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491.見合いと睨み合い


「し、しかしハリ殿は実際はそうではないであろ?何ら問題は…」

「それが分かったのは、加護を得てから…公爵夫人が心中事件を起こして、既に終わった後だったのです。後から言い出したところで、もう遅いのです」

「それは…」


もし令嬢がホシノ家の令息と駆け落ちしたと知れば、公爵夫人が密かに手を回して何らかの対処をしただろう。けれど戸籍の届けをキィ男爵家に出させたせいで、調べたところで勘当された元男爵家の嫡男としか出て来なかった筈だ。だからこそ夫人は勘当した娘を積極的に捜そうとはしていなかった。もし見付けて連れ戻した結果、王族と婚姻されては困るからだ。

けれど娘は子供を連れて公爵家に戻って来た。夫人が彼女を受け入れた本当の理由は分からないが、自分の監視下に置いておけば一定の安心を得られると考えたのか、別の男の子を産んでいるのなら少なくとも王族には嫁ぐことはないと判断したからかもしれない。


しかしどこから聞かされたのか、娘の相手が実はホシノ家の次男だと知った夫人は、彼らが異母兄妹だと思い込んだ。状況的にはそう誤解されても仕方のないことだったろう。もしハリの産みの母、前子爵が生きていればまた違ったが、彼女はハリを産んだ直後に儚くなってしまった為に彼らの父が違うことは公爵夫人には伝わらなかった。それにハリの年齢を考えれば、自分の孫と言ってもおかしくない。まさかそんなに年の離れた息子を産んでいたとは思いもしなかったのだろう。


そして思い詰めた夫人は、そのことに耐えられなくなって無理心中を謀ったのだった。



加護を得たばかりのハリは上手く制御出来ず、見るつもりもないものが垣間見えてしまうことが多かった。そしてまだ幼かったハリは夫人の最期の思念が何を意味するのか分からず、つい見聞きしたままを口にしてしまったのだ。その相手が、常に側にいてくれた元王弟だったことがハリには僥倖だった。


彼は少しだけ困った顔をしたがすぐに何事もなかったようにハリの頭を撫でて、昔自分が使っていたという魔道具を与えてくれた。それは魔力量の多い王族が暴発を防ぐ為に幼い子供にも装着出来るように特別に作られているものだった。加護の能力は魔力を使用するものではないが、魔力が不安定だと心身が安定せずに結果的に加護の能力の揺らぎにも繋がるので、その魔道具はハリにもかなりの効果を発した。それに加えて彼は変装の魔道具もハリの為に誂えて、当分は死に戻りであることを隠しておくよう差配してくれた。

元から白い髪だったハリは死に戻りで髪色が変わったことは周囲にも気付かれなかったし、そこまで強い加護ではなかったおかげで瞳の色の変化も大きくなかった。だからハリが加護を得た死に戻りである事実が広まる前に、せめて心身ともに傷が癒えるまで落ち着いた環境で過ごさせたいと彼は使用人達にもきつく箝口令を敷いてハリを守ってくれたのだった。


だがその願いも虚しく、僅か二年後にハリの存在は国内に大々的に知られることになった。事故現場で発現した聖魔法と再生魔法を多くの人々に見られ、同時に最も近くで守ってくれていた防波堤を失ったハリは、流されるように神殿に連れて行かれ、そのまま聖人認定を受けたのだった。


「その時点で神殿には死に戻りのことは知られたであろうが、何か取り引きでもあったのか?」

「やはり王女殿下は慧眼でございますね。私が死に戻りだと知られると、一体いつ、()()()()()そうなったのかと詮索する者が出るでしょう。既に病死とされている夫人が娘と孫に手を掛けた、と知られるわけにはいかないと公爵閣下が強行に説き伏せたそうです。私は生まれながらの加護持ちであったとすれば神殿入りも認めるが、そうでなければ公爵家の後継として外には出さない、と」

