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500.貴族の遣り口

昨日ズレていた日付を、こちらも修正し忘れておりました。大変申し訳ありません。


「申し訳ございません」

「いや、こうなるだろうとは予測していたからね。ヤツから進んでこれを差し出したとは上々の結果だ」

「恐れ入ります」


コールイから渡された魔力の塊を持って急ぎ大公家本邸に戻ったサミーは、深夜にも関わらず執務室で報告書に目を通していたレンザにすぐ目通りすることが叶った。

サミーは状況をなるべく自身の主観を入れないように心掛けながら、魔力の塊を差し出した。それはレンザの側に控えていた家令が布越しに受け取り、少し距離を取ってレンザの見えやすい位置まで持って行った。レンザはそれを見てすぐに近くまで持って来るように指示を出すと、躊躇いなく素手で摘まみ上げた。


レンザの指が触れると、石のように固い感触であった塊がまるで砂糖菓子のようにサラリと崩れ、空気に解けるように霧散して行った。


「ご苦労だった。もう休みなさい」

「はっ、失礼いたします」


家令がサミーに声を掛けたので、そのままサミーは執務室を後にした。



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「今の彼の魔力鍛錬はどうなっている?」

「サンザシに付かせています。今のところまだ荒削りの我流ですが、素質はあるとの報告を受けています」

「…そうか」


レンザの問いかけに家令は即座に流れるような回答を返す。レンザの側付きを務める中でもっとも長く仕えている家令なので、そこから続くレンザの言葉もどこか予想している。


「しばらくジンジャーと組ませましょうか」

「そうだな。彼は当分あのままにしておいた方が良いだろうね」

「畏まりました」


サミーは総合的に見て優秀であったので、レンザが直々に手を回して大公家の諜報員に囲い込んだ実力者だ。犯罪に関わった家門に戸籍を連ねられていた為に裏の世界で息を潜めて暮らして来た期間が長く、荒事にも慣れている。魔力量も多く毒魔法という稀少な属性持ちであるが、誰かに師事を受けたというよりも独学で使い方を覚えたようだ。

大公家に来てから同じ立場の影から指導を受けて、以前よりも効率的に魔力を使うことが出来るようになっていた。


けれどレンザは、必要最低限魔力が暴発しない程度に制御出来ればいいと判断した。大公家で鍛え上げられた影や護衛達は非常に優秀だが、やはり戦い方や魔力の使い方が似たような傾向になりがちだ。他家にも優秀な影を抱えている家門はそれなりにいるので、その傾向に目星を付けられて大公家の行動を予測されるのも避けたいので、時折毛色の違う者は必要だと思っている。

サミーは、本職の影と比べればまだ劣る部分はあるが、任務の種類と組ませる人間を考慮して経験を積ませれば今のままでも問題はないだろう。


「無傷でコールイのところから戻った者は初めてではないか?」

「はい、左様で」

「やはり本物は違うか。偶然とは言え、良い者を引き込めたのは僥倖だったよ」

「旦那様の慧眼には恐れ入ります」

「ははは、褒めても何も出んよ。まあ、彼には特別手当てを付けてやりなさい」

「はい。明日にでも手配いたします」



シオシャ家、というよりコールイは王家に忠誠を誓っている。本来そういった人間とは大公家の者はウマが合わないのだが、コールイの愚直なまでに忠義に尽くす様はレンザは嫌いではなかった。それに何より、コールイは自分自身が忠誠を誓うことが重要であって、それをレンザにも求めることは幼い頃から一切なかった。それもあって、レンザは個人としてコールイとの関係が続いていたのだと思っていた。


完全に決別した今では知りようもないが、コールイの王家への忠義は変わらないと予測して、レンザはまだ経験値の浅いサミーを送り込んだ。王家の血統の瞳を魔道具などで誤摩化したところで、コールイには通用しない。だからこそ、本物の王家の落胤であるサミーには手出しが出来ないだろうと読んでのことだったのだ。その読み通り、サミーはコールイに見つかったものの危害を加えられることもなく無事に目的を果たして帰還したのだった。


(それにしても、あれを素手で持って平気だったとは。そのまま投げ渡したようだし、試しの意味もあったか)


レンザは先程魔力の塊を摘まみ上げた指先を見つめ、そっと擦り合わせた。今は何もないが、あれに触れた一瞬だけ脳を貫くような衝撃が走った。今は痛みもなく体のどこかに不調も見当たらない。


