49.【過去編】父親として
その後、ミキタ達は話し合いを重ね、タイキ自身の希望もあって、冒険者として名を上げる方向で身を守る力を付けて行くことに決めた。これを機に、ミスキも冒険者として復帰することにしていた。
しかし、いくらタイキが特殊な血統だったと知られていても、急に外見が大人になったことと、中身がまだ子供なことのちぐはぐさに周囲からは遠巻きにされるようにはなってしまった。特に成長してから発現するようになった防御力の高い鱗の発生は、タイキ自身がまだ制御出来ずに街中で発動させてしまうことも度々あった為、人々から恐れられ、嫌悪感を向けられることも多かった。
そして解体作戦の実行部隊にいてタイキに怪我を負わされた者の殆どが駐屯部隊の騎士達だったこともあって、特に彼らからの揶揄は街の人間よりも酷かった。なるべくミスキかバートンが共に行動をして避けるようにしてはいたが、それでも何度か彼らと衝突することもあった。
駆け出しの冒険者には色々と前途多難であったが、それでも望んだ道と、タイキは日々楽しげにミスキ達と小さな依頼をこなして経験を積んで、ランクアップを目指していた。
だが、そこで問題が持ち上がった。
「タイちゃん、そこ計算違ってる」
「えー、何でこうなるんだよ」
「何で…って。とにかくそうなるの!理屈はいいから公式丸暗記して当てはめればいいの」
「それがよく分かんねえんだって!」
今日は、依頼は受けずにひたすらタイキの為の座学を行っていた。
オベリス王国の国民が必ず通わなければならない学校ではあるが、多くの貴族や、事情があって通えない子供は家庭教師などに教わって、定期的に学校に通った者と同等の学力があるかを確認する試験を受けることになっている。そしてそこで合格点を取れれば通学は免除される。もし合格出来なければ、強制的に特別な寄宿制の学校へ入れられることになる。
もともとタイキは、感知能力の制御が出来るようにならない限り集団生活は困難であろうとミキタ達は考えていた。それでも入学期限ギリギリまで様子を見ていたのだが、先日の騒動でタイキの外見が急成長をしてしまったことにより、通学は諦めた。どう見ても成人年齢に達しているようなタイキを、子供達の中に入れることは色々と問題があるだろう。
そこで試験対策の為にも家庭教師を雇おうと探したのだが、どうにも条件の合う人間が見つからなかったのだ。家庭教師をしている者は基本的に女性が多い。幼い子供を教えるのであれば問題はないが、何せタイキは見た目が大人であったので、それだけで警戒されて断られてしまった。逆に妙に乗り気な者もいたのだが、そちらはタイキが断固拒否を示した。密かに確認してみると、どうやらタイキの見目の良さから良からぬことを目論んでいたらしい。
仕方なく、ミスキ達がタイキに教えることになったのだが、何せ専門家ではない。教育は受けていても一から知らないことを教えるのは全くの門外漢だ。とにかく試験だけでも何とかしようと努力はしているものの、やはり進捗は芳しくなかった。
「もー全然分からない…」
「タイちゃんが合格しないと、年齢制限で当分見習いのままよー」
「分かってる!分かってるけど…」
頭から煙を出しそうな様子で先程から悩んでいるタイキだが、クリュー自身は比較的すんなりと学習出来たタイプだったので、タイキの悩み自体がさっぱり分からないのだ。
冒険者は誰でも登録は出来るが、ある一定の年齢を超えなければ制限が掛かって依頼やランクアップすることが出来ないようになっている。依頼については、パーティに参加していれば受けることも可能だが、ランクに関してはそうもいかない。特例として、年齢よりも高い能力を有していることが証明出来ればその制限を外すことが出来る。タイキの場合、能力は申し分ないのだが、学力が問題であった。全ての試験に合格して、卒業相当の学力があると判断されなければ、あと数年はタイキは年齢制限で見習い冒険者のままでランクアップは出来ないし、ミスキ達が手を出せない寄宿舎に強制的に入れられてしまう。
