520.それそれに動き出す
魔獣討伐任務は、予想よりも順調に進んだ。
「あの魔法士様、すごいですね」
「光魔法なんて初めて見た」
アイヴィーの魔法で魔獣を殲滅した光景を目の当たりにした者達は、皆一様に口を揃えて同じようなことを言っていた。
レンドルフ達に同行していたアイヴィーは、光魔法の使い手だった。敢えて話題になるように派手な魔法を行使していたのもあったかもしれないが、その能力は騎士が十人分よりも強いかもしれない無双振りだった。確か以前は繊細な風魔法を使っていたので、やはり侯爵家直属の魔法士に選ばれるだけのことはあるとレンドルフは感心していた。
光魔法は闇魔法以上の稀少な属性で、他の属性魔法と似たような魔法が多い為か使いどころが難しいと言われている。光に高熱を乗せることも出来るので火魔法や雷魔法と似ているが、光の差さない場所には効果が薄くなるという特性があるので、時間や天候に左右されやすいのだ。そして浄化も出来るが、効果は腐敗や細菌などにのみ有効なので、毒や汚れなども浄化する聖属性より役に立たないと思われている。
けれど光魔法の最大の攻撃魔法として、魔獣の生命そのものでもある魔石に直接作用する「太陽神の威光」がある。これは魔石を持たない生物、人などには全く効かないが、魔石を持つ生物には体内の魔石を崩壊させる効果をもたらす。魔石は魔獣が持つ器官であり、魔力の元であり生命そのものでもある。どんなに強大な魔獣でも、魔石が砕けてしまえばその場で絶命する。
魔獣が住民を襲おうと群れで飛び出して来ても、アイヴィーの放つ一撃の前には無力も同然だった。
「念の為、後で持っている魔石や魔道具などの確認をお願いします」
「畏まりました」
住民の避難を誘導する為にレンドルフ達は街道を護衛していた。その中でも比較的大きな孤児院から大量の荷を乗せた荷車を引いた一行がやって来ると、動きの鈍い恰好の獲物と思われたのか小型の犬系魔獣が群れで襲いかかってきた。
小型なので一匹一匹は脅威ではないが、数の多さと小回りが利く分仕留めるのに手間がかかる。アイヴィーの光魔法キュリアス・ライトはそんな相手には絶大な効果を発揮する。大型の魔獣は魔石も大きく、完全に砕けるまでに時間が掛かるために動きが止まるまでに時間を要するので注意が必要だが、小型や中型程度ならほぼ瞬殺だった。おかげで彼女が一度魔法を放っただけで、レンドルフ達は剣を抜く必要すらなく魔獣は一掃されていた。勿論怪我人も皆無だ。
しかしそんな魔法でも一つだけ注意する点があって、魔力の補充や魔道具の動力源に使用されている魔石もその光が当たると砕けてしまうのだ。だから人体には無害なのだが、アイヴィーはなるべく人に当てないように心掛けてはいる。しかしそれでも集団で一気に襲撃をされると魔獣殲滅を優先するので、魔法の範囲内に人が入ってしまうこともあるのだ。
それを聞いてレンドルフも、いつもは万一の時の魔力補充にシャツのボタンを魔石で加工して自分の魔力を充填して身に着けているのだが、今回は被るタイプのボタンなしのシャツにしていた。防具を付けているとは言え、いきなりシャツの前面が全てご開帳になってしまうのは避けたい。
「これ…この水の濾過道具まだ使ってたんだな」
「僕らが子供の頃に手伝って作ったヤツだね。ちゃんと手入れしてある」
「貧乏性だな」
「大事にされてるってことだよ。嬉しいね、ヨーカ」
「ふん」
運んでいた荷物の中に幾つか魔道具が乗せてあったので、念の為に問題はないか確認するのは非戦闘員扱いのヨーカとレイロクだった。レイロクはあまりにも視力に問題があり、このまま魔力を封じていると危険だとレンドルフが報告を上げたため、魔力制御の魔道具は外してもらっていた。それを見てヨーカは明らかに不服げに口を尖らせてはいたが、文句は口に出してはいなかった。てっきり自分も恩情を与えるように申し立てて来るかと思ったが、後でこっそりとハーディが「それでレイロクの方が元に戻されるのを危惧したんですよ」とレンドルフに耳打ちして来た。
ヨーカは口では心と正反対のことを言いつつ、態度は心のままに動いているのが実によく分かる。現に荷物の点検をしているヨーカは、文句を言いつつ非常に丁寧に仕事をこなしている。その上視力の悪いレイロクの分も引き受けているくらいだ。
