511.遠征の案内人
ご無沙汰しております。
家の事情でなかなか更新がままなりませんが、もう少ししたら落ち着くかと思いますので見守っていただければ幸いです。
翌日に遠征ということで必要な物資を馬車に積み終えた昼過ぎに、緊急の呼び出しがあってレンドルフの所属する部隊全員が団長の執務室に向かうことになった。
執務室に入ると、珍しいことに団長のヴィクトリアが待っていた。いつもならば団長の執務机の椅子は空席のままで、その机の傍らに副団長ルードルフが書類を手に立っていて代理として任務を申し渡すのだが、今回は団長が在籍しているので書類を持たずにいた。滅多にない光景なので、部屋に入った瞬間ショーキから小さく「うぇっ?」と声が漏れてしまい、慌てて咳払いで誤摩化していた。レンドルフなど執務室で彼女と会うのは、個人的に盾士への打診を受けた時以来だ。
「緊急任務の要請が入った為、遠征先の変更を申し渡す」
「はっ」
部隊長であるオスカーが一歩前に出て、ヴィクトリアから遠征依頼書の写しを受け取る。通常の遠征任務ならば、一週間から10日程度掛けて必要物資の申請や団員間で周辺の地理や作戦などを頭に入れて十分な準備を整えて臨む。しかし緊急任務の場合は、すぐに出発出来る物資の準備が整っている部隊が急遽回されることが稀に発生する。
「現在王家預かりとなっている元インディゴ領と、隣接しているカトリナ領の境付近で新たなダンジョン口が発生したそうだ。そこから大量の魔獣が漏れているとの報告だ。おそらく他のダンジョンと繋がった結果、追われた魔獣が外に退避していると思われる」
ダンジョンは未だに研究中ではあるが、ダンジョン自体が一体の魔物の一種ではないかという説がある。その胎内に目当ての生物を誘き寄せて栄養源とする為に、餌となる動植物や有用な素材を発生させているというものだ。かつてはダンジョンを封じる為にあらゆる手段が講じられて来たが、近年ではある程度内部で発生する魔獣の数を抑えることで外に漏れ出すのを防ぎ、共存の方向に変化している。人里への被害を最小限に抑え、ダンジョンから得られる貴重な資源を利用することが産業の一つとなっている領地も少なくない。
ダンジョン自体を生き物という所以は、成長するダンジョンがあるからと言われている。しかし全く成長がないダンジョンもあるので、一概に全てが生き物とは言い切れないのも事実である。
そして成長するダンジョンでよくあるのが、近くにあるダンジョンと道が繋がってしまうことだ。
これも未だに解明されていないが、ダンジョンが発生しやすい地域というものは確実に存在している。歴史を紐解くと、非常に偏りがあることが分かるのだ。だからこそ成長するダンジョンの周辺にも他のダンジョンがある確率が高く、融合してしまうことも珍しくないのだ。
ただそこで問題なのが、それぞれのダンジョン内に棲息していた魔獣の強さに差があったり、天敵がいたりした場合、元のダンジョンから外に逃げ出す魔獣がいるのだ。それが切っ掛けで元々周辺に生息していた魔獣にも影響を与え、最悪魔獣暴走を引き起こすことがある。
今回の件はまだそこまでではないが、対処しなければ被害も広がり、スタンピードにならないとも限らない。
「元インディゴ領には駐屯部隊が引き続き置かれているが、カトリナ領にはこれまでダンジョンが存在していなかったせいか戦力が手薄だ。ソルド隊は先発隊として、周辺住民の避難が終わるまで魔獣の足留めを請け負ってもらう。勿論準備が整い次第後発隊も送るので、主要な街道の守りを任せる」
「慎んで拝命いたします」
カトリナ領の名が出た瞬間、ショーキ以外の三人が僅かだが反応を示した。カトリナ家と言えば、先日の問題を起こした新人騎士がその家の三男だった。ちょうどショーキは別用でいなかったが、他のメンバーは全員関わっていた上、レンドルフは直接絡まれて手合わせにまで発展した相手だ。領地と彼個人とは関係ないとは言え、立て続けにカトリナ家の名を聞くのは妙な気分だったのだ。
「急で済まんな。…くれぐれも無茶はしないでくれ」
ヴィクトリアがいる時は黙って控えている副団長ルードルフが、その濃い眉を下げてすまなさそうな顔になって珍しく口を挟んだ。しかも何故か妙な間がある物言いだったのが気に掛かったが、その場ではルードルフの意図を見抜いた者は誰もいなかった。
そして翌日、カトリナ領に向けて出発する馬車の傍に案内人としての要請を受けたヨーカ・カトリナ伯爵令息が腕を組んで、全ての荷を積み終えた状態で待っていた。そこで彼らは初めてルードルフの謝罪と困ったような表情の意味を知ったのだった。
