表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/624

52.【過去編ラスト】未来に続く道

過去編ラストです。



翌日、クリューはユリと連れ立って、エイスの街の大通りにある大きめな雑貨店に来ていた。



念の為ユリに何か買いたい物があるか聞いてみたが特にないそうなので、色々な品揃えのある店なので何か気になったものを一つは買ってみようということになった。ユリは元々王都の屋敷で暮らしていた時もあまり屋敷からは出なかったらしく、こうして自ら買い物に来ること自体が初めてだと言っていた。


「わたくし、付与付きの装身具を見たいのですけれど…」

「ん、ユリちゃん。まずは小さなアクセサリーとか雑貨にしておこうか」


確かに付与付きの装身具も取り扱ってはいるが、そういったものは大抵高価である。買えない訳ではないが、いきなりそんな大きな買い物をするのでは平民への実施研修としてはちょっと違う気がする。


「綺麗ですわね」


ふと、日の光が差し込む大きな窓の一角に、ガラス細工が展示されていた。片手に乗るサイズの一輪挿しや、中に複雑な紋様の色ガラスを閉じ込めた文鎮などが飾られていて、日の光に透けて床に透明な影を落としている。


「せんせ…クリューさん、あれはガラスペンでしょうか?」

「そうみたいね。実用品というよりは飾って楽しむものみたいだけど」


ユリが示した先にあったのは、まるで羽ペンのような形をしているが、全てがガラスで作られている形をしていた。鳥の羽根を模したように幾つもの筋が掘られていて、先端の部分に集約するように筋には色が入っているので、遠目にはグラデーションのように見える。別の形をしたガラスペンは、蜻蛉の翅を模したデザインで、こちらは透明度が高く殆ど色はついていなかった。


「あれ、気に入った?」

「ペンは、もう持っているのですけれど…」

「いいのよ。気に入ったものなら。平民はあまり贅沢出来ない人は多いけど、家にあって目に入ったら嬉しいな、ってものを買うくらいならよくあることよ」

「目に入ったら嬉しい…」


ユリは少し考え込んでいるようだったが、その視線は一つのガラスペンから動こうとしなかった。彼女の特徴的な金色の虹彩も一点から動いていない。



この金色の虹彩は、時折アクスレティ家の血筋に出る色なのだそうだ。それこそ数代に一人いるかいないか程度なので、分家ですら末端になると知られていないところもあるらしい。これは変装の魔道具でも変えられないのだが、余程明るいところに出なければあまり目立つ訳ではないし、大公家の令嬢相手に不躾に瞳を覗き込むような輩もあまりいなかったそうなので、知っている人も少ないそうだ。



「ピンク色。好きなのかしら」

「え?…あの、そう、なのでしょうか…」

「さっきから割とピンク色のもの見てるなーって思ったから」

「…そう、かもしれませんわ」


あまり自覚がなかったのか、ユリは何度か目を瞬かせて頬に軽く手を当てた。少しだけ小首を傾げる仕草が小動物的な愛らしさがあり、クリューは撫で回したくなるのをグッと堪えた。


「こちら、購入することにしますわ」

「決まりね。じゃあ教えた通りに店員さんを呼んで、包んでもらって支払う。大丈夫?」

「はい。きちんと昨夜復習しておきましたわ」

「う、うん。頑張って」


ユリは少しだけ胸を張って、少々緊張した面持ちで商品に近付いて行った。それをそっと見守りながら、クリューは「そこまで買い物って大変なものだったっけ?」と自問自答していたのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



無事に気に入ったらしい淡いピンク色のガラスペンを購入し、手提げ袋を大事そうに胸に抱えたユリと共に雑貨店を後にした。


当人はちゃんと買い物が出来たとホクホクしていたが、途中で対応していた店員が連れのクリューに助けを求めるような視線をしきりに送って来ていた。質素な服を着ているものの、どう見ても貴族のお忍びにしか見えないので、明らかに対応に苦慮している様子だった。だがユリは特に無茶なことをしている訳ではなく、本人はあくまでも平民を装って買い物をしているだけなので、クリューはそっと心の中で応援を飛ばすだけに留まっていたのだった。むしろユリよりも店員の方が訓練だったのかもしれない。