何とも損な性格ではあるが、ただ周辺にはその本音が分かりやすく駄々漏れになっているのでむしろ微笑ましく見守られているようだ。
領主が不慮の死を遂げて国が治めることになった土地だが、住んでいる人間はいきなり余所に行くわけではない。この孤児院から避難している住民達の大半も、前領主の娘に婿入りするヨーカのことはよく知っているようだ。それだけ領民達と距離が近く、良い領政を施いていた領主だったのだろう。
「レンドルフ先輩、ただ今戻りました」
「ああ、おかえり。…それは」
「何か、いただいちゃいました。後で先輩にもお裾分けしますね」
周囲に魔獣が潜んでいないか斥候として出ていたショーキが戻って来て、報告を終えてからレンドルフの隣に立つ。その手には年配の人々からご褒美だとお菓子を目一杯持たされていた。童顔で小柄なショーキは未成年とも間違われるので、頑張っている見習い少年騎士だと思われたらしい。
「親切な人が多いですね。良い領地だったんですね」
「そうだな」
個人で見れば様々な人がいるので一概には言えるものではないが、それでもレンドルフはショーキの言うようにこの元インディゴ領の住民達は温かく親切な者が多い印象を持った。近衛騎士であった時にレンドルフは王族の視察で様々な領地に赴くことがあったが、不思議なことに領内の雰囲気は領主の人柄が反映しているところが殆どだった。
冷害の見舞いに直接出向いた王族の護衛でとある領地を訪れた際も、確かに領民達は食糧不足に困窮していたのだが、それでもどこか不屈の精神と気概を漂わせていた。そして実際に顔を合わせた領主はそんな領内の空気をそのまま凝縮しているような雰囲気を纏っていたのだ。
(きっと亡き伯爵も良い領主だったのだろうな)
もう思ったところで詮無いことではあるが、レンドルフは面識のないインディゴ領主の死をつくづく残念だと思ったのだった。
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「あらまあ、まさか中央の神官長様がいらっしゃるなんて」
「これでも彼の上司兼後見人ですからね」
「神官長様がおいでになるならもっと化粧をして出迎えれば良かったですわ」
「お嬢さんはそのままでの十分可愛らしいですよ」
「まあまあまあさすが神官長様。お上手ですわ〜」
ユリが特別室に入ってしばらくして、黒髪の少年を連れた誰もが一瞬息を呑むような整った容姿の男性が現れた。彼は国内で名実とも最高位と言われるレイ神官長だ。真っ直ぐな銀色の髪に薄い水色の瞳で整った顔立ちは冷たく見えることもあるが、いつも柔らかな笑みを浮かべているのでそんな印象は受けない。
彼は血縁にエルフがいたらしく不老長寿の特性を色濃く受け継いでいて、実際の年齢も生まれも誰も知らない。
「診察をご希望される方がいると伺いましたが」
「ああ、こちらのテンリちゃん。ミズホ国から来て間もないんで、健康状態を診ていただこうと思いまして」
ムラサキの隣で佇んでいたテンリを前に押し出すように紹介すると、彼女は極上と形容したくなるような美しい笑みを浮かべ、胸に手を当てて腰を折った。
「よろしく頼んだ」
「…ちょっとまだ言葉が上手くありませんが、意思疎通には問題はありませんので」
「それでは私が診断しても?分かりにくければ私がミズホ国の言葉でご説明しますよ」
「神官長様、僕からもお願いいたします」
ハリも最年少で聖人認定を受けたくらいなので優秀ではあるが、ミズホ国の言葉も文化もこの国の人間が知っている程度の知識しかない。それに周囲は気付いているのかいないのか、テンリと紹介された女性には奇妙な威圧感があった。嫌な気配と言うわけではないのだが、絶対に対応を間違ってはいけないという緊張感を抱かせる。
レイはそれを感じていないのかあっさりと頷くと、テンリにソファに座るように促す。彼女を安心させる為なのか隣にムラサキも腰を下ろした。立っていると頭半分はテンリが長身なのだが、座るとムラサキと目の高さがほぼ同じくらいになる。ムラサキは痩せぎすではあるが標準的な体型なので、テンリがそれだけ足が長いということなのだろう。
