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494.コールイの戦い方


「閣下の体の中には、できものがあって、それが少しずつ全身に広がっているのです」

「それは…すぐに治療すれば助かるものではないのか?」

「はい。手術と治癒魔法、その後は薬を飲み続けるという治療が必要となりますが、まだ完治することは可能です」

「公爵殿は治療を拒否している?」

「…ええ」


ハリはまるで自分のことでもあるかのように、辛そうな表情を浮かべて目を伏せた。彼の長く白い睫毛が伏せられると、頬に触れそうになっている。アナカナは他にも考えることがある筈なのだが、頭の片隅で「やはり顔が整っておるな」と感心していた。



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コールイの体の不調に気付いたのは、一年程前のハリが定期的に彼と顔を合わせる為の茶会だった。

一応現在はシオシャ公爵家に籍を置き成人後は神殿に籍を移すことが決まっているハリに、唯一の身内との交流は必要だろうと周囲がお膳立てしたのだ。本当は血の繋がりもないのだが、表向きはコールイの孫なのだ。公爵家当主が孫を疎略に扱っていると世間に思われないよう月に二度くらいなら、とコールイも面会の時間を承諾した。しかしもともとなさぬ仲の間柄なので、その時間は常に無言で時間が過ぎるのを待つばかりだった。


だが、その日は珍しくハリがおずおずと口を開いた。


「…あの、閣下、どこか具合がお悪いのでしょうか」

「……いや。何か不審な点でも?」


コールイにギロリと睨まれるように視線を返されて、ハリは萎縮して頭を下げた。コールイはハリの加護がなんであるか知っているのだが、自分に絶対使用しないように、と固く言い渡されていた。もし使用したら子供でも容赦はしないと宣言されていた。その約定通りハリは加護の力は使っていないし、そもそもコールイのことは見ることが出来ないのだが、コールイは誤解したのかひどく険しい顔になった。


「その…こちらにいらしてから、何度か胃の腑を押さえておりましたので…さ、差し出たことを申し上げました!」

「…ここのところ夜会続きで酒を飲み過ぎただけだ」

「さ、左様でございますか」


その後、いつも通り無言で茶を二杯飲むだけの時間が流れた。しかし今日は、無意識的に胃の辺りに手をやろうとするコールイが何度かそれに気付いて強引に手を戻すという行動が見られた。

やがて時間が来たのを待ち望んだかのようにコールイは立ち上がると、黙ってその場を辞去しようとハリに背を向けた。


「閣下、どうぞご自愛ください」


背を向けた瞬間にコールイが胃の辺りを押さえた様子が分かってしまって、ハリは思わずその背に声を掛けていた。次の瞬間、コールイが勢いよく顔だけをハリに向けたので、ハリは怒声を覚悟しながら首を竦めて頭を下げた。

しかし予想していた反応はなく、地面を見つめていたハリは何の音もしなかったのでコールイは立ち去ってしまったのかと顔を上げると、まだその場に彼が立っていて、何の感情もない顔でハリを見下ろしていた。そんな顔をするコールイを見るのは初めてだったので、ハリも目を丸くして何度か瞬きを繰り返してコールイをポカンと見上げた。


見つめ合っていたのはほんの僅かだったろうが、ハリにとってはその時間がいつもの茶会の時間よりも遥かに長く感じられた。


「…気に留めておく」


長い沈黙の後、コールイはそれだけを言うと再びハリに背を向けて足早にその場を去って行ったのだった。



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「気になったので、私はレイ神官長様に相談して…神官長様が密かに閣下に検査をするように勧めてくださいました。その結果、閣下の体にはいくつもの悪性のできものが見つかりました」


そのできものが脳に達してしまうともはや手の施しようがないのだが、今のところは幸いにもそこまでに至ってはいない。しかしそれも時間の問題だろうと告げられている。


「もうかなり痛みも伴っている筈ですが…閣下は強力な痛み止めを服用しています。それも正規の薬師が処方したものではなく、違法薬物を含んだものを闇ギルドから入手しているようです。治癒院などには行く様子もございません」