「まだ時間もあるし…」

「きゃあっ!」

「ユリちゃん!?」


まだ十分帰宅予定までに時間があったので、女性に人気のあるカフェでも案内しようかと言いかけた時、突然すれ違い様にユリが手を引かれて悲鳴を上げた。

万一に備えて、近くをすれ違う人がいた場合はクリューがさりげなく間に入るか十分な距離を取るように気を付けていたのだが、近付いて来た男性の間に入った瞬間、最初から狙っていたのか反対側からもう一人の男がユリの手を引っ張ったのだ。


「何するの!?」


クリューはブレスレット型の魔石をはめ込んだ魔道具に魔力をチャージして、素早く男達と対峙した。基本的に冒険者は依頼以外で剣を抜いたり魔法を行使することは禁じられている。しかし今は護衛中のようなものだ。ユリに当てないように慎重に狙いを定めた。


「お嬢様、ご無事ですか?」

「危ないところでしたね」


ユリの手を引いた男は、彼女の腕を握ったまま背後に隠すようにしていた。そしてもう一人の男は鞘からは抜いていないものの剣の柄に手をかけて、クリューに向かっていつでも攻撃が出来るような姿勢になっている。


「はあ?危ないのはアンタ達でしょうよ」

「先生!」

「お嬢様、いけません。あの女は危険です」

「我々がお守りいたしますので、ご安心ください」


よく見ると、男達は騎士服を着ていた。端から見ると、騎士が貴族のご令嬢を守っている図に見えなくもない。が、クリューが何故唐突に知りもしない騎士に危険物扱いをされなければならないのか意味が分からなかった。


「さっさとその子を離しなさいよ!」

「黙れ!化物の手先のくせに!」

「なっ…!」


突然の罵りにクリューは思わず絶句した。騎士達が「化物」と揶揄するのは、タイキのことだ。彼らはタイキとクリューが一緒にいるところを見たことがあるのだろう。

駐屯部隊の騎士達の一部にはタイキに一方的に倒された者もいて、その恨みからか目の敵にしているとは聞いていた。目の前にいる彼らがそうなのかは分からないが、少なくともタイキを化物呼ばわりする人間はクリューに取っては間違いなく敵だ。


少し長めの袖に隠すようにして魔石に自分の雷魔法を溜め込む。クリューはあまり身体強化魔法は得意ではないので、二人まとめて行動不能にしなければ却って自分が不利になる。しかし、同時に二人に攻撃を仕掛けるにはユリが至近距離にいすぎる。どうにかいい角度を狙えないか様子を伺うが、直接ユリに触れている方の騎士に攻撃を仕掛けるのは得策ではない。ユリに影響が出ないように弱く調整すると、効果が出ないどころか却って逆上させかねない。


「先生は違います!」

「お嬢様。あれは化物の手先の毒婦です。騙されてはいけません」

「そうです!我々が必ずやお守り致しますので!」


騎士達はユリの言葉に一切耳を傾けず、ただ自分のしていることに酔っているようだった。こういう手合いは説得するだけ無駄と判断して、クリューはユリと周囲に集まって来ている野次馬に当てないようにジリジリと横に移動して間合いを計る。


(多分、ユリちゃんには陰で護衛を付けてる。あっちの毒婦って言ったヤツの方がユリちゃんとは距離がある、あっちに全力で電撃喰らわせれば、後は何とかしてくれるでしょ)


多少私怨も含まれてはいるが、クリューは剣を構えている方に向かって狙いを定めた。既にチャージは満タンになっていて、指の先から漏れた魔力が先程から小さくパリパリと音を立てている。


