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483.居ない場所で君を想う


「どうだい?違和感はないかい?」

「全くありません。まるで長年着けていたもののようです」

「そりゃ最高の褒め言葉だ。もし不具合が出たらいつでも連絡をくれ。あんたなら新規でも受け付けてやるよ」

「ありがとうございます」


イヤーカフへの付与が終わって、内側に硬化魔樹の樹液を貼り付けてもらってからレンドルフは耳に装着して魔力を流して形を定着させた。硬化魔樹の樹液は最初はゼリー状だが魔力を流すと硬化して固まる。ゼリー状の時に魔石粉を混ぜて魔力の通りを調整して、硬化の程度も自在に変えられる。レンドルフのイヤーカフは固すぎずに耳に合うように弾力が残るように調整されていた。魔力を安定させて底上げする効果のあるミスリル鋼も混ぜ込んであるので、感覚的に魔力の足元がしっかりしたような気分になる。イヤーカフに使用する僅かな量なので大きな影響はないが、魔力を小さく引き絞ることは装着以前よりもしやすくなった気がしていた。


不具合がないか魔法を使って確認するのに、レンドルフは庭に出てその一画にある畑を耕していた。そろそろそこの土を整えて春先に収穫する豆を蒔く予定だったそうなので、まさに一石二鳥だった。レンドルフは昔から土中の芋などを地表に弾き出す土魔法を得意としていたので、畑に埋まっていた草や収穫後の根などを一気に土の中から引っぱり上げたのだ。それを目の前で目撃したロンはすっかりレンドルフのことが気に入ったようで、口調も態度も砕けたものに変わっていた。レンドルフとしてもそちらの方が気が楽なので、ありがたいと思っていた。


レンドルフは庭師親子と共に土の表面に出て来た異物を取り除いて、終わる頃にはすっかり体も温まっていた。


「あんたは酒はイケるクチかい?」

「嗜む程度には」

「そいつあ強いモンが言う台詞だな。強いのか?」

「あまり酔わないと思います。深酒をした記憶もありませんが」

「ちょいといい酒があるんでな。付き合ってくれるか」

「喜んで」


作業が終わるのをを見計らって、ロンはニコニコしながらレンドルフに手拭いを手渡してくれた。そして軽く手の動きで杯を傾ける仕草をしてレンドルフを酒席に誘って来た。

まだ日は高いが、今日は一日休暇を取っている。軽く飲む程度なら何ら問題はない。それにレンドルフももっとロンから色々な話を聞いてみたかったのもあったので、手拭いで軽く顔を拭いながら笑顔で快諾する。


「そうかい。それなら大丈夫かと思うが、後で念の為一つ付与を追加してやろう。最近、酒に強いヤツでも意識が混濁する酒精のものが出てるらしいからな。ある程度解毒の付与で分解出来るが、時間が掛かる。酔いが醒めた頃には裸で見知らぬヤツが隣で寝てた、何てことにならんようにな」

「追加料金払いますので、是非お願いします」


酒は基本的に毒に分類されないので、いくら装身具を装着していてもあまり効果はない。命に関わるような量を摂取した時は解毒の効果を発揮するが、それでもその状態に至るまではただの泥酔状態なのだ。近衛騎士の任務に就いていた時には、特別に酒の分解を早める魔道具を貸与されていたが、任務以外では持つことはない。


「そのくらい今回の料金のうちだ。イヤーカフよりそっちのチョーカーに付与しておこう。何かの弾みで外されにくい方がいいだろう。もともと防毒と解毒を強化した装身具だ」

「もしかしてこれもロンさんが?」

「おうよ。お嬢さんの装身具は大体儂が作ってたからな」


レンドルフが毎日肌身離さず着けているチョーカーは、出会って間もない頃にユリに貰ったものだ。小さな黄土色の石が付いた革製のものなのでレンドルフが着けていてもおかしくないデザインであるし、シャツを着てしまうとほぼ見えなくなるので気兼ねなく愛用していた。先日のクロヴァス領で怪我を負った際に黒の革部分が一部焦げてしまったが、幸い同じ素材があったので領地の付与師に修理してもらって使い続けている。


(そうか、ユリさんも昔からお世話になってるって言ってたな)

「お嬢さんの話も聞きたいか」

「えっ!?」

「ははは、分かりやすいな、アンタ」


ロンは豪快に笑って、レンドルフの分厚い背中をパシリと叩いた。レンドルフは下心を即座に見透かされてしまって、思わず恥ずかしげに手拭いで顔を隠したのだった。



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ユリは薬局のバックヤードで在庫の確認を終えると、閉店間際にやって来た下働きの少年をヒスイが送り出したのを確認してから店頭に顔を出した。


「ヒスイさん、傷薬の在庫確認終わりました」

「ありがと、ユリちゃん。ちょっと表に閉店の看板出して来るから」


ヒスイは薄着のまますぐだからと軽やかに外に出て行った。ユリはもう人は来ないだろうと店頭に並べている在庫の棚を見回した。寒い季節になって来たので、あかぎれ対策に塗るタイプの傷薬がよく出ているようだ。傷にはならなくても乾燥のせいで肌荒れを起こしている人向けに保湿クリームも試しに置いてみたが、思ったより売上が良く棚に置いてあるのは残りが一つになっていた。保湿クリームは女性向けが多く、一般的な薬局で扱っているのは香りが付いて可愛らしいケースに入れられているものが大半だ。しかしこの薬局の主な利用者は王城に勤める騎士や下級文官が殆どで、九割が男性客だ。それもあって、薬師ギルドでも在庫になりやすい無香料の保湿クリームをシンプルなガラスケースに入れて置いてみたところ、密かな人気商品になっていたのだった。

