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526.決戦場近くへ


「「ヘンです」ね」


まるで示し合わせたように二人分の声が重なって、周囲の人間は足を止めた。


ボスを倒す為にダンジョン内に入り込んだ騎士達は、その中でも特に小柄な二人が同時に異変を口にしたことで、一気に緊張が高まった。


声を上げたのは、ショーキとレイロクだった。ショーキは弱いながらも索敵魔法を使えるので普段から斥候を任されていて、レイロクは蜘蛛のみに特化したテイマー能力者で、使役している蜘蛛から情報を得ることが出来る。その二人が異変を訴えたのだ。


「あの、ショーキ先輩から」

「ええと、この先に魔力が点在している気配がします。はっきりと数とかは分かりませんが、事前に聞いていた道とは明らかに違う場所です」

「ダンジョンの内部が変わったということか。ここは成長しないダンジョンと聞いていたが、やはりどこかと繋がったのかもしれんな。それでレイロクくんの方は」

「は、はい。その…この先で道が、分かれています。ですが、その道には近寄れないみたいで」


レイロクが感覚共有をしている蜘蛛を先に行かせて、周辺の様子を探ってもらっていたのだが、どうやら本来一本道だった場所に新たな脇道が複数出来ているとのことだった。だが奇妙なことに、その新たな道らしき方向には蜘蛛は行きたがっていないということだった。


ダンジョンには成長するタイプとしないタイプがあり、成長した結果他のダンジョンと繋がってしまうことも時折あるのだ。そして繋がった先で棲息していた魔獣同士が天敵だった場合は、弱い方が外に逃げて周辺に被害が起こる。今回の遠征は、それが原因でダンジョンから溢れた魔獣から住民を守って避難誘導することが最優先事項だった。そして今は無事に避難も終わったので、原因となるダンジョンのボスを倒して溢れる魔獣を押さえる作戦に移行していた。

そしてダンジョンに入っているのはオスカー率いる部隊と、案内役のヨーカとレイロク、そして元インディゴ伯爵家専属の騎士だったハーディと他二名も同行していた。

レンドルフはダンジョン内では行動が制限される為に不参加であり、オスカー以外は知らないがダンカンの密命で別行動をしているので不在だった。


未だに仕組みは判明していないが、ダンジョンの最奥にいるボスの魔獣を倒すと一気にダンジョン内の魔獣が大人しくなるのは分かっている。そうして大人しくさせた後に、魔獣が溢れないように直接討伐して間引いてバランスを取ることが最善策だと言われている。


「近寄れない、とは?」

「その…嫌な匂いがする、とか」

「嫌な匂いか…蜘蛛の天敵か上位種あたりがいるかもしれないと思っていいのか?」

「生物の気配というよりは、残り香、のようなもののような…」


オスカーの問いに、レイロクはおずおずとした様子で答えた。

レイロクは一応能力的にはテイマー扱いとなっているが、蜘蛛系魔獣と感覚共有出来るという非常に稀有なものだ。だがやはり稀少故にそれを気味悪く思う人間も一定数存在している。レイロクの不幸は、それを過剰に拒否する者が家族の中にいたことだろう。


「そこまで分かるとは優秀なのだな。もっと経験を積んで理解を深めれば、第一は難しいがそれ以外のどの団でも歓迎されるだろう」

「ぁ…ありがとう、ございます…」


オスカーは全く気味悪がるような態度を見せず、レイロクの背を軽く叩いて褒めたので、レイロクは思わず感極まってしまったらしい。震える声で大仰に頭を上げた。

レイロクは生まれは子爵家だが、今は平民の商家の養子になっている。第一騎士団は爵位は問われないが貴族であることが条件に含まれているので、貴族女性の家に婿入りでもしない限りは難しいだろう。しかしそれ以外の団ならば、剣術や体力面が多少劣っていても能力を活かす場は必ずある筈だとオスカーは太鼓判を押した。


