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514.アイヴィーとアイヴィスの秘密


「ここから先は私が説明をしてもよろしいでしょうか」

「はい、お願いします」


ダンカンに代わり、アイヴィーが半歩ほど前に出て優雅に腰を折った。どちらかというと騎士に近い仕草で女性の取る礼ではなかったが、背が高く中性的な彼女は随分と様になっていた。


「これより先は、重大な機密に触れることになる。後から誓約魔法を結んでもらうが構わんな?」

「構いません」


レンドルフは即答して頷いた。随分気安く接してもらっているとは言ってもダンカンは職務上必要な為、今も王族に籍を置いていて順位は下がるが王位継承権も有している。一応確認の態を取ってはいるが、実質断れるものではない。それにレンドルフとしてもここまで聞いてしまっては、そのまま知らぬ存ぜぬでいられる筈がない。


少し居住まいを正したレンドルフに、アイヴィーはニッコリと微笑んでみせた。


「そのトーカ家の生き残りが、私なのです」


その微笑みに似つかわしくない重大な告白に、レンドルフは思わず小さく息を呑んでしまった。そしてすぐさまダンカンに目を向けたが、彼は薄く笑みを貼り付けているだけで動揺した様子はない。さすがに知らない筈がないかとレンドルフは納得したが、先程の話からするとトーカ家の生き残りは第三騎士団で追うほどの重罪人扱いになっていたにもかかわらず、何故その彼女を直属の部下にしているのかと疑問が浮かぶ。

そんなレンドルフの思考を正しく読み取ったのか、ダンカンは目だけでアイヴィーの話を聞けと言わんばかりの視線を向けて来た。

レンドルフは再びアイヴィーに顔を向けると、彼女は再び落ち着いた声で話を再開した。


「私がこうして生かされているのは、トーカ家の始祖にして元凶、魔女プロメリア・トーカを捕らえる切り札だからなのです」



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トーカ家の始祖となったプロメリアは、元は地方の弱小子爵家の出だった。彼女は下位貴族にしては非常に魔力が強く、あらゆる魔法を使いこなした女性だった。その結果プロメリアは功績を上げて叙爵され、女男爵になってトーカ家を興した。


その彼女が心血を注いで取り組んだものが、永劫の若さと美貌を保つ魔法だった。もともと家系的に相手の魂に僅かな時間だけ干渉して感情を揺さぶる魅了魔法のような固有魔法を有していた血統だった為に、それを突き詰めて他者の体に自身の魂を移し替えて若く美しい肉体を得る魔法の開発に成功した。


その最初の被験者であり、被害者となったのは彼女の生んだ娘だった。


彼女によって入れ替えられた娘の魂は自分の体から追い出され、元のプロメリアの体に入ることになった。しかし魔力がプロメリアより少ない為に魂が影響を受けて体にも重篤なダメージを及ぼしてしまい、違う体になったことを受け入れられずに気が触れてしまった。トーカ家の記録には、当主がある日突然気が触れてしまい廃人同然になった為に領地の端に屋敷を建てて療養させると同時に、娘が後を継いだと残されている。


研究の結果、追い出された相手はかなりの確率で亡くなるか気が触れるかの結果になるだろうと分かっていた。だがプロメリアはそれを承知の上で実の娘の体を入手し、それまでに磨き上げた薬物の知識と巧みな話術、そして固有魔法を駆使して次々と高位貴族を籠絡し、多くの富と権力を手に入れた。


しかしその魔法は強力ではあったが制限も多かった。プロメリアの魂が入ることの出来る器は女性で、彼女と同じ血統でなければならなかったのだ。そこで彼女は、自身の血縁をも固有魔法と薬物で思うように操り、次々と有力な貴族との縁と血を繋いで行った。そして一族の中に美しい娘が誕生するとその体を乗っ取っては更なる高位貴族に取り入り、着実に自分に有利な血族を増やして行ったのだ。やがてその野望は留まることを知らず、彼女の目標は王家に向けられた。


プロメリアの計画が発覚した時には、既にトーカ家の血縁が王子妃として嫁いでおり、子も生まれていた。不幸中の幸いと言うべきか、その時に生まれていたのは王子のみだったので乗っ取られずに済んでいた。しかし今代ではなくとも次代に王女が誕生してしまえば、プロメリアが狙うことは間違いない。それを阻止する為に、トーカ家の血筋である王子妃と、彼女の産んだ罪のない幼い命が断たれることになった。



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「…と言うのは表向き。私達はその時に処刑されたことにして生かされたのです」

「え…!?」

「トーカ家が反逆者として一族が捕縛されたとき、当時の王子妃には一歳になったばかりの長男と、更に懐妊していました。本来ならばトーカ家の血を引いていますからプロメリアにいつ乗っ取られないとも限らないので処刑対象でしたが、やはり身重の女性を処刑するというのは躊躇われたのでしょう。彼女は…母は魔法で幾重にも結界を張った塔に兄と共に幽閉となりました」