「警告はしておくわ。あと五つ数えるうちに彼女を放しなさい」

「わ、我らに命令をするなぁっ!!」

「え?もう!?」


激昂した騎士の一人がとうとう剣を抜いてクリューに振りかぶる。二つか三つくらいで掛かって来ると思っていたのに、まさかのカウントゼロに、クリューは一瞬焦った。


「はいはい、そこまでだ」


雄叫びを上げてクリューに向かって行こうとした騎士の前に、ヒョイ、と何の気負いもなく割り込んだ人影があった。


「ぐっ…!」


一瞬で何が起こったのか分からなかったが、騎士は手にしていた剣をたたき落とされて鳩尾に膝蹴りを喰らって蹲った。そしてあっさりと後ろ手に拘束具を嵌められてしまった。


「ステノス…?」

「よーう、クリューちゃん。災難だったな」


その場にそぐわない程呑気な様子で片手を上げて来るステノスに、一瞬クリューはキョトンとしたように棒立ちになってしまったが、すぐにユリを思い出して後方に顔を向ける。


「先生!」

「ユリちゃん!大丈夫だった?どこか怪我とかしてない?」

「はい、大丈夫ですわ」


見ると、ユリの腕を握っていた方の騎士は、二人組の若い男に押さえ込まれていた。その手から無事に抜け出して駆け寄って来たので、クリューは安心して彼女の肩を抱き締めた。


「あー、お嬢ちゃん」

「は、はい」

「あいつら、知り合い?」

「いいえ」

「じゃ、彼女に脅されてたとか」

「絶対ありませんわ!」

「そーかそーか」


思わず声を大きくしたユリに、ステノスはクシャリと頭を撫でる。そんなことをされるとは思ってもみなかったのか、彼女はビックリしたように固まった。


「ちょっとステノス!触らないでよね!」

「あのぅ…」


クリューがガルガルとステノスを威嚇するように、急いでユリを抱きかかえて背後に隠した。そんなことをしていると、集まっていた野次馬の中から若い女性がおずおずと声を掛けて来た。


「私、さっきお店でこの二人が楽しそうにお買い物してるの、見かけました。それで、そちらの騎士様…が、急に女の子を攫うみたいにして」

「あ、あの、私、さっきお買い上げいただいた商品の包装担当しました。ずっとこちらの女性とご一緒でした」


一人の女性がそう証言をすると、騒ぎを聞きつけて外に出て来ていたらしい店員も前に出て来てそう付け加えた。


「ご協力、感謝します。後日改めて警邏隊が事情を伺いに来ると思いますが、再度証言をお願いしても?」

「はい、勿論です」

「ありがとうございます」


ステノスは女性達に丁寧に礼を述べると、騎士を取り押さえていた若い二人組の男性に振り返った。


「おい、二人とも警邏隊に連絡して引き渡してくれ」

「はい、団長!」

「了解しました!」


拘束された騎士の二人を、ステノスに返事を返した二人が引きずって行った。騎士達は何か喚きながら暴れていたが、彼らは少々苦労しながらも野次馬の間を抜けてどこかへ去って行く。騎士達とそう体格は変わらなかったので、見た目以上に鍛えているのだろう。


「団長?」

「ああ、今、俺、自警団の団長やっててな」

「自警団!?アンタが?」

「ま、成り行きってヤツだ」



警邏隊を辞めたステノスに、後を引き継いだカナメから、戻る場所がなかったり戻るのを希望しなかった元スラム街住人の中で、それなりに体が動きそうな人間を鍛えてやって欲しいという依頼と言うにはやや圧の高い命令が来たのだ。

