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53.現実の御伽噺

現在の時間軸に戻ります。話のキリの都合で短めです。


レンドルフお久しぶり!(笑)


「五年前に、当時エイスにあったスラム街を解体する作戦が立てられてな。そこにいた住人達も一旦警邏隊と騎士団預かりになった。だが、不運にもあの末っ子の三男坊が巻き込まれちまった」


最初はスラム街の住人と思われて連れて行かれたのだが、タイキが珍しい竜種の血統の混血だと知られて、秘密裏に貴族に売りつけようとした者がいたのだ。


「俺も作戦に参加してたんだが、三男坊が捕まった場所とは違う場所にいたのと、あいつの顔を実際に知らなくてな。色々と後手に回って、攫った貴族の領地に連れて行かれる寸前で警邏隊が保護した」


レンドルフは五年前という話に、記憶のどこかに引っかかるものを感じた。五年前と言うと、まだ学園の生徒だった頃の筈だ。


「あ、確かその頃、人身売買騒動が起こって一部の貴族が取り潰しになったことが…」

「おお、お前さんも知ってたか。駐屯部隊の上層部のヤツがスラム街の住人をこっそり貴族に売っていたことが判明してな。当時幾つもの貴族が取り潰しになった。三男坊もそれに巻き込まれた一人だった」



レンドルフの覚えているのは、その時期に何人もの生徒が一斉に退学になってちょっとした騒ぎになっていたことだ。基本的に貴族でなければ通うことが出来ない学園なので、降爵になっても貴族籍さえ残れば残留は出来るが、取り潰しになってしまえば退学せざるを得ない。数名の成績優秀者は、教師がそれを惜しんで後見人などになって学園に残れるようにしたと聞いたことがあった。


その騒動が印象に残っていたのは、当時淑女科に在籍していた取り潰しになった家の令嬢に、レンドルフがしつこくつきまとわれていたからだった。五年前というと、レンドルフ自身は現在程体が出来上がっていなかったので、まだ近付いて来る女性もいた頃だった。それでも学園内では科が違えば授業も違っているので接点は殆どなかったし、騎士科の男子生徒達と一緒にいれば遠巻きにされていたので領地にいた頃のような実害はなかった。が、件の令嬢だけはそれをものともせずしつこく接触しようと色々と策を弄して来たのだ。同じ騎士科の同級生にもその時は随分と迷惑をかけた。だが彼女はその騒動で実家が取り潰しになって、退学になっていた。その後の詳細は知らないし、知ろうとも思わなかった。自身のせいではないことで退学になったのは気の毒だとはレンドルフは思ったものの、少々ホッとしていたのも事実であった。



「どうも俺がこっそり人に頼んでミキタ達に援助していたところから、回り回って三男坊が特殊な血統だったと知られたのが原因らしくてな。その関係で、ミキタの前に出ざるを得なくなったんだが、あんときは死ぬかと思うくらい締められたな」

「それでミスキ達がああいう態度を…」

「まあ、ずっと放ったらかしにしてた挙句、大事な弟がひどい目に遭った原因作ったヤツだしな。そりゃあもう毛虫以下の扱いよ」


タイキを貴族に売ったのが駐屯部隊の者だとしたら、タイキが駐屯部隊を嫌う理由がレンドルフは少し分かったような気がした。


「ま、全部が全部俺のせいじゃないってことで、今はミキタんとこに飯食いに行くくらいなら許してくれてるしな。今回みてぇに仕事じゃ仕方ないが、普段はあいつらと顔を合わせないようにしてれば問題ねえよ」


ステノスと初めて顔を合わせたのはミキタの店であった。その時の印象では気安い距離感だったので常連かなにかだろうとレンドルフは思っていたのだが、予想以上に複雑な縁だった。


「レン個人が俺とどう付き合おうととやかく言うような狭量な奴らじゃないけどな、間違っても取り持とうとか余計なことは考えるなよ。そんなことしたら即敵認定だからな」

「そんなこと考えたこともなかったですよ」

「それでいい。ま、俺みてぇな親になる自覚も覚悟もない半可モンは、それくらいが丁度いい距離だからな」


ステノスはいつものようにヘラリと笑って、照れ隠しのように視線を逸らした。



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「お、やっと来たようだな」


ステノスがそう言って立ち上がると、森の中から10人くらいの騎士服を着た騎馬隊が出て来るところだった。


「隊長、ご無事でしたか」

「おう。ご苦労だったな。この二名の冒険者の助力でどうにか仕留めた」


隊を先頭で率いていた長身の男が馬から下りて真っ先にステノスに駆け寄って来た。レンドルフ程ではないか、この男もかなり体を鍛え上げているらしく、他の騎士よりも二回りは分厚い体つきをしていた。


