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48.【過去編】覚めない夢


従僕の案内で、ミキタ達はタイキが保護されているという部屋の前まで案内されたのだが、その部屋の前でメイドがオロオロした様子で立っていた。


何事かと話を聞くと、タイキに先触れとして家族が迎えに来ると告げたところ、急にメイドを追い出して内側から鍵を掛けて閉じこもってしまったとのことだった。



「タイキ!迎えに来たんだよ!ほら、うちに帰ろう!」


扉の外からミキタが声を掛けたが、中から返答はなかった。この程度の扉なら蹴破れない程ではなかったが、さすがに大公家の別邸でやらかすわけにはいかない。何度か扉をノックしたが、それでも反応が返って来ないので、段々とノックする力が強くなって来る。


「タイキ!無事ならちゃんと顔を見せなさい!みんな心配してるんだから」

「帰ろう、タイキ。迎えに来るのが遅くなって悪かった。もう大丈夫だから、顔見せてくれって」


ミキタとミスキがそれぞれ声を掛けたが、やはり返答はない。


「あの…何か変わったこととかありましたか?」

「いえ…旦那様から、あまり世話を焼きすぎないように、と申し付けられておりましたので入口にお食事を運んだり、その際にお声をかける程度でしたので、その、詳しいご様子については…」

「ああ、それは正しい判断だから気にしないで」


メイドにクリューが尋ねたところ、不安そうに眉を下げながらそう答えて来た。大人と口を利かないようにと言い含めて来たので、タイキの交流関係は極めて狭い。この屋敷でまともに話せるのはレンザくらいだろう。


「あの、鍵をお持ちしましょうか」

「自分で閉じ籠ったんなら無理に開けない方がいいとは思うんだけど…一応持って来てもらえる?」

「畏まりました」


案内してくれた従僕も、少し困ったような顔をしている。この状況では無理に扉をこちらから開けない方が良さそうではあったが、万一に備えておいた方がいいだろう。クリューは彼の提案を受けることにした。


「タイキ、頼むよ…無事な顔、見せてくれよ…」


いくら呼びかけても反応を示さないタイキに、少しミスキの顔が泣き出しそうに歪む。その様子に、ミキタはそっとミスキの背中に手を添えた。



『オレ、このまま御前の領地に行く』


「タイキ!?」


とうとう扉の前で黙り込んでしまったミスキに、中から少しだけゴソゴソと音が聞こえたかと思うと、ようやくくぐもったような声が答えて来た。


『みんなに、兄ちゃんに、迷惑、かかるから。領地行って、暮らす』

「迷惑なんてあるわけないだろ!」

「ちょ…!ミキタ!」


タイキの声は、いつもに比べて妙に割れたような掠れ気味で低いものになっていた。しかし、少しだけ長い牙のような歯のせいか、少々独特のイントネーションの口調は変わっていない。


ようやく返って来たタイキの言葉に、ミキタは激昂したように叫んで勢いよく拳を扉に叩き付けた。多少は手加減はしているのだろうが、それでも扉がビリビリと震えた。それに慌ててクリューが彼女の腕を掴んで止めに入る。


「迷惑だなんて思ったこと、いっぺんだってあるもんかい!!それに!迷惑かけられたとしても、子供に掛けられるモンなんざ屁でもないよ!!」

「ミキタ…!気持ちは分かるけど、落ち着きなさいって」


全力でクリューが抱きついてミキタを止めているので、まだ多少は理性が働いているようだが、このままでは扉を蹴破りかねない勢いだった。


「タイキ。俺だって迷惑なんて思ったことないよ」


興奮しているミキタとは正反対で落ち着いた様子のミスキが、そっと額を扉に付けるようにして話しかけた。


「タイキが本当に領地に行きたいって思うなら止めない。でも、それならちゃんと顔を見せて言ってくれないか?」


部屋の中から引き続き何かが動いている音は聞こえて来たが、鍵が開く気配はなかった。ミスキは耳を扉に押し当てて様子を伺ってみたが、頑丈な扉なだけに中の様子はよく分からないようだった。


「もう王都が嫌だってなら、俺も一緒に領地に行くから…」

『ダメだ!』

「タイキ?」

『兄ちゃんは、ダメだ。オレ一人でいい。オレ一人で行くか』

「それ、俺の顔見て言えるか?」


タイキの言葉に被せるように言ったミスキの声が少しだけ低くなった。その声を耳にして、直前まで暴れてクリューとバートンに押さえられていたミキタが動きを止めた。ミスキがこのトーンで話す時は、間違いなく激怒している時の特徴だった。

ミキタの怒りはパーッとテンションが上がって瞬間的に発散して終わるのだが、ミスキの怒りは深く暗くグツグツとじっくり煮込まれるタイプだ。親子でここまで違うのかと誰もが思うのだが、彼らが共通して思うことは、ミスキはあまり怒らせない方がいい、ということだった。


