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542.窓越しの再会


「あっ、レンさん!レンさんが来たわ、ヒスイさん!」


告げられていた時間ちょうどに、レンドルフが薬局の窓から見える王城の休憩所にやって来た。旅装のままで、肩から大きな荷物を提げている様子は、特におかしなところはない。


「生きてる…歩いてる…!」


怪我の状態をある程度聞いていたので、ユリは普通にレンドルフが歩いているだけで感極まっていた。遠目ではあるが、明らかに痩せた印象もなく顔色も問題はなさそうだ。ユリはレンドルフの姿を観察する為に、窓に額を付けるようにして張り付いていた。

ヒスイはその上のガラスから柵の向こうの背の高い人物を確認する。比較的珍しい薄紅色の髪色と体格で、顔を見なくてもユリが待ちわびている人物だと一目で分かる。


「あっ!目が合った!」


窓ガラスに掛けられた付与で内側の様子は分からないようになっているので、どう考えてもユリの気のせいなのだが、あまりにも嬉しそうな声にヒスイは思わず微笑んでしまう。ユリもそれは分かっている筈なのだが、それでもはしゃいでいたいのだろう。窓の外に向かって、シャカシャカと忙しなく手を振っている。


ヒスイも釣られるようにしてレンドルフの方に目を戻すと、彼は王城と敷地を隔てる為に設置された柵のギリギリのところにまで来ると、周囲をキョロキョロと見回してからそっと片手を上げて薬局に向かって軽く手を振った。


「え?気付いた?」


まずそんなことはないと、薬局開設時に外側から確認したヒスイは分かっているのだが、ついそのタイミングの良さにそんな呟きが漏れてしまった。


おそらくレンドルフはユリが見ているかもしれないと予想して行動しただけなのだろうとすぐに思い当たったが、ユリはそんなこと関係なく上機嫌でより一層熱心に手を振っている。そのユリの頭越しに見えたレンドルフは、少しだけ照れくさそうなはにかんだ笑みで、一度ぺこりと頭を下げるとその場を後にした。その途中で何度か振り返っていたらしく、ヒスイの位置からは分からなかったが、その度にユリが手を振り始めるので大変分かりやすかった。


互いに成人しているのにまるで未成年の付き合いたての学生のようなやりとりに、ヒスイはつい微笑ましくなって窓に張り付くユリの小柄な後ろ姿を目尻を下げて見つめてしまう。ユリのことは大公家の唯一の直系だと聞いているので、複雑な立場であることは想像が付く。だからこそレンドルフとの関係もこのまま何事もなく歩んで行ける訳ではないだろうが、この二人を見ているとそのままでいて欲しいとつい思わずにはいられなかった。


「ふふ…元気そうでよかった。ねえ、さっきのレンさん可愛かったですよね!」


レンドルフが見えなくなったのか、やっと窓から離れたユリが顔を上気させて振り返って、その後ろにいた人物達を見てピシリと固まってしまった。


「あ、いや、決して覗き見ていた訳ではないのじゃ」

「何か、申し訳ありません…」


ユリの後ろにはヒスイと、更にその後ろには休憩所に続く扉から申し訳なさそうに顔を出しているアナカナとニーノがいたのだった。



ユリが真っ赤な顔でバックヤードに駆け込んでしまうと、置いて行かれた人々のどこか気まずい沈黙が薬局内を支配した。


「ええと…ま、また出直すのじゃ」

「私も、謝罪は後日改めて」


その気まずさから抜け出そうとそそくさと薬局を後にしようとしたアナカナと、それに続いたニーノの行く手を素早くヒスイが回り込んで、にっこりと空恐ろしい笑みを浮かべた。


「お二人とも、お時間はよろしいですね?」

「あ、いや…わらわはそろそろ…」

「私もまだ仕事が」

「よろしいですね」


二度目のヒスイの言葉は、既に問いかけですらなく決定事項の響きを含んでいた。細身のヒスイではあるが、圧倒的な威圧感に押されて、二人はダラダラと冷や汗をかきながらただ無言で頷く以外の行動は許されていなかったのだった。



