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502.双子と妹


「ご無沙汰しております、クロヴァス卿」

「あなたは…ええと…」

「妹の方です」

「失礼しました、アイヴィー嬢」


王城内にある魔法士団の中でも付与師が所属している作業棟で、防具の強化付与の仕上がりを待っていたレンドルフに、細身で長身のローブを纏った人物が声を掛けて来た。大抵ローブを纏っているのは魔法士なので、この作業棟にいるのは珍しいことではない。

その人物フードを被っていて最初は顔がはっきりと見えなかったが、そこから零れている鮮やかなピンク色の髪に見覚えがあった。レンドルフが立ち上がったので相手が見上げると、フードの中から整った中性的な顔立ちに冬の空のような青い瞳が覗く。


その人物は、第三騎士団団長ダンカン直属の魔法士に間違いないのだが、レンドルフが言い淀んだのは彼らが双子だからだ。男女の双子なのだが顔も背格好も非常に良く似ていて、並んだところを見たことがないレンドルフにはどちらがどちらか分からなかったのだ。しかも今日はローブの下は焦げ茶色の乗馬服だったのでますます性別が不明だった。


「今日は遠征から直接来たものですから」


彼女、アイヴィーも慣れているのか気を悪くした様子もなく、クスリと微かに声を立てて笑った。



アイヴィーも遠征で使用したロッドの魔石が砕けてしまったので、修理のついでに付与も上乗せの依頼に来たそうだ。その仕上がりを待っているというので、待合室になっている部屋のソファで向かい合わせに座った。


「以前に兄が不躾なお願いをしたそうで、申し訳ありませんでした」

「いいえ、ただ世間話程度のことです」


少し前にレンドルフはエイスの街で偶然にも彼女の双子の兄アイヴィスと出会って、行方の分からない妹を捜しているという話を聞いたのだ。妹と言っても目の前のアイヴィーではなく、二つ下のもう一人の妹だそうだ。その妹も彼らと同じ髪色と目の色で、どこかで見かけたことはなかったかと尋ねられた。しかしレンドルフには心当たりがなかったので、それで終了した件だ。


「その…お探しの妹殿は…」

「未だに分かっておりません。彼女が望んで姿を消したのならば、なかなか難しいことでしょう」

「ですがご心配でしょう。俺もそれらしき女性を見かけたらお知らせしますよ」

「そこまでのお手数は…」

「いえ、大してお役に立てないとは思いますが。それでも任務で方々へ赴きますので、普通よりは遭遇の機会は多いかと」


レンドルフの所属している第四騎士団は、王都周辺の魔獣討伐や害獣の駆除が主な職務だが、要請があれば国内のどこでも遠征に向かう。そこは第三騎士団と似ているが、ダンカン率いるそちらは重大な罪人を捕らえる対人が主で、レンドルフ達が担当するのはそれ以外の案件だ。魔獣だけではなく、災害や事故などの救援や物資の運搬なども請け負っている。第三騎士団に比べれば人のいる場所に出向くことが多いので、アイヴィー達くらい目立つ髪色ならばそこまで注視していなくても目に付く筈だ。


「クロヴァス卿、貴方は良い方ですね」


不意に、女性にしてはやや低めのアイヴィーの声が更に一段低くなった。何故か目の前にいる彼女が別人になったかのような空気を纏い始めて、レンドルフはほんの少しだけ身を引いてしまった。もともと中性的な容姿であるので、僅かに声が低くなっただけでまるで兄のアイヴィスが目の前に立っているかのように思えてしまった。そんなことは有り得ない筈であるのは分かっているのに、奇妙な程存在が変わることをおかしなことと感じなかったのだ。


