541.帰る者と待つ者と宣言する者
いつもありがとうございます!
トータル600話目でございます!
当初から、自分の書きたいことを全部盛る、を心に置いて書き続けていたらここまでになりました。時折無駄に長いからこれは削った方が…と悩むこともありますが、基本的にそのままお出ししております(笑)
冗長なのは百も承知ですが、それでも読んでくださる方がいるおかげで続けております。評価、ブクマ、いいね等、誤字報告など、全て感謝するばかりです。ありがたや。
まだまだ続いて行きますので、見守っていただければ幸いです。
ダンカンが特別に手配してくれた負傷者搬送用の特別な馬車のおかげで、実に快適な帰り道になった。とは言え、そこに乗っているのは負傷したレンドルフとヨーカとレイロクが中心なので、空気が重いのは仕方がなかった。
必要なこと意外は互いに口を開かなかったが、馬車が動き出してすぐにヨーカがレンドルフを見つめて、「騎士の任務って、あんなこともするんですね…」とポツリと呟いていた。今回の任務は色々なことがあったが、ヨーカとレンドルフが顔を合わせた任務は、カトリナ伯爵邸の庭でプロメリアと対峙していた時だけだ。
ヨーカが何故か敬語になって距離を取られていることから、おそらくレンドルフが女性に化けていたことを指しているのだろうと察して、レンドルフも複雑そうな顔になって「ああ…」と言葉短かに返したのだった。普通はそんなことはないのだが、しかしあれも任務のうちと言えば間違いないのだ。
同乗しているレイロクはその会話の意味が分からなかったろうが、何となく二人がそれ以上触れて欲しくないような気配を敏感に感知して、彼も口を挟むようなことはなかった。
そのレイロクはというと、右足が添え木と共に包帯でグルグル巻きにされていた。彼は昨日ヨーカと一緒に神殿を出たところで盛大に転倒し、右足の骨を見事にポッキリ折ってしまった。その為神殿に逆戻りをして治療を受けたので、出発が一日延びたのだ。
神官の治癒魔法で骨接ぎは完了しているが、数日は状態が不安定なので添え木と包帯は外さないようにと厳命されていた。
ヨーカの怪我はやはり前の状態への回復は困難で、治療を担当したカトリナ領の神官の治癒魔法は自然治癒をした時の状態にするまでが限度だった。
大抵の神殿は怪我を完治させるところまでが治癒担当の神官の仕事なのだから、それは当然の対処だ。王都の中央神殿や、王都に次ぐような地方都市の神殿ならばもっと上位の治癒魔法を使える神官や聖女、聖人がいるので、その先の治療方針は王都に行ってから決まることになっている。ただそれにはかなりの金額が必要となって来るので、騎士団からどの程度の補償が得られるかはまだ分からない。
オスカーやダンカンの口添えもあるので、さすがにこのままということはないだろうが、騎士に復帰出来るまでの回復を約束してもらえるかは不明なのだ。
これまでそれなりの数の負傷者を見て来たレンドルフしては、ヨーカの場合はかなり優遇されても日常生活に問題がない程度までの回復しか望めないのではないかと薄々感じていた。動かなくなった右腕は日常生活が送れるくらいまで動かせるようにしてもらえるだろうが、視力を失った右目は、左目が無事だということでそのままにされる可能性は高い。その状態に慣れるまでのリハビリの面倒を見てくれることと、その先の働き口を紹介することまでが出来る最上級の対応だろう。
確かにヨーカは剣の才能はあるが、唯一無二という程ではない。それにこれまでの態度や周囲との揉め事の頻度などを鑑みると、多少は惜しいが莫大な資金を投じる価値があるかとなると「ない」と判断されるだろう。残酷なようだが、全ての人間を完全に救済することは不可能な以上、どこかできちんとした線引きは必要だ。そこに感情が入る余地はあってはならない。
それでもレンドルフは、あの絶望的な状態でもプロメリアに一矢報いたヨーカの行動に、理想の騎士の姿を見た。それをこのまま失うのは、感傷と言われたとしてもあまりにも惜しいと思ってしまった。今のレンドルフには何の力もないが、王都に戻ったら出来る限り力を貸そうと思っていたのだった。
