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516.レンドルフの役割


大規模な噴火が起こったのは、レンドルフが学園に入学する半年くらい前の出来事だった。北の辺境領からは離れた場所であったのでクロヴァス領には実際の被害らしいものはなかったが、噴火した地域周辺の領地は甚大な被害が出ていたのは聞き及んでいた。クロヴァス領でも寄付金を集める為のバザーが開催されたので、レンドルフも私物を出した覚えがある。しかしその私物よりも、レンドルフの肖像画が印刷されたものが飛ぶように売れたと聞いて複雑な気持ちになったのもよく覚えている。


一時期は王都にも家や職を失った人々が押し寄せて来てスラム街のようなものが形成されたこともあったようだが、少なくとも現在は王都内はそういった場所は見られなくなった。その噴火の被害を受けた地域も今は落ち着きを取り戻してはいるが、未だに傷跡が完全に回復している訳ではない。



「その噴火の影響で起こった地震で、幽閉先だった塔の一部、正確には地下室が半壊しました。もっとも閉じ込める人間がいなくなった為に当時は誰も住んではいませんでしたから、老朽化が進んでも誰も気に留めなかったのでしょう」


しかしさすがにこのまま放置する訳にはいかないと、修理の為に派遣された魔法士が地下室を確認に向かったところ、壁の中から白骨化した遺体が見つかったのだった。

各地で噴火と地震の被害で騒ぎになっていた為にその遺体の発見は全く話題にもならなかったが、調べたところ20代から30代の経産婦で、残っていた遺髪の色は暗い茶色をしていたそうだ。


「それは、まさか…」

「はい。ご想像の通り、母…行方不明になっていた王子妃のものでした」


あっさりとした様子で答えたアイヴィーとは対照的に、レンドルフは少々顔色を悪くして僅かに息を呑んだ。そのレンドルフの様子に、アイヴィーはほんのりと目元を緩めた。


アイヴィー達にとっては母親ではあるが、生まれた時からプロメリアに操られていたような状態だったので世話は乳母が行っていた。それにたった二年間しか過ごしていなかったこともあって、アイヴィー達にしてみれば仕えていた使用人とあまり変わらない感覚なのだ。しかしそれを悼んでくれるレンドルフのことは、嫌な気持ちにはならなかったのだ。


「私はその頃、今のご主人様の元で魔法士としてお仕えして王都におりました。ご主人様の元ならば、行方不明の王子妃だけでなく、もし生き残りのトーカ家の者がいれば情報も入って来るだろうとエイブリー様が推挙してくださいました。プロメリアはエイブリー様が監視しているから大丈夫だと仰ってくださいまして」

「一部の年寄りはこいつの髪色を見て反対したがな。しかしそれを理由に優秀な魔法士を得ないという選択肢はない。それにどこかに放逐するよりも手元に置いて目に付くところにいれば、監視もしやすく余程合理的だ」


ダンカンは世間では合理主義者で通っているので、彼らしい物言いにレンドルフとアイヴィーは一瞬視線を交わして軽く苦笑していた。確かに任務遂行の為には手段を選ばないところもあるが、冷たく見える鋭い目付きに反して懐に入れた者へ情に厚いのはレンドルフもアイヴィーも知っている。


「プロメリアに乗っ取られた人間は、彼女が別の人間に移った後も髪と瞳の色が変わることはありません。ですから、母はプロメリアに乗っ取られたことはなく、操られていた魔法士が目眩ましに幻覚魔法でも使っていたのでしょう」


このことでプロメリアはアイヴィーの体に入ったままだと確定した為、急いでエイブリーの暮らす領地に伝書鳥を飛ばした。だが、エイブリーの領地も噴火に伴う地震で大きな被害を受け、その混乱に紛れて彼女は忽然と姿を消していたのだった。


「エイブリー様は領民を守る為と、プロメリアを捕らえる為に日夜奔走し…ご無理が祟ったのでしょう。『少し仮眠を取る』と仰って寝室に入って行き、そのままお目覚めになることはありませんでした」



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地震の被害と領主の急逝で混乱を案じられたが、エイブリーは万一に備えて自身がいなくなっても当分は領政が回るように細かく部下達に指示を残していた。そのおかげで、領地の方は大きな混乱もなく被害も最小限で済んだということだった。



それからひと月が過ぎた頃、川で一人の女性の遺体が発見された。


その状態はあまり良いものではなく、人相は全く見分けが付かなかったが、額に大きな傷があったのと濃いピンク色の髪をした若い女性ということだけは分かった。額の傷が原因かと検分されたが、その傷は最近のものではあるが死亡時には既に塞がっていたので違うと判断された。それ以外に目立った外傷はなかったので溺死の可能性が濃厚だと思われたが、実際の死因は奇妙なことに体内から血液が殆どなくなっていた失血死だった。他殺にしてはそれらしい外傷もなく、ただ首筋に小さな穴が空いていた。その検死結果から、魔獣の中には肉ではなく血液を主食とするものもいるので、そういった魔獣に襲われたのではないかと結論付けられた。



「各地で街道が寸断されていたために、私が領地に確認に訪れた時には遺体は損傷がひどかった為に既に火葬されていました。地震の被害でそれなりに死者も出ていたので、流行病の蔓延を防ぐには仕方のないことでした。ですがおそらく、その遺体はプロメリア…いえ、プラーナだったのでしょう」

