515.プロメリアの行方
「プロメリアの魂の入れ替えの禁術が同性のみとされているのは、同性同士の魂は反発し合い弾かれる為に体を乗っ取ることが可能なのですが、異性の場合は魂が強く結びつく…とでも言うのでしょうか。一度入れば体から出ることが適わなくなるのです。プロメリアもそれを知って、入れ替わる際は必ず女の身を選んでいました」
若さと美貌を維持する為に開発された禁術なので、一つの体に留まり続けることはプロメリアも何としても避けたいことだった。
トーカ家は総じて女性の方が魔力量も多く魔法の才能も引き継がれる。魔力の強さは魂の強さに直結するので、本来体の持ち主であったアイヴィスよりもアイヴィーの方が主導権を握ってしまった。その為体は兄アイヴィスのものでありながら、トーカ家の女の証である髪色が出るという希有な状態になってしまっていた。
「私達は一つの肉体に魂を二つ持ち、共有しているのです。ただ共有と申しましても、表に出ている方が主導権を持っているので、片方が行動に影響を及ぼすことはありません。入れ替わる際にほんの少しだけ記憶を共有するだけで、感覚としては警備の交代の際に報告をする、程度のものでしょうか」
「…道理で見分けが付かない筈です」
「体は同一ですからね」
多少の仕草の差異はあっても、成人済みの男女の双子なのに服装でしか判別が付かなかったので、レンドルフは自身の感覚がどこかおかしいのではないかと思っていた節があったのだ。しかしこの話を聞いて、荒唐無稽なものだとしても不思議とすんなり納得が出来てしまった。
「しかし、アイヴィー殿の体を乗っ取った魔女はどうなったのです?今は二歳下の妹殿の体にいるということでしょうか」
「プロメリアは、私達とは同時には生まれなかったのです」
「え…!?それは一体」
「あの女は、これから産まれる子に対して王家の厳しい監視の目がある中、私達と一緒に生まれれば誤摩化すことは出来ないと判断したのでしょう。ですから、私の体を乗っ取った時点で仮死状態となって眠りについて、誕生の時期を二年遅らせたのです」
次々と理解を超える話をされて、レンドルフは相槌を打つことも忘れて絶句していた。その様子を見て、アイヴィーも信じてもらえるとは最初から思っていなかったのか、特に言い募るようなこともせずにただ少しだけ寂しげな顔をして笑っただけだった。
「私達は、髪色はともかく体は兄のものですから、生まれてすぐに処分されることは避けられました。それからあの女が生まれるまでの僅かな時間は、兄や乳母もいましたので塔の中は随分と賑やかで平和なものでした」
プロメリアがどのくらい誕生を遅らせるつもりだったかは不明だが、やはりいくら魔力が大きくても長らく成長を止めていることは出来ない。彼女は少しずつ母の胎内で成長し、そこから母を操って侍女や定期検診に侍医などを少しずつ洗脳して行った。むしろ塔の結界は、内部がどうなっているかを索敵魔法などで確認されることを防いでくれたため、外部の者が確認に来る時だけ取り繕えば済んだ。それに侍医が「異常なし」と言ってしまえばそれで疑われることもなかった。彼女はそうやって塔の中に入ることの出来る人間を操り始めた。
「父が塔に訪れることはなく、塔の中に入れる者は騎士に至るまで女性のみでした。にもかかわらず、少しずつ母の腹が大きくなって行くことに誰も、母自身も不自然だと思うことはありませんでした。あの中ではその異様さに気付いていたのは、魔力が高かった為に耐性のあった私達だけだったのです」
そして約二年が経過し、いよいよ妹としてプロメリアが誕生するという冬の終わりに、侍医と数名の助手が前触れもなく塔を訪れた。最初は母の様子を見に来たのかと思っていたが、あれよあれよと言う間に三歳になった兄とアイヴィスは薬で眠らされ、次に目が覚めた時には粗末な馬車に揺られていた。
「この時は兄が絶対に譲らず、私は兄の中で眠っていただけなので後に聞いた話ですが、二人は断種の処置をされて孤児院に運ばれている途中だったそうです。本来ならばそんな幼子にするべきことではなく、しかも外科的な処置を施して完全な断種を受けていました。…兄は、意識を取り戻した後は痛みで三日は眠れなかったそうです」
