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540.再会に思いを馳せる


長年の習慣になっている朝の鍛錬の時間に自然に目が覚めたレンドルフは、今はする事もなくてカーテンを開けて外を眺めた。先日こっそり鍛錬をしていたところを院長に見つかったので、さすがに続けることは出来ない。仕方なくここ数日は、山の稜線から朝陽が差し込むのをぼんやりと眺めるのが日課になっていた。


「あれは…!」


しかし今朝は窓の外に一羽の青い鳥が止まっているのに気付いた。一見すると生きている鳥のように見えるが、魔道具の一種である伝書鳥だ。伝書鳥は飛ばしてしまうと基本的に登録している当人にしか見えないものだが、中にはその姿を見える者もいるので、防犯のためにこうして完全な鳥の外見になるタイプのものもあるのだ。


レンドルフが手を伸ばすと、その鳥は窓の隙間からスルリと入って来る。


「昨夜の内に来ていたのか…惜しいことをしたな」


レンドルフは手の中で封筒に変わった伝書鳥をそっと撫でながら、残念そうな口調ではあったが顔は込み上げて来る笑みを押さえ切れない様子だった。


この青い伝書鳥はレンドルフがユリに預けているものだ。これはユリと出掛けた時に買い求めたもので、それからずっと同じものを使っている。普段使いの伝書鳥は一番よくある何の変哲もない白いものなので、この色を送って来るのはユリ以外にいないのだ。だから宛名を見なくても分かる。

治癒院の消灯時間は早いので、それに合わせてレンドルフも早く就寝していた為に昨夜送ってくれたものに気付かなかったのだろう。


ペーパーナイフはないので仕方なく備品として置いてあったペンを使って慎重に封を切ると、中から封筒と揃いの意匠の淡いクリーム色の紙に、白いインクで鳥が印刷された便箋を取り出した。


少しだけ右に上がる癖はあるが読みやすいユリの文字を読むだけで何だか懐かしく、レンドルフは早く退院して王都に戻りたいと思ってしまった。



ユリからの手紙は、レンドルフの体を気遣う内容から始まり、無事を喜んでいる言葉が綴られていた。後から結構な重傷だったと知らせるのは却ってユリに失礼な気がして、レンドルフは正直に怪我の状態を手紙で知らせていた。さすがに一旦軽傷まで回復したのに、体が元に戻った影響で重傷に逆戻りしたことは書けなかったが。


改めて紙に自分の状態を書くことで、レンドルフはどれだけ危うかったかを自覚して背筋がヒヤリとした。もしユリのタッセルの仕掛けがなかったら、神の国に旅立っていたかもしれない。そう思うと、いよいよユリに対しては感謝と同時に申し訳なさが込み上げて来て、つい夜中の勢いで「回復薬の代金は必ず支払う」と綴ってしまった。今更ながら、ただ自分の身を心配して気遣ってくれたことに金銭的な話をして良かったものかと後悔が走る。ただ、それでもこのまま一方的に甘えていいものかという葛藤もあった。


手紙の中では「その話は今度会った時に」とはぐらかされていた。レンドルフはそこまで読んで、困らせてしまっただろうかとヘニョリと眉を下げてしまった。

実際にユリもどう返事をしたらいいか悩んでいたのだが、結局答えは出なかったのだ。


それから王都に戻ったらタッセルの中に再び回復薬を入れるので、会う時間を取って欲しい旨と、体調次第になるけれど美味しいものを食べに行こうと続いていた。その手紙の中には、気遣う優しさだけで溢れていて、相変わらず無茶をしたレンドルフを責める言葉は欠片も見当たらなかった。


周囲に心配をかけると分かっていながらも、それよりも早く体が反射的に動いてしまうレンドルフに、まだ呆れもせずにユリは寄り添ってくれている。そう確信させてくれる手紙に、レンドルフは自然に感謝の祈りを捧げるように両手を組んでいたのだった。



