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517.授けられた作戦


「お前に実際使われたものと全く同じにすると違法になるので、多少は効果は落ちるが安全性を重視したものになっている。せいぜい効果は三日といったところだ」

「いつの間にそこまで…」

「あれば色々と便利そうだと思ったからな。だが言っておくが、実用化は出来ないぞ。一番肝心な装身具は、多数の制限を付けた上で指定された人物しか使用出来ないように誓約を結ばされていて、いちいち借り受けるのに面倒な手続きがいる」


「それは全く合理的ではない」と渋い顔をしてダンカンはアイヴィーに指示を出す。アイヴィーはすぐに執務机の上に置かれていた箱をレンドルフの前にそっと置いた。無言で開けるようにとダンカンから促されたので、レンドルフはその箱を手に取って蓋を開いた。


「これは…」

「国内一と評判の付与師の方に特別に作っていただきました装身具のレプリカです。本来のものより機能を一部制限していますので、今回のような目的にしか使用出来ません」


箱の中には、ユリが特別に作らせたと言っていたあらゆる薬効を無効化する万能の解毒の装身具と同じものが納められていた。しかしよく見ると、使用している素材が違うようだ。こちらの方がやや輝きが鈍い。許可を受けて手に取ると、明らかにユリから借り受けていたものとは重さや手触りが違っていた。

国内一という言葉を聞いて、レンドルフは付与師のロンの顔が思い浮かんだ。以前に彼からユリの身に着けている装身具の殆どを手がけたと聞いていた。今は一線を退いて、知り合いの為に時折付与をしているだけとも言っていたので、これを作ったのはロンなのだろうと思ったのだ。


「その…これが安全だとしても、他に方法はないのでしょうか…」

「プロメリアを追い詰める為には、クロヴァス卿のお力が必要なのです」

「トーカの魔女は冷静で狡猾。ちょっとやそっとの罠には掛からないどころか、手痛い反撃を喰らうことが常だった。が、今は使える血も少なくなって来て、確実に焦って来ている。そこに生じた隙を突くのは今しかない」

「……分かりました。俺はどのように立ち回ればよろしいでしょうか」

「…恩に着る」


レンドルフは短い間だったが逡巡した後、腹を括ったように頷いた。その言葉に、ダンカンは少し声を低くして頭を下げた。本来ならば王族でもあり身分も地位もレンドルフより高いダンカンがする行動ではないが、ダンカンは必要と思えるなら頭を下げることも躊躇わない質であるし、今はそんな損得を抜きにしてただ感謝の気持ちで頭を垂れた。下げた頭の向こうで、レンドルフが動揺している気配が伝わって来て、ダンカンは顔を伏せたまま僅かに口角を上げた。



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「アイヴィー、説明を」

「はい。まずインディゴ領での魔獣討伐と住民の避難は通常通り行ってください。ただ、私がそこに同行して少々派手に魔法を行使します」


その際に、王族の部下の魔法士がたまたま居合わせた為に協力を申し出たと説明することにするつもりだ。そして派手に活躍することで、その魔法士は女性でありピンク色の髪をしていると噂を流してもらう予定だとアイヴィーは説明した。


「その噂はカトリナ伯爵にも届くでしょう。いつ領都にも魔獣が押し寄せるか気を揉んでいる筈ですから。そしてそれはプロメリアの耳にも」


隣のカトリナ領で領主の愛妾としておさまっているプロメリアは、まず魔獣の出没しているインディゴ領に来ることはないと見ている。ただでさえ人目を惹く容姿なのと、領主が正妻よりも寵愛している為に危険な場所に行かせることはないだろう。


「おそらくプロメリアは、何らかの理由を付けて我々を呼び出すでしょう。例えばカトリナ領にも流れた魔獣がいないか確認して欲しいなど、理由はいくらでも付けられると思います。そしてプロメリアは髪色からトーカの血を引く者かの確認と、そうでなくとも次の器の候補かどうかを見極める為に。クロヴァス卿は、その際に私の代わりに出ていただきたいのです」

「分かりました。その…俺で上手く行くでしょうか。幾ら外見を変えても、性別が変わる訳ではありませんし」

「これまでの追跡で、プロメリアは外見を偽っているかを見抜く能力は並外れていますが、性別を判別するのはそこまでではないことは分かっています」



足取りが分からなくなったプロメリアを探す為に、ダンカンの実家でもあるボルドー家の全面的な協力のもと(諜報員)を使って、変装の魔道具でトーカ家特有の髪色を変えさせた人員をあちこちに出没させていた。しかしそれにプロメリアが接近して来たことは全くなかった。その後、プロメリアに乗り換えられた人物を調査すると、どうやら彼女にも好みの顔が存在しているようで、今度は魔道具で顔を変えたり、中には外科的な処置をして顔自体を変えたりしてプロメリアを炙り出そうとした。しかしそれでも彼女は一切姿を現すことはなかった。


だが、プロメリアに乗っ取られた女性の中で、その後プロメリアが別の人間に移った後も辛うじて会話が出来る者が見つかった。彼女以外の人間は既に死亡しているか、会話も不可能な程に正気を保っていられない者ばかりだったのだ。とは言えその女性も、日に僅かな時間だけ会話がする成立程度ではあったが、それでもその口からプロメリアの行動を知ることが出来たのだ。


「プロメリアは、魔道具や整形で顔を変えた者は好まないということ。それから、女性専門の美容に関する会員制のサロンを開いて、そこから対象者を選んでいたということが分かりました」


