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528.ヨーカの乱入


少し時は戻って、ダンジョンボスの討伐に向かった騎士達のところへ。


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「あの隙間に入って魔道具を持って来るとなると、行ける人は限られますね」

「そうだな。ショーキとレイロクくんとヨーカくんは問題なさそうだ。あとは私も通れなくはないか」


ショーキが妙な音が聞こえるという壁の裂け目に近寄って、自分の腕で幅を測っている。駐屯部隊から来ているハーディ他二名は平均よりも身長も身幅も上回っていて、オルトとも大差ない。彼らは最初の裂け目に入ることも難しいだろう。


「あ、あの…内部は見えるところよりも少し狭くなっているので、隊長も難しいかと…」

「そうか…」


オスカーは中肉中背で、細身という訳ではない。遠慮がちにレイロクが報告をしたので、オスカーは軽く自分の腹の辺りを撫でて「10年前なら通れたな…」と少々残念そうに呟いていた。


では誰が中に入るかという段になって、レイロクは蜘蛛を操って案内をする方が確実だろうということで、ショーキかヨーカのどちらかが入ることになった。


「僕としてはヨーカくんに任せたいんですけど」

「理由は?」

「ここにいても音が嫌な感じで、中に入ると反響して気分が悪くなりそうなんです」

「ヨーカくんはどうだ?」

「問題ない!です!」


ショーキが辞退したので、行くのはヨーカ一択になった。ヨーカは未だに行動制限の装身具を付けられていたが、そのままでは危険なので一時的にオスカーが隊長権限でそれを解除した。ただ、やはり完全に解除する訳にはいかないので、時間を一時間だけと定めておいた。これは中を調査していて、探索に夢中になるあまり戻って来なくなることを防ぐ為だった。さすがに何があるか分からないダンジョン内で、攻撃手段を封じられた状態で一人になるのは危険だ。ヨーカも分かっていると思うが、一応抑止にもなると判断してのことである。ヨーカは不満げな顔を隠しもしなかったが、口に出して反論はしなかった。


「ヨーカ、気を付けて!」

「おう!道案内頼んだ」


念の為に慣れた長剣の他に短剣も持たされて、ヨーカは久しぶりに体を動かせるのが楽しいとばかりに躊躇なく裂け目に入って行った。それを見送ってから、レイロクは蜘蛛からの情報に集中する為にその場に蹲った。残された面々は、無防備になるレイロクの護衛と、裂け目に魔獣が入って行かないように周囲を警戒していた。


「おい、ショーキ。後輩に花を持たせる気配りか?」


ショーキは他の騎士達とは少し離れた場所で、周囲を広く見渡せるように岩の上に乗っていた。そのショーキを守るように側に付いていたオルトが、同じ岩によじ登って来てそっと耳打ちして来た。


「あー…それもありますけど、あの二人の間に入って命預けるのはちょっと怖いんで」

「ああ…それもそうだな」

「それくらいならサポートなしで単身で入りますよ。でもそうすると、ちょっと()()()が怖くなりそうだし。あ、別に直接何かして来る訳じゃないと思いますけど、やっぱり命がかかった場面では不安要素ないに越したことはありませんから」


ショーキもオルトに近付いて、周囲には聞こえないような声で囁き返す。それを聞いてオルトは「お前も随分と熟れたな」と破顔してクシャリと頭を撫でた。


ヨーカとレイロクは幼馴染みとも言える間柄で、互いのことはよく知っている。だからこそレイロクの操る蜘蛛で、ヨーカの行動を先んじてフォローすることが可能だ。だがショーキとはそこまでの理解を深めてはいないのだ。

別にそこに悪意がなかったとしても、慣れない者同士の些細なすれ違いが命懸けの場では最悪を引き起こすことも珍しくない。だからこそ騎士達は同じ部隊の仲間とは日々連携の訓練を繰り返している。他の部隊と合同で任務に就く時は、前もってきちんと連携の確認をすることは当たり前のように行っているのだ。