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「街道が混んでいるのかしら。まだ帰って来てないわよね」
「ユリちゃん、気持ちは分かるけどもう少し窓から離れて」
「はぁーい」
薬局の窓に張り付くようにして王城側を眺めていたユリは、ヒスイに言われて渋々離れた。この薬局の窓は、外から探られないように特殊な付与が施されているが、それでも危険は少ないに越したことはない。
一日遅れたが、今日はレンドルフが遠征先から帰って来る日だった。手紙でちょうどユリが薬局勤務の日だと教えると、レンドルフは必ず薬局の側の休憩所を通って寮に戻ると返事に書いてくれたのだ。ユリとしては薬局が閉まっていても顔を出して欲しいところだが、ユリと繋がりがあると知られると厄介事を招きかねないので、実際に顔を合わせて話せるのは別の日になる。その前に少しでも無事な姿を見せておきたいと申し出てくれたのだ。勿論そこには、ユリに無駄な時間を使わせないように通る予定時間も書いてあったのだが、ユリはついソワソワして朝から何度も薬局に人がいないのを見計らっては窓に張り付いていた。
「じゃあ私は奥で在庫を並べ直してますね」
「よろしく〜。私は閉店の看板を出して来るから」
ユリが奥に戻ろうとすると、薬局の扉が小さくキィッと開いた。
「いらっしゃい…」
「ユリは、おるかの?」
「あ、アナさ…んんっ、リョバル、嬢」
扉の隙間から赤茶色の髪の少女が顔を覗かせた。どこか異国風の顔立ちで、華やかではないが何とも小動物的な愛らしさがある。城の侍女用のお仕着せを着ているが、本来は子供用のものはない為に特別に誂えたものだ。
彼女は第一王女の侍女見習いリョバルと名乗っているが、これはお忍び用の仮の姿で、中身は王女アナカナ本人だ。このことを知っているのはごく一部で、この薬局にいるユリとヒスイもその一部の者だ。
「どうしました?予めご連絡をいただけませんと、大したおやつは出せませんよ?」
「普段のおやつでも十分…そ、それが目的ではないのじゃ!」
「それでは何のご用ですか?近衛騎士団長様の目を盗んで来られたのでしょう」
変装の魔道具で見た目も年齢も全く違うように見せかけているが、それでも万一のことがないようにリョバルの姿でもウォルターか、アナカナの護衛兼専属侍女が常に同行している。しかし今はどう見ても彼女は一人で薬局に来ていた。
「ウォルターは別用があったのでその隙を突いたのじゃ。その…レンドルフのことは知っておるか?」
「本日王城に帰還すると聞いています」
「では…その、任務のことは」
「詳しくは聞いていませんが、怪我をしたとは」
「そうなのか?」
「え?他に何が?」
微妙に噛み合わない会話に、ユリとアナカナは思わずキョトンとした顔で互いを見つめてしまった。
「あの、取り敢えず奥に」
「そ、そうですね!じゃあヒスイさん後はお任せし…」
ヒスイが気を遣って、二人に奥の休憩所に行くように促したのとほぼ同時に、薬局の扉が勢い良く開かれた。
「……まだ、閉店の看板は出ていないように見えたが」
「は、はい、いらっしゃいませ」
薬局に入って来たのは、相変わらず不機嫌そうな様子のニーノ・ブライトだった。
彼はこの薬局からは遠い、文官棟の中の内部監査室に務めている。普段から文官はこの薬局に来ることはまずないのだが、彼はわざわざ閉店ギリギリにやって来ては、緊急とも思えない薬ばかりを買い求めて行く。閉店間際になると客が来ることもほぼないので、よくユリは奥から出て棚の在庫数などを数えていた為に、このニーノとは幾度か顔を合わせていた。彼はいつも不機嫌そうで尊大な態度を崩さないのだが、何か理由でもあるのかやたらとユリに接客を求めるのだ。ユリも店の方に顔を出しているのだから断り切れずに相手をしていた。ただユリ個人としては、あまり関わり合いになりたくない人物の一人だ。その為、最近ユリはヒスイが閉店の看板を出した後にバックヤードから出て来るようにしていた。
