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538.コールイとの面会


「…私と妻は、10歳以上の年の差があった」


コールイはまるで雨垂れがポツリと零れるように、低く呟いた。


儚くふんわりとした砂糖菓子のような可愛らしい令嬢で、性格も優しくおっとりとして見ているだけで癒されるような存在だった、とコールイは続けた。しかしその外見が、プロメリアの目に留まってしまったらしい。

それを聞きながら、レンドルフも客観的に考えてみれば自分の華奢だった時代もそんな風に言われてもおかしくない外見だったと気付いてしまった。だからこそプロメリアが接触して来る為の囮になり得たのだと納得してしまって、複雑な気持ちになっていた。



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亡き公爵夫人は、最初はトーカ侯爵家嫡男の婚約者だった。

けれど彼女はプロメリアの新たな器になる為に、最初から用意された生贄だった。プロメリアの目的など全く知らず、美しくなるトーカ家秘伝の薬湯だと騙されて一族の血を摂取させられ続けていた。そしていよいよ機は熟したとプロメリアが禁術を使って魂を入れ替える直前、当時のホシノ侯爵令息の密告によって悼ましい計画が王家の知るところとなった。


そのトーカ一族を捕縛し、寸でのところでその令嬢を救出したのはコールイであった。しかしそのままでは、計画を知らされていなかった被害者である彼女も連座として処刑対象になるところだった。そこでコールイは密告よりも前に強引に他家の婚約に割り込んで彼女を家の力で奪い取ったという態で、王家に日付を改竄させた婚約解消と、同日に自分との婚約届けを書かせたのだった。


「妻とは、一度だけまだ彼女が幼かった頃に言葉を交わしたことがあった。本当に他愛のない挨拶程度であったが、知っている少女が罪もないのに処刑されるのを見過ごせなかった」


プロメリアに目を付けられなければ、身分も年齢も見合った令息と婚姻し、穏やかな家庭を築いていたかもしれない。けれど巻き込まれた彼女は、否応なく面識のない年の離れた、派閥も全く違う武門の上位の家に嫁ぐことになった。彼女が野心のある性格であったならば、それを幸運と思ったかもしれないが、彼女は多くを望まず穏やかな日々を望んでいた。しかし実家よりも上位のトーカ家からの婚約は断れなかったように、それを救う為に更に上の身分のコールイの妻になる道しか選択肢が残されていなかったのだ。


「けれど、妻はトーカ家の…あの魔女プロメリアの呪縛から逃れられなかった。少しずつ妻の様子がおかしくなり……遂には娘を道連れに自ら命を絶った」


静かに聞こえるコールイの声だが、その底に昏い激情が澱んでいるのが伝わって来て、レンドルフはその内容と共にヒュッと息を呑んだ。


まだレンドルフがクロヴァス領にいた頃、先に王都の学園に入学していた甥のディーンからシオシャ公爵家の夫人と令嬢が流行病で命を落としたという報告が届いた。それを受けて当主でもある長兄ダイスが、お悔やみの手紙と弔慰金を手配したのを覚えている。レンドルフからすると遠い場所の出来事で全く実感はなかったが、王都で病が流行るのではないかと警戒して、薬草の在庫を増やす為に採取を手伝った記憶があった。

当時はそれ以上病は広がらなかったということで落ち着いたが、それは醜聞を隠す為の方便だったと当事者から知らされたのだ。全くの部外者が聞いていい話ではないと、レンドルフは背中に冷や汗が滲むのを感じた。



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「私の立場から、プロメリアの禁術について知るのは容易いことだった。そこで私は罠を張った。彼奴が求めて止まない、自身の血を引く若く美しい令嬢を、な」

「そんなことが…」

「これでも他国には伝手があるからな。それこそ、その気になれば王家よりも。オベリス王国では掴み切れなかった、国を出た血縁の娘を突き止めた」


平民だったトーカの血を引く女性は、トーカの女の特徴が出ていなかったことから見つかることはなく、当人も罪人の家門と血縁があるとも思っていなかった。だからこそ見つからなかったのかもしれない。そして彼女はとある男爵家にメイドとして務めていたが、そこで男爵の手が付いた。そこから逃げるように異国の商団に紛れ込んだ彼女は、国を出たところで娘を生んだのだった。その後身寄りもなく神殿で暮らしていた娘を、コールイが父親である男爵にその情報が耳に入るように仕向けた。男爵は大変美しく育った娘の使い道は多いとして、オベリス王国の貴族の一員として帰国させたのだった。

コールイは、プロメリアが保管している一族の血液が大分少なくなっていることと、そろそろ自分の血族を増やす必要があると焦り出していると予測した。だからこそ、血族で若く美しい娘はプロメリアを呼び寄せる絶好の餌だと見なしたのだ。


