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488.アナカナの薔薇とハリの秘密

今回は話の切れ目でアナカナがメインの場面になりますので、レンドルフとユリは登場しません。


「それではお相手のハリ殿をお呼びしましょうか」

「任せる」


誓約を済ませると、レイが続きの間に控えさせていたハリを呼びに行った。


アナカナがここに訪ねて来たのは、ハリとの見合いと言うよりもその前段階の顔合わせを行う為だった。以前レンドルフにも宣言した通り、アナカナは自ら祖父の国王に白の聖人でありシオシャ公爵家の孫となっているハリ・シオシャを自分の婚約者にしたいと申し出た。アナカナはまだ五歳ではあるが、王族ならば生まれながらに婚約者がいてもおかしくはないのだ。

それに表向きには、傍系王族として認められているシオシャ公爵家の直系で、最年少の聖人認定を受けた天才児として、ハリはアナカナの婚約者としてこれ以上ないほどの優良物件なのだ。


しかし実際のハリの出自は、戸籍上の祖父シオシャ公爵とは一切の血縁関係になく、ハリの父方のホシノ子爵家との血縁が判明している。そしてホシノ子爵家は、先代当主の婿、ハリからすれば父方の祖父にアスクレティ家の分家の令息が入っていた。つまりハリは、王家の血縁とは子を残すことが出来ないアスクレティ家との縁戚になるのだ。

しかし王家も神殿も、その事実が判明するよりも前に王家の血筋から初の聖人が出たと大々的に喧伝してしまった為に、今もそのことは徹底的に秘匿されている。


アナカナも独自のルートでその情報は掴んでいるのだが、さすがに国王もまだ幼い王女がそれを知っていて申し出たとは露とも知らず、ただ年上の美しい聖人に憧れて言い出したのだろうと思い込んでいた。だからこそ国王は頭から却下も出来ないが許可も出さず、まずは交流を深めてから判断すればいいと結果を先送りしていた。


アナカナは王太子の長子であり、現在は一応王位継承権が父王太子ラザフォードに継いで仮の第二位になっている。まだその順位は暫定的で正式ではないが、もし決まれば将来的にアナカナは王太女から女王への道が確定する。もしその時に女王の王配に聖人が立つとなれば国民だけでなく、他国からも一目置かれる存在になるだろう。子が出来なくても王ならば第二、第三の伴侶を迎えることも珍しくはない。国王からすれば、悪くない提案ではあるのだ。むしろハリを子爵家の身分の低い血筋と思えば、お飾り王配として子を成せないことも、聖人として神殿の仕事だけをさせておけば民の人気取りになるということも、為政者の目で見れば良い事ずくめのように見える。

しかしアナカナより僅か数ヶ月後に産まれた異母弟の第一王子がいて、今はアナカナ同様仮として彼女と同等の王位継承権を有している。第一王子は宰相の曾孫にあたり、そして王妃も宰相の娘であるので、第一王子の後ろ盾は非常に強いのだ。現在の宰相は、父の先代王ニコライからの側近だ。多忙で不在がちだったニコライに替わり宰相に親のように育てられて来たので、国王は宰相にどこか頭が上がらないところがあった。だからアナカナの縁談については、宰相の意向を伺う為に即答を避けた。



そんな思惑が絡み合って、アナカナの提案はすぐに受け入れられなかったが、それでも顔合わせまでにはどうにか漕ぎ着けたのだ。今回のような完全に秘密を守れるような場所での顔合わせは今後は難しいだろうが、アナカナは初回で互いの思うところを摺り合わせて契約婚約者の話まで持って行く気だった。


「し、失礼いたします…」


どのように話を進めるかとアナカナが思案していると、か細い声とともに恐る恐るといった風情でハリがレイの後に入室して来たのだった。


まだ体の出来上がっていないハリは少年らしい体型ではあるが、顔立ちはどちらかと言うと少女寄りの印象だった。そしてこの国では珍しい「死に戻り」ではない白い髪に赤い目が、より儚い雰囲気を醸し出していた。彼が緊張のせいか、顔色も白く微かに震えていることがよりそう見せているのだろう。


「王国の知恵の一つ星、美しき天上の薔薇である第一王女殿下にご挨拶申し上げます…」

「よい、楽にせよ」


ハリとアナカナは一応初対面だ。とは言えハリは未成年ながらも聖人としてアナカナの生誕の祝いの夜会に参加して貴族の前で堂々と挨拶をしている彼女を何度か見ているし、アナカナはお忍びと称する買い食いに変装して出掛けて中央神殿にも潜り込んでいるので遠目からハリを確認していた。お互いに一方的に目撃はしているのである。