「しかし残り香か。魔獣避けの素材でも自生しているのかもしれんな」

「インディゴ領は染色に向いた植物の研究に力を入れていましたので、あちこちに薬草園を作っていました。その中に魔獣避け効果のある薬草で染めた生地も研究していましたので、種がダンジョン内に運ばれていてもおかしくはないでしょう」

「なるほど。行ってみないと分からないが、その薬草があるなら採取出来れば助かるな」

「そうですね。ダンジョンボスを倒すまでは戦力は温存したいですしね」


頭を下げたままプルプル震えているレイロクに変わって、ハーディが説明をする。ハーディも元はインディゴ領の出身なので領内のことはよく知っているのだ。



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ひとまずこの先は話とは違う道が発生していて、そこにどんな魔獣が出現するかは全くの未知数ということで、更に慎重にダンジョンを進むことにした。


「ここ…こんなに広がっていたのか」

「これだけ広いと、大型の魔獣も通れるね」


しばらく進むと、ヨーカ達から狭い場所と聞かされていた場所が、ぽっかりと天井の高いドームのような広場になっていた。このダンジョンに何度も挑んでいたヨーカとレイロクは、二人で顔を見合わせるとすぐに壁のあちこちを調べ始めた。やがて周辺を一通り確認したらしく、ヨーカがオスカーに報告をしに行った。


「この辺の一番狭い辺り、地面に赤い石が埋まってたんだ…です。あと、あっちの壁の傷も、以前剣を振り回した時に付け…ふ、振り回したしたヤツが、付けたものです」

「付けたんだな…」


ダンジョン内の道を変えることは基本的に推奨されていない。その影響で内部の様相が大きく変わってしまうことがあり、何が起こるかが分からないからだ。ダンジョンを資源として扱っているならば、地形を変化させて稀少な素材が失われることは避けた方が良い。それに影響がなかったとしても、大抵の場合はしばらくすると元に戻ってしまうのだ。もしどうしても変えなければならない際は、慎重に調査を重ねた上で影響の出ないように行い、結界の魔道具などを設置して再生しないように気を掛けなければならない。

ただ今回のようにダンジョンが成長したり、他のダンジョンと繋がったりした場合は大幅に地形が変わることはある。それは自然現象として諦めもつくが、人為的に変化させて被害が大きくなると賠償金や犯罪歴などが付くこともある。


「…こんなに広がってんなら、来られたのに」


ヨーカが小さく残念そうにそっと呟いた言葉は、一番近くにいたオスカーにはしっかりと届いていた。誰のことかは言っていないが、ダンジョンに同行出来ないことを大きな体を小さくして申し訳なさそうにしていたレンドルフのことを示しているのだろうとすぐに分かって、オスカーはヨーカなりにレンドルフとは和解しているのだろうと顔に出さずに内心安堵していた。


もっともダンジョンに入れたとしても、レンドルフは極秘任務で別行動なのは変わらないのではあるが。



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「オスカー隊長、あっちの方に妙な気配があります」


すっかり地形が変わってしまっているので、どのルートがダンジョン最奥に続いているのか調べ直さなくてはならない。今のところ強い魔獣は出て来ていないが、小型のネズミ系やトカゲ系の魔獣がそれなりに出没している。そのうちに入り込んだ人間の気配を嗅ぎ付けて、大型魔獣が出て来る可能性は非常に高い。オスカー達だけでなくハーディを始めとする駐屯部隊の騎士達もいるのでそれなりに火力はあるが、レンドルフのような防御の出来る魔法を使える者はいないので、囲まれてしまうと厄介だ。


とにかく正しいルートを見付けることを最優先にして、索敵魔法が使えるショーキを中心に守るようにして探索に集中させていた。

その中でショーキが一点を指し示した。そこには、壁に裂け目のような隙間があった。それは道というよりも、ただ崩れた弾みで出来たもののようにも見える。幅は標準的な体格の男性がギリギリ通れるかどうか、という程度だった。