「…薬師や治癒院はアスクレティ家の傘下であるところが多いからの。そういうことか?」

「おそらく」

「徹底しておるな」


アスクレティ家は医療関連に特化した家門で、国のどんな場所でも等しい医療を、という始祖の意志を家訓として掲げている。未だにそれを達成しているとまでは行かないが、それでもこのオベリス王国は医療の充実や、医学や薬学などの教育などは他国よりは頭抜けていて、それに関わるのがアスクレティ家だ。

どんな感情があるのかは知らないが、この国にいる以上は必ずと言っていい程アスクレティ家に頼る筈なので、それを避けるとなるとそれこそ違法行為しかなくなる。


「己の死と引き換えに国内に混乱をもたらす気か?それなら大公家よりも王家の方が痛手じゃな」

「私もそう思うのですが…閣下には何か考えがあるようです」

「それでハリ殿を大公女の婚約者に据えようと?」

「…それが、王家の為。シオシャ家の忠誠、と口ではおっしゃいますが…時折そうとは思えない様子が見られて」

「ほう…」


アナカナは自分の顎に小さな手を当てて思考に沈んだ。


(王家と大公家は血の交わりを許さないという始祖の誓約…いや、呪縛がある。だがハリ殿は表向きは王家の血統なれど実際はその血は引いていない。であれば、もし大公家と婚姻を結び子が出来たならば、表面上は始祖の血の呪縛が解けたように見える。そうなれば、建国王から続く大公家の特別な地位と盟約も終焉を迎え、一家臣として多くの利権を王家が取り上げることも可能になる…)


そこまで考えて、アナカナはゾッと身を震わせた。アナカナは王家の直系で、王座にも手が届く場所にいるからこそ、大公家が持っている力まで背負い込む程の体力は今の王家にないのは肌感覚で分かってしまった。一見、国の権力を王家に集中させる為の忠誠心による大公家の追い落としの策のようではあるが、最終的に王家も破綻するのは目に見えている。そしてそれを側近の家門に振ったとしても絶対に私欲に走らないという補償はなく、今以上に成果が出るとは思えなかった。



前世の攻略本の記憶では、シオシャ公爵家が滅亡すると交易路の優先権の奪い合いで国内の貴族同士の争いが激化していた。その隙を突いて、女大公が周辺国をも巻き込んだ大規模な禁術に手を出すのだ。しかも公爵家から横流しされた毒草も全て手中にし、多くの民が思考を奪われ言うなりになる傀儡の兵士として彼女を守る肉壁として命を落とすのだ。


今のユリがそんなことを引き起こすとは到底思えないが、誰かがその立場に成り代わらないとも限らない。少なくとも、現実にも大公家の権力を削ろうと動いている勢力があり、そこにコールイが加わっている。アナカナとしては何としてもバッドエンド関係者は遠ざけておきたい。



「王家の忠誠と言うならば、わらわとの縁組みも王家の利になると思っては貰えぬのだろうか…いや、公爵殿は王家も恨んでおるのだったな」

「申し訳ありません…」

「じゃから、ハリ殿が謝る必要はないのじゃ。むむ…しかし冷静に考えれば、公爵殿一人で王家と大公家に痛手を追わせるとはなかなか恨みは深いと見える」

「申し訳…」

「もう!ハリ殿を責めているつもりはないのじゃ」


話の内容はともかく、アナカナの白い頬をぷっくりと膨らませて口を尖らせて抗議する顔は、どう見ても年相応の愛らしい幼女にしか見えなかった。



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何度目か分からなくなる程に受け止めて弾き返した攻撃が、蓄積されたダメージとなってレンドルフの膝を地面に落とした。

冬の野外であるのにこめかみから汗が伝い、服の下もすっかり湿っぽくなってインナーが肌に張り付いているのが分かる。


「どうした、見かけ倒しか?」

「まだだ!」


レンドルフは膝を付いたまま一瞬体を丸め、バネのように全身をしならせてコールイに向かって剣を突き出した。しかし勢いはあっても一直線に突っ込んで来るレンドルフをコールイは難なく左手一本の剣で受け流し、レンドルフの大剣の自重も手伝って切っ先が地面にめり込む。そのせいでバランスを崩して動きが止まったレンドルフに、コールイが真上から右手の剣を振り下ろす。


