かっていながらも思わず見惚れてしまっていた。


あの時に一瞬のうちに武器を構えていた手は、今は温かく優しくユリの手を包んでいる。武器を構えた時の険しい表情も、今の甘く柔らかな態度も、どれもレンドルフらしいと思うと嬉しくなって、ユリは包まれた大きな手の中で自身の細い指を絡めるようにキュッと握り返した。

そんなユリの密やかな行動にレンドルフは一瞬だけ動きを止めたが、すぐにほんの少しだけ手に力を込めて返して来たのだった。


「あっちはミツユビイタチだって。餌やりが出来るみたいだよ」

「そうなの?やりたい!」

「行ってみよう」


別の水槽に展示されている「餌やり」の看板を見付け、レンドルフはユリの手を引く。ユリも楽しげにその後を付いて行く際にチラリとレンドルフの頭を見上げて、うっすらと血色の良くなっている耳を確認して嬉しげに微笑んだのだった。



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ミツユビイタチと書かれた水槽の前に行くと、見学者と隔てるガラスに奇妙な筒が取り付けられていた。


「餌やり体験なさいますか?」

「はい、お願いします」


側に立っていた係員がバケツを片手に近付いて訊いて来たので、レンドルフは迷わず頷いて答えた。


「こちらの手袋をしていただきまして、魚をこの筒の中に差し込んでください。そうすると、中からあの子達が受け取ってくれます!」


そう説明を受けてガラスの向こう側に目をやると、既に慣れているのかガラスに張り付くようにして三匹がこちらをじっと見ていた。水に濡れて青光りする毛並みで、一メートル程の体長をした動物が、後ろ足て立ち上がるようにして黒くクリクリとした丸い目を向けている。その顔はまるで期待に満ち溢れているように見えた。

設置された筒は二カ所にあって、レンドルフの腰よりも低い位置にあるのは向こうの受け取る側に合わせてのことだろう。


しかしそこで受け取った手袋が、レンドルフの手には全く合わなかった。大人の男性でも可能なように大きめのサイズが用意されているのだが、レンドルフの大きな手は指を四本入れただけでその先が入らなかったのだ。ユリの方は大人用の手袋ではなく子供用の黄色いものがぴったりサイズだったので、仕方ないとは言え少々複雑な気持ちになっていた。


「防水の袋があるので、そちらをお持ちしますね」

「ありがとうございます…」


レンドルフの様子を見て、近くに控えていた係員の一人がその場を離れた。その間に、先にユリに餌やりをしてもらうことにした。


「……やっぱり、警戒心が強いのかしら」


ユリが手袋をして筒から魚を差し出したのだが、彼らはウロウロと遠巻きにして様子を伺っていた。その仕草も愛嬌があって可愛らしいのだが、出来ることなら手渡しで魚を渡したい。ユリは筒に差し入れた魚を揺らしたり、声を掛けたりしているのだが、やはりなかなか距離は縮まらない。

仕方なく指を延ばして筒の奥の方に魚を押し込んで多少距離を取ろうとしたのだが、ツルリと滑ってユリの手から魚が落ちてしまった。そしてその魚はガラスの向こう側に落ちて、一番大きな個体が驚く程の敏捷さで駆け寄って来て落ちた魚をくわえて走り去った。


「あーあ…残念」

「俺の分の魚でもう一度やってみる?」


しゃがみ込んでションボリと肩を落とすユリに、防水の袋を片手に被せたレンドルフが手にした魚を差し出して来た。


「ううん、そっちはレンさんがあげて。ほら、レンさんなら指が長いから警戒も薄れるかも」

「でもこの体格だから、警戒はされるかも」


確かにレンドルフは筒に差し込む為にしゃがみ込んだとしても、その体の常人よりもはるかに大きい。警戒心の強い小動物ならまず寄って来ないだろうと諦めつつ、一応筒の前にしゃがみ込んだ。


「え?」


レンドルフがしゃがむと同時に、遠巻きにしていた彼らが一斉にガラスの前にワラワラと集まって来た。そして筒の近くにいたものは我先にと小さな手を伸ばしている。筒に割り込めなかった個体は、興味津々な様子でガラスの前を行き来している。


