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閑話.エリカ・ラッセル

大変申し訳ございません。予約日程がズレておりました。


「類稀な原石を磨き上げる栄誉を私に与えてくれるかな」


そう言って、彼は誰よりも麗しい顔で微笑みを浮かべた。それだけでエリカは夢見心地になって、ただ初めての自分自身を認めてくれるような言葉を受けたことへの純粋な喜びと、恋心で舞い上がっている気持ちとの区別が付かなくなっていた。



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エリカはラッセル伯爵家の三女だった。姉妹だけだった為に長女が婿を取り、次女は領地が隣り合わせの幼馴染みでもあった同格の伯爵家へ嫁いで行った。二人とも優秀な令嬢で、少しだけ年の離れていたエリカにはあまり重要な役割は期待せず、ただ可愛がられる癒しのような存在だった。淡くフワフワしたピンクブロンドに春の木漏れ日を思わせるような黄緑色の瞳。肌の色の白さも手伝って、エリカはどこかぼんやりとした印象の令嬢だった。


大切に育てられたのがありありと分かるおっとりとした雰囲気に、いつもニコニコと笑いながら一歩引いたところで話を聞いている大人しい性格だったので、それを賞賛する者もいれば、物足りないと思う者もいた。


エリカ自身も、自分の令嬢としての価値がそこまで高いとは思っていなかった。学園の成績もちょうど中間くらいで、容姿も可愛らしい部類だが流行を負うよりも自分の好みを優先しがちであった為にどことなく垢抜けない少女であった。それに幼い頃から周囲に世話をされて生きて来たので、自分から話題を振るのは大の苦手であった。どうにか自分で考えて一生懸命話してはいるのだが、どうにも噛み合ないことを言ってしまうらしく、幾度も相手を一瞬詰まらせたり、その後は作り笑いでしか返されなくなってしまったりと散々な出来であった。


特に、トーカ侯爵令嬢と似たような色合いにおっとりとした雰囲気が近いこともあって、社交の得意な彼女と比べられてしまうことも多かった。


そんなエリカに、家族も無理に貴族との縁を繋ぐのではなく、大切にしてくれそうな裕福な平民に嫁がせてはどうかと縁談を探していた。その矢先に、降って湧いたようにトーカ家の嫡男から婚約の申し込みがあったのだった。


「最初は少し妹に似ているなと思って見ていたのです。が、その内に控え目で可愛らしい様子が大変好ましいと思うようになりまして」


トーカ侯爵令息はそのように言いながら、エリカの父ラッセル伯爵に彼女との婚約の申し込みをしに来た。伯爵家と侯爵家ならば縁談を結んでも身分としては問題はない。しかし侯爵家の中でも高位であり、王家の血筋にも連なるトーカ家の当主夫人をおっとりとしたエリカが務まるのかとラッセル伯爵は懸念を示したが、トーカ侯爵令息は「我が家では適材適所が家訓でして、何でも得意な者に任せるのが一番と考えております」とサラリと告げた。


トーカ家では何か一つでも得意なものがあればそれを伸ばし、不得手なものは他の得意な者に任せる方針だという。トーカ家程の家格と資産があれば、優秀な者を揃えることは難しくはない。侯爵家の者は部下達の話を聞いて、必要な才のある者を雇い入れて適所に配置することを主な役割としている。


それでもラッセル伯爵は、特に秀でたものがなくごく平均的なエリカには難しいのではないかとすぐに頷かなかった。本来の立場ならば、遥かに格上のトーカ家の申し出に否やと言えるものではないのだが、愛娘のことを思うと手放しに受け入れることは承諾出来なかったのだ。


「それでは婚約期間、花嫁修業として我が家で過ごされては如何でしょう。ご心配でしたら伯爵家から何人侍女を連れて来ても結構ですよ」


さすがにそこまで言われては、ラッセル伯爵も頷く以外になかった。


その後細かい条件を互いに納得して書面で交わし、エリカは最長二年という期限付きで侯爵家で暮らすことになった。内容としては、花嫁修業の一環で侯爵家に相応しい行儀作法を学ぶことを主としたが、他に興味あるものなら何でも試してみるといいというエリカに有利な条件ばかりだった。

そして条件の最後に、もし二年経ってもトーカ家に嫁ぐことに納得が出来なかったら、その時は諦めて侯爵家の縁戚で優良な縁談を紹介すると書き添えられていた。そうすれば、エリカをトーカ家で面倒を見ていたのはそちらの縁組みを成立させる為で、実際の婚約者は縁戚の者だったと言い訳も立つ。エリカには一切の瑕疵が付かないように気を配られた契約だった。