「もし同じ髪色の女を見付けても、あまり近寄らないでください」

「え…?ですが」

「兄がどのようにお伝えしたかは分かりませんが、私はこのまま見つからなければいいと思っています」


そう微笑んだアイヴィーは、レンドルフには本当に彼女なのか分からなくなるような感覚に陥っていた。



パチン


何かが小さく弾ける音がして、レンドルフはハッと我に返った。慌てて視線だけを周囲に向けて何の変化もなかったことを確認してしまった。

完全に記憶している訳ではないが、窓の外に見える地面に落ちる木の陰が動いているようには見えなかった。


「申し訳ありません。罰は如何様にも」

「罰…?」

「クロヴァス卿に許可なく魔法を使用しました。兄との約束を違えてしまいました」

「今の、一瞬意識が飛ぶような…?」

「はい。一族に伝わる固有魔法です。私はほんの数秒発動出来るだけで、実害はございません。ですがクロヴァス卿には大変ご迷惑をお掛けしました」

「害がないなら、特に咎めるつもりはありません。ですが何故そのようなことをしたのか理由を聞かせていただいても?」

「寛大なお心に感謝いたします」


アイヴィーはレンドルフに向かって頭を下げた。その所作は柔らかく品があり、乗馬服を着ていても女性にしか見えなかった。その仕草は、どこかの高位貴族令嬢と言っても通用するものにレンドルフの目には映った。以前会った時も家名を名乗っていなかったのでおそらく平民だと思っていたが、固有魔法を持っているということはかなり高い身分か歴史の古い一門の出なのかもしれないと認識を改める。仕えているダンカンはボルドー侯爵家現当主であるので、職務の一環で貴族の前に出る機会もある。その際に問題を起こさないように高位貴族の側近も一定の水準の教育が必須となるが、その教育以上の所作が身に付いているように感じられた。


「この固有魔法は、一族の女にしか使うことが出来ません。魅了魔法に少し似ていますが…それ以上の詳細はご容赦ください」


貴族が家や血統を守ることを重要視する理由の中に、一族の血を引く者にしか使えないように契約された魔道具や魔法がある。そういったものは有用で強力なものが多く、それを有しているだけで国からの援助が貰えるのだ。勿論、国の為に有効利用することを誓約させられるが、どんなに領地経営が失敗しても、借金で首が回らなくなっても、一定の爵位と生活は補償される。

アイヴィーの言う固有魔法も、貴族が守るべきとされているものの一つだ。それは通常の魔法とは違い、属性や魔力量とはあまり関係がなく、どんな類のものかも外部に流出させることが殆どない稀少なものだ。だからこそアイヴィーが説明出来ないのは、受け継ぐ際に誓約魔法を掛けられているのだろう。レンドルフも彼女が説明しない理由もよくあることだとすんなり納得した。


「妹は、この魔法を得意としていましたが…この固有魔法を使いこなす者は、元の素質か、それとも魔法の影響か、とても強欲になるのです」

「強欲、ですか」

「ええ。他人の持っているものをとにかく欲しがって、魔法を使って奪うのです。物であろうと、人であろうと」


アイヴィーの口調は困っているような響きだったが、顔は人形のように整った笑みのままだった。


彼女の妹は、人が持っているものを欲しがるが、手に入れるとすぐに興味を失ってしまうらしい。成長してから特に人に対して顕著で、婚約者や恋人のいる男性を誘惑するのを繰り返していたそうだ。ただその固有魔法のおかげなのか、大きなトラブルになることは殆どなかったとアイヴィーは溜息混じりに呟いた。


「ただやはり小さな問題は起こり続けていましたので、その魔法が効かない体質の知人の元に預けたのです。そこで厳しく教育をし直すと。ですが、妹は逃げ出して行方不明になったのです」

「だから近寄らない方がいいと?」

「その通りです。大切な方がいるのなら尚更。先程、魔法を使用した際に装身具が反応しませんでしたでしょう?あの感覚が、妹が飽きるまで続く、と思ってください」


ほんの一瞬ではあったが、レンドルフは先程の魔法を掛けられた感覚を思い出して背筋がヒヤリとした。明らかにおかしなことを全く疑問に思わず当然だと自発的に思ってしまうあの感覚は魔法が解けた今なら違和感に気付けるが、掛けられている間は気付くことは出来なかった。しかもベテランの付与師に装身具に魅了防止を付与してもらったばかりだったのに、一切の反応がなかった。

