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495.それぞれの正体

今年最初の更新です。本年もよろしくお願いします。


レンドルフの背後で膨れ上がった魔力は、動揺のあまり漏れ出してしまったユリの魔力だった。


いつかきちんと告げるつもりであった真実をこんな形でレンドルフが知る形になって、ユリは声にならない悲鳴を上げていた。魔力を押さえなければならないと両腕を抱え込んだが、心の激しい動揺のせいで体内で暴れている魔力が押さえきれない。いつもならばこの程度なら押さえられる筈であったが、まだ完全復調してない魔力の回路が容赦なく暴れる。



コールイは自分に向けられる激しい感情の迸る魔力を感じながら、いきなり真実を知らされたレンドルフがどのような反応をしているかと顔を上げた。


呆然としているか、それとも信じようとはせず怒りの感情を溢れさせているかと思って視線を向けた先には、何の感情もない人形のように恐ろしく整った顔があった。そしてその顔が近付いて来たかと思った次の瞬間、コールイは脳天に激しい衝撃を受けて目の前に星が飛んだ。



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ほんの一瞬意識が飛んだのか、我に返るとコールイは地面に座り込んでいて、レンドルフが見下ろす形で首元に剣を突き付けていた。ズキズキとする脳天に、見下ろして来るレンドルフの額がうっすらと赤くなっているのを見て、コールイは頭突きを喰らって腰が砕けたのだとようやく理解した。それで尻餅をついた恰好になっていたが、それでも両手の剣は放さずにレンドルフに向けていたのは我ながら感心してしまった。だが、この形勢では立ち上がって攻撃を仕掛けるのは不可能だと悟った。


不意打ちでレンドルフの知らない真実を告げることで動揺を誘い一気に勝負を付けるつもりだったのだが、コールイが思っていた以上にレンドルフは冷静だった。あの至近距離では体格の上回るレンドルフの方が有利であると承知していたが、懐に入って隙を突けば十分に勝機はあると狙っていたのだ。しかし結果的に今はコールイの方が身動きが取れない状態になっている。


「ああ、降参だ。私の負けだ」


コールイは苦笑しながらあっさりと負けを受け入れた。もうある意味目的は達したのだ。そのついでに勝ちでも拾えれば儲け物だと思っていたので、これ以上粘る必要はない。


だがレンドルフはコールイの宣言に何の反応も示さず、冷えた目で切っ先を喉元に突き付けて来る。そこでコールイは、まだ両手に剣を持っているせいだと気付いた。今までの戦い方は、正攻法だけではなく色々と卑怯な手段も使ってレンドルフを翻弄した。最初は貴族出身で温室育ちの騎士ならば正攻法以外の搦手ですぐに陥落すると思っていたが、予想以上に荒事に慣れていた。それで少しばかり楽しみが過ぎてしまったようだ。ここで敗北宣言をしても武器を持っている限り、まだコールイが攻撃をやめないのではないかと警戒しているのだと悟ると、コールイは自分の手が届かないところに両手の剣を投げ出した。


「アースバインド」


コールイが武器を手放したのを確認して、レンドルフは土魔法でコールイの手足を拘束した。ついでに口回りも塞いで、声を出せないようにしていた。随分と念の入った対応に、コールイはそれだけのことをしたのだから仕方がないと諦めて体の力を抜いた。それと同時に、これまでの疲労が全身を駆け巡って体中が軋むような感覚に襲われた。

しかしそれでもせめてもの矜持で、コールイはそれを顔に出さないように腹に力を入れて耐えた。むしろ声が出ないように口を塞がれていたのは幸いだったかもしれない。



「…レン、さん…」


勝敗が決した時点で離れた物陰から見守っていたユリが出て来ていたらしく、レンドルフから少し離れた場所でポツリと佇んでいた。その様子は顔色がなく、遠目に見ても震えていて今にも倒れてしまいそうだった。しかしその様子とは裏腹に、彼女の魔力は凶暴と言っても差し支えない程に荒れ狂って体外に盛れ出ていた


か細いユリの声はコールイの耳にも届いたのでレンドルフも聞こえている筈なのだが、ユリに背を向けたまま何の感情も浮かんでいない顔でコールイを見下ろしている。ユリの正体を知った彼に、どんな感情が浮かんでいるのか全く分からなかった。


「レンさん…あの、私…」


何の反応も示さないレンドルフに、ユリは絶望の表情を浮かべて一歩ずつ近付いた。ゆっくりと背に向かって伸ばされた手が震えている。


その手がレンドルフに触れる寸前、レンドルフが勢いよく振り返った。その動きでユリの肩が大きく跳ね上がる。振り向いたレンドルフは、すぐ背後のユリに驚いたように目を丸くして一瞬硬直した。その様子にユリの大きな目に昏い影が差す。