そのまま施設内の副所長室まで丁重に連行された二人は、既に取り繕った笑顔すら浮かべていないレンザの冷ややかな歓迎を受けることになった。彼らはどうにか口裏を合わせて転生者やゲームのことを誤摩化す作戦であったのだが、レンザの威圧に早々に心が折れて洗いざらい白状する羽目になるのはすぐのことであった。



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(ユリさん、薬局にいてくれてたらいいけど)


荷物を抱えて寮の自室へ引き返しながら、レンドルフは少し遠回りして立ち寄った休憩所での行動を振り返っていた。


怪我をしてユリに心配をかけてしまったので、少しでも元気な姿を見せようと遠回りをして薬局の側を通ると知らせていたのだが、そのせいでユリに余計な手間を掛けさせてしまったのではないかと少し心配になっていた。王城側に面している薬局の窓は、直射日光などが当たるのを防ぐ為に付与が掛かっていて外側からは見えにくいとユリから聞いていたので、どれだけ目を凝らしても中の様子は伺えない。それでもレンドルフはユリがいるような気がして窓に向かって手を振った。もしかしたら誰もいない窓に向かって手を振ったかもしれないと考えると少しばかり気恥ずかしく、それでももしかしたらユリが見てくれているかもしれないと思うと心浮き立つような気持ちになった。


慣れた寮の自室に戻ると、いつものようにキチンと掃除と空気の入れ替えが済んでいる。王城の敷地内にある騎士団員の為の寮は、遠征から戻る直前に寮の管理人が部屋を整えてくれるのだ。もっとも、元から散らかった部屋は手が付けられないと言われて放置されるので、このありがたみを享受出来るのは実はごく一部だったりする。



レンドルフは部屋着に着替えてから荷解きをし、手慣れた様子で洗濯物や手入れの必要な物などを選り分けて行く。

近衛騎士団に所属していた頃は、遠征と言っても内容は王族の視察への同行だったので、荷物の準備は下働きの者などが担ってくれていた。領主との会談や晩餐などに付き添うので、それに相応しい装いを求められるからだ。

けれど今の第四騎士団に異動してからはそういった支度も自分で行う。別に公の場に出ることはなく、相手は魔獣や、被災地の人々なのだ。レンドルフは元々故郷の辺境領ではしょっちゅう魔獣討伐に出掛けていたので、その支度ならば慣れている。


一通り荷物が片付くと、レンドルフは鞄のポケットから丁寧に布に包まれたものを取り出した。布を開くと、そこには何枚もの封筒が束ねられていた。これは全てユリから送られて来た手紙だ。


レンドルフは机の引き出しから螺鈿細工の美しい箱を取り出すと、その中に封筒を丁寧にしまい込んだ。そしてそっと蓋をしようとすると、ほんの僅かだが中身に押されて蓋が浮き上がっていた。


(もう新しい箱を買わないと)


最初にこの箱を見かけた時に、置いてあった棚の奥に似たような箱があったのは記憶に残っている。あの時に買っておけばよかったと思うものの、あの時はこんなにユリと手紙のやり取りが続くとは思っていなかったのだ。あれからしばらく経っているのでないかもしれないが、一応確認の為に箱を購入した店を再訪しようと考えていた。


不意に、窓をコツンと叩く小さな音が聞こえた。


「ユリさん?」


窓の外を見ると、ユリからの手紙を運ぶ青い伝書鳥が止まっていた。


いつも手紙が届くのは夕食が済んだ後くらいのタイミングだ。もう夕刻ではあるがそれでも早い手紙に、レンドルフは首を傾げて手紙を受け取った。


中の便箋を開くと、いつもより急いで書いたのか文字が少し流れている。


「これは…急いで団長に…いや、俺が行った方が早いか」


ユリの手紙には、レンドルフの無事の帰還と約束通りに姿を見せてくれたことへの礼が綴られていたが、その後にリョバルに化けたアナカナが一人で薬局にやって来て、その後変装の魔道具を停止させてしまったと続いていた。そのまま再起動させれば問題ないと思ったのだが、どうも妙なところをいじってしまったらしく、起動させたらアナカナの髪色が七色になってしまったということだった。ただでさえ目立つ容姿のアナカナの髪色がとんでもなく派手になってしまったことで、密かに王女宮に戻るにも支障が出てしまったのだ。