あの塊は、コールイからのメッセージのようなものだった。レンザの感覚的なものでしかないが、あの魔力には誓約魔法を使用した際の残滓が含まれていた。おそらくコールイ自ら、自身に黙秘の誓約魔法を掛けたのだろうと理解出来た。自分で自分に掛けた誓約魔法は解除は不可能ではないが、あまり推奨されない。全く同じ魔力の状態で解除出来れば問題はないが、日々人間は体調が変化するものである。同一人物でも僅かな差が、重篤な後遺症を引き起こす場合もなくはないのだ。だからこそ、自身で掛けた誓約には、必ず遵守されるという暗黙の了解がある。


それを知らせる為にサミーに渡した高純度で剥き出しの魔力は、直接触れれば大抵の人間は衝撃で昏倒する。コールイに次いで闇魔法の使い手であるレンザでもあれだけの衝撃だったにも関わらず、サミーは平然と持ち帰って来た。当人は多少触れた部分がピリピリするとは言っていたが、それだけでサミーの魔力量が途方もない量だと示している。それはコールイも分かっているだろう。


今はまだサミーも独学で魔法を駆使しているので完全に使いこなせてはいない。しかし完璧に制御可能になれば間違いなく王家にも目をつけられる。サミー自身はそれを望まないので、配下の希望を汲むことも重要だ。


「ユリには明日…いや、今から私が伝えよう。きっと起きているだろうからね」

「準備いたします」


コールイがレンドルフの前でユリの正体を明かしたことは報告で聞いていた。レンドルフの機転で幸い最も肝心なところは耳に届かなかったようだが、それでも今後別の形でレンドルフの元に届いてしまわないかと不安でユリは眠れずにいることだろう。もう深夜を過ぎて明け方に近い時間帯ではあるが、レンザはユリにコールイが自ら黙秘の誓約魔法を行使したと手紙を書くことにしたのだった。


そして案の定ユリは起きていたらしく、伝書鳥を飛ばしてから一時間も経たないうちにユリから安堵に満ちた手紙が返って来て、レンザは人のことは言えないが苦笑せざるを得なかったのだった。



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「リョバル嬢を王女宮まで送り届けるようにな」

「はい」


ようやく表面上は通常の様子を取り戻したレンドルフは、レナードに命じられて「リョバル」に変装したアナカナを送り届けることになった。王城の奥にある王族の私的空間は幾つもの離宮に分かれていて、入り込める人間は限られている。騎士であれば近衛騎士と許可を受けた第一騎士団が警護として入ることが可能だが、それ以外は役職者でないと足を踏み入れることは出来ない。近衛騎士を解任されたレンドルフには、本来はその資格はない。

しかしレンドルフは先日永年正騎士の資格を授与され、特にアナカナより愛称で呼ぶことを許可されたとして、アナカナの暮らす王女宮への出入りを特例として再び許されたのだ。アナカナが気を許して懐いているレンドルフを手薄になりがちな彼女の護衛として使う気なのだとは分かってはいたが、やはりもっと幼い頃から仕えていた相手なので、身を守れる立場に再び推挙されたのは単純に光栄だと思えた。その裏で、かつての上司であった近衛騎士団長ウォルターが自分の肩の荷が降りたとほくそ笑んでいる顔も目に見えるようではあったが。


「リョバル嬢、お手を」

「それは…もう決まった相手の為に取っておくものじゃ…んんっ、ではございませんか?」

「特に決まった相手はございませんので」


「リョバル」の時は10歳くらいに見えるように変装しているので、レンドルフと手を繋ぐのはそこまで難しくはない。手を差し伸べたレンドルフに、アナカナは少し躊躇いを見せた。腕を組むエスコートならばともかく、レンドルフは一切気にした様子もなく手を差し伸べて来るので、アナカナはその大きな手に自分の小さな手を重ねた。


「…いい加減、決めてしまえば良いのではないか?」

「お言葉が戻っております」

「誰もおらぬから大丈夫じゃ」


ごく小さな声で呟いたアナカナだったが、しっかりレンドルフには聞こえていたらしく同じくらいの小声で嗜められた。


「…それに、待つと決めていますから」

「オナゴから告白されるのを待つのか?それは少々受け身が過ぎるのではないか」

「そうではありません。ユ…彼女が夢を叶えるまで、俺はそれを邪魔するものを排除する防波堤になるつもりです。その防波堤自体が妨害する訳にはいかないでしょう」

「では夢を叶えたあかつきには、防波堤を辞めると?」

「……まあ、砕けるかもしれませんが」


てっきり誤摩化されるかと思っていたアナカナは、予想以上に真摯な返答を受けて思わずレンドルフの顔を見上げていた。ほんの少しだけ頬を赤らめているように見えるが、レンドルフの眼差しは真剣そのもので前を見つめていた。


