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503.動き出す水面下と新人指導


王都の中でも特に貴族がお忍びに好んで使われるという高級レストランに、吸い込まれるように家紋のない簡素な馬車が吸い込まれて行った。この入口は他の店とも繋がっていて、そこから入れば行く先を知るのは馬車を使う者しかいない。それほどまでに徹底して行き先を隠される店は、極秘裏に進められる巨額が動く商談や、道ならぬ相手同士の密会などに使われると噂される。


馬車が停まると先に侍従が降り立ち、周囲を確認してから侍女服を着た少女が出て来る。その少女は随分と幼い顔立ちをしているが、立ち居振る舞いは完璧だった。見るからに固そうな黒い直毛を顎の辺りで切り揃えている髪型のせいかより幼さを強調しているようだが、油断なく周囲を見回す様子は侍女というより護衛のようだった。


「ご主人様、異常はございません」


侍女が周囲を確認し終えたのか馬車に向かって声を掛けると、侍従が馬車の中に手を差し伸べて中から一人の女性をエスコートした。淡い金髪を隙なく高い位置に結い上げて、惜しげもなく艶かしい白い項を披露している。背中の大きく開いた深緑色のドレスは、ともすれば品位に欠けるが、彼女は難しいデザインのドレスを難なく着こなしていた。程良く柔らかな薄い肉の付いた背中はごく自然な色香を纏っており、所作の一つ一つにも気品が漂う彼女の為にある装いと思わせる。夜の光の中で煌めくオレンジ色の瞳は、少しばかり冬の残照を思わせた。


「ありがとう、メリヴィラ」

「いいえ。ですがくれぐれもご注意ください」

「ふふ、わたくしはディナーにお誘いいただいたのよ。戦場に赴いている訳ではなくてよ」


メリヴィラと呼ばれた侍女は不満げに口を開きかけたが、自分の主人がこの状況を楽しんでいるのでそれに水を差すことなくそれ以上は続けなかった。


「ようこそおいで下さいました、パフーリュ嬢」

「まあ、アスクレティ大公閣下自らのお出迎えとは、光栄ですわ」


入口に向かって歩を進めると、美しい花で囲まれたポーチに初老の男性が彼女を出迎えた。


出迎えたのはレンザで、招待を受けた女性はオランジュ・パフーリュであった。



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「レンドルフはよく休みにはエイスの街に行くんだろ?」

「そうですね、割と」


次の遠征任務はまだ先のことだったので、レンドルフ達は新人の訓練指導を請け負っていた。部隊長のオスカーは騎士団の中でも指折りの剣術巧者であり、人当たりも柔らかいので新人教育をよく頼まれている。レンドルフは人となりを知ればオスカーに次ぐ教育担当に向いている性格なのだが、新人からすると外見だけで圧倒されて遠巻きにされる。今日も訓練場で蜘蛛の子を散らすような状態になって、取り敢えず重大な危険を冒すような無茶な新人がいないかを遠巻きに見守る立場になっていた。


今見ている新人達は何度もオスカーから直接教えを受けた者が多く、無茶をするようなことはあまり見られなかった。


要は暇であったレンドルフの側に、彼に次いで遠巻きにされるオルトが近寄って話掛けて来た。オルトも騎士団の中では体格が良い方で、頬に大きな傷があって表情が動かしにくいせいかやはり近寄り難いと思われるようだ。オルトも中身は気さくで面倒見のいい兄貴分のような性格なのだが、数回の訓練では伝わりにくいのだろう。