「では手に触れさせていただきます」
「分かりました」
治癒魔法の使える者は、相手の体に弱く魔力を流すことで体内の異変を感知することが出来る。その正確さは人によるのだが、健康体であれば何の引っかかりもなく体内を巡り、何か病巣などがあれば魔力が留まるので異変の有無を知ることが出来るのだ。鑑定魔法であれば体内をくまなく調べることも出来、病気の程度や場所などもずっと細かく判別が付く。
レイは高度な治癒魔法は勿論のこと、鑑定魔法も扱えるので誰よりも正確に診断が出来るのだ。
「…そうですね。今のところは異常はありません。少々胃が荒れているようですが、こちらの国の食事が合わないのでしょうか」
「この子、肉と酒ばっかり欲しがるんだよ」
「あちらでは禁止されることがあったので、思う存分食べることが出来るから」
「一時的に欲を満たすだけなら良いですが、あまりその食生活は続けないようにしてください」
「肝に銘じた」
すぐに結果が出たのかレイは穏やかな口調でそう告げたが、テンリの手を握り締めたままだった。終わったのなら離しても良さそうなものだが、少し奇妙に思ったのかハリとムラサキがレイの顔を眺めている。
「ハリー君。私はこちらのご婦人と少々込み入った話をしますので、貴方は先にお約束の方と面会に行ってください」
「え…?で、ですが」
「女性をあまり待たせるのは良くありませんよ。それに今回はこちらからお願いをしたのです。失礼があってはなりません」
「は、はい…」
ハリは思わずなのかレイの神官服の袖の辺りを握り締めてしまったが、やんわりと諭すようなレイに困った顔のまま頷いた。レイはテンリの手を握っていない方の手で軽くハリの頭を撫でると、「こちらが終わり次第私も立ち合います」と付け加えた。
「あっちの突き当たりを右に曲がると正面に半地下の扉があるから。そこをノックすりゃ、中から開けてくれるよ。ああ、勿論護衛がね」
「はい。では失礼します」
ハリがグッと顔を引き締めて通路の向こうに消えるのを見届けてから、ムラサキは手首に着けていたブレスレットを外してテーブルの上に置いた。
「これで向こうの音は聞こえるけど、こっちの声は聞こえないよ」
ムラサキは聞かれたくない会話をする時に使用する魔道具を起動させると、ヒョイとソファーから立ち上がった。
「刀自」
「安心おし。見えるところにいてやるから」
「感謝する」
ヒラヒラと手を振って、ムラサキはその場を離れてカウンターを挟んだ向こう側へ移る。大して広くない店なのだが、それくらい離れれば魔道具の効果で会話は一切聞こえなくなる。
テンリをこの国に連れて来たのは、大公家と親交のあるミズホ国の貿易商マサキ・コクダンだった。彼は一所に留まるよりも自由に世界を旅することを好む気質であるが、実際の身分はミズホ国では皇族の血を引いている家門の出だ。そしてかなり遠縁ではあるがアスクレティ家とも繋がりがある。それだけでなく、これまでに積み重ねて来た実績もあってアスクレティ大公家当主レンザからの信頼も厚い。
ムラサキはテンリの身柄を預かる際に、レンザから直接「余程直接的に害を及ぼすようなことがない限り自由にさせて構わない」と告げられていた。出自やこの国に来た目的なども、当人から語られない限り詮索無用だとも言われている。だから彼女は敢えて席を外したのだ。
「さあ、何か聞きたいことがあるのでしょう?」
「ああ」
レイは握っていた手をスルリと話して、顔は笑っていながらもやや鋭い目をテンリに向けた。テンリも透明感のあるブルーグレーの瞳を鋭くさせて、声を一段低くした。その無理のない発声は、もともとこちらが彼女の地声だということがすぐに分かった。麗しい女性のようでもあり、清廉な青年のようでもある性別不詳なテンリにまさに相応しいとも言える中性的な響きの声をしていた。
「私は、神の御子を産むことが可能か?」
お読みいただきありがとうございます!
最近色々と散らばった伏線をまとめて回収する為にとっ散らかってまいりました…何とか分かりやすく着地出来るように考えながら構成しております。矛盾がないように頑張ります。
ムラサキさんの言葉は、お嬢様言葉というよりは大阪のおばちゃん的な感じで読んでいただければ。