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513.元インディゴ伯爵領へ


王都を発って予定通り四日後に、レンドルフ達を乗せた馬車は元インディゴ領に到着した。そこから駐屯部隊を置いている拠点を訪ねてから、領内を横切るような形でダンジョンが発生したと報告のあったカトリナ領との領境に向かう予定になっている。今のところダンジョンが発生した付近の領民の避難は順調に進んでいると聞いているが、実際の現場に入ってしまえば予定通りに行かない場合もある。まずは最も状況を把握しているであろう駐屯部隊と情報を摺り合わせて、臨機応変に対処することになる。


「あっちは遠回りじゃないかよ」

「ちゃんと領内の様子を知ることも大事だろう」

「そう…だけどよ」

「フラウにも頼まれたじゃないか。ヨーカになら任せられるって」

「そんなことは言われるまでもない」


馬車の中ではヨーカが盛大に不満を漏らしていて、レイロクが宥めていた。一応小声ではあるが、向かいに座っているレンドルフには丸聞こえだった。

道中の大半はレンドルフが馭者を務めていたのだが、さすがにずっと任せておく訳にはいかないと今はオスカーが担当している。その間に少しでも休養を取るようにとオスカーから何度も念を押されたので、レンドルフは静かに目を閉じていた。本当に眠る訳にはいかないので意識はハッキリしているのだが、目を閉じて身動きのしないレンドルフを眠っていると思ったのか二人とも少々気が緩んでいるようだった。


「それに、()()()()はルートに含まれてないだろう?大丈夫だよ」

「お、俺は別に」

「僕があんまり行きたくないんだよ。今でもたまに夢に見るくらいだから、実際の景色を見たら魘されるかもしれないしさ」

「それは仕方ないな。だが、恥じることじゃないからな!」

「しーっ!声が大きいよ」


眠っている訳ではないので全部レンドルフに聞かれているのだが、二人は全く気付いていないようだ。ある程度騎士を長くしていると、相手が起きているかどうかくらいは何となく悟れるものなのだが、まだ騎士見習いである彼らには経験値が足りていない。盗み聞きをするつもりはなかったのだが、どうしても耳に入って来る会話に、レンドルフは何となく彼らの関係性が分かったような気がした。


ヨーカは赤い髪という目立つ容姿に加えて、同期の見習いの中では頭抜けた剣技と、それが霞むような尊大な態度で何かと注目を浴びやすい。そして幼馴染みであり実家は寄子であるレイロクと、騎士団に入団してから知り合った平民の同期の二人を子分のように振り回していると周囲からは見られていた。しかし彼らの会話の端々に、どちらかというとレイロクが上手くヨーカを転がしているとレンドルフは最初の印象を真逆に変えた。レイロクのさり気なくへりくだるような言動から、ヨーカに上の者としての自覚を促しているかのようにも思えた。

先頃レンドルフに直接謝罪に出向いた婚約者のフラウのことも合わせると、ヨーカは周囲には恵まれているらしい。


「本来ならば、俺が花の一つも手向けに行くべきなんだけどな…」

「ヨーカ、また機会があるよ。それにその時はフラウも一緒の方がいいだろう?」

「そうだな。その時までには俺が立派な騎士になって、フラウの護衛をしないとな」

「うん、そうしよう」


ガタリと少し大きく馬車が揺れて、車輪の音が止まった。どうやら目的の駐屯部隊のいる場所に到着したらしい。レンドルフはこの揺れで目を覚ましたような態で目を開けた。


「到着したな。先に馬車から降りて構わない。俺は荷下ろしがあるからな」

「お手伝いを…」

「魔力が封じられた状態では持ち上がらないだろう。それに荷が入っているのはそちらの座席の下だ」

「はい、失礼します」

「…失礼します」


レンドルフに促されて、レイロクは申し訳なさげに何度も頭を下げながら、ヨーカは軽く頭を下げて馬車から降りて行った。



レンドルフが彼らが座っていた座面を持ち上げて、中から回復薬などの入った木箱を取り出す。万一に備えて各人が必要量は所持はしているが、魔獣討伐では何が起こるか分からない。それに住民の避難の際に必要になることもあるだろうと多めに持って来ているのだ。