「…公爵に後継にする気があったとは思えぬが」

「交渉術としての方便でしょうね」


コールイからすればあくまでも夫人は病死であり、子や孫を手にかけて自ら命を絶ったという瑕疵はあってはならないのだ。そこまでして守りたかったのは家の名誉なのか夫人の尊厳なのかは分からないが、結局後の鑑定でハリと血の繋がりがないことを王家と神殿に知られて、自身が不貞をはたらかれていたかもしれないという不名誉になってしまった。ただ当初の誓約は生きているのか、死に戻りであることは神殿内部で秘匿されているらしい。


「公爵の考えは…その、『目』とやらで見たことはないのか?」


当然のアナカナの疑問に、ハリは口元の笑みはそのままに眉を下げるという器用な表情を作った。


「私の加護はそこまで強いものではありませんし、まだ使いこなせていないのです。特に人生経験の豊富な方や、50歳を越える方は情報量が多過ぎて殆ど見えないのです。ですから公爵閣下は…」

「成る程の。彼奴は顔だけでなく人生も濃そうじゃからな」

「王女殿下も見えておりませんが」

「ふぁっ!?わらわはまだいたいけなお子様じゃぞ!五歳じゃぞ!!」

「ですが本当に見えないのです」

「ハリ殿、殿下はいたいけではありませんが五歳というのは間違いありません」

「レナード!そこだけ口を挟むでないわ!」


不意に混ぜっ返されたアナカナが顔を真っ赤にしてレナードに抗議すると、ずっと張り詰めていた空気が緩んだ。ハリの話そっちのけで言い合いを始めたアナカナとレナードに、ハリは無意識的に緊張していたのかいつの間にか上がっていた肩の力を抜いた。それを見計らったように、ハリの隣にいたレイが柔らかく肩に手を乗せる。その手は、まるでハリを労るような優しく温かなものだった。


「少し、休憩にしましょう。私の贔屓にしている店から取り寄せたケーキがございますよ」

「ケーキ!いただくのじゃ!」

「神官長様、私が」

「いやいや、ここは若い者同士、お二人でお話しください」


ハリは聖人ではあるが、レイは教育係で上司のようなものなので自分が給仕をしようを立ち上がりかけたが、やんわりと止められる。そしてレイは見合いの仲人の決まり口上を述べて立ち上がると、「一度言ってみたかったのです」と上機嫌で支度をするべくさっさと退室して行った。


「では私もレイ殿のお手伝いを」

「レナード、未婚の若い男女を密室に二人きりにするでない」

「ハリ殿は大変良識のある御方ですよ。ハリ殿、安全の為に殿下とは一定の距離を保ってくださいね」

「レナード!フケイじゃぞ!」


アナカナが脇を通り抜けて退室しようとするレナードの太腿を拳でポカリと殴りつけたが、体は歳相応な五歳児なので全く効いている様子はなかった。


「全く、わらわのことを何じゃと思っているのじゃ」


部屋に残されたアナカナは、フンス、と鼻息荒く去ってしまったレナードに向けて文句を言っていた。その様子を、ハリは先程のように張り詰めた気配をすっかり解いて微笑みながら眺めていた。


「?何じゃ、ハリ殿も甘党なのか?」

「嫌いではありません」


ハリの微笑みをケーキを楽しみにしていると取ったアナカナが尋ねると、ハリは何故かより楽しそうに笑った。


「あのお二人は、私が無意識に発動してしまう加護の力に負担を掛けると気を遣って外してくれたのですよ。おかげで少し楽になりました」

「ああ、あの二人は見かけによらず年寄りじゃからの。あ、わらわはピチピチの五歳じゃぞ!」

「はい、存じております」


そのアナカナの態度にハリは思わずクスリと小さく笑い声を漏らす。その表情は先程とは違い、それなりに実年齢に近く見えた。アナカナもそれを見て、釣られたようにクスクスと笑った。

その笑いがどちらともなくおさまると、不意に二人の間に沈黙が落ちる。テーブルの上にお茶でもあれば間が保つのだろうが、今はその準備をしているところだ。間を保たせるようなものが一切なかった。


「殿下」

「何じゃ」

「殿下に伺いたいことがございます。その、答えたくなければ無理にとは」

「申してみよ」


かなり長い沈黙の後、ハリが意を決したように口を開いた。その口調は最初から断られると思って尚口に出したもののようだったが、存外あっさりと答えたアナカナに虚を突かれたのかハリの方が目を丸くした。


