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閑話.転生者同士の世代格差


ユリに頼んで、アナカナはニーノと共に薬局の裏手にある休憩所で話をさせてもらう事にした。本来ならそこはユリに対して悪意を持つ者は入れない仕様になっているので、そこにニーノが入れなければ諦めるように言われていたが、あっさりと扉を素通り出来てしまった。少しばかりユリは意外そうな顔をしていたが、アナカナにしてみれば当然のことだった。

何せ「ユリシーズルート」と呟くくらいだから、ニーノの前世はユリ推しだったのだろうとアナカナはすぐにピンと来たのだ。悪意どころか好意しかない筈だと確信していた。


ただ、アナカナはどの程度のオタクか見極める必要があると心してニーノに臨む気でいた。強火の同担拒否勢ならば、取り扱いは重々に注意が必要だ。



話の内容は聞いて欲しくないと告げたのだが、さすがにニーノと二人きりにする事は出来ないと、ニーノを取り押さえる一人であった黒衣の男を休憩所の隅に控えさせることで了承してもらった。


大公家の影なので、そこからユリやレンザに転生の話が伝わってしまうのを危惧したアナカナに、その黒衣の男は自ら任務を優先させる為に選んで喉を潰し文字も書けないようにしているから問題はないと返された。

影と呼ばれる諜報員は、基本的に各地で諜報活動や護衛、情報操作から人心掌握などを行うことが多いが、この男の場合、どう考えても暗殺のみに特化している。情報を得ることも、漏らす恐れもなく、ただ命じられた目標を消すことだけに研がれた刃だ。

ユリが「アナ様に危害を加えようとしたら制圧して。殺しては駄目」と言い聞かせていたので、それが救いだろうと思うのだが、その対象にされているニーノは気が気でない様子で落ち着きがなかった。



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「さて、早速じゃが、ブライト伯爵令息はどこまで覚えておるのじゃ?」

「…ええと、ニーノとお呼び下さい、第一王女殿下」

「ふむ。ではわらわのことはアナと呼ぶが良い。この際じゃ、一切の不敬は問わぬ。前世同郷の者同士、情報の擦り合わせには不要なものじゃからな」

「は、はあ…では、アナ殿下は前世はおいくつだったのですか」

「ぶっ!い、いきなり女性の年齢を聞くか」

「いや、いくら天才と名高くてもこれまで言動に違和感しかなかったのですが、前世はそこそこ行ってましたでしょう?言動にちょいちょい古いネタが挟み込まれるの、何か納得が行きました」


もう隠しておく必要がなくなったとすぐに切り換えたのか、いきなり砕けた口調になったニーノに、アナカナは思わず「これが若さか…」と呟いてしまった。そしてそのまま流してくれそうになかったので、アナカナは渋々「アラフォー」とだけ答えた。アナカナの中では40代に近ければ全てアラフォーとしている。あくまでも40代の近似値だ。それに前世知り合いでもなかったのだろうから、言わなければ分からない。


「俺は覚えてないです」

「な…!人に聞いておいて!」

「あ〜ただ、大学生辺りだったんじゃないですかね?仕事してた記憶もなくて、ゲームばっかりしてたのは何となく覚えていますんで」


ニーノは拘束も外してもらっているので、出されたお茶を一口飲んだ。これは前世で言うところの温かい麦茶であったので、一瞬目を丸くしてから立て続けにフウフウと息を吹きかけて何度も啜った。アナカナも最初にこれを飲んだ時は、懐かしさに涙目になりながら何度もおかわりをしたものだった。ユリが言うには緑茶もあるそうなのだが、アナカナの年齢を鑑みてまだ出してもらったことはない。いつか飲める年齢になったら最高級の茶葉を出してくれると約束を取り付けている。