『だ、だって、兄ちゃんは、オレのことばっかで、全然自分のコト、考えないじゃん!だか、ら、オレ!オレが、兄ちゃんのこと』

「誰が誰のコト考えてるって…?」

『……!』


ミスキの声が更に一段低くなって、扉越しにもその怒りが届いたようで、向う側のタイキが息を呑むのが手に取るように分かった。扉に張り付くように立っているので、背後にいるミキタ達には彼の表情は伺うことは出来なかったが、全身から立ち上るどす黒いオーラに思わず全員後ずさった。


「ね、ねぇ、ミキティ…」

「何…」

「ミスキ、御前の隠し子とかじゃないわよね…?」

「違う…筈だけど…」

「怒り方、そっくりなんだけど?」

「……そうだね…」


クリューは思わずミキタの耳元でそう囁いてしまったのだった。



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「俺はなあ、俺のことしか考えてないの。俺が一番、俺が最優先。その俺がタイキのとこにいたいっつってんだよ。お前が嫌がっても、俺はお前の側にいんの。分かったらとっととここ開けろ!」


もはや地を這うような声になっているミスキの言葉に押されたのか、少し間があってからカチャリと静かに鍵の開いた音が聞こえた。


その音と同時にミスキが扉を開け放って、ズカズカと中に侵入して行った。その後にミキタ達も続く。


客の為に用意されている部屋なのか、中は広く調度品も豪奢なものばかりだった。大きな窓にはレースのカーテンが閉められていて、中は少しだけ薄暗い。


その部屋の窓の近くにあるソファの影に、何かが蹲っていた。


「タイキ!」


ミスキが声を上げると、その何かはビクリと反応をして、更にソファと壁の隙間に潜り込もうとしている。よく見ると、シーツのような布の塊がモゾモゾと動いていた。おそらくタイキがシーツを頭から被っているのだろうと思われたが、それにしては妙に大きくて所々尖ったような形をしている。


「逃げるな!」


ソファの隙間に挟まって動けなくなってしまったのか、そのままもがいている様子だったので、ミスキはシーツの端を掴んでバサリと捲り上げた。


「…!タイキ!」



シーツが外れて中から現れたのは、成人を迎えたばかりくらいの18歳前後の青年だった。

まだ少しだけ少年のような面差しと、筋肉質ではあるがまだ未発達な尖ったような骨格で、蹲っているので身長は分からないが、折り畳まれた手足はスラリと長かった。そしてそれ以上に目を引いたのは、体の半分以上を覆っている透明な鱗のような鎧状のものだった。体に添って張り付いているようにも見えるが、一部は大きく刺のように尖って防御と攻撃の両方を兼ねているようにも見える。座った状態で皮膚が見えているのは、顔の右半分から首と肩に掛けてと、右腕はまだらに鱗が生じているような状態だった。



「…兄ちゃん」


側に立っているミスキを見上げる目は金色をしていて、虹彩が細くなっている。それは紛れもなくタイキの目だった。

幼い子供だった筈のタイキは、いきなり少年を通り過ぎて青年に差し掛かる外見にまで変貌していた。顔の半分は鱗に覆われていてはっきりはしないが、見えている顔立ちは随分凛々しくなったものの面影は残っている。


不意に、ピシリと音を立てて鱗のなかった右側の額の辺りに水晶の花が咲くように鱗が発生した。



「さっきの台詞、言ってみろ」

「え…」

「さっきのヤツ!俺の目を見てちゃんと言え。言えたら領地に行くのも許してやるよ」

「オ、オレ…」

「俺はいくらでも言えるぞ。俺が一番、俺が最優先。そんで俺がタイキの側にいてーの。お前が嫌だって言っても断固却下だ!」

「う…ううぅ…」


座り込んでいるタイキの目の前で仁王立ちになったミスキは、腰に手を当てて堂々と言い放った。その姿を見上げているタイキの金色の大きな目に、見る見るうちに涙が溜まり、その涙がボロボロと溢れ出した。涙は床の毛足の長い絨毯に吸い込まれて、点々と染みを作った。


「ううぅ…にーちゃんの…イジワルゥゥ〜〜…」

「当たり前だ!心配掛けさせた上に嘘ばっか吐くからだ!このバカタイキ!」

「うわあああぁぁぁ〜〜……」


とうとう堰を切ったようにタイキが声を上げて泣き出した。顔立ちや体は大人のようになっても、まだ実年齢は10歳に満たない。顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながらわあわあと声を上げている姿は、以前のタイキと全く変わらなかった。


「ほら、ちゃんとどうしたいか言え」


狭いソファの隙間から引っ張り出すように、ミスキはしゃがみ込んでタイキを抱き寄せる。タイキの体の半分以上を覆っている鱗は硬く鋭く、ミスキの顔や腕の皮膚を薄く切って血が滲む。しかしミスキはそんなことを気にも留めずにタイキの背中に手を回して、ポンポンと軽く叩いてやった。最近では少なくなったが、もっと幼い頃に癇癪を起こして泣き叫んでいたタイキによくこうしてやっていた。