「その…魔女の魂は…」

「もう別の人間に移っていたのでしょうね。これは私の予想ですが、地震の影響で逃げ出すことは出来たものの、その際に顔に傷を負ったので体を捨てたのだと思われます。プロメリアの美に対する執着は並々ならないものでしたから。そしてその為に…」


プロメリアが魂を入れ替えるのに必要な体はトーカ家の血を引く女性が条件ではあるが、長年の研究で血縁ではない女性でも期間は短くても乗っ取ることが出来る方法を確立させた。それはトーカの血を摂取させて、体をプロメリアに馴染みやすくするという方法だった。それでも完全ではなく、年単位で摂取させれば数年は保つが、摂取期間が短ければ一年も保たずに体が崩壊するそうだ。体が崩壊してしまえば魂も崩壊してしまう為、それよりも前に体を乗り換える必要がある。プロメリアは、自分に相応しい容姿を持つ子孫がいなかった場合の一時的措置として時折全くの他人の体を乗っ取って凌いでいた、と彼女自身の研究記録に残っていたのだ。


だが今やトーカ家は一族郎党徹底して断絶された。それでも取りこぼされた者はいるだろうが、当人すらトーカ家の末裔であるという自覚のないままどこで生きているかも分からないという程の遠縁くらいしか残っていない筈だ。その為プロメリアが適合した体を見付けるには、かなりの労力と時間が必要になるだろう。

だからこそプロメリアはプラーナから別の肉体に移った後、血を抜いて行ったのだと思われた。少なくとも適合する血縁が見つかるまでは、繋ぎとして他者に血を摂取させて体を乗り換え続けなければならないからだ。


「それは…何と言いますか…」

「ええ、悼ましいことです」


プロメリアの足跡を追って体を乗り換えている人物を辿ることが出来ても、到達した頃には既に彼女の魂の器ではなくなっていて後手に回ってばかりだった。プロメリアも自分が追われていることは分かっているので、巧妙に尻尾は掴ませなかったのだ。

しかし噴火から数年が経ち、おそらく保管してある血液が残り少なくなって来たのだろう。これまでにはなかった彼女の痕跡が近頃はあちこちで見つかるようになった。特に、今の居場所に来る直前の行動は雑極まりないもので、これまでの苦労は何だったのかと思えるほどあっさりと行方が割れた。その焦りが、追いかけるアイヴィーには手に取るように分かった。


「そのプロメリアが、カトリナ領にいるとの確かな筋からの報告が上がりました。しかも領主の愛妾として迎えられているとか」

「それは随分と厄介ですね。討伐任務で赴くのは領境ですから、カトリナ伯爵に会う機会があるかどうか…」

「そのことに関しましては、クロヴァス卿のご協力があればアレを引っ張り出せるのですが…」


何となく歯切れの悪い物言いになったアイヴィーに、レンドルフは少し首を傾げた。


「俺は全面的に協力するつもりですが」

「クロヴァス卿のお気持ちを疑うつもりはありませんが…その、少々特殊な方法でご助力を願いたいと言うか…」


急に言葉を濁したアイヴィーは、少し困ったような顔になって視線を隣のダンカンに向けた。釣られてレンドルフも視線を向けると、明らかに困っているアイヴィーを面白がっている顔になっているダンカンの悪い顔が目に入った。しかしそれは短い時間で、すぐにダンカンは足を組み直してアイヴィーの代わりに口を開いた。


「お前には女の振りをして、トーカの魔女をおびき出す囮役をやってもらいたい」

「は…?」


レンドルフはその言葉に、相手が上の立場であることも忘れてパカリと口を開いて固まってしまったのだった。



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「…あのう…お言葉ですが、俺が女性の振りというのはさすがに無理が」

「そうか?少し前に見事な淑女になっていたではないか」

「え…!?あ…!あの時は」

「あれほどの美女ならトーカの魔女も食らい付くと、長年追っているアイヴィーのお墨付きだ」


夏頃にユリの誘拐事件が起こり、彼女を救出する為に乗り込んだレンドルフは繭のようなもので包んで人間を捕縛する魔道具に囚われてしまい、そこから出て来た時は成人前の華奢だった頃に体が逆行していたのだ。その時に身に着けていた特殊な装身具と、魔道具の魔力が妙な具合に作用した結果だったらしいのだが、幸いなことにしばらく後に体も戻り、特段後遺症も見られなかった。


「し、しかし、あれは偶然の産物で」

「あの後、お前を診察した神官と()()()()()が徹底的に調査してな。ある程度なら再現が出来るようになっているのだ」

「あの現象を、ですか…」

「申し訳ございません。()は魔法は扱えないのですが、魔道具には並々ならぬ才がございまして。あまりにも珍しい現象なので研究心に火が点いたようなのです」

「はあ…」


あの謎現象は、一時的にも若返ることが出来ると知られれば大きな騒動になると極秘扱いされていた。レンドルフとしても、女性の振りをしてドレスどころかドロワーズまで着させられたので完全に忘れたい案件だった。


「あの…全面的に協力のつもりはありますが、俺を女装させるくらいなら他にもいそうな」

「クロヴァス卿のお顔立ちは、プロメリアの好みなのです」

「好み…」

「ええ。それはもうど真ん中な程に。私が保証します」

「保証…」


あまりありがたくない保証をアイヴィーから力強く主張されて、レンドルフは何とも言えない表情でアイヴィーの言葉をおうむ返しするのが精一杯だった。



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