539.その後の知らせ
ダンカンがアイヴィー達を引き連れて王都に戻った翌日、インディゴ領での任務をほぼ終了したオスカー達がレンドルフの見舞いにやって来た。
「相変わらず怪我が多いよな〜。的がでかいからかもしれないが、あんまり心配かけさせんなよ」
「すみません…ご心配おかけしました」
部屋に入って来るなり、オルトがレンドルフの頭をクシャリと撫でた。怪我をした時は体が小さくなっていたのではあるが、そこは秘匿事項なので言わないでおく。それにいくら任務だったとは言え、やはり完全女装させられていたのは秘密にしたいので、命じられなくても黙っていただろう。
「色々大変だったとはボルドー団長から聞いている。レンドルフのおかげで死者を出さずに済んだともな。ご苦労だったな」
「ありがとうございます」
オスカーが心から労るような声で、レンドルフの肩に手を添えてくれた。
レンドルフはダンカンからオスカー達の話を多少は聞いていた。まだ正式な騎士ではなかったが、ヨーカとレイロクは一時的にオスカーの指揮下に入っていた。その二人が想定外とは言えども、オスカーの指示で騎士生命を危ぶまれる状態に陥ったのだ。隊長のオスカーの責任問題になるだろうということだった。レンドルフも短期間だったとは言え副団長まで務めたことがあるので、どんなに想定外のことが起きても、責任を負うのが上官の役割なのはよく分かっている。
最初からダンジョンへは同行しないことになっていたので仕方なかったとは言え、それでもレンドルフは、もしあの場に自分が居合わせていたら魔法で壁を壊して魔道具を遠目で確認出来た筈だと思わずにいられなかった。ただそうなると、プロメリア捕縛に向かったダンカン達の方がどうなっていたかは分からない。どちらにも介入することは不可能なことだと理解はしているが、レンドルフはどこかジレンマを感じずにはいられなかった。
「レンドルフ先輩、お見舞いの品はここに置いておきますね!制限はないって聞いてたんで、食べ物にしました」
「ありがとう。後でいただくよ」
後ろでバスケットを抱えていたショーキが、ベッドの脇に設置してあるサイドボードの上にそれを置いた。上に布が掛けられていて中は見えないが、レンドルフの好みを知っているので色々と甘い菓子を用意してくれたのだろう。少しだけ気持ちが落ちそうになったのだが、ショーキの明るさが今のレンドルフにはありがたかった。
「主治医から、あと五日程度は入院が必要と伺ったが、体調は大丈夫そうか?」
「すぐにでも動ける…と思うのですが、専門家の意見には従うつもりです」
「レンドルフのことだから、こっそり目を盗んで鍛錬をしているかと思ったんだけどな。ちゃんとしてて偉いぞ」
再び少々手荒くオルトに頭を撫でられる。実のところはオルトの予想通りにこっそり鍛錬をして院長にこっぴどく怒られているので、レンドルフとしては苦笑するしかない。
「皆はいつ王都に戻るのですか?」
「レンドルフの退院に合わせて戻ることになっている」
「え?」
「皆一緒に戻るようにとのボルドー団長からのお達しだ。団長直々の手配で、負傷者搬送用の揺れの少ない馬車をこちらに寄越してくれるそうだ」
「それは…大丈夫ですか?」
「もうワシニカフ副団長経由でノマリス団長には許可を得ている。それにヨーカくんとレイロクくんもまとめて連れて帰れば合理的だろうと」
ダンカンの人となりを知っている為に苦笑混じりで話すオスカーに、いかにもダンカンの言いそうなことだとレンドルフは思わず納得して、釣られて同じように苦笑してしまった。
それから立ち話も何だということで、一つしかない椅子にオスカーが座り、オルトとショーキはレンドルフの為に用意してもらった治癒院で一番大きなベッドの端に腰掛けた。レンドルフが寝ていれば狭いが、上半身を起こしている今は足元が広く空いている。何だかその状況が、学生時代に騎士科の生徒達と寮生活を送っていた時のことを思い出させた。よく同級生の部屋に集まっては、課題を教え合ったり、馬鹿な話で盛り上がったりしたものだった。
それから彼らに、レンドルフがいない間に起こったことの話をしてもらった。