「アースウォール!」

「甘い!」


防御の為に土の壁を自身とコールイの間に出現させたが、それを読んでいたのか右の剣を壁に突き立ててそれを軸にするかのようにコールイは体ごと捻って、左手の剣を瞬時に逆手に持ち直して壁の裏側のレンドルフ目掛けて突き出した。壁を盾にするようにして脇から突き出されたコールイの剣は、レンドルフからもその軌道が見えなかった。条件としてはコールイも同じように見えない筈だが、彼の左手の剣はレンドルフのこめかみ付近を捉えた。


「アースウォール!」


咄嗟にレンドルフは最初の壁からもう一枚壁を生やすように真横に出現させた。一瞬だったので完全に防ぐだけの強度はなかったが、上手く刃の腹の辺りを押し出すように当たったので軌道が変わり、レンドルフの頭を掠めるだけになった。


「上手く避けたものだな」

「おかげさまで」


どうにかコールイの間合いの外に出て体勢を立て直すレンドルフを、コールイは追撃することなく余裕のある笑みを浮かべた。レンドルフはこめかみ辺りにヌルリとした感触を感じて手の甲で拭うと、そこには汗混じりの血がこびり付いていた。大した痛みは感じなかったのでかすり傷だろうが、頭の出血は目に入ると厄介だ。後で丹念に洗わなければならないが、今は応急的にレンドルフは魔力を操って薄い土で傷のある付近を覆うようにして強制的に止血をする。


レンドルフが肩で息をしているのに、コールイは全く息の乱れもなくケロリとした顔をしていた。レンドルフは体力には自信があったし、調子がおかしい訳ではない。単純にコールイが化物並みの体力の持ち主と言うことになる。体力でこんなに圧倒的な差を付けられたのは、成人前では父親、成人後では近衛騎士団長ウォルターとの初めての手合わせ以来かもしれない。


「そろそろ致命傷を受ける前に降参したらどうだ?」

「ご冗談を」

「私もそろそろ疲れて来たのでな。うっかり手元が狂って手加減を忘れるやもしれぬ」

「それなら俺の方が疲れていそうなので、危ないのはコーセイ殿の方では?」

「お嬢さんの前では無様な姿は見せられぬか。気の毒にな」


何の構えもなくコールイがいきなり距離を詰めて来て、レンドルフは辛うじて二本の剣を受け止めた。これまでの戦い方ではコールイはどちらかの剣で攻撃してレンドルフの大剣を使わせて、その空いたところに反対の手の剣で攻撃を仕掛けて来るスタイルだった。だが今は両手で同時にレンドルフの大剣をギリギリと押して来る。その力は片手の倍どころの比ではないが、レンドルフの腕力ならば身体強化も使えば拮抗出来なくもない。ただ不意を突かれて変則的な攻撃を仕掛けられないように神経を研ぎ澄ませた。


コールイはそのまま押し込んで、レンドルフと直接体がぶつかりそうな程接近して来て、互いの剣が火花を散らしそうなギリギリと不快な金属音を立てている向こう側から、不敵にニヤリとした笑みを浮かべた。何かを仕掛けて来る、とレンドルフは反射的に身構えた。



「あのお嬢さんは、()()()()()()()()()()()()。大公家唯一の姫君だ」



そうコールイが高らかに宣言するように言い放った瞬間、レンドルフの背後のずっと向こう側で膨大で暴れ回るような魔力が瞬時に膨れ上がった。



お読みいただきありがとうございます!


今年もこうして物語を続けることが出来たのも、読んでくださる方がいるおかげです。今は過去にバラまいておいた伏線を必死に回収している最中です。まだまだ続きますので、長い目で見守っていただければ幸いです。


それでは皆様、良いお年を。


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