アナカナの夕食は年齢もあって他の王族よりも早く始まる。王族や高位貴族は、まだマナーが不慣れな幼いうちは食事は家族と別に摂ることも珍しくない。殆どは神の国から出て人の世界の仲間入りをすると言われる七歳から同じテーブルに着けるようになるのだ。

アナカナの護衛に入ることも多かったレンドルフは、特に公式行事などない場合はそろそろ食事の準備が整えられる時間だと知っている。その時にアナカナがいなければちょっとした騒動になるだろう。そしてその責任の所在は今日の護衛担当の騎士と、専属侍女に向けられてしまう。更にその上官でもある近衛騎士団団長ウォルターも連帯責任を取らされることは目に見えている。それが分かっているので、アナカナもお忍びで勝手に城下に出ても必ずいなければならない時間帯には戻って来ていた。


レンドルフは先頃永年正騎士の資格を授与されて、アナカナから直接王女宮への出入りを許されている立場だ。それを良く思わない者もいるので積極的に出入りすることはなかったが、裏でどう思われようと正式に許可されているのだ。急に呼び出されたことにしてこっそりアナカナを王女宮に戻せば、どうにか凌げる筈だ。



レンドルフは大急ぎで準正装に当たる騎士服に着替えると、クローゼットの奥から一番大きな麻袋を取り出す。服装と組み合わせると粗末な麻袋ではやけに不釣り合いだが、贅沢は言っていられない。


とにかくレンドルフは取る物も取りあえず、ろくに髪も整えないまま寮の部屋を飛び出したのだった。



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「何でやればやる程オモシロ状態になって行くのじゃ…」

「むしろ最初の方がマシでしたね」


研究施設の一室を借りて、アナカナはユリに手伝ってもらいながら変装の魔道具を戻そうと悪戦苦闘していた。腹部に巻き付けているので、直接調整するには服を脱がなければならないということで、ユリが一緒に色々と試していた。しかし何が良くないのか、試せば試す程アナカナの様子はおかしなことになって行くのだ。

最初は髪が七色になってしまった上に顔立ちは一切変化がなかった。そして色々試した結果、今のアナカナは髪が七色なのはそのままに光り出していた。人目に付かないように王城へ戻らなければならないのに、このままでは遠目からでも注目を浴びるのは確実だ。


「うう…エレクトロリカル王女じゃ…」

「えれくと…?」

「一人パレードという意味じゃ」

「ああ」

「納得するでない!」

「せめて光らないようにしましょう」


このままにしていると、一緒にいるユリも目が痛くなって来る。仕方なく一番マシと言うことで、変装の魔道具のスイッチを切った。こうすれば王女として人目は引くかもしれないが、少なくとも奇妙な注目を浴びることはなくなる。


「こちらから団長様に連絡は取れないので、レンさんに伝書鳥を飛ばしましたから、繋ぎを付けてくれると思います」

「すまぬ」

「それは後日改めてレンさんにお願いします。さっき遠征から帰還したばかりなんですから」

「分かっておる。重々反省しておるのじゃ」


すっかりしょげ返っているアナカナを目の前にすると、ユリとしてもあまり強くは言えない。それに先程短時間であったがニーノと共にレンザから直接聞き取りをされたのだ。詳細は後でレンザから聞くとしても、何故かニーノがユリの正体が「ユリシーズ・アスクレティ」であることを把握していたので、短い時間でもレンザが相当圧を掛けたであろうことは想像が付く。現に戻って来たニーノの顔色は真っ青を通り越して土気色だった。アナカナはさすがにそこまでではなかったが、それでも大分魂が抜けたような顔にはなっていた。あれを見てしまった後では言い辛いものがあった。



「ユリちゃん、レン様がいらしたんだけど、出られる?」

「えっ!レンさんが直接!?」


部屋のドアがノックされ、外からヒスイの声が聞こえた。


その内容にユリは反射的に少々弾んだ声を出してしまって、慌てて口を押さえたのだった。



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