ダンジョンに設置されていた転移の魔道具は、カトリナ家本邸の庭に繋がっていた。ダンジョン内に向かう方の魔道具は、本邸からほど近い、闇ギルドが所有していた建物の中に座標が設定されていたらしい。どうやらカトリナ伯爵と闇ギルドで手を組んで、隣領のダンジョンから無許可で素材などを持ち出していたのだ。しかも素材だけならまだしも、正規の手段でダンジョンアタックに来た冒険者パーティを魔獣に紛れて襲って、採取した素材を横取りしたり、武器や防具なども強奪したりとやりたい放題にしていたらしい。
その中でも最悪だったのが、女性だけのパーティを狙って捕らえ、違法な娼館などに売り飛ばしていたということだった。ダンジョンの出入りは管理されているので、その際は闇ギルドの者が変装の魔道具で外に出ることで誤摩化していたのだ。これに関してはそこまで多い人数ではないらしいが、あってはならないこととして厳しく追及されるそうだ。
「カトリナ家は、現当主の交替と降爵は免れないだろう。領地も何割かは没収になって、被害者でもあるインディゴ家に譲渡されるところだが…今は王領となっている為、処遇が決まるまでしばらく掛かるだろうな」
現当主は妻はいたが子は無かった。跡を継ぐとなると、血統だけでいえば次男か三男のヨーカになる可能性は高いが、次男は異国の貴族に婿入りしていてすぐに動くことは難しいということだった。
「ヨーカはどうなりますかね…」
「どうだろうな。騎士を続けること自体が難しい状況ではあるし、なるべく当人の意志を尊重するとは思うが」
当人は関わっていなかったとは言え、実家が問題を起こせば騎士団内の処遇もそれなりに影響はある。性格的に選ばれる可能性は低いが、このことでヨーカが近衛騎士団に入団することはほぼ絶望的になった。カトリナ家の罪状次第では、王城内の警護を主としている第一騎士団も難しくなるだろう。
「ま、あいつは短慮だが根性はあるし、どうにかなるだろ」
「オルトさん、褒めてるのか貶してるのか分かりませんよ」
一瞬深刻になりかかった空気を、オルトが吹き飛ばすように断言した。それをすかさずショーキがツッコミを入れる。
「一応褒めてるが?」
「一応なんですね…」
ニヤリと笑ったオルトは、顔の傷のせいもあるがダンカンとは違った方向でこれまた人相が悪い。だが、慣れて来ると彼の笑顔には何ら裏がないので、そこがダンカンとは大きく異なるところだ。レンドルフはそんなオルトの笑顔を見るとホッと気が緩むのを感じていた。オルトだけでなく、オスカーやショーキもいる空間は、レンドルフには心地好いものだった。
「後発で来た他の隊のヤツらも、他の地域でダンジョンから溢れた魔獣は駆除したし、あとは駐屯部隊と冒険者に任せても維持出来るところまで落ち着いたぜ」
「僕らはレンドルフ先輩の退院まで、壊れた建物とか街道とかの修復の手伝いをしてますね」
「俺が手伝えれば良かったな」
第四騎士団は、主な任務は魔獣討伐であるが、地方で災害が発生した時などに救援物資の運搬や復興の手伝いの為に遠征することもある。特に人里近くに魔獣が出現した時は、討伐と復興の両方を務めることになる為、修復作業なども慣れているのだ。
レンドルフは主属性が土属性なので、修復作業などはお手の物だ。第四騎士団で作業をした経験は少ないが、元々故郷では数少ない土属性だったので、街道の割れたレンガの修復などはよく頼まれていた。
「無理はするな」
「無理すんな」
「無理しないでください」
レンドルフがポツリと呟いた次の瞬間、全員が一斉にそう返して来た。誰も示し合わせた訳でもないのに妙に揃っていて、一瞬の間の後、全員が思わず吹き出していたのだった。
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「来た!」
ユリは日が暮れても自室の窓のカーテンを開けていたのだが、暗い中でも目立つ薄紅色の影が横切った瞬間、窓に駆け寄るようにして手を伸ばした。
それと同時に、一見鳥に見える姿が窓の隙間からスルリと入り込んで来る。これはユリ愛用の伝書鳥だ。両手で受けるように掌を上に向けると、手の止まる直前でフワリと封筒に姿を変えた。
「レンさん…良かった…良かった…!」
宛名を見なくても、丁寧に書かれた文字だけで差出人が分かる。ユリは封筒が皺にならないように気を付けながらも、しっかりと胸に抱きしめていた。
ユリが急に薬草採取に行き始めてから五日が経っていた。