「え…ええと?」


筒の先から三本の指の付いた小さな手がピコピコと覗いている。レンドルフが戸惑ってガラスの向こうに目をやると、顔をガラスに押し付けて必死な顔で手を伸ばしている姿があった。ユリとは真逆の反応に、レンドルフは何となく気まずくなってユリにチラリと目を向ける。


「レンさん、あんまり待たせたら可哀想だよ?」

「あ、う、うん…」


ユリが立っているガラスの前にはどの個体も近寄ってはおらず、レンドルフのガラスの前にはウゴウゴと謎の蠢く団子が発生していた。確かにこのままでは気の毒だと思い、レンドルフは筒の中にそっと魚を滑り込ませた。その狭い筒の中から三本程伸びていた小さな手が、魚と同時にレンドルフの指もはっしと握り締めて来た。爪のある生物ではないので痛みもなく、ただ温かくて小さな指が袋越しでも懸命にしがみついて来るのが分かった。

そっと手を緩めると、掴まれた魚はスルスルとガラスの向こう側に引っ張り込まれて行く。それでもまだレンドルフが魚を持っていると期待したのか、指を掴んだままも手もあった。だがすぐに気付いたのか、魚をくわえてその場を離れた個体の後を追って、彼らは一斉にガラスの前から引いて行った。


「レンさん、大人気だったね」

「そう、なのかな?あ、ユリさんもう一度…」

「ううん、レンさんのおかげで近くで見られたから。それにまたやっても同じだと思う」


少しだけ眉を下げて困ったように笑うユリを見て、レンドルフはそれ以上は勧めずにその場を離れたのだった。



------------------------------------------------------------------------------------



「ええと…私ね、結構動物に避けられることが多いのね。多分魔力の相性だとは思うんだけど」

「それは、全然気付かなかった」

「全部じゃないからね。こればっかりは相性だからどうしようもなくて」


ユリは生まれつき特殊魔力を有していて、普段は強力な装身具で押さえているが、それがなければ周囲に多大な影響が出る程に強い。特殊魔力はもともと強い魔力を持つ者に出やすく、通常の魔力とは異なるものだ。その特殊魔力を押さえたとしても、ユリの使用する魔法に影響がある訳ではない。ただ周囲に不快感をもたらしたり、凶暴な魔獣を引き寄せたりするという厄介な性質しか持たないものなのだ。一説によると、かつて純血の獣人が存在していた頃に一族の縄張りを示す為の力だったのではないかとも言われているが、異種族との混血が進んで純血種は存在しない現在では全く不要のものとなっている。

ユリからしてみれば、他者に不快感を与えるだけの魔力であり、それを押さえる為の装身具の長期使用は自らの体に負担を掛けるので、心底いらないものでしかなかった。そしてその体の負担を少しでも軽減させる為に王都に敷かれている防御の魔法陣を利用しているので、ユリが王都から出ることの出来ない枷でもあった。


「ヒトデは…大丈夫だよね?」

「た、多分大丈夫じゃないかな。一応虫とか、原生生物とかは寄って来るし」


レンドルフに言われてユリも気付いたのか、一瞬ギクリとした表情になったがすぐに思い直す。基本的に避けられるのはある程度知能のある動物で、特に小型で警戒心が強い種族が多い。逆に魔獣になると寄って来るので、むしろありがたくない体質としか言いようがない。


それにもしヒトデがユリを避けようとしても、そこまで動きが早い訳でも意思疎通が出来そうでもないので、どうにかなりそうだとユリは内心開き直ることにしたのだった。




お読みいただきありがとうございます!


水族館はサンシャインと八景島をイメージしています。ミツユビイタチは異世界カワウソということで。


かなり長い話になって来たので、登場人物紹介とか特殊魔力とか防御の魔法陣とかの作品内の独自設定についてどこかにまとめておいた方がいいのかと思いつつ、それをするなら本編を書きたい気持ちもあり…取り敢えず現在は保留中。

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