プロメリアは自身の美貌を保つためにあらゆる知識と技術を身に着けていた。それを利用して、美を追求する女性を呼び寄せ、その中から自分の器に相応しい人物を選定するということを繰り返していたらしい。しかも多少違法なことをしても確実に結果が出ることが密かな評判となって、裕福な者や高位貴族の女性が秘密裏に通っていたのだ。

こうしてプロメリアは労せず外見だけでなく身分や資金も有している女性を見付け、美容効果のある特別な薬湯と称して入れ替わるのに必要な血液を摂取させていたのだ。そして入れ替わりを済ませるとその者に成り済まし、十分利用し尽くしてから姿を眩ませる。その後遠く離れた別の場所で同じことを繰り返していたということが判明した。


「それが分かってからどうにか痕跡を追い、一度だけプロメリアとの接触には成功しました。ですが…」


プロメリアが開いたサロンの客として影を潜入させるのに成功はしたが、むしろ彼女の好みに合わせ過ぎたのが徒となったのか、その影はプロメリアに入れ替わられてしまったのだった。そして同じく影として務めていた恋人に近付いて洗脳し、そこからボルドー家の情報が逆に彼女に漏れてしまったのだった。影には他言出来ないように誓約魔法を結んでいたので最低限の情報しか得られなかっただろうが、それでもボルドー家が追っているということはプロメリアに知られてしまった。


それからプロメリアはサロンを開くことはしなくなり、こちらから接触する方法が無くなった。その分彼女自身が動いて獲物を見つける必要が出て来た為に、以前よりも人の目に留まる機会が増えて足取りが追いやすくなったのは僥倖ではあったが、ボルドー家の気配がすると即座に行方をくらませてしまうのでなかなか距離を詰められないという状況が続いていた。

だがいよいよプラーナから得た血も少なくなって来たのか、違法薬物と魔法で多くの人間を洗脳状態にして、手当たり次第トーカ家の生き残りを捜索させるようになったのだ。



「おかげで違法薬物の流通を辿ってプロメリアに到達することが出来たのです。ですがこちらが居場所を掴んだことが知れれば、再び姿を隠して潜ってしまうでしょう」

「では追っ手に気付いて姿を眩ます前に確実に捕らえたいということですね」

「ええ。隣の領にトーカ家の血縁が来ているかもしれないと聞き及べば、その目で確認するまでは動かずにいるでしょう。私もそうなのですが、何となく血縁は会えば分かるのです」


アイヴィーが直接顔を合わせると、いきなり血を抜き取られる恐れもある。どれだけ警戒しても、プロメリアは幾つもの追っ手をかいくぐって来た狡猾で油断ならない相手だ。万一に備えてアイヴィーとは会わせない方がいいと判断されたのだ。


「通常の彼女なら、もっと慎重に調べるでしょう。けれど今は時間がないようなのです。おそらく今の体が保つ期限が迫っているのかと。ですからそんな時に自分の好みの顔をしたクロヴァス卿が現れたら、多少強引な手を使ってでも入れ替わろうとする筈です」

「でも俺は男ですしトーカ家の血縁でもないから、入れ替わることも血を奪うことも出来ないと」

「はい、仰る通りです。そしてプロメリアは二人きりで会う機会を設けようとするでしょう」


プロメリアの今の立場は領主の愛妾だが、領主を洗脳していることを考えれば領主権限で呼び出されるだろう。そうするとまず断ることは難しい。プロメリアは二人きりで会う場を作り、提供する飲食物に血を混ぜて下準備を整えることは明らかだ。更に会話の中で出身やこれまでの経歴を聞き出して、入れ替わってもしばらくは怪しまれないように情報を引き出す筈だ。

本来は血を摂取する期間が長ければ長い程乗っ取れる期間も延びる為に少しでも引き延ばしたいところだろうが、こればかりは分からない。一度だけの摂取で強引に入れ替わりを決行する可能性も捨て切れない。


「クロヴァス卿にはプロメリアと接触した際に、これを」


アイヴィーはローブの内ポケットから小さなガラスの容れ物をレンドルフに手渡した。女性の人差し指くらいの細長い形をした容れ物で、中には小さな針と黒い液体が入っている。


「この蓋の部分を押し当てて底を押すと、この針が飛び出して中身が注入される注射器です。そしてこの中身は、エイブリー様の血液が入っております」

「ひょっとして『魔法完全無効化』の加護がまだ?」

「ええ、残っております。もともとエイブリー様がご存命だった頃に、プラーナがプロメリアだと確定した時点で投与する予定で準備されていました。エイブリー様の加護は、プロメリアの固有魔法にも効果があることは既に実証済みです。多少劣化しているかもしれませんが、まだ十分効果を発揮出来るでしょう」


これは重大な役目を任されてしまった、とレンドルフは手の中の小さな容器が急に重く感じられた。


「全部で五本残っている。だから安心しろ」

「は、はい…」


そんなレンドルフの心境を読み取ったのか、ダンカンがすかさずそう付け加えたのだった。


「別に隙を見て相手の飲み物に混入させても効果はあるが、お前はそっちの方が良かったか?」

「…いえ。直接打ち込んだ方が」

「だろうな」


何もかもダンカンに見透かされているようで、レンドルフはほんの少しだけ恥ずかしくなって目を伏せてしまったのだった。



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