「僕が様子を見ます」


レイロクがすぐに蜘蛛を送り込んで、中の様子を探る。比較的にすぐにその妙な気配に行き当たったのか、たちまち眉間に皺を寄せてこめかみに指先を当てていた。


「大丈夫か?」

「ええと…特に生き物の気配はしませんが、魔力を感じます。でもダンジョンの魔力とは違うので、魔道具か何かが落ちているのかもしれません。……あ、待ってください。何か落ちてます。でもちょっと暗くて…」


レイロクと感覚共有している蜘蛛はかなり夜目が利くのだが、それを受けるのが人族である為、一定以上の視界は処理し切れないのだ。特に一切の明かりが入らないところでは、さすがに視界の共有は出来なかった。


「それを持ち帰ることは可能だろうか」

「……無理みたいです。魔力が邪魔をして触れられないみたいで」

「そうか。それは一旦そのままにして良いものかは分かるかな?」

「ええと…どう、なのでしょう」

「オスカー隊長。僕の感覚だと、処分した方がいいと思います。何か、嫌な感覚がします」


オスカーがレイロクの反応にどうしたものか思案していると、ショーキがサッと手を挙げて提案して来た。


「すごく小さいけど、耳障りな音がしてます。しかも一定じゃないので、まるで喋っているみたいな感じです」

「音か…誰か他に聞こえる者はいるか?」


ショーキの報告にオスカーは周囲を見回して尋ねてみた。すると手が挙がったのはショーキとレイロクの他にはヨーカのみだった。


「…若いヤツにしか聞こえないのか?」


それを見て何となく思ったことを口に出したオスカーだったが、その周辺で聞こえなかった者達が一瞬グッと固い物を呑み込んだような微妙な表情になったのだった。



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「お招きいただきありがとうございます。レンカ、と申します」


カトリナ伯爵家から家紋のない馬車で迎えられて、レンドルフは伯爵家の本邸に招かれていた。現在の当主は愛妾に溺れていると聞いてはいたが、まさか正妻を別荘に追い出しているとは思わなかったので、到着を知らされて馬車から降り立った時には思わず面食らってしまった。


レンドルフは豪奢ではあるがどこかくすんだ印象を与える屋敷を案内され、もてなしの準備がされた庭のガゼボに到着した。

そこで待っていたのは、真っ赤な髪の不健康なまでに腹のせり出した脂ぎった男と、鮮やかな濃いピンク色の髪をした妖艶な美女だった。話には聞いていたが、いざ目の前にするとさすがのレンドルフも緊張していた。念の為、王族に魔力を見出されて魔法士として仕えている平民出身の「レンカ」という身分を予め伝えてあるので、多少ぎこちない動きでもおかしくないと思ってもらえるだろう。


「ほほう、これはこれはお美しいお嬢さんだ。まるで美の精霊のようではないか」

「お、恐れ入ります…」


ニヤニヤとした笑みを貼り付けて太った男、カトリナ伯爵がいきなりレンドルフの手を掴んで来た。剣術も書類仕事とも無縁な傷一つないブヨブヨした湿っぽい手に包まれて、レンドルフは背筋にゾワリとした感覚が走ってしまった。貴族であれば初対面の血縁でもない相手に触れる時にはまず許可を取るものだと教わるので、彼の行動は明らかなマナー違反だ。レンドルフのことを平民の若い女と侮っているのか、違う目的があるのかは不明だが、とにかく不快感が優先されてしまい、辛うじて顔に出さないようにするのが精一杯だった。


カトリナ伯爵はそんなレンドルフの様子に気を留めることもなく、握りしめた手を撫で回すようにしながら話し続けている。レンドルフは少々引きつっていると自覚しながらも、笑みを浮かべて彼の話に相槌を打つ。


目の前にいるカトリナ伯爵は、ヨーカの一番上の兄にあたる人物だ。が、初めて顔を見た時にレンドルフは父親が出て来たのかと思ったのだ。前情報では、現伯爵家当主は三年前に嫡男がその座に就いていると聞いていた。年齢的にはレンドルフと大差がない筈なのだが、余程不摂生をしているのか、近くで観察しても40過ぎ、下手をしたら50代と言われても納得してしまう程に肌艶も悪く、全身がたるみ切っていた。