「殿下。口を挟んで申し訳ありませんが、ハリ殿に確認したいことが」

「別に構わぬぞ」

「確認を」

「…許す」


ぎこちない動きでソファに腰を下ろしたハリは、アナカナの正面には座っているが視線を下に向けたまま一向に目を合わせようとしない。アナカナとしては仕方がないと自分で会話の主導権を握ろうと口を開きかけたとき、レナードが明らかに不機嫌を隠そうとしない声で口を挟んで来た。その声色に、ハリはビクリと肩を揺らした。すでにアナカナはその理由を察していたが、ハリに悪気はないのは分かっていたのでそのままにしておこうと思っていたのだ。


「ハリ殿、先程の殿下への挨拶を誰から教わりましたか」

「あ…あの…」

「この場では不敬は問わぬと誓約は交わしていますが、この場にはいない者への不敬は問われるべきでしょう」


先程レイやハリが述べた「知恵の一つ星」は、北を指し示す不動の星のことだ。船乗りが航海の為の目印にすることで有名な星で、教え導く者を現している。王族への挨拶には、男性王族には主神キュロスが司る太陽を、女性王族には女神フォーリが司る月や星を冠することが通常なので、天才の名を欲しいままにしているアナカナには相応しい呼び名だ。


問題はその後の言葉だった。レイは使わなかったが、ハリが言った「天上の薔薇」は、八重咲きに改良された非常に美しい薔薇ではあるが、実を付けない品種なのだ。貴族女性は血を繋いで家を継承させることが最大の義務だと教えられて育つ。それは女性王族も同じであるし、むしろ貴族よりも重要とされているくらいだ。時代によっては、花は儚くすぐに散ってしまうことから貴族女性に対して喩えることも忌避される場合もあったが、最近では美しさの意味合いの方が大きいのでそこまで気にされなくなっている。

しかしそれでも、花は美しくとも実が付かないことで有名な「天上の薔薇」は貴族女性、しかも王族に向けて使うことは禁句に近い。


「その…ヴァイオラ神官長、さま、です」

「なるほど。後程抗議をしておきましょう」

「申し訳ございません…」

「其方を責めている訳ではないぞ。まだ道理も分からぬ年端も行かぬ者に悪意を持って教え込んだ輩が一方的に悪い」

「も、申し訳ございません…」


ハリは11歳、アナカナは五歳なので、彼女に「年端も行かぬ」と評されてしまったハリは、更に恐縮して小さくなって頭を下げた。


「殿下、むしろ追い打ちです」

「うっ…つい己の歳を忘れていたのじゃ」


当初は静かに怒りの空気を纏っていたレナードだったが、アナカナの言葉に毒気を抜かれて呆れたように小さく耳打ちをした。


「ま、まあ、これはよくあることじゃ。わらわの紋章は薔薇であるからの。嫌がらせの尻馬に乗っただけの輩に何を言われようと気にならぬ」

「ほほう。それは一体どなたからそのように言われたのか、後でお聞かせ願えますか?」

「ヤブヘビじゃ…」


再びレナードの目に剣呑な光が宿ったのを見て、アナカナは面倒なことになったと内心そっと溜息を吐いた。レナードは怜悧な見目と相まって冷静沈着な切れ者と言われているが、その中身は人情に厚く、懐に入れた者への侮辱に対しては徹底抗戦をするような性格だ。今はその役割は見た目も行動も暑苦しい近衛騎士団長ウォルターに任せている節はあるが、似たもの同士でもレナードの方が長生きしている分老獪で質が悪いというのがアナカナの見立てだ。


アナカナに限らず、王族は王家のものだけでなく個人の紋章も産まれてすぐに国王から賜ることになっている。そこでアナカナが賜ったのは、薔薇の花を模した紋章だったのだ。選定理由は、現在アナカナは唯一の王家直系の姫である為、その象徴で美しい花にしたということだったが、色々と裏事情を知ったアナカナはそれがさり気ない嫌がらせの一つだろうと察していた。

花は確かに紋章としての見た目は良いかもしれないが、すぐに散ってしまうことを考えてこれまでは避けられて来た。だがおそらく誰かが国王に悪意のないフリをして、今の時代はそこまで気にする者はいないし、むしろ他の者が使用していない唯一無二であるとでも耳打ちしたのだろう。さすがに実のならない天上の薔薇は悪意が透けて見えると避けたのか、小さな実を付ける品種の薔薇になっている。それでも紋章の中に実を含めた意匠にしておらず、天上の薔薇と同じような八重咲きの薔薇を選択しているところが絶妙で、敵ながらあっぱれな嫌味とアナカナは感心すらしていた。