「何て、酷いことを…」
「おそらく、自分が産まれる前に私達を追い出したかったのでしょうね。魔法の効きが悪かった私達が塔の外に出された後に、妹が生まれていたと周囲に漏らされないように。上の兄はそのついでのようなものだったのでしょう。お可哀想なことをしました…」
処置の直後に長時間馬車に揺られた為か、幼い王子は二人とも高熱を出していた。しかしプロメリアの魔法の影響下にあったのか、同行者は大した対応もせずに放置していた。そしてアイヴィスが一週間後に少し熱が下がり始めてようやく危機を脱した頃、一つ上の兄は隣で既に冷たくなっていた。意識が朦朧とした中にいたので、彼が一体いつ儚くなったのかも分からなかった。
「私達は元凶の魔女プロメリアを必ず倒そうと決め、密かに魔法の技術を磨いておりました。そして魔法を人前でも使える七歳になるのを待って、孤児院を出て先々代の団長様に会いに行き、助力を求めたのです。その孤児院を経営していた方で、何度も視察にいらした際に直接お言葉を賜り、頼りになるお人柄は存じておりましたので」
「先々代の団長エイブリー殿は、私の大叔父にあたる御仁だ。二本脚の猪と二つ名を持った方でな。何とも真っ直ぐな人だった」
不意に口を挟んだダンカンの表情はいつもの鋭い目つきが随分と和らいでいて、彼がその大叔父をどう思っていたのかが一目で分かるほどだった。しかしレンドルフはその人物を詳しくは知らない。
「申し訳ありません。お名前は存じ上げているのですが、それ以上は…」
「まあ、お前が王都に来る頃には亡くなっていたからな。それに同時期にあの伝説の第四の団長がいたから、おかげで目立たずに済んだ」
ダンカンの言う「伝説の」団長とは、今の第四騎士団団長のヴィクトリアの祖父にあたり、レンドルフの父ディルダート・クロヴァスと同級で親友だった人物だ。非常に優秀な騎士で、駐屯部隊の設立や遠征時に魔馬やスレイプニルを多く使えるように尽力した。そのおかげで現在は遠征期間をこれまでの半分以下にまで短縮させ、騎士の生存帰還率も大幅な上昇を実現した。
更に後進の教育にも熱心で、彼が直接指導に当たった騎士達は皆身分にかかわらず何らかの役職に就いていた。レンドルフも親同士の縁で師事を受けていて、その時に学んだ武器ごと身体強化を掛ける技術は今も大いに役立っている。
「エイブリー殿は生まれつき魔核を持たない体質でな。それの代わりとばかりに加護持ちではあったが、魔力の強い王族の中では随分苦労をしたらしい」
「そうだったのですか。初めて伺いました」
「隠してはいないが、さすがに王族が魔力なしとは大っぴらに言えずにいたからな。だから伝説の団長に注目が集まっていて助かったとよく言っていた」
魔力の元である魔核と呼ばれる器官は大抵の人間に備わっていて、余程のことがない限り使い方を学べば下位の生活魔法ならば使うことが出来る。しかし生まれつき魔核を持たない者は、幾ら学んだところで魔力そのものがないので一切魔法を使うことが出来ない。エイブリーは強大な魔力でその地位に就いたとされる王族にしては珍しい体質だったのだ。
しかし彼には、魔力とは全く関係ない能力「加護」を持っていた。
「エイブリー殿の加護は『魔法完全無効化』といって、一切の魔法が効かない能力だった」
エイブリーには攻撃魔法は当然ながら、防御魔法すら効かなかった。魔力を込めた魔石を使用した結界の魔道具も彼にとっては何もないに等しく、身体強化魔法でさえ無効にするので、強化した攻撃もただの力技になった。それを知ってから、エイブリーはひたすら鍛えて体術の技を国内随一と言われるまでに磨き上げた。
稀少な加護持ちでも、魔核なしで生きて行くには厳しい王族に生まれながらも、エイブリーは決して腐らずただひたすらに鍛錬に励んでいた。その背は幼かったダンカンの目に今でも焼き付いて、その時に抱いた尊敬の念は未だに消えることはない。
