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497.戦いの後始末


来た時よりも少しだけゆっくりした歩調でノルドを進ませ、しばらくは無言で二人はその背に揺られていた。少し雲が多くなって来たせいか風が冷たく感じ、レンドルフもそれに気付いて決して触れ合うことはしないがいつもより少しだけ体を近くしてユリを包み込むように移動していた。


「…レンさんは、公爵閣下のこと、知ってたのね」

「うん。幼い時もだけど、王城の夜会の警護で何度か拝見してるからね」

「そっか…私は、おじい様と一緒に何度かお話ししたことがあったんだけど…」


シオシャ公爵家は傍系王族で、国内でも上位から数えた方が早い高位貴族だ。その当主であるコールイと祖父が旧知の仲であるというのは大公家であれば不自然ではないが、一介の薬師と薬師見習いの孫と顔見知りというのはあまりにも不自然ではないだろうかとユリの胸に不安がよぎる。


「魔法の教師が同じだったから?」

「え…?」

「ユリさんのおじい様も闇属性だよね。稀少属性の教師は少ないから、身分や年齢に関わらず同じ方を師事するし、そうかな、って」

「う、うん。そう。おじい様と公爵閣下は歳も近いし、幼馴染みみたいな関係だったって…」


レンザと辺境に同行した際、戦闘でレンザが闇属性の攻撃魔法を使用するのをレンドルフは見ている。コールイは国内随一の闇魔法の使い手だと有名なので、そこからレンドルフはそう考えたのだろう。実際のコールイとレンザの関係は嘘ではないので、ユリはほんの少しだけ罪悪感を抱きながらも全力でレンドルフの話に頷いていた。


「だから孫同士の縁談を?」

「えっ!?レ、レンさん、それどこから?」


コールイをステノスに引き渡す際に戦うことになった理由を「孫の縁談を執拗に迫った為」と説明したのだが、混乱していたユリには届いていなかったらしい。


「…アナ様から。その、白の聖人でもあるシオシャ公爵令孫殿が、身分を隠してユリさんに…その、婚約の打診を」

「ああ…それはもう、おじい様からきっぱりとお断りしてもらったから…それに今回の公爵閣下の目的は多分違っていただろうし」

「そうだね。孫の縁談を申し込む相手なのに、脅して貶めるようなことを言うのは最低の悪手だ」

「うん…理由は教えてもらえなかったけど、ちょっと前におじい様がシオシャ公爵家とは縁を切ったとは聞いてたの。でも…今日お会いして少し分かった気がする」

「分かった?」


ユリはそっと目を閉じてコールイの姿を思い浮かべた。直接顔を合わせたのは何年も前になるが、その頃と比べると明らかに顔色が悪くなっていた。体格は保っているように見えたが、防具を纏っていたのでいくらでもごまかしは効くだろう。


「あの方、重篤な病に冒されてる。そしてそれを抑える為に、違法の薬草を使用してるわ」



距離があったのでどんなものかの詳細な特定は難しいが、毒草を見分ける為に叩き込んだ香りの知識と、唇と白目に独特の黄色みを帯びた色味が出ていたのは確認している。普通の人間では分からないが、薬師や医師などが見ればその色が出るということは重篤な中毒症状が出る段階だと分かるものだ。きちんと調べなければ確定は出来ないが、爪の色も病を持つ者特有のものだった。

それに何より、体力では誰にも負けないであろうレンドルフを上回るには、尋常の手段では得られるものではない。ミュジカ科の薬草の中には、痛みを感じなくさせたり、一時的に常人の(ことわり)を越えるような爆発的な力を発現させるものがある。しかしそれは生命力の前借りのようなものであり、その薬効が切れた後は反動で恐ろしい副作用が訪れる。その副作用から逃れる為に再び薬草を使用することを繰り返し、最終的には身も心もボロボロの廃人となって生命力が枯渇して亡くなるのだ。


「病を得ても、公爵家なら良い薬でも腕の良い治癒士でも揃えることは容易かっただろうに、何故違法の薬草に頼ったんだろう…それに何より聖人殿が身内であるのに」

「そうね。私には理解の出来ないことだわ。多分、おじい様もよ。だからそれを自ら選んだ公爵閣下に絶縁を突き付けたんだと思う」


聖魔法で治癒や再生を使える聖人ハリは、表向きはコールイの孫だが、実際は他人だ。ユリはその秘密をレンザ経由で知っているのでハリに頼らないのは分からなくもないが、レンドルフは全く知らないのだ。だからハリが治療に携わらないことが心底不思議に思っているようだ。