「旦那様。レンカ嬢が困ってしまいますわ」

「お、おう…そうだったな」


彼の隣に立っていた女性が甘く少し鼻にかかる声で軽く嗜めたが、それでもしばらくは名残惜しそうに手の甲を二往復させてから漸く放した。


隣にいる女性は、トーカ家の血統の証でもある髪色をしている。中身は確実に悪名高きトーカの魔女プロメリアである為、肉体は血を引いていなくても魔力の影響でそうなっているのは調査済みだ。


レンドルフはそっと軽く目を伏せて無言の感謝の意を表わす際に彼女の姿を確認したが、話に聞いていた通りに美女ではあった。ただ見たところ女性の年齢は30代だと思われて、レンドルフは随分意外なように感じた。聞いていたプロメリアは、若さと美しさを維持する為に自身の魂を他者の肉体の乗り換える禁術を編み出したくらい外見に執着していた。そしてこれまで乗っ取って来た肉体は、皆10代後半から20代までの若く美しい令嬢ばかりだったのだ。そして少しでも容姿が衰えたり傷などを負った場合は、容赦なく切り捨てて次の体に乗り換えて来たそうだ。


今のプロメリアは確かに美しいが、若さという点では明らかに彼女の基準を満たしていない。だからこそプロメリアは次の候補を必死に探しており、候補の体を見付ければすぐにでも乗っ取る策を実行する筈だとして今回の作戦が立てられた。以前のように慎重に事を運ぶことはなく焦ってボロを出す可能性が高いと踏んだのだ。いくらレンドルフが女性と見紛うばかりの容姿に戻っていたとしても、少し調べれば男性であることは簡単にバレていただろう。しかし追い詰められた今の彼女は、狙い通りレンドルフのことをよく調べずに呼び出していた。


「わたくしはキダチと申しますわ。レンカ嬢と是非お話がしたくて我が儘を言ってしまいましたの。許してね」

「いえ、こちらこそ光栄です」


今の彼女は「キダチ」と名乗っているらしい。


(……しかし、どこかで会ったような)


濃いピンク色の髪と鮮やかな緑の瞳は、プロメリアの魂が中に入った影響で変化する。だから元の肉体の持ち主は別の色合いをしていたと仮定すれば、随分印象が変わっている筈だ。それに魂が違えば性格も違うので、表情そのものも変わって来る。

レンドルフは自分の中で微かに浮かぶ引っかかりから、懸命に記憶を探った。しかし本当に見覚えがある気がするというだけで、確証はない。それこそどこかの街ですれ違っただけかもしれないが、それにしては胸の奥をザワザワした嫌な感覚が掠める。


「さあ、ここからは女同士、二人きりで楽しくお話をしましょう。貴女のことを教えて欲しいわ」

「は、はい…」


彼女の目が笑みの形を取って細められたが、レンドルフからすると全く笑っているように思えなかった。鮮やかな緑の色が更に光を帯びたような輝きを増して、一瞬服の下の肌を直接撫でられたような嫌な感覚に陥った。しかしそれは一瞬のことで、僅かに耳に熱を感じたと同時に霧散していた。


(魔法を使われたのか…)


熱を感じたのは、ユリから送られたイヤーカフがある場所だった。これは伝説の名人と名高い付与師から直々に様々な身を守る付与を付けてもらっている。それが反応したということは、彼女がレンドルフに何らかの魔法を使ったという証左だ。


一応王族に仕えている魔法士という身分なのだから、あらゆることから身を守る装身具を着けているのは当然のことなので、魔法を仕掛けた方も承知しているだろう。レンドルフがどの程度の耐性があるのか確認する為のものだったのかもしれない。


優雅な仕草で席まで案内するプロメリアに笑顔で応えながら、レンドルフは石でも呑み込んだように重くなっている胃の辺りをそっと手で押さえて改めて気を引き締めたのだった。



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