ここのところニーノ自身が薬局に来なかったのもあって、顔を合わせていなかったユリはすっかり油断していた。それどころかレンドルフの帰還に気を取られて忘れていた感もある。更にタイミングが悪い事に、アナカナが訪ねて来たことで閉店の看板を出すのが遅れていた。
ニーノの前にヒスイが進み出たが、それを無視してユリに足を向ける。ヒスイが更に阻止しようと動きかけるが、ユリが軽く視線だけで止めた。ニーノはユリから何か購入して、一言二言やり取りをすれば帰って行くのだ。下手にゴネられては、変装しているとは言ってもアナカナの前では色々と不都合があり過ぎる。ユリは間違いなくニーノにいい印象を持っていないが、変装した王族の目の前で失態を犯して罰せられればいいとまでは思っていない。なるべく穏便に事を治めようと、ニーノの相手をすることにしたのだ。
「あの…?」
いつもならばニーノは棚にある商品を適当に掴んでユリに会計を任せるのだが、今日は何故か棚に見向きもせずに真っ直ぐユリに近寄って来る。さすがに戸惑って、ユリが少し体を引いて首を傾げる。
「これを」
ニーノは不躾なるかならないかのギリギリの時間、ユリをジッと無言で見つめていたが、おもむろに自身の懐からハンカチを取り出してユリに差し出した。そしてユリの前に膝を付くと、畳んであったハンカチをそっと開いた。
「え…!?」
ニーノの手の上には、金細工の繊細な髪飾りが乗せられていたのだった。
「あの…ブライト伯爵令息様?」
「貴女が求めていた『湖水の雫』です。ようやく手に入れることが出来ました」
「『湖水の雫』…」
目の前に差し出された髪飾りには、小指の爪くらいの青い石が嵌め込まれていた。その石は、光が当たっている訳でもないのに、中の青が揺らめくように動いて見える。それがこの石の名の由来とも言うべき現象で、非常に稀少な鉱石の一つだ。
けれどユリは、名を聞いてから視線を石に落とし、それが間違いないと確認した瞬間に顔を引きつらせた。
「ええと、どなたかとお間違えでは?」
「そんな筈はありません!この石こそ亡き母の面影を求めたユリシーズじょ…ぐわっ!?」
ニーノが全てを口に出す前に、ヒスイが自分の髪を留めていたピンを抜くと、一瞬でニーノを床に引き倒してピンの先を喉元に突き付けた。やはり文官だけあって荒事には慣れていないらしく、ほとんど抵抗する事もなくヒスイに押さえ付けられる。ただニーノの方が身長が高いので、押さえ切れていない足をばたつかせるが、それを補うようにどこからともなく真っ黒な塊が出現して動きを封じた。
「殺すなよ!こいつにはきっちり話して貰わなきゃならねぇからな!」
暴れるニーノの頭を踏みつけるようにして、ヒスイは後から現れた黒い塊に向かって叫ぶ。その塊はよく見ると黒衣を纏った人間で、露出しているのは目だけで顔は分からない。だが、小柄ながらも分厚い胸板と太い二の腕から、男性だと推察出来る。彼はヒスイの言葉に軽く頷くと、どこから取り出したのか革のベルトのようなものを取り出してニーノの手足を拘束した。その手際の良さは、明らかに慣れている者の手技だ。
「なっ、なっ、何を…」
「どっかの間者にしちゃマヌケ野郎だな。捨て駒として送り込まれたか」
「お、おおおお、男っ!?」
「驚くところはそこかよ」
ヒスイは暴れた為にすっかり崩れてボサボサになってしまった髪をかきあげると、呆れたように眉を寄せて床に転がっているニーノを見下ろした。
そもそもヒスイは女性だと名乗ったことはない。美少女顔と名高かった祖父に似ているが、服装や所作を変えれば性別を間違われることはまずない。ここにいる時は少々言葉や服装を中性的に装っているだけで、嘘を言ったことはないのだ。どちらかと言うと女性だと勘違いされた方が、ユリの護衛としてやりやすいこともあって否定しないだけだ。
元々ヒスイは、キュプレウス王国で魔動農具や土壌改良などの研究をしている学者の卵だった。そして学費を稼ぐ為に冒険者もしていたので、それなりに腕は立つ。そういった条件から選ばれて、勤労留学生扱いとしてオベリス王国との共同研究に携わることになったのだ。