しかしプロメリアを釣り上げる前に、その娘は不測の事態により餌としての価値を失ってしまった。コールイは、その娘の血や、あるいは血族を増やす要員として身柄をプロメリアに奪われないように密かに手を回した。その際に、犯罪者として終身刑を受けた女の存在を知ったのだった。


「その女の名はキダチ・エンジュ。貴殿と懇意にしているミダース商会の前商会長殿とかつて深い関係だった女だ」


ミダース商会の前商会長を務めていたのは、その女、キダチ・エンジュと元恋人だったテンマのことだ。レンドルフは「確か最初にキダチと名乗っていたな」とカトリナ伯爵の紹介された時のことを思い出したが、名前を知ったのは今が初めてだった。それに中身が入れ替わっていたので、プロメリアの印象が強いのだ。


「私は、その男爵令嬢をキダチと入れ替えた」

「なっ…何故です!?そのご令嬢は何の罪もないでしょう。むしろ被害者ではありませんか!」

「当人の希望だった」


その娘は、誰もが振り返るような美しい見目とは正反対の性格で、あまりにも周囲が構って来るのに嫌気が差して神殿で神官見習いとして務めていたのだ。隠れるようにして祈りを捧げる毎日で充足していた彼女を、利用価値があると表舞台に引き出したのはコールイだった。そしてその後彼女が価値を失ってから、コールイはせめて希望を叶えようと救いの手を差し伸べた。そもそも自分の都合で利用したのだから、それで償える筈もないのは分かっていた。


「かの男爵令嬢は、誰の目もないところで静かに暮らしたい、と望んでおった。最低限の生活さえ保証されていれば、人と関わらずにいたい、と」

「それは…」


キダチに下された終身刑は、珍しい属性魔法や強い魔力を持っている者に、生涯魔石に魔力の充填を行う刑罰だ。決して外に出られないように特殊な魔力で覆われた塔の中に幽閉して、食事や生活必需品のやりとりも人と顔を合わせることはないように作られている。そうやって孤独の中、終わることのない魔石の充填作業が行われるのだ。


「よくそんなことが出来ましたね…」

「幽閉用の塔は、半分以上闇魔法で構築されている。人一人を入れ替える程度の穴は開けられる」


コールイの属性魔法は闇だ。しかもこの国で随一と言っても過言ではない程の魔力量と強さだったのだ。本来なら絶対にあってはならないことではあるが、しかし貴族の、それも中枢に深く食い込んでいる者が必ずしも清廉潔白であることが必須ではないことをレンドルフも知っている。


「そう渋い顔をするな。そんな顔ではあの『黒髪の』お嬢さんに嫌われるぞ」

「彼女には向けませんし、見られたとしても理由もなく嫌う女性ではありません」

「……若いな」


即答したレンドルフにコールイは一瞬だけ鼻白んだ様子になったが、眩しげに目を細めて少しだけ笑うような表情を浮かべた。



キダチも薄いながらもトーカの血を受け継ぐ者として、コールイは男爵令嬢とキダチを入れ替え、言葉巧みにキダチをほとぼりが冷めるまでと言い含めて廃鉱へと逃がした。キダチは不満そうだったが、そこで得意の緑魔法で違法薬物の素材の薬草をしばらく育ててくれれば、相当の報酬を支払うと約束したのでどうにか従ってくれた。そしてその薬草を闇ギルドに流し、同時に噂も流した。


どうやらあのトーカ家の生き残りが、違法な薬草を売り捌いている、と。


「そしてその餌にあの魔女が食らい付いた。無論、そう仕向けるには、長い年月と何重もの罠を張ってようやく細い一本の糸が繋がったようなものだ。だからこそ、逃すわけにはいかなかった。私には時間がなかったからな」


そう言ってコールイは、無意識なのか胃の辺りをさすった。コールイの病はレンドルフが無理に飲ませた回復薬で少しばかり上向いたそうだが、それは余命を延ばしたに過ぎないと聞いていた。


「そうしてやっとのことであの忌まわしい魔女を仕留める寸前だったのだがな。長年の苦労を水の泡にしてくれたものだ」

「……もう、プロメリアは魂も魔力も封じられました」

「私が引導を渡さねば意味がないのだ。その為に、どれほどの犠牲を払って来たか」

「それだけ、ご家族を大切にしておられたのですね…」


一人の魔女の為にどれだけの人には言えないことを重ねて来たのかは、レンドルフには想像も付かなかった。それを理解するのは難しいと思ったが、ただ家族を想う気持ちだけは分かった。レンドルフにはまだ妻子はいないが、故郷にいる家族が誰かの手によって人生を狂わされたと知れば、何かせずにはいられないだろう。