「聞いてみなければ拒否するか答えるかも判断が付かぬ。まずは申してみよ。さっききちんと誓約は交わしたから、何を聞いても不敬には問わぬぞ」


アナカナとしては前世の悪代官のイメージで精一杯悪い顔をしたつもりで口角を上げたのだが、ハリの目にはただ愛らしい幼女が変顔に挑戦しているようにしか映らなかった。一瞬、顔が緩みそうになったハリだったが、幼くとも女性の顔を見て笑うのは悪いと思いどうにか堪えた。


「そ、それでは」

「うむ」

「殿下は、『予知』の加護をお持ちではございませんか?」



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レンドルフはユリからコールイを少しでも引き離す為に挑発するように動いたが、コールイにはその目論みは分かっているのかレンドルフの動きに乗って来る様子はなかった。


「私のことを知っているのに、彼を止めようとしないとは困ったお嬢さんだ」

「そ、れは…」

「彼女が貴方を警戒している。それだけで十分俺の警戒対象です」

「随分と骨抜きにされたものだな。気付かぬうちに洗脳の薬草でも盛られたか」

「彼女を侮辱するな!」


小馬鹿にしたようなコールイの言葉に、レンドルフの方が感情を露にした。思わず力が籠ったのか、レンドルフの足元の石がバキリと音を立てて割れた。


「ほほう、その様子だと何も知らぬとみえる。騙されているとは知らず、気の毒なことだ」

「…何のことですか」

「はははっ!こんなにも忠実な猟犬を手懐ける為にどんな旨い餌を目の前にぶら下げたのか。昔はもっと純真なお嬢さんだと思ったが…いや、私も騙されたと言うことか」


コールイの目が細められて、レンドルフの背後にいるユリに向けられる。レンドルフの体の陰で見えない筈だが、ユリは絡み付くような気配を感じていた。これはコールイの持つ闇魔法の魔力なのかもしれない。



以前ユリが仕方なく夜会に参加した際に、コールイはユリの「死に戻り」の色を見ても何ら憐憫の目も蔑むような態度も取らず、ただ友人の孫としてごく普通に接して来た数少ない人物だった。その時にコールイは、ユリのことを随分可愛がってくれていた。

後にユリが耳にした話だが、コールイは自身が一人息子だった為に娘に対しての接し方が分からず、つい自分がされたように厳しい教育を施してしまった結果、もともと後継向きな性格ではなかった娘は父親を蛇蝎の如く嫌い抜き、親子関係は修復不能な程壊れてしまったそうだ。周囲からは、王族から婿を迎えて彼に当主を任せることが決まっているのだから娘には公爵夫人としての教育が必要だと忠告を受けたが、コールイは耳を貸さずに厳しい後継教育を叩き込んだということだ。そしてただ父親から逃れる為に王族との婚約を蹴ってまで出奔したのではないか、と噂されていた。

ユリを可愛がるのは和解しないまま亡くなった娘への代理の罪滅ぼしのようではあったが、それでもユリはコールイの不器用な愛情を感じ取って、そんな風にしか立ち回れない彼のことは嫌いではなかった。


それにいつもは当主であり孫を溺愛する顔しか見せないレンザが、旧友のコールイといる時だけは肩の力を抜いて普段見られない顔を沢山見せてくれた。旧知の二人だけが通じる符牒のような会話や、いつもなら絶対に口にしない平民のような荒い口調など、新たな一面を見せてもらえたのがユリの好感度を上げたのかもしれない。


しかしつい先頃、レンザとコールイは長く続いた友人関係に終止符を打った。元から大貴族の当主同士なので、互いに会う暇は殆どなかった。けれどわざわざコールイはレンザを直接訪ねて、その上で決別したのだ。ユリはレンザからは詳細は聞かされていないものの、ただシオシャ家は王家の為にアスクレティ大公家と敵対すると決めたのだ、と説明された。「いつかこうなるとは思っていた」と苦笑いをしていたレンザの顔は、ユリの目にはひどく寂しげに映った。