「よーう。相変わらず閑古鳥鳴いてんな」
半ば涙目でもう一度試験問題に向き合おうとタイキがペンを握った時、扉が半分程開いて、緩い口調でステノスが顔を出した。
「何しに来たんだい。冷やかしなら帰っとくれ」
「ひでぇなあ。今日俺はランチを食いに来た客よ、客」
「……場所を変えるぞ」
ステノスの顔を見た瞬間、ミスキの機嫌が急降下してさっさと店から出て行こうとする。先日の件も含め、ミスキはやはりステノスに対しては許す気にはならないようで、彼に対しては常に刺々しかった。
それに合わせて、タイキもテーブルの上に広げた文具を鞄の中に放り込んだ。タイキはあまりステノスとは面識はないし、直接酷い目に遭わされた訳ではないのだが、ミスキの敵は自分の敵、として認識しているようだ。
「出て行く前にちょいと伝言だ」
「伝言?」
「御前がお呼びだ。外に馬車を待たせてあるので、そいつで別邸まで向かってくれ」
「あら、何の呼び出し?」
「俺にも分からん」
分からなくても、馬車まで来ている以上行かなくてはならないだろう。彼らは疑問を顔に浮かべながらも、店の外に向かう。店に残るステノスに、去り際にクリューが「ミキティに手ェ出したら潰すわよ」といい笑顔で耳元で囁いて行った。
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「で、注文は?」
「本日のランチは?」
「ワイルドボアの厚切りソテー。ガーリック風味」
「じゃ、そいつを頼む」
ステノスはカウンターの端の、中のキッチンで調理をするミキタを眺められる位置に座る。
彼女は保冷庫からタレに漬け込んである肉を取り出す。他の店より倍はありそうな分厚い肉に、火の通りを考えて大胆に切れ込みが入っている。油を引いたフライパンにニンニクのスライスを入れると、あっという間に店の中に良い香りが広がって行く。ニンニクの端からシュワシュワと泡が立って、ほんのりと焼き色が付いて来たところで取り出し、香りと風味が十分に移った油の中に肉を入れる。ジュワーッと小気味の良い音と共に、小さな油が周囲に跳ねる。
「匂いだけでメシが食えそうだな」
「じゃ、食うかい?」
揉み手でもしそうなくらい嬉しそうな顔で肉の焼ける様子を眺めていたステノスの前に、コトリと深めのボウルにフワリと盛られたコメが出された。その隣には小皿に薄く切られた根菜が乗っているものも添えられる。
「こいつは…懐かしいな…」
「ミズホ国のピクルスなんて十年以上ぶりに作ったけど、案外忘れてないもんだね。タイキには不評だけど、ミスキは『何か懐かしい』ってポリポリ食べてたよ」
「…そうか」
ステノスはフォークで根菜を一切れ刺して口に入れる。程よい塩味と独特の酸味がフワリと口と鼻の奥に広がる。まだ漬け込んで日が浅いのか、野菜独特の歯応えと水分も残っているが、これはこれで美味しいのだ。すぐさまコメを頬張ると、塩気とパリパリの食感にコメの柔らかさと甘みが加わっていつまでも噛み締めていたくなる。
「ああ…旨ぇ…」
溜息混じりに呟くステノスを、ミキタは満足げに横目で見ながら、肉の乗っているフライパンに向き直る。既に引っくり返した肉は、いい具合に表面にキツネ色の焦げ目が付いて、肉の縁の脂身の部分は透明になってジワリと脂が滲み出している。そこにサッと赤ワインを入れて火を立ててから蓋をする。蓋の向こうでジュウジュウと華やかな音が堪らず食欲をそそる。
「なあ、今度箸持って来るから、置いといてもらっていいか?」
「別に構わないよ。あの棒みたいな食器だろ?」
「悪いな」
焼き上がった肉を皿に盛り、その上にこんがりとサクサクになっているニンニクのスライスを乗せる。元から分厚く切り分けてあった肉は、焼いて縮んでいてもまだ十分に迫力のある見た目を保っている。付け合わせの茹で野菜を添えてステノスの前に置いた。
「これもまた旨そうだな。また腕上げたんじゃねえか」