「にぃちゃ、痛い…」

「大したことないよ。すぐに治せる」


泣きながらも、ミスキを傷付けていることに気付いてタイキは少し離れようと身じろぎしたが、ミスキは全く離そうとする気配はなかった。


「タイキはどうしたい?」

「う…ううぅ……にーちゃんと、かーちゃん達と、一緒に、いたい。でも、嫌われたく、ない…」

「バカだねえ。嫌う筈ないだろ」


いつの間にかミキタも傍らに座り込んで、タイキの赤い髪をクシャリと撫でてから目元を拭った。


「オレ、化物…」

「何言ってんだい。こんなにカッコいい姿じゃないか」

「…カッコ、いい…?」

「ああ、当たり前じゃないか」


ミキタも安心させるようにタイキの頬を撫でる。タイキも少し落ち着いたのか、しゃくり上げながらも少しだけ口角を上げて笑った顔になった。


パキ…


最初は一番尖った部分にヒビが入ったかと思うと、次々と鱗が剥がれはじめた。まるで薄い氷が日の光に当たって砕けるように、シャラシャラと涼しげな音を立てながら床に落ちて行く。床に落ちた鱗は、絨毯の上に落ちたにもかかわらず儚く砕けて行く。


鱗の大半が落ちて、タイキの顔が全て見えるようになると、今まで真っ赤なだけだった髪の毛の前髪の辺りの一束が黒くなっているのが分かった。それ以外は成長しているだけで目に付く変化は見られなかった。


「タイキ、どこか痛いとか、辛いとかはないか?」

「最初、関節が痛かった…あと、喉、ヘン」

「風邪か?」

「それ、成長痛と声変わりじゃない?」

「ああ、そうか」


クリューが絨毯の上に落ちた鱗を指で摘んで眺めながら言う。タイキの身に張り付いていた時にはかなりの硬度がありそうだったが、こうして剥がれてしまうとかなり脆くなるようだ。クリューが少し指に力を込めただけでパキリと折れてしまった。


「これだけ育ったんだし、色々身の回りのもの揃えてあげなきゃねえ。タイちゃんは将来性があると思ってたけど、こんなに美形になるなんてね〜。服も選びがいがあるわぁ」

「しかし、ちと細すぎやしないかの。今度ワシが旨いワイルドボアでも仕留めて来てやるから、ミキタにたっぷり食わせてもらえ」

「そうだね。帰ったらタイキの好きなもの沢山作ってやらないとね」


タイキは、自分の周りを包んでいた温かさが、かつてあったものと寸分違わぬ温度で再び包まれたことを感じて、ようやく戻って来られたのだと実感した。



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約ひと月前、仲良くなったスラム街の兄妹の元を訪ねて行ったところ、よく分からないうちに大人に弾き飛ばされてから酷く記憶が曖昧だった。急に視界が高くなり、目に映る手足も知らない人のもののようだった。そして何より、周囲を取り巻く悪意があまりにも恐ろしくて、皮膚が粟立った。まるで悪意が感覚を持って自分の身に張り付き更に中に浸入して来る不快感は、既に痛みに近くなっていた。


やがてその痛みが少し治まって周囲を見回したら、足元に多く人が血まみれで倒れており、まともに立っているのは自分だけになっていた。離れたところに無事な人がいたので近寄ろうとすると、ヒヤリとした凍り付きそうな空気が突き刺さった。そして、その冷たさの合間に「化物」「怪物」という単語が聞こえた。それは明らかに自分に向けられたものだと分かった。


どうしていいか分からずただその場から動けずにいたところ、何かで拘束されて体中から力が抜けた。やがてその拘束が増えたのを感じたのを最後に、そのまま意識を失った。


次に目が覚めた時には、固く暗い牢の中にいた。目が覚めていると言っても、頭の芯が痺れたようにぼんやりとしていて、まるで夢の中にいるかのようだった。もし夢なら早く覚めなければ、と願いながら、麻袋のような布を体に巻き付けてずっとうつらうつらしていた。


その中で見たのは本当に夢だったのかは分からない。ただ、夢のような現のような中で、幾度となく「化物」「怪物」という声を聞いていた。その声が意味が無くなる程繰り返されて行くうちに、まるで「化物」「怪物」が自分の中に溶けて同化して行くような感覚に陥っていた。



少し前まで自分の周囲にあった温かさは、そちらの方が夢だったのではないかと感じるようにさえなっていたのだった。



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「タイキ?」


鱗が全て剥がれ落ちてもずっとミスキに抱きかかえられていたタイキは、ミスキの肩口に頭を擦り付けるように顔を埋めて、自らもミスキの腰に手を回してギュッと抱きついた。


「オレ、帰りたい。兄ちゃんの、弟が、いい」

「ああ。当たり前だ」



ようやく夢ではない温かい場所に帰り着くことが出来て、タイキはミスキの肩に凭れたまま、静かな安堵の涙を流した。




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