元々力の強いレンドルフは、大して身体強化魔法も使用せずにほぼ自分の腕力だけで中身が瓶と液体の重い木箱を軽々と持ち上げた。標準的な人間ならば両手に抱えてやっと、というサイズの木箱だが、レンドルフは片手で十分だった。そしてそれを両方の小脇に抱えてヒョイと馬車を降りる。


「レンドルフ。すまないがそれを置いたら部隊長室に行ってくれるか」

「オスカー隊長は…」

「私は部隊長殿に挨拶に向かう」

「?はい、分かりました」


馭者を務めていたオスカーからそう命じられて、レンドルフは少しだけ首を傾げながら承諾した。


到着したのは元インディゴ領に置かれている駐屯部隊の隊舎で、通常ならばそこの部隊長にこちらの隊長のオスカーが代表で挨拶に行く筈だ。そのこと自体は間違いなさそうなのだが、何故レンドルフが部隊長室に行くことになっているのかが分からない。オスカーの言い方だと、部隊長は自身の部屋にはいないことになる。誰もいない部屋に呼び付けられることは考えにくいので、そこに部隊長以外の誰かがいるということだろう。しかしレンドルフには全く心当たりがなかった。


それでも呼ばれているのだから、レンドルフは荷物を宿舎に運び込むと部隊長室へと向かったのだった。



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駐屯部隊のある敷地には、部隊所属の騎士達の寮と執務棟として使われている屋敷がある。もともとインディゴ伯爵が領地視察の拠点の一つとして所有していた場所で、当主夫妻が亡くなった後に駐屯部隊が建物をそのまま利用して使っているということだった。広い本邸にあたる屋敷は改築されて寮になり、離れとなっていた建物は改築はせずそのまま執務棟として使用しているそうだ。


伯爵家の持ち物だっただけに執務棟と呼ばれていても全く無骨な印象を受けない建物にレンドルフが向かうと、正面玄関のところで男性の文官が既に迎えに出ていた。


「お待たせしました」

「いいえ。お疲れのところ恐れ入ります」


その文官を見て、レンドルフは妙に所作が洗練されていることに気付いた。別に地方の文官を低く見ているつもりはないが、王城に勤める文官は下級でも王族と顔を合わせる機会もあるので行儀作法をまず徹底して教え込まれるのだ。何年も近衛騎士を務めていたレンドルフなので、その差は分かってしまう。

「最近まで王城にいた文官かな」と思いながら、レンドルフは最上階にある部隊長室まで案内された。


おそらく当主が使用していた最も格が高いであろう重厚な扉を文官が叩くと、その向こうから返答があった。扉の厚みのせいか大分くぐもっていたが、レンドルフはその声に聞き覚えがあって思わず目を瞬かせた。


「失礼します」

「よく来た」


用件は分からないが何となく呼ばれた理由を悟ってレンドルフが一礼して部屋に入ると、その正面には大きな窓を背にして革張りの椅子にゆったりと座り長い足を組んだ第三騎士団団長ダンカン・ボルドーが、ニヤリとした笑みを浮かべてレンドルフを真っ直ぐ見つめていたのだった。



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「お久しぶりです」

「すまんな、急に呼び出して」


全くすまなさそうな様子もなく、ダンカンは視線だけでレンドルフに側のソファに座るように促して来た。


レンドルフが腰を下ろすと、案内して来た文官と入れ替わるようにティーワゴンを押したローブ姿の女性が入って来た。特徴的な鮮やかなピンク色の髪は、ボルドー家直属の魔法士アイヴィーだ。同じ顔の双子の兄がいて見分けが付かないが、今はローブの下に飾りのないシンプルなドレスを纏っているのですぐに分かった。と言うよりも、服装で判断しないと分からないほどに良く似ているのだ。

本来はメイドのような仕事をする立場ではない筈なのだが、彼女は手慣れた様子で紅茶を淹れるとレンドルフの前にカップを置いた。


「ありがとうございます」

「先日は失礼いたしました」

「いいえ、お気になさらず」

「ほう、いつの間に交流を深めたんだ?お前も隅に置けないな」

「そんなことでは…」

「ご主人様。おふざけが過ぎます」


困った顔で眉を下げるレンドルフに、アイヴィーは全く温度を感じさせない無感情な視線をダンカンに送った。人形のように整った顔立ちのアイヴィーのその眼差しは一種の迫力を感じさせるものだが、ダンカンはそれに慣れているのか軽く肩を竦めただけで、何事もなかったかのようのカップを置かれているレンドルフの正面に移動して来た。