そしてショーキの懸念材料は、駐屯部隊の騎士達にもあった。彼らは元インディゴ伯爵家に仕えていた専属騎士なので、どちらかと言うとヨーカ側の人間だ。彼らもそこに悪意はなかったとしても、心のどこかでヨーカ達に肩入れしているのはすぐに分かる。彼らに活躍の場を与えて手柄を立てれば、全てが丸く治まるのだ。何かがある訳ではない芽以前の状態だが、今後の為には芽吹く気配さえない方がいい。


「どうだ?今のところはデカいヤツは来てないが」

「強い魔力は感じないので…ん?ちょっと待ってください」

「待って、ヨーカ!」


ショーキが反応を示したのと、レイロクが声を上げたのはほぼ同時だった。


「どうした!?」

「ヨ、ヨーカが…消え、ました」


震える声でそう絞り出すように言ったレイロクの顔は、今にも倒れてしまいそうな程に色を失っていたのだった。



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裂け目の中から侵入したヨーカは、壁に張り付くようにして奥に進んで行った。腕に括り付けた「ライト」の魔力が充填された魔石が足元を照らしているので、岩肌の突起などに頭をぶつけることはなく歩を進める。未知の場所へ足を踏み入れることは通常は恐れを抱くものだが、ヨーカの目にはレイロクが操る蜘蛛の糸が光に反射しているのがよく見えていた。これさえあれば道に迷うことはないし、危険を先に察知して合図を送ってくれるのだ。

これはパーティを組んで、冒険者としてレイロクと共に何度もダンジョンに挑戦して築き上げた信頼の証だ。レイロクも分かっているので、二人ともこうして離れたところでも連携を取り合うことが出来る。


(この先か…)


指先で糸に軽く触れながら進んでいたヨーカは、ほんの少しだけ振動していることに気付いた。これは二人で取り決めた、目的が近くなった際の合図である。それも一定の振動であることから、大きな危険はないというものだ。


より一層狭くなった道に背中を擦り付けながら通り抜けると、その先は少しだけ広い空間になっていた。広いと言っても大人が四、五人入れば一杯になってしまうくらいで、妙にきちんとしたドーム状になっていた。そしてその中央に、何か黒っぽい箱状のものがポツンと置かれていた。


(あの箱から音がするな。あれを持って帰ればいいのか)


確か蜘蛛が近寄れないと言っていたな、とレイロクの言葉を思い出しながら、ヨーカはその箱に向かって一歩踏み出した。


「なっ…!?」


その踏み出した足元から、まるでひび割れるかのように細かい文字のようなものが広がって光りながら地面を走って行く。その様子はさながら稲光のようだ。

得体の知れない魔道具らしい箱なので警戒はしていたのだが、まさかたった一歩踏み出しただけで 発動するとは思ってもみなかった。


ヨーカは咄嗟に自分のすぐ傍にあった蜘蛛の糸を腕に絡めた。これに繋がっていれば、何かがあってもレイロクに伝わる。


次の瞬間、目の前が真っ白になって何も見えなくなった。



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一瞬だったのか長い時間だったのか分からないが、気が付くとヨーカは頬に草の感触を覚えた。それから一拍遅れて、自分が地面に転がっていることに気付いて慌てて体を起こした。


(ここは…外か?)


周囲を見回すと、何故か良く手入れされた庭園のようなところにいた。見上げると晴れた空が広がっていて、さっきまでダンジョンにいたせいか頭がついて行かずにヨーカはポカンと口を半開きにしてしまった。


(い、いや!これは異常事態だ!どうにかしてレイロクと繋ぎを)


ハッとしてヨーカが腰を浮かしかけると、僅かに人の声が聞こえて来た。ヨーカは素早く近くの茂みに身を隠すと、慎重に周囲を伺った。どうやらその声の主以外には周囲に人はいないようだ。このよく分からない状況の手掛かりになるかと考え、ヨーカは声のする方向へとそっと近付いて行った。