「その加護のおかげで、アイヴィーの母が幽閉されている塔に突入し、その中の異変に気付けたのだ」
「エイブリー様はまだ年端も行かない、しかもトーカ家の末裔の私の話を真摯に受け止めてくださいました」
「王族の血が流れているのだから、親類の子供を放っておけなかった…いや、あの方は身分に関係なく弱い者の味方だったな」
「それほどの御方ならば、一度お会いしてみたかったです」
「ああ、お前ならいい鍛錬の相手だと喜ばれただろうな。きっと私よりも強引に自分の部下にしていただろう。そうすれば最初からお前を部下として引き継げた訳だな。惜しいことをした」
ダンカンは割と本気で言っているのだが、レンドルフは「随分お気に入りの冗談を続けるんだな」くらいにしか思っていないので、少しだけ困ったような笑みを浮かべるだけに留めている。端から見ているアイヴィーからするとダンカンの空回りな片思いにしか見えないのだが、そこは敢えて口にしないでおいた。
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アイヴィー達の真剣な訴えと、あまりにも早すぎる王子達への断種の処置と亡くなった第一王子がいた事実がエイブリーを動かし、彼は周囲の者に告げずに単身で幽閉の塔へと突撃した。もっとも手勢を連れていたとしても、許可された者以外は弾かれてしまう結界の前には無力だったろう。
そこでエイブリーが見たものは、王城とまでは行かなくとも貴族の屋敷のように飾り立てられ、高そうな調度品なども揃っている異様な空間だったそうだ。直接トーカ家の計画に携わっていない王子妃を幽閉するのだから、通常の罪人を入れる場所よりも遥かに整えられた状態にしていたのは知っていた。しかしそれでも本来ならば処刑対象だった王子妃を匿うのだから、あまり目立つことは出来ないと不自由がない程度に揃えただけで、必要以上に豪奢にしていないと聞いていたのだ。
エイブリーが足を踏み入れた塔の中は、毛足の長い鮮やかな絨毯が敷き詰められ、飴色に磨かれた猫足のテーブルとソファが並び、果物やケーキがズラリと並んでいたと語った。
ちょうどお茶を楽しんでいたところだったのか、薄い白磁に藍色の蔦の紋様が描かれたティーセットが置かれ、その傍らには僅かな曇りもない銀のカトラリーが添えられている。そしてそのテーブルの上席にあたる場所には、ピンク色の髪をした幼い少女がちょこんと座っていた。周囲の侍女や護衛達は、たった一人の茶会の為に甲斐甲斐しく給仕をしている。
その光景だけでも異様ではあったが、エイブリーという異物が入り込んだにもかかわらず、彼らは視線を向けることすらなく淡々と自身の仕事をこなしていたことが更に異様さを引き立てていた。
「あら、お客様ね」
幼子特有の少し舌足らずな甲高い声で少女が無邪気な様子でエイブリーを見た瞬間、老齢にも差し掛かっていた彼の背筋に冷たいものが走った、と後にエイブリー自身が零していた。
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「その時の少女は、プラーナと名乗っていました。そして塔の中には母の姿はありませんでした。エイブリー様が急ぎ調べさせたところ、目立つピンク色の髪をした女性が魔法士と共に塔を出たとの記録が見つかりました」
その魔法士は結界の魔道具に魔力を充填させる為に月に一度、塔を訪れていた。外に王子妃を生かしていることが漏れないように、特に王家に忠誠心の高い者を選出していた故にその担当者が一人だったことが裏目に出たらしい。万一に備えて塔の中には入らないようにしていたが、塔に出入り出来る護衛や侍女とは接触があったのだ。既にプロメリアに洗脳されていた彼女達に少しずつ薬草を摂取させられて、気が付けばその魔法士もプロメリアの手に落ちていたのだった。その担当が一人だった為に、王子妃が塔から出たことは周囲には気付かれず、エイブリーの訪問によって初めて明らかになったのだ。