「私がここにいるということは、何を意味しているか説明するまでもないな。早速だが本題に入らせてもらう」

「はい」



ダンカンの率いる第三騎士団は、広域に渡って犯罪を重ねる重犯罪者を追跡し、捕縛する役目を主に負っている。王都内のことは第二騎士団が担当することが多く、領内での単独犯であれば領主が対処することが殆どだ。しかし幾つもの領を越えたり、或いは国外に逃亡した場合に対処する際にはこの第三騎士団が対応する。その為、身分や家同士の柵、国家間を越えた権限の必要があるので、代々団長職は王族が務めることになっている。特に凶悪だと判断された犯罪者には団長が王族の権限を発動させて、その場で処刑することも許されている。

そして第三騎士団はその役割故にあまり表立って動くことはない。大規模に周囲を囲んで投降を促す策を取る時か、犯罪者を捕縛後に事態を収めるために正体を明かすことはあるが、前もっての行動は隠密で動く。

その彼がここまで来ているということは、この周辺に重犯罪者が潜伏しているということなのだろう。



「トーカ家の生き残りが、カトリナ領で目撃された。我々はその捕縛…いや、殲滅の為に来た」

「トーカ家…あの、国家転覆を目論んで一族が処刑されたという…?」


トーカ家の事件はレンドルフが産まれる前の話だが、そのことは学園の座学でも伝えられていた。詳細までは教わってはいないが、当時のトーカ家の当主が禁術を使用して国家転覆を目論んだということだった。模倣する者が出ないとも限らないので、その禁術に関しては一切表に出されていないし、目的や方法すらどの資料にも残されていない。知っているのは当事者くらいだが、他言出来ないように誓約魔法を結んでいることは容易に想像が付く。


「そのトーカ家の血筋の者は、当時残らず処刑されたことになっているが、正直追い切れなかった者もいた。数代前に平民と駆け落ちした者や、一夜の相手をした娼婦を孕ませてしまった者などもいたからな」

「…そんな者まで処刑対象だったのですか」

「王族も例外ではなかったからな。トーカ家の血縁であった王子妃と、まだ幼い王子二名も対象になったくらいだ」


思わず眉を顰めてしまったレンドルフに、ダンカンはあくまでも軽い口調で肩を竦めてみせた。


オベリス王国は罪人に対して死刑制度は残っているが、近年では殆ど実行された例がない。人口が半減した影響で、重罪人でも生かして何らかの労働力として役立てる方向になったのだ。レンドルフが学んだ歴史では、そのトーカ家の事件が人口減少以降初の死刑だったと教科書に載っていた。そしてその件以降も、正式に処刑となった罪人はいない。実際には「療養」と称した幽閉の後、毒杯を与えられて「病死」と届けを出された貴族はいるが、あくまでも死刑の扱いではない。


「そこまでしてもまだ、トーカ家の血筋は残っていた。見付け次第対処はしていたが…元凶が逃げ延びていたために、随分と時間が掛かった。しかし私を含めて三人の団長が引き継いで、ようやくここまで追い詰められた」

「そうだったのですか」

「それで…まあ、ここに呼び出したということは大方予想は出来ると思うが、お前に協力を頼みたい」

「出来る限り協力はしたいと思いますが…ただ俺にも任務がありますので」

「分かっている。お前は予定通り任務をこなしてくれればいい。ただ、その際にこいつを同行させて欲しい」


そう言ってダンカンは、彼の横で控えているアイヴィーに視線を送った。


「決して足手まといにはなりません。これでもそれなりに使える魔法士だと自負しております」


以前アイヴィーが魔法を行使しているところを見ているレンドルフは、彼女の実力を疑う気はなかったが、それでも魔獣討伐に連れて行っていいものかとしばし考え込む。違う団とは言っても団長直々の依頼であるので断る選択肢はなさそうだが、レンドルフの判断だけでは頷くことは難しい。


「お前のところの上官には許可を取ろう。それでいいか」


レンドルフの逡巡をすぐに見抜いたのか、ダンカンが言葉を重ねた。おそらく隊長のオスカーも断ることはないだろうが、やはり物事には順序がある。レンドルフは「それで許可が降りれば」と頷いたのだった。



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