あまりに破格の扱いに、細かいことを気にしないエリカも目を丸くして契約書と令息の顔を交互に見ていた程だった。そんなエリカを見て、彼はとびきり上等の笑顔でそう言ったのだった。


「類稀な原石を磨き上げる栄誉を私に与えてくれるかな」と。



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その後すぐにエリカはトーカ侯爵邸に移り住んだ。世間には婚約者候補と言ってはいたが、既に花嫁修業として同居しているのだから皆はエリカを正式な婚約者として見ていた。その立場が公表されると、今まで距離を取っていた貴族達が次々と擦り寄って来た。だがあまり社交を得意としていないエリカを気遣ってか、トーカ家の者達はまだ教えることが多いので、と表に出ずに済むように静かな環境を整えてくれた。


そんな恵まれた中で、エリカは見る間に美しくなって行った。熟練の手技を持つ侯爵家の侍女達に日々手入れをされ、洗練されたドレスや宝飾品に包まれて見た目が変わると自信がついて来たのか、所作の一つ一つにも余裕と優雅さが滲み出て来るようになった。特に美容と健康に良いと代々侯爵家の女性に受け継がれて来た薬湯を飲むようになってから、肌の美しさと瞳の輝きがより一層顕著になり、エリカ自身が毎朝鏡を覗き込んでも驚く程の変化だった。


しかし誰もが羨む程の環境で、ほんの少しだけエリカの心に影を落とすものがあった。


それはトーカ家の末っ子の侯爵令嬢だった。先代の侯爵夫人の命と引き換えに産まれた娘は病弱だったのもあって、トーカ家がそれこそ一族を上げて大切に扱った。後妻に入った現侯爵夫人ともその後に産まれた異母弟との関係も良好で、誰もが彼女を溺愛した。トーカ家に時折産まれる濃いピンク色の髪に、明るく鮮やかな碧の瞳という華やかな色合いとも相まって、彼女はどこに居ても場を明るくする目を惹く令嬢だった。

トーカ家の人々や、使用人達もエリカを丁重に扱ってくれるものの、何かの折に侯爵令嬢を優先することが散見された。エリカも彼らは彼女の家族であって自分よりも優先されて当然だと分かってはいた。それでも頭で分かっていても、胸の奥がチクリとするのはどうにも出来なかった。婚約者の嫡男はエリカの瞳に似ていると緑の宝飾品を贈ってくれるが、妹に贈る宝石の方が遥かに美しい品だった。当初は気付かなかったが、教育によってエリカの審美眼が磨かれて行くと、明らかな差異に気付いてしまった。そして自分がどんなに美しくなっても、彼女には全く追いつけないのだと却って実感させられてしまった。


そんなエリカの気持ちを読んだのか、婚約者はこっそりと耳打ちしたことがあった。


「妹は生まれた時から亡き母の望みで、異国の王族に嫁ぐことになっているんだ。正式な発表はされてないから知る者はごく僅かだ。異国に嫁げば、おそらく二度と会えない。だから僕らはつい今のうちに、と妹を優先してしまうのが日常になっていてね」


それでもやはり生涯を共にする伴侶を自分は最優先にすべきだ、と微笑んだ婚約者に、エリカは「今は妹様を優先してください」と言ってしまった。勿論それも本心ではあったが、それでも見えないくらい僅かにエリカの心には澱が積もって行くようだった。



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そして婚約期間の二年が過ぎようとした頃、エリカはこの縁談を断ることを決意した。


皆良くしてくれて、いくら感謝しても足りない程に恩義を感じてはいるが、だからこそ醜い嫉妬をする自分は彼らには相応しくないと思ったのだ。父の伯爵にも密かに相談して、エリカの望むままにしなさいと背を押してもらった。


そうして婚約者に時間を作ってもらい、そのことを告げた瞬間、ノックもせずに侯爵令嬢がズカズカと部屋に入って来た。


「何なの、全然仕上がってないじゃない。こんな不細工になれって言うの?」

「仕方ないだろう、元が元なんだから。せめて肌だけは急ぎで整えさせたよ」

「ふふっ、どうせ暗くするから?いやあね、がっつき過ぎ」

「それだけ待たされたんだ。君の拘りにここまで付き合ったんだ。少しは多めに見てくれるかな」


彼女はエリカを見下ろすように腕を組んで不躾にジロジロと眺め回すと、とても貴族令嬢とは思えない態度のまま鼻で笑った。そんな失礼な態度を真正面から取られたエリカは頭が追いつかず、ただ呆然として見上げるだけだった。そしてその態度に合わせるように、婚約者も尊大な態度で足を組んだ。令嬢は体を密着させるように婚約者であり兄であり侯爵令息にしなだれかかると、彼も熱の籠った視線を隠そうともせずに彼女の頬に指を這わせた。兄妹とは思えない距離感に、エリカは言葉もなく何度か口を開いたり閉じたりするだけで精一杯だった。