仕方なく基礎的なことを教えてどうにか形にした頃、レンザから鍛えた彼らを連れてエイスの街の形ばかりになっていた自警団の立て直しをするようにと命じられたのだった。


ハッキリと確認した訳ではないのだが、おそらくカナメはアスクレティ家の配下なのだろうと思われた。そして弟のヨシメも。かつてタイキがノーザレ夫人に売られかけた時に関わっていたのはヨシメであったが、それはレンザの手の内だったのだろう。ただ、あれこれ誤解が生じてステノスにそれを喋ってしまったことは想定外だったらしいのだが。



最初はスラム街にいた人間と言うことで、元からいた住民は警戒をしていたようだったが、ステノスの取りなしで少しずつではあるが受け入れられつつあった。時折駐屯部隊の騎士達と衝突しかけることはあったが、大抵一方的に騎士側から言いがかりをつけて来るので、それを何度も目撃されて駐屯部隊の評判は住民達からはすこぶる悪くなった。その為、相対的に自警団の評価を上げるのは容易かったのだ。



「あの、助けていただきありがとうございました」

「いやいや、怖い思いさせちまって悪かったな。これからもっとマシな街に出来るようにして行くからよ」

「…ステノス…あんた悪いモノでも食べたの?」

「…うるせえやい」


礼を言うユリに向かって、ステノスは当人比で五割増しくらいに爽やかさを装って答えた。それを見たクリューがすごい顔になって呟いたのだが、ステノスはユリには聞こえない程度の小声で言い返したのだった。


「どっちかてぇと、俺の方がこの後怖い目に遭うわ」

「ん?何か言った?」

「ちょいと独り言だよ」


ステノスがレンザから自警団の立て直しを命じられた理由が「今後街にも訪れるであろうユリが安心して歩けるようにする為」だったのだ。今回の原因は騎士達だが、それを未然に防げなかったことで今夜辺りおそらく呼び出しが掛かるだろう。忙しいレンザが直接呼び出して叱責することはないが、現在ステノスが所属しているアスクレティ家の諜報部隊「根」の上司である執事から色々指導があることだろう。

とは言え本音としては、以前の侯爵家に仕えていた時よりもずっと優秀な上司である為、指示も的確でありながらステノスの技量を分かった上である程度は裁量に委ねてくれるので、仕事としてはやりやすくなっていた。そして支払われる報酬も大分良い。


「ま、今日はこのまま大人しく帰宅しといた方がいいだろうな」

「そうするわ。一応お礼は言っとく。ありがと、助かったわ」

「おう。気を付けろよ」



最初の買い物体験が少々残念なことになってしまったが、ユリはそれでも帰りの馬車の中で楽しそうな様子だったので、クリューは安堵したのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



その日の夜、ユリは買って来たガラスペンを箱から取り出してそっと机の上に飾ってみた。


店で見た時と部屋の中でランプの光の元で見た時とは随分色味の印象が違っていた。


「もう少し、濃い色でも良かったかしら…」


繊細で滑らかな羽根の形をした部分に触れて、ほんの少しだけ残念そうに呟いた。それでも、初めて自分で買い求めた品物であるので、机の上にそれが乗っているだけでも気持ちが浮き立つのを感じていた。


「昼間に見たら、()()()に近いかしらね」


ユリは脳裏に浮かぶ()()()に思いを馳せながら、そのガラスペンをそっと窓辺に飾り直したのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



それから数年後、見事に自警団を立て直したステノスは、その手腕を買われて大きく人事異動が行われた直後のエイス駐屯部隊の部隊長に異例の大抜擢をされた。


すっかり有名人になっていたステノスは街の住民からも、自警団の団員達からも彼の出世を歓迎されたのだが、その陰でこっそり「権力者コワイ…」とぼやいていたのを知っているのは、美味しいと評判の食堂兼酒場の女主人だけであった。


思ったよりも長くなりました。

実はユリとレンドルフは大分前に会っているのですが、レンドルフは気付いていません。その辺のエピソードはまたそのうちに。


やっと次回からレンドルフが復帰です。お帰り主役(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