「もう何年店やってると思ってんだい」
分厚い肉にナイフを入れると、中から透明な肉汁が溢れて来る。絶妙の火加減で焼かれた白い身はしっとりと水分を十分に含んでいて、口に入れて噛み締めると、肉の旨味が滲み出して来て、漬け込まれたタレの塩気とニンニクの香りが口いっぱいに広がる。
「こんなに旨いのに、なかなか客が戻らねえのは勿体ねえな」
「まあ…それはそのうち、にね」
本来なら昼時でもっと賑わってもいい筈なのだが、客はステノス一人だけだった。カツハが来てからあまりにも他の客に迷惑をかけるのでミキタから当分は来ない方がいいと言っていたのもあるが、カツハが捕まって部隊長を免職になった今も、彼の息がかかっていた者が駐屯部隊にはまだ多く残っている。彼らがタイキのことも絡めてこの店の悪評を流しているのも原因があった。
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「…ちょいと相談なんだがな」
「何だい?改まって」
「その…今までさ、息子達の養育費?ってヤツを払って来なかったと思ってさ…」
「突然どうしたんだ、気色悪い」
「ひでぇ言い草だな。ま、その通りだけどよ。ま、そいつをさ、これまでの詫びも含めてどうにか出来ねえかな、って」
「言っとくけどミスキのご機嫌を取るのは無理だよ。あの子は頑固だからね。一度嫌われたら死んであの世でも嫌われると思いな」
「今更好かれようとは思っちゃいねえよ。ただ寝覚めが悪いって言うか…俺の自己満足だと思ってくんねえか」
「自己満足…ねえ」
コメをたっぷりおかわりして、満足そうに腹をさすりながらステノスはそんなことを切り出した。
ミキタはレンザからコメと共に試しにと貰ったミズホ茶を食後のお茶として彼の前に置きながら、とっくに自己満足と称して裏で色々援助してたであろう面倒な男を少し呆れたような目で見つめた。情報屋として雇っていた男も、月に一度来てはやたらと高い酒を注文していた。おそらくそれも援助の一環だったのだろう。
「そう思うなら、ミスキ達がいない時を見計らって食いに来な。御前からいただいてるコメが古くならない程度にね」
「それだけじゃなくてもっとこう…あ、そうだ、あいつらのメシ代を俺がこっそり肩代わりするってのはどうだ?あの三男坊、やたら食うだろ?」
「今だって代金はもらってないよ」
「それだって只じゃねえだろ?その分の食費、俺に回してくれ」
「あの二人だけかい?」
「ツレだったらまとめて払う!どうせクリューとバートンだろ。あいつらにもこれまで世話になったしな」
「今はそうかもしれないけど、そのうち沢山の友達とか、彼女とか?増えるかもしれないけど?」
「それもまとめてだ!そうなりゃそれで目出たいだろうが」
ステノスは、美しい透明感のある緑色のお茶を啜って、軽く「熱っ」と呟いた。ミキタはレンザから聞いた通りに温めに淹れたのだが、彼にはまだ熱かったようだ。
「それはいいけどね。あんた、ウチには息子が三人いるのを忘れてないかい?」
「あー…次男坊はここには滅多に来ないんだったな。偏るのは良くねぇしな。んー、じゃあ、次男坊の店から仕入れるパンの代金も払う!」
「よし!商談成立だ!」
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その後、ミキタはミスキ達が来る度に普段使わないような高級食材をたっぷり使った特製メニューを出したり、ランチに付けるパンを食べ放題にしたりして、容赦ない請求書を見たステノスが目を剥くことになるのだが、そのことはまだ彼は知る由もなかった。
しかし、王都でいつも行列が出来ている有名店のパンが郊外の小さな店で食べ放題!ということが呼び水となって、ミキタの店には再び活気が戻ることになったのも確かなので、ステノスは店の隅でコメを食べながら「まあ…良かったデスネー…」と遠い目で呟いていたのだった。
短めです。