つまりオルトもレンドルフと同じように暇であったのだ。


「エイスの街の隣に、貴族の別荘地があるだろ?その周辺で最近妙な噂があるって聞いたんだが、レンドルフは聞いたことないか?」

「噂、ですか?俺はそういうの疎いですし、そっちの方は最近あまり行くこともないので」

「前に来てた新人がエイスの出でさ。最近あの周辺に妙なものが出没してるって」

「妙なもの…魔獣とかですか?」


その話にレンドルフの眉間に皺が寄った。正確な場所は知らないが、エイスの街はユリが住んでいるか少なくとも近いところにいる。そのことで心配になったのだ。


「いや、ただの目撃例だけで害はないらしい」

「でも今のところ、ですよね」

「まあ…今のところ、だな。でも幽霊みたいなモンらしく、ただすげえ勢いで白い影が走り抜けてくって噂でさ。誰も追いつけないくらいの速度だとか」

「そんな魔獣いましたかね」


エイスの街も王城から一番遠いとは言え、王都内なので防御の魔法陣の恩恵は受けている。それこそヒュドラのような最強クラスの魔獣でもない限り、街中に魔獣が出ることを防いでいるのだ。その魔法陣の外になる森の深い場所ではそこそこ強めのワイルドボアやアーマーボアなどが出るが、狼系や熊系の攻撃力が高い肉食の魔獣が出ることはダンジョン内以外では滅多にない。出るとすれば小型から中型の犬系や狐系程度だ。

近くに大きな街と貴族の別荘地がある為、エイスの街では魔獣が増え過ぎて森から溢れないように繁殖期に当たる春先に大々的に定期討伐を行って、生態系に影響が出ないギリギリまで数を調整している。


「もし今度そっちに行くことがあれば、聞いてみてくれるか?そういう幽霊とかの怪異話、(ベル)が大好物なんだ」

「分かりました。俺の出来る範囲でなら」


オルトは大変な愛妻家で、彼の行動原理は妻のベルの為であることが多い。以前の任務で彼女にも随分世話になったので、レンドルフは今度エイスの街に行った時に店をやっているミキタか、街の自警団と繋がりの深いステノスに聞いてみようと心に留め置く。



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「おっ、アイツちょっと注意が必要だな。ちょっと行って来る」

「お願いします」


話しながらも新人の動きを見ていた二人は、少し気になる動きをしている者をほぼ同時に見付けた。レンドルフは一瞬躊躇してしまったが、オルトは迷うことなく一歩先んじて前に出た。やはりレンドルフは自分の体格から与える威圧感を自覚しているので、注意をする時はどうしてもまず引いてしまうことが身に染み付いている。序列としてはオルトの方が先輩ではあるが、自分が向かうよりもオルトに任せたほうがいいだろうと判断して任せることにした。



二人の目に付いた新人は、剣術の腕は新人の中ではかなり上位の腕前だが、それを驕っている態度が見え隠れしていた。他の新人と連携を組んでの対戦形式の訓練なのだが、彼が勝手に動いて味方を振り回していた。組んでいる相手も彼の行動を諦めているのか、あまりフォローに回ろうとしていない。彼の腕ならば騎士団内での個人の勝ち抜き戦ならばそこそこ上位に食い込めるかもしれないが、内部で好成績を上げても任務を成功させなければ意味がないのだ。あまりにも独断専行な戦闘スタイルでは、敵に囲まれた時に孤立して最悪命の危機も有り得る。そうならないように騎士団では複数で連携を取って動くことを推奨しているので、そこで信頼関係が築けないとこの先騎士団でやって行くのは厳しくなるだろう。修正するなら早めにした方がいい。

強い攻撃力を持つ者をメインに据えて他者がフォローに回る戦闘スタイルは有効な策ではあるが、攻撃者が勝手に動いては同士討ちの危険もある。



連携の訓練の為に対戦形式になっている訓練場の真ん中を軽々と突っ切って、目的の新人チームのところにヒョイと割り込むオルトに彼らは驚いたように動きを止めた。一見簡単そうに見えるが、そこに行くまでに何組かが対戦訓練をしているので、それを止めないように動線を選択するのは余程目が良くなくては出来ない技だ。決して小柄ではないオルトが難なくやってのけるのはかなりの実力者である証左でもあるのだが、訓練中の新人が気付くのは難しいだろう。


案の定、止められて注意を受けている新人は、明らかに不満げな表情を隠していない。一応先輩であると認識はしているようだが、端から見ても態度はあまりよろしくはなかった。確か伯爵家の次男だった筈なので、平民のオルトを侮っているのがありありと分かった。彼と組んでいた二人の新人は、全く自分とは関係がない、とでも言いたげな顔で距離を置いていた。