「ご助力、感謝いたします」

「いえ、こちらこそステノスさんのおかげで助かりました」


彼がピシリと背を伸ばしたまま深く腰を折ったので、レンドルフも同じように礼を返した。その様子を見ていた後から続いていた騎士達は「冒険者ではなく騎士の間違いでは?」と思ったのだが、そこは敢えて口にしなかった。


「このでかさで回収出来るか?」

「問題ありません。応援要請に戻った者がかなり正確な情報を伝えております」

「そうか。じゃあ回収と周辺の調査は任せる」

「はっ!」


ステノスが指示を出すと、彼は一礼して引き連れて来た騎士達の方に戻って行った。


「さて、俺はもうしばらくここにいるが、お前さん達はどうする?戻れそうなら先に戻ってもらってもいいぞ」

「そうですね…俺のスレイプニルもいますし、問題ないようでしたら先に戻ろうと思います」



レンドルフは、少し離れたところにいるノルドに話しかけているユリをチラリと見てから、ここまで駆け付けてくれたことで彼女も疲れているかもしれないと思い、一足早く戻った方がいいだろうと判断した。この場所は森の最深部には近いが、ノルドに乗っていればある程度の魔獣との戦闘を避けながら戻ることも出来るだろう。


「だよなあ。早く二人っきりになりてぇだろうしな」

「そ、そういうつもりじゃありませんよ!」


ステノスがニヤリとすると、レンドルフは慌てて否定する。しかし、慌てる程怪しく見えてしまうので余計に逆効果であったのだが。


「あのアーマーボアのことや、その他諸々分かったら知らせる。場合によっちゃ全部話せないこともあるだろうが、そこは勘弁してくれ」

「それは分かっています」


詳細が分かっても、色々な柵などがあって言えないことがあるのは、騎士をやっていれば意外と多いのはレンドルフも承知している。特に今回の件は極秘事項が絡んでいそうな気配が如何にも漂っている。


「気を付けて帰れよ」

「ステノスさんもお気を付けて」

「俺は若いのに任せて後はサボるから大丈夫だ」


そう言いながらも、多分自分でも色々動くのだろうな、ということは何となく予想がついた。


「おお、そうだ、ユリちゃん」

「はい、何ですか?」

「レンの持ってたユリちゃん特製の傷薬、使っちまった。新しいの渡してやってくれねえか」

「分かりました。ステノスさんは…」

「俺は戻ればまだ在庫があるから大丈夫だ」

「でも今は手元にないんでしょう?はい、使いかけですけど、持っててください」

「悪いな」


ユリがポーチから出した比翼貝の傷薬をステノスに手渡した。


レンドルフがノルドの手綱を引いてユリの傍らに連れて来ると、ノルドはもう勝手知ったるように前脚を折って身を屈めてユリが乗りやすいような姿勢をとる。これまでユリのような小柄な相手を乗せたこともなかった為に教えたことはないので、そういった賢さは賞賛したいのではあるが、そこで褒められると明らかに得意気な表情になるのは飼い主としては少々気恥ずかしいものがある。いつもユリが背に乗っている状態で、その顔を彼女には見られないことは幸いではあるが。



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「それではお先に失礼します」


レンドルフがユリを前に抱えるような相乗りの形になって、少し大きめの声で残る騎士達にも挨拶をしてサッと森の中へ走り去った。



ノルドの艶やかな青い毛並みが日の光を浴びて輝き、くっきりと浮かび上がる美しい筋肉が力強く地面を蹴った。良く手入れされたたてがみもサラリと揺れてたなびく。その背には、冒険者風の出で立ちではあるが背筋が美しく伸び、鍛え上げられた騎士のような大柄の男性と、それに守られるようにちょこんと乗っている黒髪の可愛らしい女性の組み合わせは、まるで御伽噺に出て来る一場面のようであった。その場にいた騎士達も、一瞬作業の手を止めて彼らを見送ってしまった。


そして、誰かがポツリと「いいなあ…」と呟いたのだが、誰もが同じことを思っていたので、皆一斉に頷くと言う一種奇妙な光景が広がったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

評価、ブクマ、いいね等ありがとうございます。誤字報告もいつもありがたく思っております。


引き続き、気に入ったり、続きが気になると思われたら、評価、ブクマ、いいねなどいただけましたら幸いです。

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