少しだけ目を伏せて他人事のように淡々と話すアイヴィーを、レンドルフは不躾と分かっていながらも凝視してしまった。確かダンカンは先程、トーカ家の血縁から嫁いだ王子妃と()()()()()が処刑対象となったと言っていた。彼らが密かに生かされていたということは色々な思惑があってのことだろうとは何となく理解が出来るが、彼女の話によれば一歳年上の兄がいたことになる。しかし以前に会ったアイヴィスははっきりと「双子の兄」と名乗っていた。それに行方不明の二歳下の妹もいると聞いている。それでは数が合わない。


アイヴィーはそんなレンドルフの視線に気付いたのか、視線を合わせてほんの少し困ったような笑みを浮かべた。



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捕らえたトーカ一族の話から総合して、プロメリアの魂に肉体を乗っ取られた女性は髪色が特徴的な濃いピンク色に変化するということだった。それは彼女の魔力の強さの証でもあるのか、どんな魔道具や染め粉を使用しても変えることが出来なかったそうだ。ただ瞳の色は一時的でも変えることが可能だった為に、捕らえた一族の中に複数名いたピンク色の髪の令嬢の中で、誰がプロメリアなのか判別が付かなかったのだ。


取り調べにあたった魔法士と審問官でも決定的な確信は得られず、このままでは当人を処刑したとしてもその直前に入れ替わる可能性も否めないとの結論が出て、その危険性から該当する髪色の女性は全員真っ先に処刑された。それ以外の髪色の女性ならば、入れ替わった瞬間に判別が付くからだ。


そんなこともあったため幽閉された王子妃も、髪色が暗い茶色だったので辛うじて処刑を免れたのだ。ただし彼女の髪色が変化した場合は、身重であろうと容赦なく首を刎ねるようにと護衛に申し渡されていた。


そして幽閉された母子を残してトーカ家の血筋は全て処刑された後も、王子妃の髪色が変化することはなかった。これでおそらくは魔女プロメリア・トーカは死んだのだろうと思われた。ただそれを証明する術がなかった為に、引き続きトーカ家の生き残りがいるかもしれないと警戒を継続していく方針に落ち着いた。

そして王家は、処刑対象にトーカ家から嫁いだ娘の曾孫のような遠縁までも含めていたことから、王子妃が生き残っていることは徹底して秘匿した。トーカ家の計画に一切関係していないのに血縁というだけで命まで奪われた者達の大半は貴族だった為に、もし王家の特権でもっと近しい血縁の王子妃が見逃されていたと彼らの家族が知れば、その反発は王家に向かうことは間違いないからだ。ただでさえ不安定な国内情勢なので、複数の貴族家が離反すればもっと状況が悪くなる。

王家は表向きは彼らも処刑したことにして王子妃は生涯幽閉、長男は断種の上に地方の孤児院に入れることとした。そしてこれから生まれて来る子は王子であったならば長男と同じような対応をし、王女ならば乗っ取られる懸念と第二のプロメリアになる可能性もゼロではないということで、可哀想だがその場で命を奪うことと定めた。



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「この髪の色と瞳の色は、トーカ一族の中でも魔力の多い女にのみ受け継がれます。そして魔法を使うときに鮮やかな緑色になるところも、始祖の魔女、プロメリアからの流れを汲む呪いのようなものです」

「女性のみ…ええと、しかしアイヴィス殿は…」


レンドルフが会った双子の兄を名乗る青年も、目の前の彼女と同じ濃いピンク色の髪に晴天のような空色の瞳をしていた。それでは兄と言っていたが、アイヴィスも女性だったのかとレンドルフは軽く混乱した。どちらも見分けが付かないほどに良く似ていて、男性とも女性とも取れる中性的な姿をしていた。どちらかが性別を偽っていたとしても、不自然には思えなかった。


「ええ、クロヴァス卿の疑問もごもっともです。そのことをこれからお話しいたします」


アイヴィーは一つ息を吐いてから静かに話し始めた。


「……当時母は、男女の双子を身籠っておりました」



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「クロヴァス卿ももう体感しているからご理解いただけるかと思いますが、どんなに厳重な結界を施したとしても固有魔法に効果を発揮することは少ないのです」

「まさか…」

「ええ。プロメリアは処刑されると同時に魂だけ抜け出して、強引に一族の女の体に入り込みました。しかし母の体ではすぐに発覚してしまうことは予測していたのでしょう。ですからしばらくは人目に触れることのない存在…母の胎内にいた私の体を乗っ取りました」


アイヴィーは王族の血が入った影響なのか、プロメリアに匹敵するほどの魔力量を有していた。しかしまだ生まれてもいない胎児では抵抗することも出来ず、気が付いた時にはプロメリアによって体から追い出されていた。その時の記憶があるのは、プロメリアの魂に直接触れたことにより一部の記憶や知識が流れ込んだからだと思われた。もし生まれて自我が芽生えた状態であれば、別人の記憶に触れて混乱を来たし、魂に傷を負った筈だ。プロメリアに替わられた人間が無事で済まないのはそのことにも一因があるだろう。


「肉体のない魂は、長く保ってはいられません。私は本能的に、最も近くにいた体の中に逃げ込みました」

「それはもしかして、アイヴィス殿の…?」

「ええ、その通りです」

「ではアイヴィス殿の魂は」

「兄の魂も、()()に」


アイヴィーはそう言って、自身の胸元にそっと手を当てた。


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