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案内人として同行するのは、先日問題を起こしたヨーカとレイロクの二名だった。確かにヨーカはカトリナ家の三男であるし、レイロクもカトリナ家の寄子で付き合いは長いらしい為、二人とも条件だけ見れば案内にはうってつけの人材ではある。しかし彼らは先日派手にレンドルフに絡んで、危うく王族への不敬罪になりかねない発言をやらかしている。いつもヨーカに付き従う侍従のような大人しいレイロクならまだしも、明らかな問題児なヨーカと数日行動を共にしなければならないのは不安でしかなかった。
遠征用の物資と騎士四名であれば、中型の馬車で交代で馭者を務めれば十分なのだが、大柄なレンドルフがいるので彼らの部隊は大抵大型の馬車が使われる。そこに二人追加になったので、その分の物資も含めて大型と小型の馬車の二台でカトリナ領へと向かうことになった。
単純に馭者二名と馬車には三名と一名に分かれればいいのだが、出発前に誰と誰が同乗するのかでまず軽く揉めた。予想通りというか、大変分かりやすくヨーカは「平民と同乗出来るか!」と駄々をこねた。これを諭して出発が遅れるのもよろしくないと、部隊長のオスカーとレンドルフ、そしてレイロクで大型馬車を使うことになったのだが、今度は「馬車が狭い!」と苦情を言い出した。こればかりは事実なので、レンドルフはなるべく馭者を務めることで一応納得してもらった。部隊の四名だけで遠征に行く際も、互いに窮屈な思いをしなくて済むのでレンドルフが長く馭者を担当している為に慣れている。
それに今回は緊急ということで脚の強い魔馬を出してもらったので、通常一週間はかかるカトリナ領へは四日程度で到着予定だ。途中状況が悪化したという連絡が来れば夜通し馬車を走らせることになるが、今のところ夜間は街道筋の宿屋で休むことになっている。
現地で守りを固めている駐屯部隊とはこまめに連絡を取り合って、魔獣の動きは掴んでいる。ヨーカは少しでも早く到着したい様子だったが、急な変化がなければきちんと休養を取っておくことが望ましいのは、きちんと教えとして頭に入っていたようで、宿屋で馬車を停めても文句は言わなかった。
「あの…何かお手伝い出来ることは…」
夜に宿の食堂を借りて使用した魔石の状態や消耗品の確認をしていたレンドルフに、同じ馬車に同乗していたレイロクが遠慮がちに声を掛けて来た。レイロクは文官と名乗った方が通用するような細身な体付きの上、今は分厚い眼鏡を掛けているせいでどうにも騎士には見えない青年だった。
「その視力では夜に細かい作業は難しいだろう。気持ちだけ受け取っておくよ」
「申し訳ありません…」
騎士になるには、ある程度の基準を満たした身体能力や健康状態が必須ではあるが、そこを満たしていなくても魔道具などで補助を得て支障がなければ問題なく騎士になれる。ショーキが怪我をしても騎士を続けていられるのも、魔道具で元の状態と遜色なく力を発揮出来ているからだ。やはり怪我の多い騎士という職務は、年数を重ねればそれだけ体に支障も出る。それを補う魔道具などは相当数取り揃えられていて、当人が望めば騎士を続けることはそれなりに可能なのだ。
レイロクは元々かなりの弱視だそうなのだが、魔道具と当人の使う魔法のおかげで通常の人間と同じだけの視力を得ていた。謹慎中でも緊急事態なので外に出てカトリナ領までの動向を許可されたが、そのまま逃亡しないとも限らないので魔力を制限するバングルを装着させられていた。その為今のレイロクは通常の半分以下の視力しかないそうだ。これは設定した団長と副団長しか外すことが出来ないが、万一遠征中に魔獣に襲われたりなどして誰もフォローが出来ない場合はさすがに命の危険があるので、遠征者の中で上官になるオスカーの権限でも外すことが出来るように設定してある。
レイロクよりも謹慎期間の長いヨーカも同じようなバングルを付けられていて、彼もかなり行動が制限されている。魔力も勿論だが、攻撃態勢に入ると体が硬直するそうだ。普通はここまで厳しい制限は付けられないのだが、どうもヨーカの態度と剣術の才能の両方で引っかかったらしい。
「…少し休憩をするので、飲み物を用意してもらえるか?」
「は、はいっ!」
レンドルフに気を遣っているのか、先輩に作業をさせているのが落ち着かないのかレイロクはもじもじした様子でなかなかその場から立ち去ろうとしない。何だかレンドルフは気の毒になって、彼でも出来そうなことを頼んだ。食堂の入口付近に自由に飲んでいいように紅茶やコーヒーの入ったポットが置いてあって、その隣にはカップも揃っている。それならば目の悪いレイロクでも問題なさそうだと思ったのだ。