「こうしてちゃんと言葉を交わすのは初めてだったわね。プロメリア・トーカ。現当主であり、始祖でもある女よ」

「ぷろ…めりあ…」

「ああ、嫌だ嫌だ。何っって愚鈍な女。血の繋がりがないことしか取り柄がないじゃないの」

「そういう愚鈍な女なら、すぐに諦めてトーカの血を継ぐ器を生むだろうさ」


彼らの言っていることは分かる筈なのに、エリカには内容が全く理解出来なかった。ただヒラヒラと蠢いている彼女の唇がひどく気味が悪かった。



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そこからエリカの記憶は曖昧だ。正確には、気が付いたらどこかの部屋で、女性文官と女性騎士立ち会いのもと聞かれるままに知っていることを話したところから再開している。


それからどのくらい時間が経ったか分からなかったが、エリカが家族とようやく顔を合わせたのは、記憶にあった頃から二つの季節が過ぎていた。


「トーカ家はお取り潰しになったよ。本家のホシノ侯爵様も、ご子息と共に…今は子爵家に降爵になって、タマキ様が当主になるそうだ」

「そんな…では、我が家は?我が家はどうなりましたの?」

「我が家は大丈夫だ、が…い、いや、今は静養していなさい」


エリカに負担をかけないようにしてくれているのは分かったが、父の話は全く理解出来ず、ただエリカは日々を穏やかではあるが不安に包まれて過ごした。トーカ家が無くなったのであれば、エリカは実家の伯爵家に戻される筈であるが、どこかの貴族の別邸のような場所でトーカ家で過ごした日々のように静かな環境が整えられていた。ただ外出しようとすると使用人にやんわりと止められて、外の様子を知ることも出来ないままだった。



そしてまた一つ季節が過ぎた頃、使用人達から見たことのないドレスを着せられて、本邸と思しき屋敷に連れられて行った。


「コールイだ」


そこにいたのは、エリカより随分年上に思える壮年の黒髪の男性が座っていた。着ている服は高位貴族の上質なものなのは分かるが、それを身に纏っている人物は分厚い体躯に服の上からでも分かる程鍛え上げられた筋肉が付いているのが一目で分かった。そしてエリカと会うことが不本意だと言わんばかりに鋭い視線を向けて来ていた。


「エ、エリカ・ラッセル…と、申します」


その名はシオシャ公爵当主だと気付いたエリカは、思わず震えそうになる手足を隠すように精一杯深いカーテシーをする。すぐにコールイから顔を上げて座るように促される。恐る恐る腰を下ろしたエリカに、部屋の隅に控えていた初老の女性が紅茶を差し出して、すぐに部屋の隅に控えた。見たことのない顔だったが、服装や所作などからシオシャ家の侍女長なのだろうと察する。


「貴女が心穏やかに過ごせていないと家令から報告がありました」

「は…はい…いいえ、そのようなことは…」

「無理もない。何も知らせぬようにと命じたのは私だからな」


低く腹の底にも届くような厚みのあるコールイの声は、それだけでエリカを萎縮させるには十分な圧力を感じさせた。口調だけは優しいが、表情も発している雰囲気も、まるで戦いにでも赴くような険しいものだった。


「貴女には選ぶ権利がある」

「選ぶ、権利…ですか」

「真実を知り生涯黙することと、真実を知らぬまま忘れることだ」

「真実…」

「そして…選べることにはなっているが、おそらく貴女には選べないであろうことも」


コールイはますます眉間に皺を深くして、不機嫌な形相になった。後にエリカは、コールイのこの表情が困惑や戸惑いなのだと知ることになるが、今の彼女にはただただ恐ろしいだけだった。


「真実を聞いてから黙秘か忘却か、選ぶか?」

「それは可能なのでしょうか…」

「私の裁量に任されている」

「…それでは、教えていただけますでしょうか。一体、何が起こったのか」


エリカはようやく顔を上げて、コールイに目を向けた。コールイは顔は相変わらず険しいものだったが、目が合った瞬間だけ微かにたじろいだように見えた気がしたが、当時のエリカにはそこから感情を読み取ることは出来なかった。