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「何だか綺麗な…石?」


予定通りの日程で退院したレンドルフは、集落の中心を通っている道の補強作業に勤しんでいた。


本来ならば、レンドルフが退院するのに合わせて王都へ戻ることになっていた。だが、それと一緒に帰ることになっていたヨーカとレイロクの方の都合が一日ずれてしまい、一日空いてしまったのだ。それならば、とレンドルフは得意の土魔法を活かして、まだ補修作業の残っている現場へと赴いていた。オスカーからは無理をしないようにと厳命されたが、レンドルフからすると久しぶりに体を動かせるので少々浮かれた気分になっていたのだ。


この集落は、ワイルドボアの群れが通過した場所だった。幸いにも通過しただけで済んだので、深刻な被害は出なかったそうだが、それでも一部の建物と道は踏み荒らされていた。

レンドルフは壊れた納屋の残骸を運び出し、抉れてしまった地面の表面を魔法で整えた。



その時に、地面の中から細長いキラキラしたものが幾つも出て来たのだ。拾い上げると、半透明の淡い緑色とも黄色とも取れる石のようだった。一見ガラスのようで、同じような形をしているので、レンドルフはシャンデリアのようなガラス製の装飾品が壊れたものだろうかと首を傾げた。それにしてはその石のようなものには金具を繋いだ跡はなく、赤子の指程度の長さで両端が尖った形をしている。


「騎士様、どうかなされましたか?」

「あ、いえ、こんなものが落ちていたので。綺麗な石のようにもガラス細工のようにも見えるのですが」


レンドルフが幾つか拾い上げて掌の乗せて眺めていると、この集落で暮らしている神官の老女に声を掛けられた。レンドルフがこの辺りの修復を任された際に、怪我が治ったばかりなので念の為気に掛けて欲しいとオスカーが頼んでいたので、動きの止まったレンドルフに声を掛けてくれたようだ。


「おお、こりゃ『ハルバードリリー』の種ですな」

「種…では植物なのですか」

「おや、南の出身の騎士様でしたか」

「いえ、北の辺境です」

「おお、そちらでしたか。それではあまり馴染みがございませんでしょうね」


彼女曰く、この植物の種は王都よりも北の地に自生するもので、南の土地では育たないそうだ。ただ、もっと北の豪雪地帯の気候にも合わないらしく、レンドルフの出身である辺境領付近になるとやはり生えないらしい。


「真っ直ぐな背の高い茎で、純白の美しく大振りの百合の花が咲く種類ですよ。その姿が斧槍(ハルバード)に似ていると言われているので『ハルバードリリー』と。花の香りが魔獣が忌避するらしくて、昔はどこの集落でも植えてましたよ」


ただ、今は季節に関係なく使えるもっと効能のある魔獣避けの魔道具が開発されたので、特に手入れをして植えている場所は殆どないと彼女は付け加えた。


「これの根を煎じると痛み止めにもなるものでしたから、あたしの小さい頃はよく神官長様の手伝いで掘り起こしてましたね」

「そうなのですか。…その、この種を少しいただいても大丈夫でしょうか」

「そりゃ構いませんよ。この辺では勝手にいくらでも生えているものですから」

「ありがとうございます」


レンドルフは礼を言って、懐からハンカチを取り出して手に乗せていた種を丁寧に挟み込んだ。


(王都に戻ったら、ユリさんに必要か聞いてみよう。それに魔獣避けや痛み止めに出来るなら、クロヴァス領で改良して育てられないか兄上にも聞いてみる価値はある)


ユリから話を聞くようになって、レンドルフの植物知識はかなり増えたものの、それでも知らないことの方が多い。レンドルフが珍しいと思っていても、ユリからすればごく当たり前の薬草かもしれない。それでもレンドルフはユリの何かの役に立てるかもしれないと思って、その種を持ち帰ることにしたのだった。



後日、種を渡されたユリは、ハルバードリリー自体は別邸の薬草園の一角で育ててはいたものの、種が取れるものは大変珍しかった為にそれこそ小躍りして喜んでいた。その何とも奇妙で愛らしい動きに、レンドルフは顔がだらしなく緩んでしまいそうになり、必死に口の内側を噛んで堪える羽目になるとは、この時は全く予想もしていなかった。



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