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「あっ!」

「ど、どうしたの?」

「レンさん、さっき怪我してたよね!?ちゃんと手当てしないと」

「かすり傷だし、もう出血も止まってるから…」

「土魔法で強引に塞いだんでしょ?ちゃんと洗い流して回復薬を使わないと!ああ、もう!何ですぐに気付かなかったの!!」

「お、落ち着いて…」


急に気が付いたのか、ユリがグルンとすごい勢いで振り返ってレンドルフを見上げた。絶対にユリを落とさないとしっかりと守っているが、さすがにレンドルフもいきなり動かれたので少々慌てた。しかしユリは体を捻った姿勢でレンドルフの頭に手を伸ばそうとして来る。身長差があるので、ユリが手を伸ばしただけではレンドルフの頭に届かないので、今にも腰を浮かしかけそうな体勢になっている。ユリの安全を確保しつつ体に不必要に触れないようにガードしていたが、そのままでは危ないとレンドルフは抱きかかえるようにユリの体に腕を回した。


「後でちゃんと洗っておくから!大丈夫だから!」

「でも!異物が残ったままだと、そこから腫れたり熱が出るかもしれないじゃない。ちゃんと確認しないと…!」


小柄なので身軽なユリは器用にノルドの背に跨がっていた足をヒョイと上げて、レンドルフの腕の中でクルリと体を反転させた。そしてレンドルフに抱きつくようにして首に手を回す。そのまま鞍の上で膝立ちになってレンドルフの頭の様子を見ようと伸び上がった。

さすがにノルドも自分の背で何やら騒がしいことになっているので、気を利かせたのかレンドルフが手綱を操る前にゆっくりと立ち止まった。


「あ、後で、ユリさんに確認してもらうから…その、今は落ち着いて」

「え…?あ…!」


レンドルフが困った声を上げると、ようやくユリは自分が真正面からレンドルフの首に抱きついているような体勢だったことを自覚した。冷静になった瞬間、鼻先が触れ合う程にレンドルフの整った顔が目の前にあることに気が付く。


「ご、ごめん…つい、焦って」


手を緩めて体を離すと、さすがに鞍の上なのでフラリと体が揺らいだ。すかさずレンドルフがユリの体と膝裏に手を差し伸べて、横抱きにしてからそっと鞍の上に座らせる。


「後で存分に確認してもらうから。だからひとまず街に戻ろう?」

「うん…さっきからごめんね。ああ、今日はもうレンさんに迷惑かけてばっかりで」

「ユリさんには聞きたくないことを聞かせただろうから、色々落ち着かなくても仕方がないよ」

「それはそうかもだけど…」


薬師を目指す身としては、そんなに簡単に動揺してしまってはならないとレンザや師匠のセイシューから散々言われている。心の動揺は魔力の操作に多少の影響が出る。極端な話、攻撃魔法や治癒魔法は発動しないのは論外にしても、少しばかり強弱が出てもそこまで問題はないのだ。けれど薬師の場合、調薬に必要な魔力操作は非常に繊細なものだ。一定の作業などは魔道具に任せることは出来ても、薬草の採取場所や季節によって微妙に変わる効能を見極めて調薬をするような作業は人の手でなくてはならない。状況や相手によって処方する薬に差が出ることは許されない職務なのだ。

だからレンドルフが仕方ないと理解してくれても、ユリとしては反省する以外にない。


「ユリさんの耳にも入らないように、火魔法の爆発音で対処すれば良かったな…」

「それ、レンさんが大怪我するヤツじゃない」

「ちょっと鼓膜がやられるだけだから、聞こえないのは同じだよ」

「同じじゃないから!」


慌てた様子のユリにレンドルフは声を上げて笑ったので、どうやらユリの気を紛らわす冗談だったらしい。しかしレンドルフならやりかねないので、ユリはまだ不安気な色を残した目でレンドルフを見上げた。


「水洗いして、浄化の魔石で汚れを落としたら回復薬を使う前に見て貰えるかな?」

「分かった。しっかり確認するね」

「よろしくお願いします」


きちんとユリが前を向いて元の姿勢に戻るのを確認してから、レンドルフは再びノルドを街に向けて出発させたのだった。



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ステノスは、神殿に入る為の階段の前で仏頂面を隠さないで座り込んでいた。