「プロメリアは、私の体を乗っ取り母の胎内から塔の内部を掌握してから生まれて、その後母を操って塔の外に追い出したのだと思われました。けれど、二年近くも胎内で留まっていたなどとはさすがに誰も信じませんでした。証言出来るのは私だけでしたが、産まれる前に塔を出されましたから信憑性はないと言われました。ですからプロメリアは、母の体を乗っ取ったのだと判断されたのです」
「そう…でしょうね」
プロメリアに成り代わられたと思われた王子妃は、ひと月に一度程度は塔に舞い戻っていたことも確認された。おそらく外部に知られないように、魔法士が魔力の充填に来ていたからだろうとみられた為だ。だからまた再び戻って来るだろうと周囲を密かに固めて彼女の帰りを待った。しかし彼女は何かを察したのか、ことが明るみに出てから以降は魔法士と共に戻ることはなかった。勿論王家の「影」を使って行方も探したが、優秀な魔法士が側にいるせいかその足取りの痕跡は見事に消されていた。
「その後、塔に残されていたプラーナの扱いをどうするかで問題になりました。アイヴィスとの双子と言っても、明らかに年下にしか見えなかったので、エイブリー様以外の理解は得られませんでした」
プラーナは、プロメリアに乗っ取られた王子妃が外に出て適当な相手と子を成して、トーカ家の血を引く将来の器として産んだのだろうと誰もがそう判断した。しかしトーカ家の女である以上、プロメリアの器となる危険性はある。
「当初はプラーナを処刑する方向で話は進んでいました。ですが、アレは言葉巧みに何も知らない幼気な子供を装い、周囲の同情を引きました。そこで処刑は免れ、王都から遠い領地で幽閉…の態を取った保護という形でどこかの家門で引き取るというところまで話が進んだ為、エイブリー様が自ら手を挙げてくださったのです」
エイブリーが最初にプラーナを見付けたことと、領地で幾つも孤児院を経営しているという実績があったため、引き取る話はすんなりと決まった。それにやはりプロメリアが接触して来ないとも限らなかったので、騎士団長であり王族でもあるエイブリーが適任と全会一致で決定したのだった。
彼は魔法が一切効かない体質であったので、プロメリアの洗脳は効果が及ばない。これ以上の適任はなかったのも事実だったが、アイヴィー達はそれでも彼女の危険性について分かっていた為に最後までエイブリーに対して不敬と取られても構わない覚悟で反対し続けた。魔法が効かないのはエイブリーだけであって、周囲の人間には影響があるのだ。
しかしエイブリーはアイヴィー達の心配を払拭するかのように、プラーナを引き取ると同時に団長の座を退いてしまった。そして領地の本邸でエイブリーがプラーナを教育すると決めていた。そして彼女にかかわる人間には、エイブリーの髪を編み込んだ護符を持たせるように徹底した。彼の髪や爪、血液なども一時的ながらも加護と同じ効果を発揮するのだ。
元々年齢的に引退してもおかしくなかったし、後継の準備も進めていたのでそこまでの混乱はなかったが、やはりその時期を早めてしまったことにアイヴィー達は申し訳なく思ったのだった。
当初は引き取ってからプラーナを密かに亡き者にすることもアイヴィー達は考えたが、引き取った直後に亡くなったとしてしまうのはエイブリーにあらぬ疑いが掛かってしまう。彼の名誉を汚す訳には行かないと、しばらくは様子を見ることにして、アイヴィー達は彼女の目に留まらないように細心の注意を払いつつ動向を伺っていたのだった。
「しばらくはプロメリアも大人しくしていました。私達ですら、もしかしてプロメリアの魂は母の中にあるのではないか、と疑いを持つほどに」
アイヴィーは小さく息を吐いてから、一瞬目を伏せた。髪と同じ色をした長い睫毛が、頬に影を落とす。
「しかし、数年前に起きた大規模噴火による地震によって、事態は大きく動きました」
お読みいただきありがとうございます!
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自分では分かっている設定を他の人にも分かるように説明しつつ、物語の形式を取るのは難しい…もう少し説明回が続きます。