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コールイの口から聞かされた真実は、エリカにとってあまりにも想像の埒外で、悼ましさも通り過ぎると無感動になるのだと初めて知った。



トーカ家の始祖は、プロメリア・トーカという女性魔法士だった。当時はそんな女性を「魔女」と呼び、人々は畏怖と共に崇拝もしていた。まだ魔獣の脅威に対抗し切れない人々を守る為に強力な魔法で駆逐する姿は、トーカ領の神殿の壁画にも使われている。


領民を守りながらも、彼女は裏で恐ろしい魔法研究に没頭していた。それは美しい肉体を永劫に維持する、後に禁術とも呼ばれる魔法だった。


彼女が編み出した禁術は、自らの魂を血縁の女性の肉体に乗り換えて生き続けるものだった。彼女はそれと同時に魅了薬や媚薬を駆使して一族を支配下に置き、自身の血縁を有力な貴族に縁付かせて次々と肉体を乗り換えて富と権力を得て行った。最初は自分の血縁のみに限られていたが、やがて短時間ならば他者でも可能になった。長期間少しずつ血液を摂取させれば、数年程度ならその体でも魂を器に留めておくことが出来るようになったのだ。

そして遂に彼女は、他国の王族に自分の血を入れる機会を手に入れた。



現当主の末娘の体に入った彼女は父や兄を魅了し、自身を他国の王族に嫁がせる約定を交わした。その国の王族は多くの妃を後宮に迎え、勢力争いが激しく女性には過酷な嫁ぎ先という話だ。しかし生まれた子供は、王家の尊い血を引く者として丁重に扱われる。

彼女はその国に嫁ぐ前にエリカと魂を入れ替え、兄の妻として国に残り、妹の体に入ったエリカを異国へ送る予定だったのだ。エリカの元婚約者は、中身が妹と分かっていてその計画に加担した。妹と言っても魂は遥かに遠い始祖であるし、肉体はエリカのものなのだから問題がないという考えだった。そしてエリカは体の自由を奪われて異国へ嫁ぎ、そこで子を産んでトーカ家の血を広げる役目を負わされる予定だったのだ。

すぐには無理でも、いつかトーカの血を引く女児が誕生すれば、彼女の魂が入る器がその国の中枢に据え置かれることになる。内部に入ってしまえば、彼女の得意の薬物で支配下に置くことも容易くなるのだ。



そのことが露見したのは、トーカ家に協力的だったホシノ侯爵家の次男ヘリオトが叛意を示したおかげだった。おそらく元々父と兄に従順な振りをして、命懸けで証拠を得て王家に訴え出たのだった。その次男に手を貸したのは、他でもないエリカの父ラッセル伯爵であり、訴えた先は傍系王族でもあるシオシャ公爵家だったのだ。


こうしてトーカ家の恐ろしい計画が明るみになり、国内のトーカ家の血族はどんなに遠縁になろうと、嫁ぎ先であろうと一網打尽にされ、即時処刑された。王族にも既に数名トーカ家から嫁いで来た者がいたが、生まれていたのが今のところ男子のみだったのは不幸中の幸いだったろう。しかしいつか魂の器になる女性が誕生しないとも限らない為、王族であっても例外なく処刑は実行された。


そして血族でなくとも協力関係にあった家も、魂を移し替える魔法の実体を知っているかもしれないことを鑑みて、直接関わった者は死罪、間接的な者は爵位返上で平民となった。



トーカ家に関わってはいたが功績を上げた褒美として、ホシノ家は降爵にはなったものの娘のタマキが家を継ぐことを条件に家名の存続が認められた。

そしてエリカも婚約者として連座で処刑されてもおかしくなかったのだが、父の嘆願もあって辛うじて生き延びていた。


「さて…貴女はどちらを選ぶか?この真実を忘れることはないまま生涯口を噤むか、それとも全て忘れて新たな人生を歩むか」

「そんなの…」


「決まっています」と言いかけて、エリカはふと口ごもった。エリカがトーカ家嫡男の婚約者だったことは貴族社会では知らぬ者はない。もしエリカがそのことを忘れていても、周囲が忘れることがなければ意味がないのではないだろうかと思い至ったのだ。