「あ…!ちょ、ちょっと、待って」

「…?」


レンドルフが次に何を言うのかと身構えていたユリは、妙に慌てた様子のレンドルフに怪訝な顔になってしまってしまった。するとレンドルフは抜き身だった大剣を急いで鞘に納めると、首を傾げてこめかみの辺りをトントンと叩き始めた。その予想もしなかった不可解な行動にユリもコールイもキョトンとして眺めていると、ポロリと小さな石の粒が落ちて来た。


「???」


何が起こっているのか分からずにユリが言葉を失ってレンドルフを見上げていると、今度は反対側に首を傾けて同じ行動をし始める。


「ああ、これで大丈夫。ごめん、ユリさんに話しかけられたの聞こえてなかった」

「え…聞こえてなかった…?」

「うん。多分俺の動揺を誘うために何か言い出す気だと思って、咄嗟に土で耳を塞いでたんだ」

「ほ、ホントに…聞こえてなかったの…!?」

「音くらいは聞こえてたけど、内容までは全然。読唇術も得意じゃないからさっぱり」


そう言いながらレンドルフははにかむような笑顔をユリに向けると、まだ耳の中に土が残っているのか頭を傾けて耳の穴に指を突っ込んでいる。その傾けた頭の毛先から、パラパラと土の細かい欠片も零れ落ちて来た。


「さっき頭からの出血を止める為に頭を土魔法で覆ってたから、すぐに耳も塞げたんだ。だから俺の隙を突こうとしたコーセイ殿に逆に隙が出来た…いや、()()()()()()()()とお呼びするべきでしょうか」


レンドルフはそう言って、ユリに向けていた笑顔を瞬時に消し去って拘束しているコールイに冷たい目を向けたのだった。



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「ああ、このままでは話が出来ませんね。でも外したらまた何を言われるか分かりませんので、そのままにしておきます。俺は幼い頃、貴方とお会いしているのですよ。隣国へ赴く際、クロヴァス領に滞在なさったことがあるでしょう。その時に兄と手合わせをしていた」


レンドルフは足首に装着していた変装の魔道具を停止させた。エイスの街を経由するので、いつものように栗色の髪に変えていたのだ。それを停止させたので、レンドルフ本来の薄紅色の髪が現れる。


「俺と兄の末息子がその様子をこっそりと見ていました。手合わせは誰も立ち合わせないようにと希望されていましたが、どうしても見たいと隠れて覗いていたのです。結局すぐに見つかりましたが」


その時には既に長兄ダイスは当主になっていたので、本来ならば公爵家の客人と手合わせをするなど有り得ないことだ。万一どちらかが怪我でもしようものならば、重大な責任問題になる。けれどダイスは英雄と名高いコールイの剣技をどうしても間近で見たいと、怪我をしても責任を問わないという誓約を結んで手合わせが実現したのだ。

しかしいくら互いが承知の上で誓約を結んでいても何かあれば騒ぎになるということで、誰も近付けないようにと条件を付けた上での一本勝負となった。その為周囲は辺境騎士団の騎士達が見張っていたが、レンドルフと同い年の甥のタイラーはまだ幼く体も小さかったので、目を盗んで手合わせの見える茂みに潜んでいたのだった。


「貴方は俺のことを縁戚の令嬢だと思ったようでしたので、俺と出会った覚えはなかったのでしょう。でもあの時の令嬢は俺で、貴方の剣はよく覚えています」


喋れないコールイは、レンドルフの顔を見て目を見開いた。レンドルフはおそらくコールイは王城で自分の存在は知っていたのだろうが、まさかかつて辺境で会った華奢な時代のレンドルフと同一人物とは思いもしなかったのだろう。幼い頃のレンドルフを知る者には必ず一通り言われることだ。

体が別人のように大きく育ってしまっているが母親似の顔立ちは幼い頃の面差しを残しているので、コールもレンドルフの顔を凝視してようやく思い当たったような表情になった。それにあの時のコールイは、レンドルフの髪を「妻と娘に似ているな」と優しく撫でてくれた。

目の前に現れて「コーセイ」と名乗った彼は、髪と目の色が違っていたのと、年を重ねただけではないひどく疲れた面差しになっていたのですぐに分からなかったが、両手の剣を見た瞬間に正体に気付いた。


「故郷では『生きていることが正義』だと教わります。貴方はあの時『生きる為には手段を選ばん』と仰っていた。考え方が少し似ているな、と思ったのを忘れていなかったので、貴方とどうにか戦うことが出来ました」


また髪の先から砂粒が落ちて来て、レンドルフは少しだけ鬱陶しげに頭を振った。


「貴方は『待っている者の元へ帰る為、大切なものを守る為にどんな卑怯と罵られようと生きて帰る』と俺達に教えてくれましたね。今の貴方が何を守っているのかは分かりませんし、知りたいとも思いません」