そしてヒスイは以前ユリの護衛もしていたサファイアの異母弟であり、彼女に鍛えられただけでなく幼い頃から世話をしてもらっていたため、摺り込まれているのか素の口調も少々荒っぽい。
「な、何で…ユリシーズルートにこんなキャラ」
「ちょっと待たれよ!」
すっかり混乱した様子のニーノは、普段の尊大な態度もすっかり消え、半ば涙目でボソボソと呟いていた。ユリとヒスイはそれを聞いて、怪訝そうに顔を見合わせたのだが、それを聞きつけたアナカナが突如声を上げた。
「リョバル嬢、危険ですから近寄ってはなりません」
「むむ…少し確認したことがあるのじゃ!あまり近寄らぬようにするから、話をさせてもらえぬか」
「ええと…どうする?」
駆け寄ろうとしたアナカナをヒスイが抱き止めたが、必死な様子で懇願して来るアナカナにヒスイはユリに助けを求めるように視線を送った。今は外見は違っているが、中身はこの国の第一王女なのだ。国は違うとは言っても、他国の王族の頼みを無碍に出来る訳がない。
「…少しだけですよ」
「恩に着るのじゃ!」
仕方なくユリが頷くと、アナカナはヒスイの腕の中から抜け出して、転がったままのニーノの正面にドドン、腰に手を当てて立ち塞がった。
「な…何だよ、お前」
「ブライト伯爵令息と申したな」
「だから何だよ」
「其方、『君の白き頬染めし時、我が身にこの愛を誓う』を知っておるか!」
いまのリョバルは全く顔は違うのに、表情はアナカナの得意なドヤ顔を完璧に再現していて、ユリは妙なところで感心していた。そして自分も完全に別人になる変装の魔道具を使用する際には、表情には気を付けようと全く関係ない事を考えていた。
唐突なまでのアナカナの宣言に、さすがにニーノも面食らったように固まっていた。しかしようやくアナカナの言葉が理解出来たのか、何度か目を瞬かせた後にポツリと遠慮がちに呟く。
「……それって『キミシロミ』?ゲームの…?」
「ビンゴーーーーー!!其方、転生者じゃな!」
「えっ!?ちょっ、ちょっと。そもそも誰?お前、誰だよ!」
いつも不機嫌そうで冷たく澄ました様子のニーノが、妙に焦った態度を晒している。その様子は随分と幼くなってしまったかのようだ。
ユリは半信半疑どころか二信八疑くらいの割合だが、アナカナから彼女の前世と異界の話を聞いたことはある。その時に異界の予言書のタイトルらしい「君の白き頬染めし時、我が身にこの愛を誓う」が出て来たのは覚えていた。そしてどうやらニーノもその書を知っているようだ。これはもう少し信用度を上げた方がいいのだろうかとユリが思案していると、アナカナは自分の腹の辺りを何やらゴソゴソと触れている。
「あ、アナ様!?」
アナカナは変装の魔道具を用心を兼ねて腹に巻き付けていた。あまりいじってしまっては、停止してしまう。ユリは思わず小声でアナカナを止めようと手を伸ばした。が、時既に遅く、アナカナは変装の魔道具を停止させていた。
赤茶色の髪と赤紫の目に小麦色の肌をした異国の少女から、淡い金髪に淡い紫の瞳という王家の色を持ち、陶磁のような真っ白な肌にふっくらとした頬の輝かんばかりの顔の美幼女がそこには降臨していた。
「…え…だ、第一、王女…殿下…」
王城付文官であれば、王族を見る機会も年に数回はある。ニーノもアナカナの顔に見覚えがあったのか、彼女の姿を目にした途端に顔から血の気が引いたのが分かった。一瞬にして真っ白から土気色に近い状態になって、それを見たユリは人間の顔色とはこうも見事に変わるのかと感心すらしていた。
「ふははははは!余の顔を見忘れたか!!」
周囲にいた全員が「もう知ってます」と思いながらも誰も口にしなかったのは、過去最高のドヤ顔をして高らかに宣言しているアナカナに誰も着いて行けなかったからであった。
しかし、そんなことに気付かずに、非常に上機嫌で「いつか言ってみたかったのじゃ」と鼻息荒く胸を張ったアナカナであった。
お読みいただきありがとうございます!
アナカナとニーノの前世の話は「345.異世界転生王女様」「閑話.ニーノ・ブライト」に出て来ます。