そんなアナカナの紋章が薔薇なだけに、挨拶の中に「天上の薔薇」を含める者は存外多いのだ。実際「天上の薔薇」は薔薇の中で最高峰の美しさと言われる品種なので、何か言われても最高に美しい品種とアナカナの美しさを同等と讃えただけと言い逃れも出来る。今回のハリのように意味を知らずに誰かの真似をしただけの者もいるので、一概に文句は言い辛いし、前世の記憶のおかげで中身は大人なアナカナからすれば「貴族、メンドウ」くらいにしか思えないのは幸いだったろう。



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「い、今は話が進まぬから、それは後回しじゃ!其方もさっさと切り換えて話し合いに応じるのじゃ」

「は、はい…」

「して、わらわとの婚約について、其方はどのように思っておる」


単刀直入に質問をぶつけたアナカナに、隣から小声で「もう少し物事には順序というものが」と言う呟きが聞こえた気がしたが、アナカナは無視することに決めた。


「…私には、相応しくございません」

「では大公女殿ならば釣り合うと?」

「そのように言われております」

「公爵殿にか」

「殿下、少し落ち着いてください」


あまり長い時間を取れないこともあって、性急に話を進めようとするアナカナをやんわりとレイが留めた。


「少し彼に落ち着く時間を下さい。殿下にお会いして、少々混乱しているのです」

「混乱させた覚えはないのじゃ」


むう、とアナカナは口を尖らせたが、その場にいる大人二人は全く否定をする気はないようだった。アナカナは王女だけあって、非常に愛らしい見目をしている。しかし先程からすっかり猫が脱げたままの態度なので、普段の王女然としたアナカナしか知らなかったハリは明らかに困惑していた。ハリも年齢の割りに聡明な天才と言われているが、アナカナの規格外さの前には霞んでしまうだろう。


「まずは、王族と同席しながら、姿を偽る魔道具を使用していたご無礼のお許しを」

「?この顔ぶれじゃとハリ殿ということになるが…」


ハリに代わって口上を述べて頭を下げたレイに、アナカナはキョトンとした顔になって首を傾げた。本来ならば安全の為に王族が同席している際は変装の魔道具や、幻覚魔法、隠遁魔法などの暗殺に繋がるような魔道具や魔法の使用は固く禁じられている。王族がお忍びで身分を隠している場合はその限りではないが、正体が分かった時点で後ろ暗いことはないと自ら解除することが多い。

今回の顔合わせは非公式だがアナカナが来るのは分かっているので、魔道具を使用しているとなれば厳しい罰則になる。そのことも含めて不敬を問わないと言う誓約書だったのだろうとアナカナは納得していた。


ハリはレイに促されるようにして、袖の中に隠していた腕輪型の変装の魔道具を停止した。


「っ!?それは…!」

「お目汚し、失礼いたします」


ハリはこの国では数少ない純白の髪に赤い目をしている。しかし魔道具を停止した瞬間、白い髪は同じなのだが明らかに質の違う白に変わった。独特の透明感のある白い髪は、生まれつきの白い髪の者や加齢による白髪などとは一線を画したものだ。それは光の反射で白く見えるだけで、実は色の抜けた透明だと言われている「死に戻り」の色であった。


そしてハリは神官服の襟元を緩めて胸襟を少し開いてみせると、そこには赤黒く痛々しい大きな傷跡が白い肌の上を走っていた。その傷跡は鎖骨の辺りから胸の下の方に向かっていて、隠れている体の先にも続いているように思えた。


「私は生まれながらの加護持ちではなく、こうして死に戻った為に加護を得たのです」


ハリは俯いてアナカナとは視線を合わせないまま、やっと聞き取れるような小さな声でそう呟いたのだった。


お読みいただきありがとうございます!


最新のエピソードの誤字報告をいただくと早速読んでいただいたのにフシ穴で申し訳ねぇ…ありがてぇ…って思うし、昔のエピソードから誤字報告をいただくとこんなに放置していたとはフシ穴でお恥ずかしい…ありがたい…って思います。いつもありがとうございます。


花の形容やら紋章の意味などは独自の世界観設定ですので、そういうものだとふんわりと考えていただければ。紋章に使う植物は常緑樹や繁殖力の強いもの、大量に実を付けるものなどが好まれています。

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