(砕ける筈がなかろうが)


アナカナの目から見たレンドルフとユリは、互いのことを大切に思っていて、周囲ももう付き合っていると言われても驚くことはないと思うのだが、当人達が一番そう思っていないらしい。こういったことは外野が色々と口を出すことではないとアナカナも分かっていたので、敢えて口には出さずに心の中でそっとツッコミを入れたのだった。



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「クロヴァス卿」


王女宮の入口の近くに差し掛かると、既に待機していたのか見知った女性が出迎えるように立っていた。


「ノマリス団長」


そこにいたのは、レンドルフが所属している第四騎士団団長のヴィクトリア・ミスリルだった。彼女はレナードの四人目の妻であるが、ミスリル姓の団長が二人いると紛らわしいと言うことで、騎士団内では旧姓のノマリスを名乗っている。ノマリス家は伝説と呼ばれる団長を輩出している家門なので、その方が何かと都合がいいだろうと周囲からも勧められた結果だ。


「ここから先は私が請け負う。いくら許可を受けているとは言え、王女殿下の私的空間に男性騎士が入るのは望ましくはない。ましてや貴殿は一度不適格となった身。王女殿下の瑕疵になる行動は控えていただく」

「統括騎士団長より王女宮までお送りするようにと命じられております」

「そこを敢えて引くのも王家に仕えし騎士の領分であろう」


鮮やかな緑の髪を一部の隙なくまとめて、いつもにも増して鋭い視線で射抜くようにレンドルフを見据えているヴィクトリアに、レンドルフはアナカナを少し後ろに隠すようにして正面に立った。ヴィクトリアは団長職であるし王女宮に入る資格も有している。特に未婚の女性王族は現在アナカナだけであるので、年齢的には幼くても未婚の男性騎士が私的空間に入ることを揶揄する輩は必ずいる。正規の資格のある近衛騎士でも眉を顰める者もいるので、特例を出されたレンドルフをここぞとばかりにあげつらう者はもっといるだろう。


『今、厄介な噂雀を引き連れた公爵夫人が王女宮に向かっている。鉢合わせはマズい』

「…!」


ヴィクトリアが半歩レンドルフに近付いて、ほぼ口を動かさずに囁くように告げた。


「私は王妃陛下から王女殿下の侍女を迎えに行くようにと命じられている。クロヴァス卿、よろしいな?」


レンドルフはまだ手を繋いでいるアナカナにチラリと視線を送ると、アナカナもヴィクトリアの囁きを聞き取って理解したのか小さく頷いた。


「大変失礼いたしました。王妃陛下のお心遣い、誠に感謝いたします」

「それではリョバル嬢。参りましょう」

「はい、団長様。よろしくお願いいたします。クロヴァス様、ここまでお送りいただきありがとうございました」

「恐れ入ります」


アナカナは自らレンドルフの手を離して、ヴィクトリアの隣に立った。そしてレンドルフの方に向き直ると、まだ若干ぎこちないカーテシーをしてからヴィクトリアの先導で王女宮の門をくぐって行った。


その門を抜けて建物の中へ消えて行くまでの後ろ姿をレンドルフは見送って、一度深く息を吐いてから来た道を引き返したのだった。


(アナ様も大変だな…)


アナカナは人の好き嫌いが激しく気難しい王女と言われているが、それを凌駕する天才であると評価されている。長子相続を推奨している上に、評価の高いアナカナが次の後継候補だと目されているが、後ろ盾はあまり強くない。だからこそ敵も多く、常に足元を掬おうとする輩はどこにでもいるのだ。

一体いつ情報を掴んだのかは不明だが、おそらくレンドルフが王女宮に入ったところを目撃して、幼いのに特権を行使してお気に入りの騎士を侍らせているとでも噂雀に喋らせるつもりだったのだろう。それ自体は大したことではないかもしれないが、それが幾度も続けば、長いことにはアナカナの立場を蝕む毒となりかねない。

今回はヴィクトリアのおかげで助かったのだった。


騎士の敵は分かりやすいが、貴族の、殊に女性の敵はレンドルフにしてみれば非常に厄介で得体が知れない。


久々に貴族特有の悪意に触れて、レンドルフは生活空間でもそんなふうに晒されているアナカナを気の毒に思うと同時に、その中でも強かに生き抜いている彼女に敬意を抱いたのだった。



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