鬼気迫る勢いであちこちに採取に出掛け、別邸の調薬室や自室にいても落ち着かない様子で窓の外を眺めていた。
実はユリが改良してレンドルフに渡した仕掛け付きのタッセルには、こっそりと中の回復薬が出て来たらユリの元に通知が来るようにしていたのだ。だからユリにはレンドルフの危機が分かった。その時は急いで大公家の力を使って、レンドルフの安否を調べさせていた。詳しいことはともかく、至急生存だけでも報せるようにさせて、半日程度でレンドルフの生存は確認された。その瞬間は思わずその場にへたり込んで、専属メイドのミリーに心配をかけてしまった。
その後は、もし一本だけの回復薬で効果が足りなければ追加が必要だろうと必死に素材集めをしていたのだ。ひたすら動き回ることで気を紛らわせる意味もあった。そうでなければ不安で、無理だと分かっていても駆け付けたくなる衝動を抑えられなかったかもしれない。
タッセルの中の回復薬が出て来る条件は、レンドルフが重傷を負った時にしていた。当初はそれこそ瀕死に近い状態に設定していたが、そうなった場合意識を失っている可能性も高く、周囲に誰もいなければ回復薬を役立てることが出来ない。そこで条件をかなり緩めておいたが、それでも回復薬が必要になる状況なのは変わりがない。
最初にタッセルを渡した時には、この仕掛けはレンドルフには秘密にしていた。彼の性格ならば、自分が瀕死の状態であろうと、側に似たような人間がいればそちらに譲ってしまうのではないかと思ったからだ。けれど全く知らなければそれを有効活用出来ないと、実際タッセルの仕掛けが発動する場に居合わせたレンザから忠告を受けて、ユリは仕掛けのことを使用通知以外はレンドルフに告げていたのだ。
少し気持ちを落ち着けるようにユリは封筒を抱きしめたままでいたが、大きく息を吐いて机の上のペーパーナイフを手にして丁寧に封を切った。
いつもならレンドルフが愛用している香水と言う名の消臭剤の香りがほのかに漂って来るのだが、今回はそれがしなかった。少しだけ訝しく思いながら便箋を開いて中を読むと、どうやらレンドルフは入院中の治癒院から手紙を送ってくれたらしい。それならば当然だと納得しつつ、聖女の再生魔法並みに効果の高い特級回復薬でも入院するくらいに怪我が重かったのかと、ユリは胸の奥がキュッと竦むような感覚になった。
内容は、しばらく手紙を送れなかったことへの謝罪と、怪我をしたがタッセルのおかげで軽傷で済んだことなどが丁寧な文字で綴られていた。そしてユリに対する心からの感謝も、何度も繰り返し書かれていた。
「……良かった…けど、どうしよう」
手紙には、高価な特級回復薬を短い期間に二本も使ってしまったことへの詫びと、必ず薬代は返すとも書かれていたのだ。特級回復薬は、聖女、聖人のみが行使出来る再生魔法並みの効力を持つ回復薬だが、金額も魔法と同等並みに高額なものだ。ユリがレンドルフに渡していたものは、ユリ自身が素材を集めて調薬したものなので、趣味の一環として考えて人件費を考慮しなければ通常の半額近くにはなる。しかしそれでもかなり値の張るものには違いない。
ユリにしてみれば、半ば強制的に押し付けたようなものなので金銭の授受をするつもりは一切なかった。けれど真面目なレンドルフからすると、立て続けに使用してしまったことに罪悪感を覚えているのだろう。このまま何もいらないと固辞してしまえば、もうタッセルに回復薬を入れなくてもいいと言い出しかねない。
「何か、他のことで納得してもらう方法はないかな…」
レンドルフは覚えていないが、ユリと出会ってからレンドルフが特級回復薬を使用するのはこれで三度目だ。
普通は、高価な薬であるので使用する人間は限られており、そういった立場にある者は騎士のような荒事に関わることはほぼない。大抵護衛に守られて、危険には近付かないように心掛ける地位の者ばかりだ。だからこそ使用頻度は数年に一度あるかないか、という程度なのだ。
だからこそ、レンドルフが申し訳なく思う気持ちも分からないでもない。
ユリとしては、レンドルフには回復薬以上の価値も恩もある。けれどレンドルフの性格上、やはり対価もなしに受け取るのは心苦しいものがあるのだろう。それが分かるだけに、ユリはどうしたらレンドルフに納得してもらえるのか、今度は別の悩ましいことになってしまったのだった。