「それで、ニーノはどの程度やり込んでおったのじゃ?わらわは『1』はオールコンプリートしたが、『2』の方は余命が足りなくて一通りやっただけじゃ」

「いきなり重いこと言い出しますね。俺は『2』だけで…ええと、ユリシーズルートを解放したくて、確実に接触のあるエドワード一択でしたから偏ってますね」

「エドワード一択?」

「そうですよ。公式でもユリシーズに最初に会えるのはエドワードだけだって」

「そんな公式発表あったかの…」

「他のヒーロー選択だと、会えてももう手遅れパターンばっかりで」

「ヒーロー選択??ヒロイン選択ではなくて、か?」

「え?」

「え??」


ようやくお互いの認識が微妙に違っていることに気が付いて、アナカナとニーノは顔を見合わせたのだった。



ニーノの話によると、アナカナがどうやら亡くなってからしばらく後に「君の白き頬染めし時、我が身にこの愛を誓()」というリメイク版という割に新要素大盛りのタイトルがリリースされたそうだ。それは圧倒的に女性ユーザーが多かった乙女ゲームに幅広いユーザーを取り込もうということで、プレイヤーはヒロインだけでなくヒーロー選択も出来るようになったというのだ。旧作「1」の頃から、登場する人物はメインキャラからモブまで老若男女問わず恋愛的に落とせる要素がウリだったので、ヒーロー選択が可能になって更に組み合わせの幅が無限大になった。その為フルコンプをする者はユーザーの数パーセントしかいなかったと言われていた。


「何でも自律成長型人工知能の研究をしていた団体から、制作会社に企業提携の話があったとか聞きました。だから会話のパターンも多くて、同じ意味合いでも台詞が毎回違ったりしました」

「おおう…やってみたかったのじゃ…」

「そのうちオープンワールドで似たような世界観のゲームをリリースするって噂でしたけど、プレイした記憶がないんで企画でポシャったかその前に俺が現世からログアウトしたかのどっちかでしょうね」

「お主の言い方も大概じゃ」


ニーノの記憶では、ヒロインとヒーローはそれぞれ五名ずついて、誰を選択するかで好感度を上げやすい相手は絞られて来るそうだ。勿論攻略次第で全員と出会う機会も恋愛イベントに発展するチャンスもあるが、初期に割り振られるパラメーターは当然差がある。その中で、ユリと遭遇する可能性があるのは貴族の生まれのキャラクターのみだった。貴族ではないキャラクターを選ぶと、冒頭で会える機会のあるイベントが発生しないのだ。

それを聞いて、アナカナもそこは随分とリアルになったのだと感心していた。アナカナの記憶にある旧バージョンは、この世界で暮らしてみるとかなり無理があったように思う。高位貴族がお忍びで出掛けて平民と知り合うようなイベントも、現実では偶然を装っていてもキッチリ下調べをした上で相応しい者を周囲に配置することなど当然のように行われている。


「ええと、ヒロインもヒーローもデフォルト名はなくて、他国から留学して来たツンデレ枠の貴族令嬢、王道枠で平民のパン屋の元気な看板娘、年上枠で姉御肌の元冒険者、異国の舞台役者で男装の麗人、あとは金で買われて白い婚姻だった貴族の未亡人…だったかな」

「乙女ゲーのヒロインに未亡人とは斬新じゃな」


アナカナの知るゲームは、ヒロインは留学生の貴族令嬢で、冒頭の選択肢で大まかに強気か弱気か普通かに振り分けられる。身分は完全にランダムだった。そして「1」のフルコンプデータがある場合に限り、前作のヒロインの公爵令嬢か聖女が選択肢に加わるのだ。それを考えると、リニューアル後のヒロインの名残は留学生くらいしかない。


「それでヒーローが、俺様王子枠は、この世界で言えばおそらくエドワード殿下でしょうね。真面目騎士は近衛騎士副団長だったのでレンドルフ副団長…あとは印象薄いんですが、何でも器用にこなすので人生に飽きてる(ダウナー)系の腹黒がいました。展開次第で商人だったり実は貴族だったり変化してた筈です」

「そこはかとなく旧作の攻略対象者を踏襲しておるな」

「ええと、それとやんちゃショタ枠ながら亡国の皇族でドラゴンの血を引いている少年と、ちょい悪イケオジ枠で先王の隠し子な王弟」

「何か最後の方は色々ぶっ込んで来おった!」


聞いてはいけない情報を聞いた気がして、アナカナは頭を抱えてしまった。


確かアナカナの記憶にも竜種の血を引く少年が攻略対象者に入っていたのは覚えているが、亡国の皇族は初耳なので新たに加わった設定なのだろう。そして王族の庶子のイケオジもいた筈だが、正式な攻略対象者ではなかった。ヒロインに未亡人が加わったのでバランスを取る為かもしれない。