傷薬でも手荒れや乾燥のカサ付きなどの回復は出来るが、保湿クリームの方が薬効が低い分金額が安い為、遠慮なく広い範囲に使用出来るとあってありがたがられているそうだ。


「あの!もう閉店で…!」

「どうしても必要なのだ。失礼する」


ユリが在庫だけでは心許なくなった保湿クリームの取り寄せを考えていると、入口の扉越しにヒスイの焦ったような声と同時にいきなり閉じた扉が大きく開け放たれた。ユリが驚いて顔を向けると、そこには背の高い若い男性が立っていた。栗色の短髪に枯草色の瞳の大変整った顔をしていて、感情の読めない分冷え冷えとした空気を纏っている。ほぼ全身黒い文官の制服を着ているせいか、近寄り難い印象を受けた。


「あの…」

「ここは薬局ではないのか」

「そ、そうです。い、らっしゃい、ませ」


レンドルフ程ではないが平均よりも身長の高いその男性は、戸惑っているユリに対して不機嫌そうな声で見下ろして来た。所作はそれなりに美しいが着ている制服は下級文官のもので、髪もわざと固めていないのか中央で分けてはいるが長めの前髪が目に掛かっている、尊大な態度からするとそれなりの地位か身分の者のような印象だが、制服と外見は平民風で酷くちぐはぐに感じられた。


「緊急でお求めですと、回復薬でしょうか」

「その薬をくれ」

「…はい、少々お待ちください」


ユリとの間に入り込んで接客をしようとしていたヒスイを彼は無視して、わざわざ横に避けてまでユリを真っ直ぐに指名するかのように目を合わせて来た。そして軽く顎で示すように残り一つになった保湿クリームを示した。ユリは下手に逆らって居座られては困るとすぐに薄く笑みを浮かべて、即座に応対する。一瞬だが気遣わしげにヒスイがユリの方を見たが、ユリも目線だけで頷いてそのまま棚に残っていた最後の保湿クリームを紙に包んだ。


「釣りはいらん」

「あ、あの…」


包みをユリが手渡すと、彼は温度の一切感じさせない冷えた声で替わりに金貨を一枚ユリの手に乗せてサッと踵を返した。長身で足の長い彼は、止める間もなくすぐに扉から出て行った。


「…どうしましょう」

「取り敢えず私が会計担当に話して来るから、ユリちゃんはすぐに副所長に報告、かな」

「ですね」


保湿クリームは一つ銅貨三枚の金額で設定してある。金貨一枚は銅貨20枚分の計算になるので、いくらなんでも貰い過ぎだった。それにこの薬局は基本的に閉店すれば時間外は受け付けていない。王城の中にある薬局の方が品揃えもよいし、常時医師や薬師がいる。余程の緊急でもない限り閉店の看板が掛かっていれば訪ねて来る人間はいないのだ。

それは王城内で周知されている筈なのだが、あの男性は閉店間際にやって来て、全く緊急性のない保湿クリームを購入して行った。ヒスイが看板を掛けようとしている途中だったので、見ようによってはギリギリ間に合ったと言えなくもないが、それを差し引いても挙動が怪し過ぎた。


何か怪しい素振りをした者がいたらすぐに警備員を呼ぶようにと言われているが、あまりにも突然やって来てすぐに帰って行ったのですぐに対処出来なかったのは反省点だ。しかしあの場合、警備員を呼んだとしてもやって来る間に帰ってしまった可能性も高い。


「また厄介なことが起きないといいんですけど」

「それは望み薄じゃないかな」

「デスヨネー」


あの男性の目的はどう考えてもユリだった。何の目的は分からないが、冷えた目の奥にはまるで植物でも観察しているかのような印象を受けた。どんな理由があるにしろ、あまりそういう目で見られるのは気分の良いものではない。

思い出すだけで皮膚の上にゾワリとした冷たいものが撫でて行くような気がした。


(うう…レンさんに会って癒されたい…)

「レン様に会いたい、とか?」

「なっ…!?ヒヒヒヒ」

「変な笑い方みたいになってるよ」

「ヒスイさん!?な、何で」

「そりゃ顔見れば?」


これまでユリに近付いて来る男性はロクなタイプがいなかった。親切にしてくれる相手もいるが、彼らはユリとは間接的に主従関係や雇用関係の立場の人間ばかりだった。勿論最初の切っ掛けはそうでも、今はよい信頼関係を築いている者が大半なのが救いだ。しかし私的な出会いなどになると、途端に治安が悪くなる。

加護なしの死に戻りであるユリを蔑みながら大公女としての価値だけを見ているか、身分を知らなければ極めて小柄なユリを侮っている上に豊満な体を目当てに寄って来るような輩ばかりだった。

その中でレンドルフは、侮ることも不埒な視線を寄越すこともなく、あくまでも紳士的な態度で接してくれる稀少な存在だ。自然に気負わせることなく歩調を合わせてくれる優しさと、わざとぶつかって来るような相手からさり気なく庇ってくれる安心感に包まれていると、ユリはレンドルフの隣では楽に呼吸が出来るような気がしていた。


「と、取り敢えず副所長(おじい様)に報告して来るわ」

「ん、行ってらっしゃい」


ユリは熱くなった頬を手で扇いで冷ますようにしながら、報告を優先する為に金庫の鍵締めはヒスイに任せて、レンザのいる研究棟に向かって行ったのだった。



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