もしこれ以上オルトの言うことに耳を傾けないようなら、まだ一応貴族籍のある自分が出た方が効果はあるだろうとレンドルフが足を踏み出した瞬間、その新人がいきなり手にしていた模造剣を振り上げた。


「アースウォール!」


オルトも十分に攻撃を見切って避けられそうであったが、周囲に危険を知らせる為に敢えてレンドルフは魔法を発動させた。一応新人は安全のために魔法は身体強化のみに制限する装身具を着けさせているが、指導担当の騎士は特に制限を設けてはいない。


あまり勢いを付けて剣が飛ばされてしまうと周囲の誰かに当たらないとも限らないので、強度を下げて模造剣ごと土の壁で絡めとるようにして動きを止めた。


「なっ…!?」

「そこまでにするんだ」


魔法を発動すると同時にレンドルフも走り出したので、新人が声を上げるとほぼ同時に剣を持った右腕を掴んだ。


「訓練でもないのに指導担当に剣を向けるのは規律違反だ。今日の訓練はここまでだ」

「知りもしないくせに、的外れで偉そうな物言いをするからだ!」

「そう思うのならレポートに書いて監査官に提出するように。精査して然るべき対処をしてくれる」


この訓練場には、あちこちに映像として記録する魔道具が設置されている。ずっと監視されている訳ではないのだが、訓練中に何かあった場合にのみにその時間の前後を確認して事実を団長に奏上する監査官がいるのだ。確認してもらうにはレポートを書いて提出し、そのレポートの内容に間違いがないかを精査してもらえるのだ。そのレポートは匿名でも構わないが、あまりにも事実と違う内容であった場合は調べられて、それなりの罰則が付く。

この制度が出来たのはここ10年程であるが、それが導入されてから貴族出身の者が一部の平民出身の騎士に対して行っていた陰湿な嫌がらせが激減した。そのおかげで最も人の出入りが激しく人手不足だった第四騎士団もマシになったと言われている。もっとも、その分統括騎士団長のレナードの仕事が増えたと時折愚痴をこぼしているらしい。



「どうせクロヴァス卿が手を回してなかったことにするんだろう!」

「俺にそんな権限はない」


貴族はほぼ成人と同時に学園を卒業して騎士団に入るので、レンドルフに噛み付いている新人も成人済みの筈なのだが、歯を剥き出して目を釣り上げている様子は子供が癇癪を起こしているように見えた。掴んだ腕は細く、体付きも他の新人に比べて薄く見える。筋力よりも速度や剣技を生かす騎士もいるので、彼のようなタイプもそこまで珍しい訳ではないが、それにしては手が綺麗すぎるような気がした。


「騎士の資格を剥奪されるような失態を犯したくせに、クビにもならずに永年正騎士を授与されるなんて、実力よりも上層部への媚の売り方が上手かったからだろう!真実は知られるものだ!」

「おい」

「では、試してみるか?」


いくら力を込めて引いてもビクとも動かないレンドルフの手に苛立ったのか、彼は甲高い声で暴言を言い立てた。さすがにオルトが低い声で口を開きかけたが、あまりにもその場にそぐわない程のレンドルフの落ち着いた声が被さる。


「お前の言う条件で構わないから、俺の実力を試してみるといい」

「そ、そんなことを言って、卑怯な手を使って私を潰す気だろう!私の剣の才を今のうちに潰そうと…」

「それとも、媚を売るだけの騎士に負けるとでも?」


レンドルフはあくまでも静かな口調で喋っていたが、内心は腹を立てているのだと理解したオルトは、思わず背筋が寒くなるのを感じたのだった。



お読みいただきありがとうございます!


評価、ブクマ、いいね、誤字報告などなど、いつもありがたく受け止めております。しかし、何故誤字が無くならないのか…きっと私の目はフシ穴で出来ている…


こんな感じですが、今後もお付き合いいただければ幸いです。


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