しかしコールイはそんなレンドルフの反応が意外だったのか、彼にしては珍しく目を丸くしてポカンとした顔を見せた。


「まさか共感されるとはな」

「全てではありません。一部、分かるだけです」

「それでも、だ。てっきり責められるばかりと思っていたからな。あれだけ痛い目に遭ったのだから、恨み言でも構わんぞ」

「恨み言ではありませんが」


レンドルフは一旦言葉を切って、コールイをひたと見つめた。一体何を言われるのか予想も付かないコールイは、怪訝そうな顔をしてレンドルフを見つめ返す。


「貴方の攻撃を防いだのも、回復薬を持たせてくれたのも、全てユリさんがしてくれたことです」

「む…」

「俺にとって彼女は、幸運の女神なんです」


以前コールイがユリのことを「悪縁ばかりを寄せて男を破滅させる魔性の女」と言ったことがあった。その件に付いては既に終わったことのようになってはいるが、レンドルフの中ではまだ燻っているものがあったのだ。コールイも自分が言ったことを覚えていたのか、レンドルフの言葉に少し気まずそうな顔になって目線を逸らせる。


「それにあの回復薬も、彼女が作ったものです。まだ見習いとは言え、良い腕でしょう?」


まるで自分の手柄のように得意気に笑うレンドルフに、コールイは降参とばかりに肩を竦めて頷いてみせた。しかしその表情は、自覚があるのかないのかずっと柔らかいものになっていた。



「…先日も言ったと思うが、貴殿のような息子がいて、前辺境伯殿は果報者だな」

「ありがとうございます。ですが閣下にも白の聖人と名高いご令孫殿がおられるではありませんか」


コールイの孫にあたるハリは聖人認定されたので、シオシャ公爵家の後継からは外れていることは知っている。レンドルフからすると、たとえ後継になれなくても立派な才能と地位を認められたのだから、ただの平騎士の自分を羨まなくても自身の孫を誇ればいいのに、と素直な気持ちで言った。


表向きはコールイの孫となっているハリが、シオシャ家の血を一切引いていないことをレンドルフは知らない。だからこそ何の裏もない言葉だったのはコールイも察したのだろう。ただ何も言わず、困ったように微笑んだだけに留めたのだった。



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不意に、どこからともなくチリン、と小さな鈴のような音が聞こえた。


「どうやら時間のようだな」

「そのようですね。本日はお会いいただきありがとうございます」

「こちらこそ礼を言う。……それから、受けたくなくばそれで構わないが、あのお嬢さんに謝罪を」

「伝えます。受けてくれるかどうかは保証しませんが」

「それで十分」


面会時間の終わりが近付き、レンドルフはソファから立ち上がった。そして一礼して扉に手をかけると、背後からコールイが「あと一つ」と声を掛けて来たので振り返る。


「あのボルドー家の若造にも言っておいてくれ。多くの餌の中で一番旨い餌を選んだのは見事だった。もっと()()()()が欲しければ、進んで差し出そう、と」

「はい、ボルドー団長にはそのようにお伝えします」


レンドルフにはコールイの伝言の裏を計りかねたのだが、きっとダンカンに言えば分かるのだろうと素直に頭を下げたのだった。



実のところコールイは、プロメリアを討つ為に邪魔が入らないように幾つもの偽の情報を流していた。プロメリアを追っているのは主に第三騎士団で、団長が王族なだけに王家との関わりも深い。しかしコールイとて傍系王族の家系であるので、どうすれば王家を翻弄出来るかも知っている。そうやって幾重にも策を打っていたのだが、その中でダンカンは見事に惑わされず本物に辿り着いたのだ。


そのことを賞賛する気持ちと、シオシャ家の紋章が多足の昆虫を模していることを含めた伝言だった。ダンカンのボルドー家の紋章はモズを冠しているのだ。コールイはシオシャ家を餌に見立てて、ボルドー家の下に恭順する意を表わしたのだ。直接の王位継承権はなくとも、傍系王族の家門が連なったとなれば、上位貴族家の序列も、そしてダンカンの王位継承順も大きく変わる。特にコールイは未だに正式な後継を決めていないので、そのままボルドー家の誰かを後継に据えることも可能になるのだ。



貴族の礼儀作法などは学んでいても、中枢で政治に関わるような場所で育っていなかったレンドルフは、コールイがダンカンに向けて何か含ませた物言いをしたのは分かっても、その意図まではほぼ理解出来ていなかった。

その為伝書鳥の如くダンカンにコールイの言葉をそのまま伝えたのだが、それを受けたダンカンは過去最深度の眉間の皺を作りながら、「何と言う嫌がらせか…」とぼやいていたのだった。



お読みいただきありがとうございます!


キダチを犯罪者を収監する塔から連れ出して、別人と入れ替えたエピソードは「354.逃げ出した女」にあります。


ダンカンは一応王位継承権は有している王族籍の人間ですが、それは単に立場上団長職に必要なので持っているだけで、団長を辞したら即臣籍降下する準備を既にしています。なのでコールイからの申し出は、嬉しくない提案なのです。そしてコールイも知っていてわざと言っています。


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