装身具で防げるものは、属性魔法や毒薬などだ。固有魔法のような特殊なものまで対応は出来ないのだ。


「心を操られるようなもの、でしょうか」

「そう思っていただいていいかと。特にこの髪色をして、気味の悪い程鮮やかな緑色の瞳をした女には用心してください」

「青ではなく?」

「魔法の発動中は瞳の色が変化します。私は色の変化が分かる程ではないのですが、妹は常時発動させていたので、生まれつき緑の目だと思っている者も多かったでしょう。妹の魔法は強力ですが、直接長時間触れなければ高い効果は得られません。ですからあまりお近付きになりませんよう」

「ご忠告、感謝します。ですが遠目でも見かけましたらお知らせするくらいはお手伝いさせてください」

「こちらが一方的なことをしましたのに。…本当にクロヴァス卿は良い方ですね」


アイヴィーの最後の言葉はほぼ口の中で小さく呟かれたので、レンドルフの耳には届かなかった。



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「ところでクロヴァス卿は、まだ主人(あるじ)のお渡ししたものに袖をお通しになる気にはなりませんか?」

「あ…いや、それは。その…光栄、過ぎて」

「…そのようにお伝えしておきます」

「よろしくお願いします」


かつてレンドルフが関わることになった事件の後始末を請け負っていたのが、第三騎士団団長ダンカンだった。そしてレンドルフからすると理由がさっぱり分からないのだがどうやらいたく彼に気に入られたらしく、第三騎士団の副団長の式典用の騎士服までわざわざ特注して渡して来たのだ。歴代の第三騎士団の団長は職務の性質上王族であることが必須のため、順位は低いがダンカンも王位継承権を有している。そんなダンカンが「いつでも副団長待遇で歓迎する」という理由で騎士服を作ったのは、身分も地位もある彼の手間と金をかけた悪戯だとレンドルフは思うことにしている。そうでなければ心臓に悪い。


「どうやら私の方が先に終了したようです。とても有意義な時間をありがとうございました」

「こちらこそ」


その日のうちに終了する付与を依頼している時は、終了を知らせるカードを渡される。アイヴィーが手にしていたカードが淡く光って、ロッドの付与が終わったらしい。


彼女は立ち上がってレンドルフに一礼すると、待合室を後にしたのだった。



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「…あの時のバルで絡んで来た女性…もしかして本当に妹だったのか…?」


待合室に一人になったレンドルフは、以前ユリと行ったバルでピンク色の髪に緑の瞳をした女性に絡まれたことを思い出していた。初対面であるにもかかわらず触れて来ようとした礼儀のなっていない不躾さに、レンドルフは不快に思ったのでよく覚えている。ユリと一緒にいたこともあり、直接触れられないようにどうにか避けて穏便に対応していたのだが、もしその女性がアイヴィー達の妹であったらどうなっていたかという考えに至り背筋がゾッとした。


その女性については、以前に妹のことを尋ねられたアイヴィスにも教えている。もし本当に妹だったならば、アイヴィスは足取りを追えただろうか。兄と妹で考えが違うようだが、どちらにしろあんな風に物騒で厄介な固有魔法の使い手ならば、行動を制限する為に見つかっていて欲しいと思うレンドルフだった。




お読みいただきありがとうございます!


レンドルフが思い出したバルで絡んで来た女性の話は「 182.多分、軽く、ちょっとした修羅場」で出て来ます。過去最大のロングパスがここまで届きました。本当はユリの誘拐事件のネイサンやアイルが絡む話に組み込む予定だったのですが、色々変わってここまでロングロングパスに(笑)

あちこちにバラまいた伏線を複数回収して行く予定ですので、お付き合いいただけましたら幸いです。


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