「っ!」


茂みの中から様子を伺うと、ガゼボに二人の女性がいるのが目に入った。が、その二人の様子は尋常ではない。気味が悪い程鮮やかなピンク色の髪をした中年の女が、テーブルに細身の若い女性を押し付けているような体勢になっていた。押さえ付けられている方の女性は、顔はよく見えなかったがドレスを引き裂かれて肩の辺りが露になって真っ白な肌が目に入った。


「貴様!何をしている!!」


一体どんな状況かは分からなかったが、明らかに中年の女が若い女性に危害を加えているようにしか見えなかった。ヨーカは考えるよりも早く大声で叫ぶと、一直線にガゼボに駆け込むと上からのしかかっている女を突き飛ばした。


テーブルの上に突っ伏すような状態になっていた女性に視線を送ると、思っていたよりもドレスが大きく裂け、肩だけでなく背中まで見えていた。傷のない滑らかな曲線に、ヨーカは急に顔が熱くなるのを感じた。が、すぐに我に返って上に羽織っていた外套を脱いで、腰の剣を抜いた。


突き飛ばした女は一瞬何が起こったか分からないようだったが、すぐに乱入して来たヨーカに気付いて、元は美しいのであろう顔を大きく歪めて射殺しそうな程の鋭い視線を向けて来た。


「これを。し、少々汚れているが、苦情は受け付けないからな!」


押さえ付けられていた女性が身動きをしたので、脱いだ外套を女性の体の上に掛けてやった。彼女は驚いたように顔を上げたが、その弾みで胸元の生地がずり落ちそうになっていた。慌てて押さえたので胸がはだけることはなかったが、薄く華奢な胸元と鎖骨はヨーカからはっきりと見えてしまった。その後に彼女と目が合ったが、ハッとする程の整った顔立ちに少女といってもおかしくない程のいとけない無防備な表情が、何故か幼い頃ヨーカの肩に凭れてうたた寝していたフラウが目覚めた時の顔と重なってしまい、思わず吸い込まれそうになってしまってヨーカは慌てて目を逸らした。


気持ちを落ち着かせようと周囲を見ると、明らかに見覚えのある庭園だった。庭木の影から垣間見える建物は、間違いなくヨーカの実家であるカトリナ伯爵家の本邸だった。そのことで目の前にいる不敵な笑みを浮かべている女の正体を理解した。


「あらぁ、イケナイ方ね。女同士の花園に乱入するなんて」

「貴様…兄上の愛妾だな。どう見てもこのご令嬢に無体を働いていただろうが!」

「うふふ、緊張しているご様子でしたから、リラックスさせて天上の快楽を味わっていただこうと思っただけですわ」

「黙れ!この毒婦めっ」


元々長兄夫妻は完全な政略結婚で、夫婦仲は良いとは言えなかった。結婚式の翌日に長兄は馴染みの娼館に行っていたというくらいで、その後も長兄の女遊びの話は絶えなかったと聞いている。しかし金が掛かるという理由で愛妾を囲うことはなかったのだが、昨年の夏くらいから愛妾を迎えて、よりにもよって正妻の義姉を本邸から追い出したと耳にした時は、いくら疎遠とは言えヨーカは長兄の正気を疑ったものだった。

しかし義姉の方ももうそんなことを気にする程の情は残っていなかったらしく、今は離縁に向けて動いていると聞いていた。


そしてその話の中で、ヨーカはその愛妾の容貌に付いて知っていたのだ。


ヨーカからすれば、もう実家とはほぼ縁を切ったも同然だ。だがそれでも、愛妾に溺れてからというもの、長兄の領政はますます酷いものになって行ったことは腹立たしく思っていたのだ。


その元凶とも言うべき愛妾が目の前にいる。ヨーカはギリッと奥歯を噛み締めて、目の前の女に剣の切っ先を向けたのだった。



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