「その…新たな人生とは、平民として生きると言うこと、でしょうか…」

「そうなる。国からの監視付きだが王都から遠いどこかの地で、家族が平民として暮らすには困らないくらいの報償金は出す」

「家族も!?では、爵位を返上すると?」

「貴女はトーカ家の計画に関わっていなかったとしても、一度は婚約者として世間には認識されている。貴族社会で生きるのは困難だ」

「それでしたらわたくしだけで…」

「無理だな」


あっさりとコールイに否定されて、エリカも黙る他なかった。家族を巻き込みたくはないが、これまで貴族令嬢としての生き方しか知らないエリカは、市井に出されれば即日生活に困ることは目に見えている。それにエリカだけがいなくなっても、残された家族が貴族社会で生きて行くのも困難だろう。


「もし…忘れないことを選択すれば、生涯幽閉されるという事でしょうか」

「幽閉か…そう取ってもらっても構わん」

「その場合家族は」

「我がシオシャ家の寄子として名を連ねる扱いになる。勿論、爵位は伯爵のままだ」

「それでしたら…」

「ただし条件がある」


自分一人が幽閉されることで家族の暮らしが守れるならば、と即座に頷こうとしたエリカだったが、それを見透かされたようにコールイが強い口調で遮った。エリカも何か条件はあるのだろうと承知はしていたが、それでもコールイの鋭い目に射抜かれて思わず首を竦めていた。


()()()()()()()()。それが条件だ」


どんなに厳しい条件であろうと必ず受けると心の中で決意したエリカに、コールイが告げたのは全く予想もしない条件だった。



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コールイの説明では、トーカ家の悪事が暴かれる前に、強引なシオシャ公爵家からの横車で既にエリカとトーカ侯爵令息との婚約は破棄されていたことにすると言うのだ。一族の者を捕らえた時にはエリカはシオシャ公爵家当主の婚約者になっていたと公式な書面で残されていた為、彼女は処刑を免れたと言う筋書きだった。勿論それには王家からの助力もあった。


「貴女は長らく魔女の魂の器として血を摂取させられていた。トーカ一門は絶えている筈だが、万一どこかで生き延びて、処刑の直前に魂が移ったとも限らない。そうなると次は貴女が狙われる可能性が高い。その血が抜けるまで我が家門で保護する必要がある」


それなら妻でなくても、とエリカは言いかけたが、そもそもトーカ家との縁が切れていたと世間に告げるには爵位が上の家から無理矢理に婚約者を奪ったという体裁が必要なのを悟ってそのまま呑み込んだ。それに「保護」とは言っているが、実際のところは囮なのだろうと思い当たる程度にはエリカも貴族のやり方を知っていた。魂などという目に見えないものを確実に滅んだと実証するには、確実に所在を突き止めておかねばならない。エリカの肉体を乗っ取ろうと近付いたところを捕らえて処刑するのだろう。もしかしたら、既に入れ替ってしまったかもしれないエリカごとまとめて葬るつもりなのかもしれない。


「幸い私には妻も婚約者もいないし、何より魅了や媚薬の類は一切効果がない体質だ。年齢以外は適任だと選出された」

「はい…」

「念の為言っておくが、第二夫人を娶る気はない。貴女には妻になる以上貴族の義務は果たしてもらう。書面上のお飾り妻などは期待せぬように」


貴族は家門の血を存続させることを特に重要視しているので、コールイはエリカにも後継をもうけることの義務を課した。けれどエリカからすれば、貴族である以上政略結婚は付きものだと身に染み付いているので、コールイが渋い顔になったのも今更という思いしかなかった。結果的に騙されたとは言え、最初の婚約者に気持ちを預けたことの方が稀なのだ。


「畏まりました。閣下のお望みのままに」


エリカは立ち上がって、改めて最も美しく見えるようにと教育されたカーテシーでコールイに向かって頭を下げた。


「……ああ」


少しだけ長めの沈黙の後、低く呻くような短い返答がエリカの頭上から降り注いだのだった。



お読みいただきありがとうございます!


コールイは元々トーカ家の不審な動きを探るように王家から命じられていたので、エリカのことも以前から知っていました。あまりにも何も知らされていないエリカが巻き込まれるのを気の毒に思ったコールイが、ラッセル伯爵にも役割を与えて手柄を立てさせるように仕向けていたので、エリカは助かりました。


コールイは監視役なら誰でも良かった風に言っていますが、実は自ら王家に掛け合ってエリカの助命をするのと引き換えに、異国の抗争や内戦を鎮圧する為に友軍として直接指揮をとることを命じられていました。コールイは同情からとは言え妻にベタ惚れでしたが、いまいち素直になれなくて初手を間違ったままなかなか一緒にいる機会も取れずに拗れて行った感のある夫妻なのです。

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