それからアナカナはニーノからユリシーズのルートについて覚えていることを聞き出したが、アナカナの知る旧作とそこまで大きな乖離はなかった。ただ、ヒーロー選択が出来るようになったことから、多少イベントは加わったようだが、それでもゲームの中のユリシーズは自ら望んでいるかのように幸福から遠ざかろうとするのだ。


「さっき渡そうとした『湖水の雫』は、唯一ユリシーズの記憶にある母親の思い出で、誰かに抱きしめられた際に、相手の指に嵌まっていた指輪の石がそれだったんです」


母親に可愛がられた記憶のないユリシーズは、顔も覚えていないがうっすらと誰かに抱かれて子守唄を歌ってもらった思い出だけがある。それが母親であったかは確認しようがないが、その指輪は母親が死ぬまで身に着けていた、自分の瞳にそっくりな石のついたものだったのだ。そのことから、ユリシーズは無意識的にその石を探しながらも、自分からは積極的に手に取ることは出来ずにいた。


「それを好感度の高い状態のエドワードが渡すと、それを持って領地に戻り、それきり出て来なくなるんです」

「それは攻略失敗ではないか?」

「ユリシーズルートではこれが一番のまともなエンディングなんですよ!」


そこでユリシーズは、母の思い出と引き換えに決して結ばれることのないエドワードへの淡い恋心を手放すのだ。自分を振り回しながらも優しくしてくれたエドワード。その彼からもらった贈り物と唯一の母の思い出を抱えて表舞台から姿を消して、世界の片隅でひっそりと生きて行くことを選択した彼女は、今後の悪事に関わることはなかったのだ。それから数年後、アスクレティ領でスタンピードが起こりそのまま消息不明として扱われるが、バッドエンドにならないからという理由でそれがユリシーズのトゥルーエンドと言われていた。


「渡したのがエドワードだから、王族と大公家は結ばれてはならない運命を飲み込んで身を引くのであって、俺なら問題ないと思ったんですよ…」

「ああ…」


アナカナは年齢に全く似つかわしくない眉間に皺を寄せた表情で、こめかみに指を当てた。色々な前提が間違い過ぎていて、どこからツッコミを入れるべきか考えるだけで頭が痛くなって来たのだ。


そもそも、ユリは生まれた時はゲームと同じように不幸な生い立ちだったかもしれないが、今は大公家で溺愛されて暮らしている。それこそ祖父レンザが筆頭になって目に入れても痛くない程甘やかしているし、別邸でユリに仕える使用人達は厳選に厳選を重ねてユリを最優先にする者ばかりだ。その上唯一の直系の大公女であるのに、レンザは無理に後継教育をしていない。それどころか気苦労の多い貴族社会から遠ざけることもやぶさかではないとばかりに、エイスの街を丸ごとユリの将来の為に改造に着手している。

そんなユリには、ゲームの内容のように大公家を恨んで一族を毒殺する動機がどこにも存在しないのだ。


それに以前、アナカナがユリ当人にエドワードについて確認したところ、表情そのままに「鬱陶しい」と呟いていた。エドワードに会うよりも前に、既にレンドルフと交流を深めていたことも大きいだろう。


「まあ、仮にその『湖水の雫』がユリの欲しがっていた品だとしてもじゃな、好感度が高くなければ効果はないのであろ?」

「それはそうですけど……はっ!ひょっとして足りてなかったとか」

「その自信はどこから来るのじゃ!」


薬局にニーノが入って来た瞬間、アナカナはユリの顔が一瞬引き攣るのをはっきりと目撃していた。好感度のパラメーターが存在しなくとも、限りなくゼロに近いというのはアナカナでも察することが出来た。さすがにそれはないとアナカナがニーノを叱り飛ばして、一体これまでにどんな交流を重ねて来たのかを問い質した。それはもう気持ちの上では小一時間問い詰めたいくらいに。