コールイを神殿まで運んで来たはいいが、その入口で既に待機していたシオシャ公爵家の護衛に奪われるように連れ去られてしまった。ステノスと同行していたヨシメも止めに入ったのだが、彼と同じくらいの筋肉自慢の護衛が自慢の胸筋をぶつけて来て、それに対抗しているうちに手際よくコールイは家紋のない馬車に乗せられてしまった。多勢に無勢と、神殿の前でそんな大立ち回りをする訳にはいかずにステノスはほぼ抵抗出来ないまま見送るしかななった。


「この件は不問にいたしましょう」


護衛のように隙のない立ち居振る舞いでありながら執事服を身に纏った青年が、いかにも公爵家の代表かの如く上からの物言いでステノスにそう告げると、返答を待つつもりもなくさっさと馬車に乗り込んで去って行った。ステノスはエイスの駐屯部隊の部隊長ではあるが身分としては平民である。さすがに一方的な横暴であれば身分に関係なく取り締まるが、今回は私的な決闘で頼まれたから送り届けただけだ。これ以上の追求が出来る立場ではない。もし負けた際の約定違反として訴えるならば、それをするのはレンドルフの役割になるのだ。



「…まあ、あの御仁じゃ誓約魔法はあってないようなもんだしなあ。レンも分かってんだろうし、謝っとけば許してもらえるだろ」


誓約魔法は闇属性の魔法なので、国内随一の使い手のコールイに結ばせたところですぐに無効にされるのは目に見えている。かと言って自身の誓約をコールイに掛けてもらうわけにはいかないし、頼んだところで鼻で笑われる結果になるだろう。


「それよりも…御前への報告が怖ぇなあ…」


ユリの護衛として密かに付けている影達が軒並みコールイの不意打ちで倒されてしまった。闇魔法は主に暗殺向けと言われている魔法が多く、使い手は国や王族に害が及ばないように使用を制限されている。コールイも当然制限はされているだろうが、それが後継が確定している訳ではないユリにも適用されているかは定かではない。もしコールイが本気でユリの命を狙ったのであれば、誰にも気付かれずに終わらせていただろう。しかし彼は変装までして姿を現し、レンドルフと対戦をした。攻撃魔法を使用可能にしておけば、いくらレンドルフでも一瞬で勝負が付いたかもしれない。



実のところステノスは、コールイとレンドルフが場所を移した辺りからあの場には到着していた。本格的に戦闘が始まる前に、得意の空気を読まずに相手の毒気を抜く会話で介入して有耶無耶にしようと考えていた。だが、コールイは周辺に既に時間差で発動する闇魔法を仕掛けていて、ステノスは幻覚魔法と魅了の影響を受けたヨシメに思い切り殴られてしまった。勿論、その後キッチリとお返しは済ませているが。


とは言えすぐに動けなかった為にしばらくは身を潜めての様子見になってしまったのだが、コールイが極秘にするようにとレンザから厳命されていたユリの正体をレンドルフに向かって宣言した時はさすがのステノスも肝が冷えた。ユリ自身が悪意があって隠しているのではなく、ただ今の関係を崩したくなかったのと時期を見計らっているので、周囲も彼女の望み通りに動いているのだ。それを根底から引っくり返すようなコールイの暴露に、一瞬ではあったがユリの特殊魔力が暴発寸前にまで膨れ上がった。


ユリも自分の魔力の大きさは分かっているので、装身具の力だけでなく常人の何倍も努力を重ねて制御を自分のものにしている。魔力が膨れ上がったのはほんの僅かな時間だけで、すぐに抑えられたのでコールイと対峙していたレンドルフには気付かれなかったようだ。

けれどごく短時間だけでもユリの特殊魔力の影響で、ステノスは全身が硬直したように動けなかった。幸いにもレンドルフの機転でそのコールイの暴露は届かなかったが、もしレンドルフが耳にしていて対処を間違えたらどうなっていたか、想像もしたくない。


「自殺願望でもあるのかね…いや、まさか」


肩を竦めながらふと呟いた自分の言葉に、ステノスは妙な説得力を感じて思わず唇をなぞるように指先を這わせたのだった。



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