「どうだ?私が貴殿に真実を教えてやろうか」

「必要ない」

「何故だ?気を許したフリをして、実は裏の顔がある。そんな相手を信頼できるか?嘘まみれの相手を背に庇う価値があると思うのか?」

「隠したければ隠せばいい。言いたくなければ生涯黙っていても構わない。そのことはとっくに彼女に伝えてある。だから必要ない」


あくまでも言い切るレンドルフに、コールイは鼻白んだ顔になった。これまではレンドルフの動きに油断ない目を向けていたコールイだが、ほんの少しだけ戸惑いの感情が垣間見える。


「騙して陥れる為の嘘は見極める必要はあるが、そうでなければ無理に暴く必要はない。全てを曝け出すことは、決して信頼でも誠実でもない。俺はそう思う」

「はっ、随分と甘いな。それで背後から刺されたらどうする」

「生憎と頑丈に出来ているので、致命傷になることはありませんよ」


ユリはその言葉を聞いて、変わらないレンドルフの気持ちにこんな緊迫した状況でも胸の奥に温かいものが灯るのを感じていた。

ユリが大公家唯一の直系ということはレンドルフにひた隠しにしている。もし知られたら、レンドルフは身分が上の令嬢に対して適切な距離と態度を取り、気楽に今のように出掛けることも出来なくなりそうで言えなかった。その罪悪感と後ろめたさを、レンドルフは「そのままでいい」と認めてくれた。レンドルフとてユリが何か大きな事情を隠しているのは薄々察しているだろうが、そこは敢えて踏み込んで来ないようにしてくれている。レンドルフの隣はユリにとって大変心地の良い居場所になっていた。そしてレンドルフもユリと同じように、今の関係を変えたくないと思っていてくれるのではないかと思うと、どこかくすぐったくも嬉しいような気持ちになった。



「このまま睨み合っていては埒が開きません。ここは引いてください」

「ただ知り合いに挨拶に来ただけのこちらに、先に剣を向けたのは貴殿であろう」

「本当に挨拶だけならば、もうよろしいでしょう。俺の非礼は後日改めて個人として謝罪に伺うので、引いてください」

「断ると言ったら?」


ほんの僅かにコールイは両手の剣の切っ先を下げた。しかしそれは自分の戦闘態勢になっただけで、引く気は一切なさそうだった。それを感じ取って、レンドルフも大剣を真横に構えた防御の姿勢を止めて、真っ直ぐに剣をコールイに向けて臨戦態勢に入る。


「私に謝罪をすると言うなら、ここで勝負しろ、若造」

「する意味はありません。引いてください」

「お嬢さんの前で負けるのが怖いか」

「勝負をする気はないと言っている」


あからさまに挑発するコールイに、レンドルフは乗らないように堪えてはいるが、時折言葉の端々に珍しく怒りが滲み出ていた。


「貴殿が勝てばこのまま大人しく引いてやろう。私が勝ったらお嬢さんの真実を教えてやろう」

「俺が勝負を受ける意味がどこにもありません」

「ふん、貴殿に有利な条件ではないか。では…勝負を受けねばお嬢さんの話をあちこちに吹聴して回る、と言えば?」

「なっ…!」

「そうすればいつか貴殿の耳にも真実が届くかもしれんな」


レンドルフの思わず噛み締めた奥歯がギリッと鈍い音を立てた。コールイの目的は不明だが、明らかに背後にいるユリが動揺している気配は伝わって来た。このままユリを抱えて全力でノルドのいる場所に戻れば、相手が魔馬で追って来ても振り切れる自信はある。が、勝負を受けなければ何を言う気かは分からないが、どんな出鱈目だったとしてもユリにとって不利益になるのは間違いないだろう。


もしそれが夏頃にユリが誘拐された話だとすれば、いくら隠し切ったとしても事実であった以上、もう一度噂に火が点けば女性のユリには致命的な傷になる。建国王の側近だった五英雄の一つであった家門が起こした事件だったので、随分と長く人々の口の端に上っていた話題だ。その被害者が特定されれば、いくら火消ししても追いつかない程の勢いで広まるだろう。


「その勝負、受けよう」


レンドルフはその場から逃げるという選択肢を捨てて、腰を落として完全に迎え撃つ姿勢を取ったのだった。



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