レイロクは嬉しそうに背筋を伸ばすと、テーブルと椅子に一度ずつぶつかりながらポットの置いてある方向に消えて行った。ちょうど壁に隔てられてレンドルフから見えない向こう側で不安な音が聞こえて来たが、悲鳴ではないのでレンドルフは手元の作業に没頭することにした。
「お、お待たせしました!」
「ああ、ありがとう」
通常の倍くらいの時間を掛けて、レイロクがレンドルフにカップを持って来た。危なっかしい様子で、一つのカップを乗せた盆をレンドルフの前に置く。
「君の分は?」
「いえ…その、僕なんか畏れ多いです…」
「別に罪人でもないだろう」
「ですが…僕は、その」
「じゃあ君の分は俺が淹れて来るよ」
「えっ!?」
動揺してレイロクがオロオロしている間に、レンドルフはサッと席を立ってカップに紅茶を淹れて戻って来る。その間一分もかからない。
「あ、ありがとうございます…」
レンドルフに目の前にカップを置かれて、レイロクは恐る恐るといった風情でレンドルフの正面の椅子に腰を下ろす。レンドルフはレイロクの持って来たカップを手に取ったが、ふと視線を落とすと中身は何の色も付いていなかった。どうやら只の湯を入れて来たらしい。しかし視力が悪いのを承知で頼んだので、ここは指摘せずにレンドルフはそのまま白湯を啜った。
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「…あの…改めて、申し訳ありませんでした」
お互い無言で二、三口程飲んでから、レイロクがおずおずと謝罪を口にした。レンドルフは一応書面で謝罪をレイロクから受け取っているが、こうして当人から直接の謝罪は初だった。
「もう書面で受け取っているし、騎士団で正式な罰を受けたのだから…と言っても簡単に割り切れないか。謝罪を受け取ろう」
「お気遣い感謝します」
当事者として、レンドルフもヨーカやレイロクのことは多少は聞き及んでいる。
ヨーカはカトリナ伯爵家の三男で、隣の領のインディゴ伯爵家の長女と幼い頃から婚約をしていて婿入り予定だった。どちらの家も嫡男がいたので二人が家を継ぐことはなかったが、領内にダンジョンがある為に剣の腕が立つヨーカが婿入りしてインディゴ家の専属騎士団を将来的に率いることを期待されての縁組みであった。しかし当主夫妻と嫡男が不慮の事故でこの世を去ってしまい、インディゴ家は領地を返還して名だけが残された名誉貴族のような扱いになった為に当初の頃の利はなくなっている。だが、当人達の強い希望で婚約はまだ続行していた。
レイロクは元はカトリナ家の寄子の子爵家三男であったが、幼い頃から商家に養子に出されると決められていた。彼の上には嫡男と姉二人がいたので、援助が欲しい下位貴族と貴族との繋がりが欲しい商家との養子縁組は珍しいことではない。そういった目的もあって、寄親の子息であるヨーカやその婚約者と幼馴染みとして縁が切れないよう親しく付き合うように言い含められていたとしても、家の思惑としてはよくあることだ。しかし成人すれば養子先の商家に入っていてもおかしくないレイロクが、何故騎士団まで入団してヨーカに付き従っているのかは不明だが、家庭の事情であるのかそこまで踏み込む話は聞こえて来ていなかった。
目の前でカップを両手で包むように持って体を小さくしているレイロクを見ていると、やはり罰則を与えられる程のルール違反を自らの意志で行ったとはレンドルフには思えなかった。
「あの…もしかして僕が何か弱みを握られてヨーカの言うことを聞いてると思われてます?」
「あ…いや、その…」
まさにちょうど近いことを考えていたので、レイロクの問いにレンドルフは思わず言葉が詰まってしまった。そんなレンドルフに、レイロクは気を悪くした様子はなさそうだったが、少しだけ眉を下げた表情になった。
「あんまり信じては貰えないのは分かってますけど、ヨーカは悪いヤツじゃないんです。ただちょっと表現方法が極端なだけで」
「極端…まあ、確かにそうだな」
「あの貴族主義の権化みたいな物言いも、婚約者のことを思ってのことだったんですけど、どうにもアイツは加減が下手クソなものですから」
そう言いながら手元を見つめて微かに笑うレイロクの顔は、家族を思う保護者のような表情をしていた。先日謝罪に来たヨーカの婚約者であるフラウも似たような表情をしていたことを思い出して、レンドルフは彼の言い分を信じる気になったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
更新がほぼ停止していた間にも反応をいただけてありがたいばかりです。もうしばらくは不定期になりますが、それでもお付き合いいただけたら嬉しいです。
ところで今更ですが、またしても「レ」から始まる名前の人物が増えてしまいました…何となくで名前を付けるとどうして「レ」から始めてしまうのだろう…