そして結果は、あまりにもニーノが思い込みばかりで先行していたことが分かり、アナカナ自身がよく途中で手を出さなかったものだと、自分で自分を褒めたくなった程だった。


「わらわも少し前まで、何でも分かる万能感故の失態を繰り返しておった。じゃが、ゲームと現実は違うのじゃぞ」

「それは…分かってます」

「自分に無愛想で当たりのキツい相手にときめくのは、ほぼ物語の中にしか存在しないファンタジーじゃぞ。あとは本人がドMか、相手がペット枠としか思われてないか」

「ううっ…」

「それに、エド叔父上はどちらかと言うと可愛い顔じゃから、強気に出ても可愛げが残るので通用するが、お主のように無駄に整っていると威圧にしかならぬ。それはもう嫌がらせにしか過ぎんのじゃ」

「うぐっ…!」


次々とニーノの傷を抉って来るアナカナに、とうとう彼は胸を押さえてテーブルの上に突っ伏してしまった。


「それに、ユリはもうゲームとは全然見た目が違っておったじゃろ?そこで気付くべきであったな」

「た、確かに顔や小柄なところはそのままでしたが……」

「ヤラしいのじゃ」

「誘導したのはそっちでしょうが!」


アナカナの記憶のスチルで見たユリシーズは、月光に照らされてポツリと一人で佇んでいるものだった。透けるような真っ白な髪に折れそうな華奢で薄い身体を粗末なワンピースで包み、ハイライトの消えた青い瞳の彼女が薄く笑っていた。その場面は、全てに絶望したユリシーズが自分の身を贄にしてこの世を破壊する禁術を発動する為に舵を切る最初の夜だ。その笑顔は不穏でありながら、ひどく魅力的で目を離せない絵師渾身の一枚だった。


今のユリはそんな表情にはならないし、全てに絶望する環境とは思えなかった。それに何より大きく違うのは、ずっと粗略に扱われ続けてきたユリシーズと違ってユリは大公家で存分に栄養を摂れているので体型が完全な別人だ。その気はなくてもゲームの姿を知っていれば目がそちらに向いてしまう。


それを指摘されて、ニーノは真っ赤になった顔を隠すように両腕で頭を抱え込んだ。



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「もう…このまま引きこもりたい…」

「まあまあ、そこは若さ故の過ちと開き直って行くのじゃ」

「人生の先輩の言うことは重みが違う…」

「今世はお主より年下じゃ!まだ幼気な五歳のお子様じゃぞ!」


ようやく顔を上げたニーノは、今後どうしたらいいのか考えるとお先真っ暗に気持ちになって地にめり込みそうな程凹んでいた。何せ前世推しであったユリへの対応を完全に間違って好感度が底を這っている上に、病弱で別邸に引きこもっているとされている大公女の正体を正確に暴いてしまったのだ。むしろ現実的な方が色々と絶体絶命な状況だった。


「そうじゃな…確かニーノの家系は予言能力を発現しやすい筈じゃったな」

「え、あ、ああ…俺も前世の記憶と気付いていなかった頃は、予言能力だと思ってたし」

「ふむ…それなら、ユリの正体に気付いたのはその予言能力とか何とか大公家には言っておくがよい」

「そ、そんなんで誤摩化せる…のか?」

「多分?」

「無責任!」


周囲の評価は、口数が少なく何を考えているか分からないクールな青年であったニーノは、その面影が全く見当たらない程に情けない顔で涙目になって叫んだのだった。



お読みいただきありがとうございました!


ゲームの中のヒロイン選択した場合は、レミアンヌ、シンシア、サファイア、テンリ、オランジュで固定されていますが、選ばなかった時は物語の進め方で該当ポジションのキャラが変わることもあり。候補としてはカチュア、エリザベス、マギー、ミキタ、アリア、キャシーが出て来る可能性が。そして男装の麗人ではなく男の娘としてアイルが登場することも。

ヒーロー選択ではエドワード、レンドルフ、ミスキ、タイキ、サミーです。変わるかもしれない候補は、ダンカン、ルードルフ、トーマ、マサキ、イルシュナ辺りでしょうか。


名前だけでは久々のキャラもいるので忘れられてるかもしれませんが、ちょっとしたIF的なお遊びな感じとして流してくださいませ。

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