コールイはレンドルフの魔法で拘束されたまま、瞬きも忘れたようにジッとレンドルフを見つめていた。いくら強力な拘束とはいっても、コールイとて魔法が使えるのだからそれで外そうと思えば外せる筈だ。しかしもう決着がついたと観念しているのか、それとも何か他のことを狙っているのかコールイは動こうとしなかった。


「ただ俺も、俺の守りたいものをどんな手を使ってでも守りたいと思っています」


そのレンドルフの言葉を聞いた瞬間、表情こそは動いていなかったが僅かにコールイの肩がフッと下がったように見えたのだった。



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「おー、そこにいるのはレンじゃねぇか。と、ユリちゃんも一緒か」

「ステノスさん!?」


拘束したコールイを彼が乗って来た魔馬に乗せてエイスの街まで運ぶ方法を考えていると、不意に場にはそぐわないのんびりとした声が響いた。声のした方向を見ると、そこにはエイス駐屯部隊の部隊長ステノスがニコニコしながら手を振っていた。


「どうしてここに?」

「いやぁ、何でも冒険者からここいらでスゲェ奴らが決闘してる、って通報が入ってな。別にお互い納得ずくでなら構わねえんだが、死人が出ると困るんでな。チョイと様子を見に来たって寸法だ」

「それは…申し訳なかったです」

「ま、給料のウチだ。で、勝ったのか?」

「はい」


ステノスは拘束されて座り込んでいるコールイにチラリと目をやると、レンドルフに確認して来た。聞くまでもなく勝負はついているのだが、一応確認したらしい。


「お前さんが勝負したってことは、このじいさんがユリちゃんにでも絡んだのかい?」

「ええ、まあ…そんなところです」

「そりゃこうされても仕方ねえな。孫くらいのお嬢さんにちょっかいを掛けようとはとんだ助平爺だ」

「いえ、そうではなくて…その、お孫さんの縁談をしつこく勧めた、と言うか…」

「ほほう、そりゃ悪手だったな、じいさん。こいつぁユリちゃん最強の護衛だ。五体満足だったことを感謝するんだな」


アナカナから、シオシャ公爵令孫であり白の聖人であるハリが非公式にユリに婚約の打診をしていると聞いていたレンドルフは、咄嗟にそれを言い訳に使った。コールイの本音は分からないが、何となく間違ってもいないような気もしたのだ。


「それで、敗者の条件はなんだったんだ?」

「ユリさんへの接近と、不利益になるような言動禁止の誓約を」

「おいおい、そりゃレンが負けたらそうなってたってことか?」

「負けませんでしたから」


ステノスは呆れたようにレンドルフを見上げ、その背後で所在なげに立っているユリに目を向けた。


「これからどうする」

「この方を神殿まで連れて行って、誓約と治療を。その方法を考えているところにステノスさんが」

「そうか。じゃ、俺が連れてってやろう」

「え?ですが」

「後で事情は聞きに行くがな。今はユリちゃんが寒そうだ。早いとこあったかい場所へ連れてってやんなよ」

「あ…は、はい!よろしくお願いします!」


振り返ってユリを見ると、どこか彼女の顔色が悪い。レンドルフも戦いの直後で興奮していたのか、ユリの様子がいつもと違うことに気付いていなかった。コールイに何を言われたのかレンドルフは聞こえなかったが、ユリの耳には届いていた筈だ。ユリのことを貶めるような発言でレンドルフの動揺を誘ったのなら、それを耳にしてしまったユリの心境をもっと慮るべきだったとレンドルフは慌てて近寄った。


「ユリさん、ごめん。すぐに移動して…その前に何か温かいものでも飲んで落ち着いた方が…」

「大丈夫」

「ユリさん」

「大丈夫だから。でも、ここはステノスさんに任せよう?」


レンドルフが伸ばした手をユリはスルリと避けるように前に出ると、小走りにステノスに近寄った。そして外套のポケットから比翼貝に詰めた傷薬を取り出した。


「ステノスさん、使ってください」

「や、これはすまねえな」


そのやり取りを聞いてレンドルフが改めてステノスを見ると、こめかみの辺りにうっすらと青い内出血のようような痕が見えた。更に肉付きが良いので分かりにくかったが、頬もいつもより腫れているようだった。


「あ、ああ、こいつは朝の捕り物でちょいとしくじっちまってな。ユリちゃんの傷薬は良く効くから助かる」


レンドルフの視線に気付いたのか、ステノスは腫れていない方の口角を上げて苦笑した。普段ならは気付いたであろうことを色々と取り零しているのは、やはりコールイとの戦闘の影響が残っているようだった。


「ユリさ…」

「帰ろう、レンさん」

「あ、ああ」


クルリと背を向けて先に歩き出したユリに、レンドルフは情けない顔を隠そうとはしないままその後を追いかけたのだった。



お読みいただきありがとうございます!


書きたいものをほぼ削らずに全部盛りするスタイルで綴る物語ですのでやたらと長くなっておりますが。今年もそのまま続けて行く所存です。引き続きお楽しみいただけたら幸いです。

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